042_劫罰と原罪を握る者。
──太陽が、我々の居る童話世界の頭上へとやって来る時刻となった。
時計の針は、ピッタリ十二時を刻んでいる。そんな時刻、そんな時間。とある童話世界のレストランにて。私達は先生に誘われ、昼の食事を取っていた。
「はあ、お前らとはもううんざりだっ!」
そんな中、私が口元へグラタンを運ぶのと同時。ユダが店内だと言うのに、ドンッ!と力任せに机を叩く。
そして、ミシッと、少し木が歪む音も、その後の沈黙の際に聞こえ。
私はそれを聞き溜息を吐く。隣では、オズヴァルドが店員を呼び、オッソブーコの追加を要求していた。ユダはそんな私達の姿を眺めながら、鋭い視線は崩さずに。
そのまま自身の注文した、ビステッカの肉を食む。それを見て、椅子の腰掛けへ小銃を掛けた先生が。
「少しは落ち着け、ユダ。どうした?生理か」
「違うに決まっているだろうっ!…………ダンテ殿もとことん趣味が悪い。原因は分かっている筈だろうっ!」
ユダが、狩猟の際の狂犬の如く。鋭い目付きで先生を睨み返す。が、先生は「折角誘ってやったのにその態度はなんだ」と一言。
その言葉に、ユダはかつての説教を思い出したのだろう、少し下を向き黙り込む。
そんな中、私は手に握るイチジクのタルトをパクリッ。指に付いた生地の屑を、舌でペロリと舐め取ると。
「お前も、こんな所へ来たのが運の尽きっつーもんだ。……裏社会の入門なんて、私達の所の他にも山程ある。紹介してやろうかっ?」
その言葉を聞いて、先生のハットで隠された獣の耳が、少しピンッと動いた様な。
そして、ユダはその私の言葉に、少し頭を悩ませると……。
「いや、私も私でこの場を選んだ身だ。影武者じゃあるまいし。そう易々と身は引けまい」
ユダは赤髪のポニーテールを揺らしながら、黒の眼帯を覗かせて。切り取ったビステッカの一部を口へ。
それに、ユダはユダなりに。此方へ来た理由は他にあるらしい。私はくわっ、と欠伸を噛まし、そのまま目を乱暴に擦っては。
「じゃあ我慢するっきゃねえな。私だって、毎日毎日先生の煙草へ火を灯すのも疲れるさ」
「ああ〜っ。ダンテさん、いっつもヴェルギリウスに煙草の火付けさせてるよねっ」
私の言葉に、共感する様にそう答えるオズヴァルド。手には葡萄酒の入った、縁の薄いグラスが上品に握られている。
──先生は先程の言葉に反応は返さず。そのまま目の前にある、生ハムの乗ったブルスケッタを一口。
それを見て、オズヴァルドは持ったグラスを揺らしながら。
「っふふ。ねえねえ見て見て、ヴェルギリウスっ。この葡萄酒の色、人間の血みたいじゃない?神聖な食べ物だってのに穢れてるねっ」
神聖な食べ物というのは、聖書等にて葡萄酒が、三日で復活した預言者の血を表す物であるからだろう。
だが、それを魔女と関連付けられる人間の血と結び付かせるのは、些か強引ではないかと。……それに。
「お前ら……あんまり女……民間人の居る店の中でそう血とか呟くなよ。家にデリカシーでも置いて来たのか馬鹿共めっ」
「別に良いだろう。魔女との関連くらい、何処ぞの馬鹿でも分かる話だ。それに、股から血が出るだけで何故そうなる。別に恥ずべきものでは無い筈だろう」
「先生もオズヴァルドも黙れ。もう喋るな!」
先生は話のベクトルが違う。それに、その話こそこんな公共の場で言う話では無い筈だ。
……だがまあ、苛つくが私には好物のチェリーパイがある故。何とか正気を保てるのだ。
