043_机上空論を握る者。
ユダは大剣を投げ捨てて。奴らの懐を掻い潜り、タマルへと勢いのまま──……抱き付いたのである。
そのユダの行動に、「なっ?!」とひしゃげた声を出すナチチ。
だが、ユダはそんな事もお構い無しに。剰え、タマルを抱き締める力を強めるばかり。
「良かった……。会いたかったよ、タマル……」
「お帰り、僕の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。僕も、ずっと会いたかったよ。ごめんね、今まで一人にして……っ」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、ユダの本当の名前である。
二人が再会ムードの中、置いてけぼりを食らったナチチとマトフェイは、各々が各自。焦りや混乱を浮き彫りにさせ。
「ナ、ナチチのタマル様から離れろーッ!この泥棒兎ッ!!怒ったナチチは怖いですよ、ナチチはアチチなあったかい食べ物も、ふーふーせずに食べられるんです!」
「おお、感動の再会なりて。……ナチチ殿、我ら部外者が、この美ひき芸術に野次を入れる事は、許されぬ事なり。潔く引くが吉」
「だっ、だって、ナチチのタマル様がー?!それに、マトフェイは悔しくないのですかっ!!」
そう騒ぐナチチだが、ある程度の常識は持ち合わせて居る。
その感動的なムードは壊さずに。横で眺めながら、込み上げる嫉妬心を腕へ込め。ブンブンと両手を上下へ何度も振り振りと。
マトフェイは、そんなナチチの肩へ手を置き。洒落た柄の刺繍された手拭いで目元を拭う。
それを見て、ナチチは「どうして冷静で居られるの!」と言わんばかりに、マトフェイの肩を掴み、前後へ何度も振動させる。
「あ、あぶぶぶぶ。ひゃ、ひゃめるなり……。なふぃふぃ殿ぉ……。いひゃいのら……」
口元を覆い隠す服越しに頬を膨らませ、ナチチは二つ結びを荒ぶらせ。……そして、そのユダとの感動的な再会のハグが終わったのを見計らい。ナチチとマトフェイは、ユダからタマルを引っ剥がす。
「な、何なんですか、貴方は!勝手にナチチのタマル様を取ったら駄目なのですぅーッ!!」
「そなた、一体何者ぞ?……我がタマル殿に、あまり馴々しくせんぞやと思ひて…………むぅ」
そう言い、彼ら彼女らは、自分のタマルだと言わんばかりにべたりとくっ付けば。
それを見て、投げ出した大剣を鞘へ仕舞い直したユダが、再度彼らを訝しげな目で眺め。
そんなユダや仲間の様子を見て、タマルは慌ながら。
「おやおや……。もしかして、ナナちゃんとマトフェイ君に、言ってなかったっけ……?」
「「何も聞かされて」ません!!」無いなり」
その気迫の籠ったナチチとマトフェイの言葉に、タマルは「ひえ〜」と慄けば。
「話の途中で悪いが……生憎、此処じゃ少々場所が悪い。……ええと、あ。向こうの酒場で話をしよう」
001
ガヤガヤと、近場にあったガラの悪い輩の集まる酒場にて。
会話が聞かれない様、一番端の個室席へと移動した彼らは、抜け穴や盗聴の有無等の確認をし。
その後、タマルは串牛肉を四つ、やる気の無い店員へ丁重に頼む。
──何方かと言えば、タマル達は羊肉より、牛肉を食べる方であった。牛肉は、羊肉より遥かに安いからである。
酒場に籠る湿気などを含んだ湿っぽい空気が、何ともユダの肩身を狭めていた。
ユダはヴェルギリウス御一行に出会ってから、有り余る金で良い食事屋に行っていたからであろう。騒がしい店内が当たり前という血が、少し抜けているのかも知れない。
タマルは、そのユダに似た赤髪を靡かせて。
「すまないね。僕達は生憎、最近事務所のリフォームをした物で。貯金の残りが給料日前故少ないんだ。……これだけで我慢してくれ」
「それに、血で錆びれた武器の交換も行なったのです。お金が無くて当然なのです!」
武器の交換は、支部により厳しい規制が施されているが為、交換には多額の金が必要となる。
……だが、その分、支部の傘下と言う訳あって、それを超える程の収入があるのも確か。それに加えて、支部が大きな後ろ盾になる。
だから参加組織は増えて行くのだろう。
──数分、沈黙が続き。やっと、肉が運ばれてくる。
ナチチは熱々の串肉の筋を、奥歯で噛み切る様にギリギリと前後させ。それを見て、ユダも一口。
筋張っている。とても、毎日高級品を食べていたユダには食べ難い。ユダはその一口しか食べていない肉を、「レストランで腹がいっぱい」だと嘘をつき、そっとマトフェイの席へと置いてやる。
(ああ、子羊のラム肉が恋しいな……)
