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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode9_握る者と握らざるを得ない者
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046_幸せを握らんとする者。

004


愉快(ゆかい)な昼食も終わり、夕食ももう食べ終え、睡眠をとる時間がやって来る。


……睡魔(すいま)は敵だ。故に、出来るだけ短い時間で、多くの疲れを取る事が重要視される。そして、人間が(おこた)る事の出来ない行動だ。


私の手には、作るのに手間暇(てまひま)や、専用の器具。大量の砂糖(さとう)が必要な高級品。バームクーヘンの入った紙袋が握られて。前に、ユダが私にくれたパイのお返しだ。


──ふふんっ。奴の、嬉々(きき)として喜ぶ姿が目に浮かぶ。


「あ、先生っ。何してんだよ。一人で寂しくないのか?」


途中、リビングにて一人、ランプの小さな灯りに照らされながら、読書をして居る先生と出会う。少し機嫌の良さそうな私の質問に、少し先生は獣の耳をピンッ、と動かせば。


「お前こそ、どうした。そんなに上機嫌に。それに……匂いから(さっ)するに、その紙袋の中身は甘味だろう。甘い香りが、鼻にしつこくへばりつくもんで。相当な高級品だな?」

「ああ、これは『ばぁーむくぅーへん』と言ってな。……前、ユダが私にパイをくれたお返しにと思って、買って来たんだ」


私は、極力先生との会話は長引かせたく無いので、颯爽(さっそう)とそれを皮切りに話を切り上げ、部屋へと体を向かわせる。


先生も、私が自身の事を嫌って居ると知ってか。余計な小言(こごと)は珍しく言わずに、そのまま本へと目線を戻す。


……階段を上がり、隣を見ると。オズヴァルドの部屋の(あか)りが、珍しく付いて居る。いつもなら、肌荒(はだあ)れやら何やらを気にして、早めに寝て居る筈なのに。


だがまあ、私の目的はこのバームクーヘンを、ユダへ届ける事だ。私は、明かりのついたユダの部屋のドアノブに手を掛け、(きし)む音と共に扉を開く。


「お〜い、ユダ〜〜。……ばぁーむくぅーへんを……って、寝てんのか」


(とびら)を開けて直ぐ見えるベッドに、少しばかり大きな膨らみが見える。多分、ユダは寝て居るのだろう。……蝋燭(ロウソク)はともかく、オイルのランプを付けっぱなしで寝るとは何ぞや。


私は、片手でバームクーヘンの袋を手に持ちながら。ユダの喜ぶ顔を思い浮かべ、布団のシーツを無粋(ぶすい)にも(めく)り上げる──。


────ベッドの上には、小麦粉の入った布袋が、人の形に整えられていた。


「ッ」


瞬時に状況を把握し、懐から短剣(たんけん)を。


その速度は、二秒にも満たなかったと思う。だが、罠を仕掛けた狩人に、掛かった(ウサギ)(かな)(はず)も無い。実力差は、私の方が上であった。が、状況は全てを覆す。


私の首元へ、紅色(あかいろ)の刃が押し当てられる感覚と共に、灰色髪の二つ結びがさっ、と(なび)き。


「動かない方が、身の為になるのです。──さあ、剣を捨てて。両手を挙げて地面に(つくば)え」


黒と赤褐色(あかかっしょく)をモチーフにした服装。口元は隠れており、目線は死体の様に冷たい。……我々の正体を、分かっているのだろう。


だが、誰が無様に(つくば)うか。冗談も程々(ほどほど)にしろ。私は、そのまま剣を逆手に握り締め。奴の攻撃を間一髪、服の(すそ)が切れる程度に避ければ、その身に鋭い刃を──……。


「待て。……待ってくれ、ヴェルギリウス」

「……………………………………………………は?」


私はその手を止め、目を見開けば。持っていたバームクーヘンを、堕落(だらく)の如く床へ落とした。……落としてしまったのだ。


目の前には、仲間だと思っていた筈の、『ユダ』の姿があったから。頭が一気に真っ白になった。バームクーヘンの甘い香りも、何も感じない。目の前の光景が、信じられない。


何故(なぜ)、ユダは其方側(そちらがわ)に居る。何故(なぜ)、私の手を止めた。


……確かに、最初はユダを信じては居なかった。だけど、だけど──っ!


「──嘘だと言ってくれ、ユダ…………?」

「私が謝る事は無いが……すまない。悪い事をしたと思っている。ずっと、思っていたよ」


その瞬間、私の視界は回りに回り。あの紅黒装束(あかぐろしょうぞく)の女が、私の背中を抑え、床へ押し倒したのだと。瞬時に理解出来た。


そして、次は両手もクロスの形で固定され、先程よりも強く、首元へ(やいば)が当てられる。そして、いつもは私を見上げるユダの目線が。今や、私を見下している。何も分からぬその表情で。