私はチェリーパイを咀嚼し心を落ち着かせ。そのまま「ふう」と息を吐く。次に、目の前に座るユダの姿が自然と目に入り……。
その視線は、食事と共に揺れる乳房と腹へと固定され。
「……ユダ、お前少し肥えたか?」
「ぶっ?!」
その言葉に、ユダは食べていた咀嚼物を吐き出した。その勢いは凄まじく、目の前に座る私の額を軽々しく超える程であった。
そして、服にベッタリと。ユダの食んでいた咀嚼物がくっ付けば。
「チッ、お前汚ねぇなぁっ!私の頭巾にかかって、これ以上シミでも出来たらどうするっ!」
そう言い、私は持っていた手拭い(誰かさんに『聖骸布みたい』と言われた品)で服を拭う。
「おっ、お前だってデリカシーを家を通り越して実家にでも置いて来たんじゃなかろうな!馬鹿っ……!それはもう少しオブラートに包むべきだろう、それこそっ!!」
その言葉を聞いて、ユダは机へバンッ!と勢い良く手の平を打ち付け、席から立ち上がる。ユダの着ている、体型が浮き彫りになるリブタートルネックのせいか、その衝撃でユダの豊満な乳房が少し揺れ動く。
まるで、その言葉が火種になったのか。猟銃の発砲を構えるかの如く、私とユダは、双方の胸倉へ掴み掛る。
木製の床へ椅子が倒れ、机の上のグラスに入った葡萄酒が、テーブルクロスへと注がれる。
「ああ、高い葡萄酒なのに……。勿体無いっ」
私達の脇側に居るオズヴァルドが、その零れた葡萄酒を拭き取る中、我々は敵に出会った猛犬の如く。相手をギロリと睨みつけ。
だが、こうも相手を睨み合っていると……何故だか、心の底から、とある感情が押し寄せる。怒りを覆い隠す、そんな感情が。
「「……っぷ」」
両方は同じくして、口を三の時にし笑った。
そして、各々口元を抑えながら席に着き。双方相手を下に見ているのだろう。そんな間抜けな相手を見て、両方共に笑っているのだ。
それを見て、オズヴァルドは我々の事を気難しそうに眺めている。先生の方はと言うと、そんな私達へは見向きもせず。ワインを煽りながら、それのお供としてブルスケッタを嗜んでいた。
──そんな、騒がしい夕食は数十分続き。途中、ユダは思い出した様に懐から懐中時計を取り出すと。食事を切り上げ、ラストオーダーを頼もうとしていた我々へ視線を向け。
「……すまないが、一時頃に予定を組んでいてな。少し、離脱させて貰う──」
ユダは席から立ち上がると。そのまま机へ、自分の食事料金分の硬貨を置いて。次に、私が「お前の好きなデザート、頼んでおこうか?」とユダへ説いたが、ユダはそれも「時間が掛かる」と断った。
そして、ユダの哀愁漂う背中を眺めながら。私は、グラタンの最後の一口を食べ終えた。
──のと同時、オズヴァルドが見計らった様に、ユダが店外へ出て行ったのを確認すると。
「……珍しいね〜、ユダちゃんがラストオーダーのデザートを頼まずに行くなんて。ユダちゃんがばくばく食べる所見るの、好きなんだけどなぁ」
そう言うと、男はナプキンで口を拭いながら、ラストオーダーのデザートを注文する。
オズヴァルドが注文したのは、生クリームのたらふく入ったマリトッツォである。……もう歳だと言うのに、大層胸焼けのする物を頼む物だ。
先生は何も頼まないと分かっているので、私はオズヴァルドに苺のタルトが食べたいと伝えると。
「お前、生クリームは高いのに、よくそんなもん頼むよな。だから稼いでも稼いでも金が無くならないんだよっ」
「失敬だなあ、ヴェルギリウス。生クリームは高級品故、食べられる事自体が幸せなんだ。僕は、栄養を補給する為に食べるんじゃない。あくまでも、こんな物すら食べられない下民を見下して食べる事に意味を見出しているのさ」