「ふむっ!うぬ、この串肉が要らぬとてっ。ああ、ならば我が有難く頂戴申す……!」
「こら、マトフェイ。勝手に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の串肉を食べたら駄目でしょうが──」
マトフェイがタマルに叱られたが、ユダの「私があげた」と言うのその一言で、タマルは「全く……」と少し不満げに小言を口に出しながらも、お叱りを告げるその口を閉じ。それを見て、ユダは。
「──なあ、タマル。私は今『ユダ』と言う名で活動している。私の本名は口に出すのを控えて貰えると嬉しいのだが……」
「っああ、ごめんね──ユダ。僕、信頼している仲間には本名で呼ぶ様に言ってるから、いつもの癖で……。それに、久々に会って、少し気が緩んでいたよ。すまない」
そう言い、タマルは「コホン」と、一言態とらしく咳払いをすると。肉を食むのに夢中であった彼ら彼女らの手が、一瞬にして止まったのだ。
多分、何かしらの合図として見ていいのだろう。ユダも、その合図に少し顔を強ばらせ。
「此処からは大切な話だ、よく聞いて欲しい。……色々と紹介したいのは山々何だが、まずはナチチとマトフェイに、ユダの紹介を」
そう言い、タマルはユダへ視線を向け。
「彼女の名前はユダ、イスカリオテ・ユダフリッヂ。今や空席の第十二支部の、元支部長であり……僕の、大切な妹だ」
タマルは、彼らに聞こえる様な声でそう呟いた。──妹。そうだ、タマルは、ユダの兄であったのである。
その言葉に、ナチチとマトフェイは、双方同じくユダへ顔を向け。次に、ユダの方へ、深々と頭を下げる。
それを見て、ユダが慌てながら「いや、此方こそ……。先程、タマルの仲間に無礼な言葉遣いと、剰え剣の矛先まで──」と言うと。彼らは静かに頭を上へあげ、仕事へとスイッチを切り替える。
「お優しいのですね、ユダ──いえ、貴方様は……」
「あなや……。タマル殿の肉親であるとは、我存じ上げず居たものなりて。──タマル殿、何ぞや我らに存在を申し上げなかったや?」
マトフェイの鋭い質問に、タマルは「それも話そうと思っていた」と呟けば。
「僕の計画の為に、ユダには秘密裏に大罪人への潜入調査を行って貰っていたから、そう軽々しく紹介出来なかったんだ。……正に、『裏切りの裏切り』。流石に相手も、先の先の行動までは読めまい──」
そうだ、ユダは裏切り者であったのだ。
その証拠として、ユダは今の今まで、誰も手にかけて居ない。最初の黒スーツの男は、生かす予定であったが、ダンテの乱入により死亡。だが、ユダ自身手はかけていない。言葉を良くするのであれば、『尊き犠牲』であったのだ。
初めての童話殺し時だって、自身で態とらしく体を傷付かせ、彼らの元へとやって来ていた。
助けられる命を見殺しにして来たその心は、随分と痛み荒んでいるだろう。だがしかし、必要な犠牲だったのだ。
──その結果が、今の状況に現れている。
ユダは息を整え、タマルの計画について、再度質問を問い掛ける。これで、心の中の邪心や、少しの情を消えさせるのだろう。
「僕達の目的は──、『この腐った世界を変える事だ』。その為には、財力や社会的地位が必要。故に、僕が長年空席である第五支部のフィリポの席に着く他無い。──その為のアピールとして、僕達は……『童話殺しの首を狩る』」
タマルの目標は、大きく実現不可能に思える物であった。だがしかし、彼のその言葉に着いてきた者達の結果として、事務所まで設立し、支部の参加に入る事にも成功している。
それに加えてスパイであり、元支部長であるユダも戦力も入れて、準備万全であろう。
「僕に命を賭けて、死んでくれるかい?」
その言葉に、皆が満場一致で首を縦に振った。
「狙いは『ヴェルギリウス』と『オズヴァルド』。……ユダが言うには、『ダンテ』と呼ばれる人物は、我々が束になっても勝てそうに無い実力の持ち主だ。──これから、ユダを事務所へと連れて行く。それから計画の内と、仲間の紹介をしよう」
これは、壮大な目標を掲げた、とある青年の物語。
……だが、そんな中。ガヤガヤと賑わう酒場の外。
薄い壁から漏れ出す声を、一つ残らず確りと。全て逃さず聞いていた人物が居た。
──野生の耳をピンと立て、不敵に笑みを浮かべるその者は……。
「…………………………野生の勘が働いたな」
ヴェルギリウスの師範であり、誰も力の底を知る事の出来ぬ人物。────ダンテ。
彼は狼の耳を再度、持っていたハットを深々と被りその全貌を隠せば。そのまま、闇に溶けるように消えて行く……。
一匹狼の末路を知る者は、この世の何処にも居なかった。




