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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode9_握る者と握らざるを得ない者
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044_甘味なるパイを握る者。

002


──ユダは、夜遅く。ヘラヘラとした笑みを貼り付けながら帰宅した。手には、ひょろっと買い物でもして来たのであろう。紙袋が沢山(たくさん)(にぎ)られている。


私は、自分の部屋でほろ酔い程度に酒を(あお)りながら。隣で着替えるユダへと話し掛ける。


「お前、何処(どこ)ほっつき歩いてたんだよ。帰りが遅いから、少し心配したんだぜ〜?」

「はっ、息を吐くように嘘をつくな。(かつ)ての狼少年(オオカミしょうねん)の様に、誰もお前の言葉を信じなくなるぞ。ヴェルギリウス!」


寝巻きのラフな格好へ着替えたユダは、欠伸(あくび)を吐きながらもそう告げる。


そして、私の鎮座(ちんざ)する椅子の前へ「土産だ」と言い、彼女は笑みを浮かべながら此方へチェリーパイの土産を差し出した。

……とても美味しそうだ。


「お、おぉ……〜!ユダ、お前……っ。どうした?こんな大層な物買って来て……!いや、有難(ありがた)く頂くが……。後で何か(おご)ってやるよ、ありがとう」

「近場に喫茶(きっさ)があったものでな。──近頃、ヴェルギリウスの好みも分かって来た頃合だ!それに、いつも奢られてばかりだしなっ」


そう言い終わると、ユダは「おやすみ」と一言呟けば。そのまま、私の部屋から出て行った。


──私はそれを見計らい、すぐ様そのチェリーパイを取り出した。少し、意地汚(いじきたな)いと思われたくないが為の対策である。そして、私はそのパイを手掴み。すぐに一口、口へと放り込む。……──()()()()(ほお)が今にも(とろ)けそうだ。


「ふぅむ、っ。……ふぁんみ、っうまし……」


私はあまり使わない表情筋を使って、珍しく。美味さのあまり、万遍(まんべん)の笑みを(こぼ)した。


……次は、ユダに何か奢ってやろう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



さて、場面は移り変わり。


──夜遅く。時計の針は、優に十二時を過ぎ、一時の(こく)を刻んでいる。


カチカチと、複雑なゼンマイ仕掛けの機械と共に、音を鳴らしながらも針は動く。そんな部屋の中。ユダは、ベッド横の小さな(たな)の上に、火の付いた蝋燭(ロウソク)を置いて就寝(しゅうしん)していた。


理由は単純、もし、この身が闇に犯されようとも、この光を追って現実へと向かって行く為である。彼女の(ひたい)には、微かに汗が染み出して居た。


それもその筈、ユダは、夢の中で──。


飛び起きた。上半身を、勢いのまま起き上がらせて。息は荒い、肩で呼吸をしている。寝間着(ねまき)内は、汗でムワッと湿っており。それがより、ユダの心を不快にさせた。


「……っ。やっぱり、……。うぅ、水でも飲もう。少しは楽になると良いが……っ」


ユダは、夢の道標となった火の(とも)蝋燭(ロウソク)灯火(ともしび)を消して。そのまま扉を開け、目脂(めやに)を擦りながらも一階へ降りて行く。


(あたか)もその姿は、無垢(むく)幼子(おさなご)彷彿(ほうふつ)とさせる様な、そんな姿であった。……ギィ、ギィッ。


木製の階段が愉快に軋む。ユダの心とは真逆だった。彼女は髪を(なび)かせながら、ダイニングの方へと向かって行く。


確か、寝る前に飲み終えられなかった井戸水を、コップに入れて置いていたからそれを飲もう。──だが、途中、ユダは足を止めた。……自身よりも先に、誰かがそのダイニングに居たからである。


彼女は急いで壁へ背中を寄せると、そのまま盗人(ぬすっと)の様に、静かにその会話を聞いた。勿論(もちろん)(いや)しい意味は無く。それは敵であるかの確認の為であった。


