044_甘味なるパイを握る者。
002
──ユダは、夜遅く。ヘラヘラとした笑みを貼り付けながら帰宅した。手には、ひょろっと買い物でもして来たのであろう。紙袋が沢山と握られている。
私は、自分の部屋でほろ酔い程度に酒を煽りながら。隣で着替えるユダへと話し掛ける。
「お前、何処ほっつき歩いてたんだよ。帰りが遅いから、少し心配したんだぜ〜?」
「はっ、息を吐くように嘘をつくな。嘗ての狼少年の様に、誰もお前の言葉を信じなくなるぞ。ヴェルギリウス!」
寝巻きのラフな格好へ着替えたユダは、欠伸を吐きながらもそう告げる。
そして、私の鎮座する椅子の前へ「土産だ」と言い、彼女は笑みを浮かべながら此方へチェリーパイの土産を差し出した。
……とても美味しそうだ。
「お、おぉ……〜!ユダ、お前……っ。どうした?こんな大層な物買って来て……!いや、有難く頂くが……。後で何か奢ってやるよ、ありがとう」
「近場に喫茶があったものでな。──近頃、ヴェルギリウスの好みも分かって来た頃合だ!それに、いつも奢られてばかりだしなっ」
そう言い終わると、ユダは「おやすみ」と一言呟けば。そのまま、私の部屋から出て行った。
──私はそれを見計らい、すぐ様そのチェリーパイを取り出した。少し、意地汚いと思われたくないが為の対策である。そして、私はそのパイを手掴み。すぐに一口、口へと放り込む。……──甘味なり、頬が今にも蕩けそうだ。
「ふぅむ、っ。……ふぁんみ、っうまし……」
私はあまり使わない表情筋を使って、珍しく。美味さのあまり、万遍の笑みを零した。
……次は、ユダに何か奢ってやろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、場面は移り変わり。
──夜遅く。時計の針は、優に十二時を過ぎ、一時の刻を刻んでいる。
カチカチと、複雑なゼンマイ仕掛けの機械と共に、音を鳴らしながらも針は動く。そんな部屋の中。ユダは、ベッド横の小さな棚の上に、火の付いた蝋燭を置いて就寝していた。
理由は単純、もし、この身が闇に犯されようとも、この光を追って現実へと向かって行く為である。彼女の額には、微かに汗が染み出して居た。
それもその筈、ユダは、夢の中で──。
飛び起きた。上半身を、勢いのまま起き上がらせて。息は荒い、肩で呼吸をしている。寝間着内は、汗でムワッと湿っており。それがより、ユダの心を不快にさせた。
「……っ。やっぱり、……。うぅ、水でも飲もう。少しは楽になると良いが……っ」
ユダは、夢の道標となった火の灯る蝋燭の灯火を消して。そのまま扉を開け、目脂を擦りながらも一階へ降りて行く。
恰もその姿は、無垢な幼子を彷彿とさせる様な、そんな姿であった。……ギィ、ギィッ。
木製の階段が愉快に軋む。ユダの心とは真逆だった。彼女は髪を靡かせながら、ダイニングの方へと向かって行く。
確か、寝る前に飲み終えられなかった井戸水を、コップに入れて置いていたからそれを飲もう。──だが、途中、ユダは足を止めた。……自身よりも先に、誰かがそのダイニングに居たからである。
彼女は急いで壁へ背中を寄せると、そのまま盗人の様に、静かにその会話を聞いた。勿論、疚しい意味は無く。それは敵であるかの確認の為であった。
「──、何か、僕に隠してる事あるでしょ」
最初の部分は聞き取れなかったが、その諭す様な話し方からして二人以上居るのは確か。
「──んな事ねえよ。何たって、俺はお前さんの事なんざ興味が無いからだ。で、そのボロ臭い白黒写真に写ってるのは誰だ?俺は知らんぞ」