ああ、嘘だと言ってくれ。折角(せっかく)、中を深められそうになっていたのに。


折角、お前に心を開そうになっていたのに──!?……こんなの──…………あんまりじゃないか。


「どうしますか、ユダ様。この者は今混乱状態です。私がこの場で殺す事は可能なのです」

「いや、ダンテ殿(どの)……っダンテは、は匂いに敏感(びんかん)だ。我々が、ヴェルギリウスやオズヴァルドの所有物諸々(もろもろ)を身に付けているとは言え、血の匂いが漂えば気付くだろう。それに、読書に集中しているとは言え、長居(ながい)は避けたい。早急に終わらせよう」


何故(なぜ)此奴(こいつ)はユダの事を『ユダ様』と呼ぶ。


何故(なぜ)、ユダは私をそんな目で見詰める。


昨日まで、前までずっと。一緒に飯を食べて、笑って来た筈なのに。もう、何も分からない。


──ユダや、私を抑える者からは、微かにオズヴァルドや私の香りがした。


多分、私達の使っている服などを着用、またはそれで体を入念に擦り、臭いを擦り付けたのだろう。……確信した、ユダは裏切り者だ。だが、そう思いたく無い。そんな自分が居る……。


ユダが此方(こちら)へ踏み寄って来る。──ぐちゃり、っ。そして道中、ユダは私が買って来た、バームクーヘンの紙袋をその足裏で踏み付けた。ぐにゅり、と、原型を変えて隙間から溢れるバームクーヘンを見て、私は声も出せなかった。


ユダへ買って来たバームクーヘンは、ユダは本人の手により。踏み潰されたのだから。


「あ」


それを見て、背中に乗る女は呟く。


「わ、汚いっ…………」


まるで、汚物(おぶつ)を吐く様な声だった。


顔は見えなかったが、軽蔑(けいべつ)の目線を向けていたと思う。──自分を殺したくなった。


私が、あの時。選択を間違わなければ、違う未来が見えていたのだろうか。こんな事が、起こらずに済んだのだろうか──。


……ユダは、私の目の前でしゃがみ込むと。


「ヴェルギリウス。何か、言いたい事があるのならば、此処で聞こう」


まるで、私を小馬鹿にしている様な言葉だ。


同情、(なさ)け、(あわ)れみ。私の嫌いな感情が、全部、その言葉に乗せられている。


私は嘆いた。ユダへ、その身を蛆虫(うじむし)の様に(うね)らせ(なが)ら、思った事を口に出す。


「……っ、どうして、どうして裏切ったんだ、ユダ。お前は、お前らは、私を苦しめて楽しいか……っ」

「いいか、ヴェルギリウス。君は悪役(あくやく)で、私は英雄(えいゆう)なんだ。我々は共に共存等し合えるない。それに君は、罪無き人々を殺しておいて、よくそんな言葉が言えるね」


そうだろう。それが当たり前だ。


私達は、自分の身勝手な欲望や目的の為に、罪無き人々を幾千(いくせん)幾万(いくまん)と殺して来た。


分かっている。私は、取り返しのつかない事をしてしまって、世の中から見ても。


過去を知ったとしても、(ぬぐ)い様の無い物なのだと。誰も抱き抱えてはくれないだろう。


けど、先生も、◇◆◇◆も──……ユダも。


どれだけ、私を傷付ければ気が済むのだ。身勝手だって、無責任だって分かってる。だけど、世界がそれを赦してくれないんだ!


「──お前も、先生も、◆◇◆◇も……っ!どれだけ私を苦しませれば気が済むんだ!!私は、私はこんなに……こんなに苦しくて、辛くて、何で……──ッどうして!!!??……っどうして、誰も分かってくれないんだよ!!」


私は叫んだ。……けど、声は小さかった。まるで、雑巾(ぞうきん)から絞り出した泥水の様に。


私と言う喉奥から絞り出されたのは、微かに響く、断末魔(だんまつま)だけだった。


私は地面に俯きながら、ボソボソと嘆く。


「今まで、どんな気持ちで私達と接して来たんだよ……。今まで、どんな顔で一緒に飯を食ってたんだよ。……なあ、教えてくれよ、ユダ……?」


「逆に問おう。君達だって、罪無き人を殺しても(なお)何故(なぜ)そう平然として居られる。何故、そう簡単に人を殺して肉が食える。……私は、お前らが分からない」


私の脳内の何かがはち切れる音がした。それと同時に、私は背中の者を振り解き、その手に小刀を握って、ユダ目掛けて駆け出した。


だが、ユダは逃げる様子も無く。その場に鎮座(ちんざ)し、冷静な様子で。


「まだ、私を()いてくれているのならば。──もう、無駄な悪足掻(わるあが)きは辞めてくれ、ヴェルギリウス。(いさぎよ)く死のう、君の命は必ず役立てる」


──カチャンッ。刃が音を立てて落ちた。


それと同時に私は、ユダの胸倉(むなぐら)を掴み。地面と向き合いながら恨み辛み、全て込めて。


「………っぅ゛、……〜??ユ、ダっ……!ユダぁ……!!」


吐き出した。お呪いをユダへと吐いたのだ。


「……ありがとう」


その言葉と共に、視界は一気に暗くなり。(にぶ)い音、私の体は死んだ様に倒れた。


見えたのは、(おろ)かな存在だけだった。

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