「──、何か、僕に隠してる事あるでしょ」


最初の部分は聞き取れなかったが、その(さと)す様な話し方からして二人以上居るのは確か。


「──んな事ねえよ。何たって、俺はお前さんの事なんざ興味が無いからだ。で、そのボロ臭い白黒写真に写ってるのは誰だ?俺は知らんぞ」


ユダは、チラリと身を乗り出し顔を覗かせると……そこには、手に紙切れとランプを持ったオズヴァルドと、軽薄(けいはく)な態度を取っているダンテの姿が。


鮮明には見えなかったが、その紙切れには、花園内。万遍(まんべん)の笑みで(たたず)む女の姿が写っていた。


オズヴァルドは、その緑色の(ひとみ)を、暗闇内でギロりと光らせれば。……そのまま、丁寧(ていねい)(ふところ)へその写真をそっと仕舞い。


「──そっか、そりゃどうも。僕の『ボロ臭い』写真を見る時間をくれて──っ」


オズヴァルドは嫌味(いやみ)の様にそう呟くと。そのまま別の出口から、階段の方へと向かって行くのが見える。


……だが、ユダ的には、此処(ここ)で行くのは少し気まずかったのだろう。先生が出て行くまで、彼女は身を潜める事に。


……多分、あの真剣そうな会話のせいだろう。


そして、そんなユダ等お構い無しに。ダンテは欠伸(あくび)を吐くと、腕を上げ背伸びをし。


──それと共に、ダンテの(しり)の付け根ら辺から生えている煤色(すすいろ)尻尾(しっぽ)と、獣の耳も同時に伸び。次に、そのままオズヴァルド同様。別の出口からダンテは出て行った。


それを見て、ユダは「ほっ」と安堵(あんど)溜息(ためいき)を。あの重々しい雰囲気からの脱却(だっきゃく)と共に、緊張が(ほぐ)れたのだろう。


そして、ユダが重い腰をあげた。──その瞬間だった。カチリッ。背後、彼女の後頭部部分に、冷たい何かが当たる音とリロード音が耳を掠め。


……ユダが、ゆっくりと後方へ視線を向けると、そこには……。


「お前、人の話を盗み聞くとは良い度胸してんじゃねえか。──はっ、死にてえのか?」

「……いや、これは……その……えっと……っ」


そこには、ヴェルギリウスと同じ様に、ピースメーカーを構えるダンテの姿が。


どうやら、先程から彼はユダの気配に気が付いて居た様子。そして、ダンテは(あお)る様に、ユダの後頭部を何度も銃口(じゅうこう)小突(こづ)くと。


──パピュンッ!ユダの耳元を掠める様なそんな弾を、躊躇(ようしゃ)無く。ダンテは撃ち放った。


その衝撃か、ユダはダンテの方を向き、尻餅(しりもち)を着く体制へ。それを見て、ダンテはユダを嘲笑(ちょうしょう)すると。そのまま弾をリロードし「次はドタマだ」と、頭へ銃口を……。


「……まあ、お前には元々、死んでもらうつもりだったしな。そのタイムリミットが、短くなっただけだぜ〜ユダァ……」

「なっ──?ぁ、おっ。……あ、なっ、何故なのだ……ダンテ殿(どの)ぉ。わ、今日は何も私はやらかして居ない筈だっ!な、何故(なぜ)に……?」


その言葉を聞き、先生は明後日(あさって)の方向を向き「う〜む」と、(あたかも)も考えている様な素振りを見せ。そのまま、ユダへと焦点(しょうてん)を合わせれば。


「お前は運が悪かったんだよ。──あの会話を聞いていなけりゃ、もう少しは寿命が伸びていただろうに」

「ぁ、っ。……え、あっ。?」


ユダが間抜けな声を荒らげ。だが、先生は顔色も目付きも変えず。そのまま見下す様な目線と共に……。


「来世では、良い人生を送る事が出来たら良いなあ。──さようならだ、ユダ」


バピュンッ!飛び出す様な銃声が、小屋内に響き渡った……と思っていた。カチリッ。ユダは深く(つぶ)っていた目を、恐る恐る開くと。


「あ、あれ……っ?死んで、ない……?」


体はほのかに温かい。……よく見ると、ピースメーカーには一つも弾が入っていなかった。


ダンテはそんなユダの間抜けな表情や格好を見て、「はっ」と鼻で笑っては。


「冗談だよ。(ただ)の度が過ぎたじゃれ合いさ」


そう言って、先生は(じゅう)仕舞(しま)えば。「おやすみ」と無愛想(ぶあいそう)な言葉を返し、ヴェルギリウスから盗んだ(じゅう)を返しに二階へと。


──その背中を眺めながら、ユダはその高鳴(たかな)る胸を握り締め、心臓を脱兎(だっと)の如く跳ねさせる。計画の内が、バレたのだと思ったのだろう。……だがまあ、そこでボロを出すよりかはいい判断が出来た。ユダはそう思いながら、心を落ち着かせる。