ユダは、チラリと身を乗り出し顔を覗かせると……そこには、手に紙切れとランプを持ったオズヴァルドと、軽薄な態度を取っているダンテの姿が。
鮮明には見えなかったが、その紙切れには、花園内。万遍の笑みで佇む女の姿が写っていた。
オズヴァルドは、その緑色の瞳を、暗闇内でギロりと光らせれば。……そのまま、丁寧に懐へその写真をそっと仕舞い。
「──そっか、そりゃどうも。僕の『ボロ臭い』写真を見る時間をくれて──っ」
オズヴァルドは嫌味の様にそう呟くと。そのまま別の出口から、階段の方へと向かって行くのが見える。
……だが、ユダ的には、此処で行くのは少し気まずかったのだろう。先生が出て行くまで、彼女は身を潜める事に。
……多分、あの真剣そうな会話のせいだろう。
そして、そんなユダ等お構い無しに。ダンテは欠伸を吐くと、腕を上げ背伸びをし。
──それと共に、ダンテの臀の付け根ら辺から生えている煤色の尻尾と、獣の耳も同時に伸び。次に、そのままオズヴァルド同様。別の出口からダンテは出て行った。
それを見て、ユダは「ほっ」と安堵の溜息を。あの重々しい雰囲気からの脱却と共に、緊張が解れたのだろう。
そして、ユダが重い腰をあげた。──その瞬間だった。カチリッ。背後、彼女の後頭部部分に、冷たい何かが当たる音とリロード音が耳を掠め。
……ユダが、ゆっくりと後方へ視線を向けると、そこには……。
「お前、人の話を盗み聞くとは良い度胸してんじゃねえか。──はっ、死にてえのか?」
「……いや、これは……その……えっと……っ」
そこには、ヴェルギリウスと同じ様に、ピースメーカーを構えるダンテの姿が。
どうやら、先程から彼はユダの気配に気が付いて居た様子。そして、ダンテは煽る様に、ユダの後頭部を何度も銃口で小突くと。
──パピュンッ!ユダの耳元を掠める様なそんな弾を、躊躇無く。ダンテは撃ち放った。
その衝撃か、ユダはダンテの方を向き、尻餅を着く体制へ。それを見て、ダンテはユダを嘲笑すると。そのまま弾をリロードし「次はドタマだ」と、頭へ銃口を……。
「……まあ、お前には元々、死んでもらうつもりだったしな。そのタイムリミットが、短くなっただけだぜ〜ユダァ……」
「なっ──?ぁ、おっ。……あ、なっ、何故なのだ……ダンテ殿ぉ。わ、今日は何も私はやらかして居ない筈だっ!な、何故に……?」
その言葉を聞き、先生は明後日の方向を向き「う〜む」と、恰も考えている様な素振りを見せ。そのまま、ユダへと焦点を合わせれば。
「お前は運が悪かったんだよ。──あの会話を聞いていなけりゃ、もう少しは寿命が伸びていただろうに」
「ぁ、っ。……え、あっ。?」
ユダが間抜けな声を荒らげ。だが、先生は顔色も目付きも変えず。そのまま見下す様な目線と共に……。
「来世では、良い人生を送る事が出来たら良いなあ。──さようならだ、ユダ」
バピュンッ!飛び出す様な銃声が、小屋内に響き渡った……と思っていた。カチリッ。ユダは深く瞑っていた目を、恐る恐る開くと。
「あ、あれ……っ?死んで、ない……?」
体はほのかに温かい。……よく見ると、ピースメーカーには一つも弾が入っていなかった。
ダンテはそんなユダの間抜けな表情や格好を見て、「はっ」と鼻で笑っては。
「冗談だよ。唯の度が過ぎたじゃれ合いさ」
そう言って、先生は銃を仕舞えば。「おやすみ」と無愛想な言葉を返し、ヴェルギリウスから盗んだ銃を返しに二階へと。