──だが現状は、ダンテに計画の内がバレているとも知らず……。ダンテは一体、何を考えているのだろうか。


ユダは数秒後、鼓動(こどう)する心臓を抑えながら、立ち上がる。──そして、壁の死角へ目線をやれば。ギロリと向こうを睨み付け。


……ギィ、ギィ。木が軋む様な音と共に、オズヴァルドの巨体が見えてくる。先程からずっと、隠れていたのだろう。


彼はおちゃらけた様に舌を出し、「おっかない」と一言呟けば。


「お日柄(ひがら)、ユダちゃん。元気してた?僕、あの時の食事以来ユダちゃんと会って無くて、おぢさん(笑)とっても悲しいなあ……」


今年で四十一の青少年が、笑いながらユダの方へと近付いて……。一瞬だった。ユダが手を伸ばす前に、オズヴァルドはしゃがみ込み、その(ふところ)へ入り込んだのだ。


ドゴンッ。だが、小手先の小細工では、格上の相手には勝てまい。顔面にグーパンチを喰らいながらも、オズヴァルドは体を使い、腕で行く手を(はば)んでは、ユダを壁へと閉じ込める。


そして、身長が下であるヴェルギリウスを見下しながら、いつもの飄々(ひょうひょう)とした表情で。


「……ねえ、ユダ。僕、君に提案(ていあん)があるんだ」


その声は何処か幼げで、暗闇に身を投げた様な、そんな声。──ユダは黙って話を聞く。


だがしかし、オズヴァルドから提案されたのは、予想もしなかったことであった。



「ヴェルギリウスを、一緒に殺さないかい?」



「………………は?」


ヴェルギリウス。赤い頭巾(ずきん)を被り、黒装束(くろしょうぞく)に数多もの武器を収納した、獣の様な女の名前。「ヴェルギリウスを殺す」。何故だろう、ユダは思考を(めぐ)らせる。


──殺したとて、彼にとっては何になる。


まさか、計画の内がバレてしまったのか?ユダは淡々(たんたん)と思考を張り巡らせるが、思い当たる節も、(あまつさ)え突っ掛る段差も無い。


ヴェルギリウスとはよく、彼自身飯に行っている筈だ。前々から軽率(けいそつ)軽薄(けいはく)な奴だなと思っていたが、まさかこれ程までとは。


……数秒、ユダが黙ったのを見て。オズヴァルドは(あき)れた様に、(ふところ)からとある写真をユダへ見せる。


「この子、誰だか分かる?僕の大切だった人なんだ……昔の写真で、少しボロ臭いけどね」


花園(はなぞの)内。手に花束(はなたば)を持ち、此方(こちら)万遍(まんべん)の笑みを浮かべ笑う少女の姿が写真には写っていた。


写真は高価だ、それにこの服装に花園(はなぞの)。相当な身分という事が分かる。


「……私は知らん。と言うか何だお前はっ。遂に、酒で頭でもおかしくなったのか?」

「いいや、知らないなら別に良いんだ。──そ、れ、に、さっきのは唯の冗談さ!そんな真に受けないでよ〜ユダちゃんっ!」


いつの間にか、いつものオズヴァルドへと変わっている。ユダは心の中で「そんな雰囲気には思えなかったが……」と呟けば。


彼女もまた、(いつわ)りの顔を見せ。「それより」と話の初めに言葉を置き、話題をすり替える。


「お前と言いダンテ殿(どの)と言い、近頃はそんな度の過ぎたジョークが流行っているのか?むむ、流行とやらは難しいな……っ」


この者も、ヴェルギリウスも、オズヴァルドもユダも。全員が全員、言えぬ暗い事情を隠し持っている。


──それに、諦めて居ないのだ。


彼らは、永遠に掴めぬ(あか)りを追い求め、偽りの自分で居続け理想を追い求める。


例えそれが、虚空(こくう)に過ぎぬガスの電灯だとしても。


永遠(えいえん)に、暗闇から出られないとしても。

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