──その背中を眺めながら、ユダはその高鳴る胸を握り締め、心臓を脱兎の如く跳ねさせる。計画の内が、バレたのだと思ったのだろう。……だがまあ、そこでボロを出すよりかはいい判断が出来た。ユダはそう思いながら、心を落ち着かせる。
──だが現状は、ダンテに計画の内がバレているとも知らず……。ダンテは一体、何を考えているのだろうか。
ユダは数秒後、鼓動する心臓を抑えながら、立ち上がる。──そして、壁の死角へ目線をやれば。ギロリと向こうを睨み付け。
……ギィ、ギィ。木が軋む様な音と共に、オズヴァルドの巨体が見えてくる。先程からずっと、隠れていたのだろう。
彼はおちゃらけた様に舌を出し、「おっかない」と一言呟けば。
「お日柄、ユダちゃん。元気してた?僕、あの時の食事以来ユダちゃんと会って無くて、おぢさん(笑)とっても悲しいなあ……」
今年で四十一の青少年が、笑いながらユダの方へと近付いて……。一瞬だった。ユダが手を伸ばす前に、オズヴァルドはしゃがみ込み、その懐へ入り込んだのだ。
ドゴンッ。だが、小手先の小細工では、格上の相手には勝てまい。顔面にグーパンチを喰らいながらも、オズヴァルドは体を使い、腕で行く手を阻んでは、ユダを壁へと閉じ込める。
そして、身長が下であるヴェルギリウスを見下しながら、いつもの飄々とした表情で。
「……ねえ、ユダ。僕、君に提案があるんだ」
その声は何処か幼げで、暗闇に身を投げた様な、そんな声。──ユダは黙って話を聞く。
だがしかし、オズヴァルドから提案されたのは、予想もしなかったことであった。
「ヴェルギリウスを、一緒に殺さないかい?」
「………………は?」
ヴェルギリウス。赤い頭巾を被り、黒装束に数多もの武器を収納した、獣の様な女の名前。「ヴェルギリウスを殺す」。何故だろう、ユダは思考を巡らせる。
──殺したとて、彼にとっては何になる。
まさか、計画の内がバレてしまったのか?ユダは淡々と思考を張り巡らせるが、思い当たる節も、剰え突っ掛る段差も無い。
ヴェルギリウスとはよく、彼自身飯に行っている筈だ。前々から軽率で軽薄な奴だなと思っていたが、まさかこれ程までとは。
……数秒、ユダが黙ったのを見て。オズヴァルドは呆れた様に、懐からとある写真をユダへ見せる。
「この子、誰だか分かる?僕の大切だった人なんだ……昔の写真で、少しボロ臭いけどね」
花園内。手に花束を持ち、此方へ万遍の笑みを浮かべ笑う少女の姿が写真には写っていた。
写真は高価だ、それにこの服装に花園。相当な身分という事が分かる。
「……私は知らん。と言うか何だお前はっ。遂に、酒で頭でもおかしくなったのか?」
「いいや、知らないなら別に良いんだ。──そ、れ、に、さっきのは唯の冗談さ!そんな真に受けないでよ〜ユダちゃんっ!」
いつの間にか、いつものオズヴァルドへと変わっている。ユダは心の中で「そんな雰囲気には思えなかったが……」と呟けば。
彼女もまた、偽りの顔を見せ。「それより」と話の初めに言葉を置き、話題をすり替える。
「お前と言いダンテ殿と言い、近頃はそんな度の過ぎたジョークが流行っているのか?むむ、流行とやらは難しいな……っ」
この者も、ヴェルギリウスも、オズヴァルドもユダも。全員が全員、言えぬ暗い事情を隠し持っている。
──それに、諦めて居ないのだ。
彼らは、永遠に掴めぬ灯りを追い求め、偽りの自分で居続け理想を追い求める。
例えそれが、虚空に過ぎぬガスの電灯だとしても。
永遠に、暗闇から出られないとしても。