そう言い、顔を火照らせながら食事をするその様は、まるで悪魔の様であり。
……彼の股間が蒸れている、多分、興奮のし過ぎで勃起でもしているのだろう。
剰え、奴は女々しく足や身体をモジモジとさせ。
私は、そんなオズヴァルドの股間へ、一発靴底で蹴りをぐっ、と入れれば。
「気色悪いっ。そのブツの鞘を一旦収めろ!」
「無理だよ。だって、男の生理現象なんだから。そう言われて治る様なもんじゃないさっ」
「っん………………」
そんな私の嫌悪の眼差しが、自然と先生の方へと向けられる……。
「おい、ヴェルギリウス。何故俺の方を見る」
それを察してか、先生は新聞を読んでいた手を止め此方へ顔を向け。……私はオズヴァルドに視界を戻すと、奴は悪びれもせず、頼まれやって来たマリトッツオを食していた。
社会不適合者の集まりだ(私もその中の一人だが……)。頭が可笑しくなりそうである。
──ユダは今、何をしているのだろうか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
場面は変わり、路地裏のとある通路へと。
壁は薄汚く、床には鼠が這った跡が見える。
ユダはそんな通路を歩き出し、途中。人気の無い場所で足を止め。
そして、背中に掛けていた、大きく『コキュートス』と刻まれた、漆黒色の大剣へ手を掛けて。
「──路地裏の鼠共、姿を表せ」
虚空に向かってそう告げた。
……足跡が聞こえる。そう思った瞬間だった。路地裏を隔てる建物の屋根から、三人の影が舞い降たのだ。
ヴェルギリウス達は気が付かなかったが、尾行されていたのだ。それも、ユダ本人だけを集中的に。
ユダは「不愉快極まりない」と一言呟けば。辺りの建物を薙ぎ倒す様に、地面へその大剣の矛先を、弧を描く様に走らせれば。
それを見て、三つの影の中でも、一番背の低い一人の女が暗闇の影から乗り出して。
「……タマル様。ナチチは、この者が貴方様の求めていた人とは到底思えないのですっ!」
自身の事を『ナチチ』と語るのは、煤の様な灰色の髪の毛を二つで結び、黒と赤の目立つ装束で口元を隠す女であった。視線はまるで、兎の様に柔らかい。
赤黒の装束の女改めナチチは、奥二体の影を護る様に腕を仰ぎ。手には、紅色を模した剣の様な物が握られて。
「ナチチ殿の言う通りなり。我、そなたの事が分からぬ故。……まさか、目的の主では無き、『そっくりさん』を呼び寄せたもうな?」
独特の口調で語るのは、ナチチと同じく黒赤をベースとした、重めの黒装束を身に纏った男であった。
身長は百七十八センチ越えのユダを優に越す高身長。
それに加えて黒髪マッシュ。目元のクマと共に覗かせる鋭い目付きは、獣すら怯え戦きそうだ。流石のユダも、相手の視線に少し緊張し、表情が強ばる。
そして、その黒髪の男は、腰に掛けていた鞘から剣を取り出し、ユダの方へ──……。
「あでっ!」
……これが、予想出来ただろうか。
強者感漂わせる黒髪の男が、ユダの元へ行く間もなく、地面の段差で転んでしまったのだ。流石のユダもこれには驚き。
頭を「?」でいっぱいにさせながら、尚も剣を握り締める。……が、ナチチはそんな男の姿を見て、重い溜息を吐くと。そのまま剣を鞘へ収め、男へ駆け寄りしゃがみこんでは。
「だからナチチは言ったのですー、マトフェイはナチチの後ろに居てって!マトフェイはいっつも、変な所でドジを踏むのですから……」
「あなや……紅の傷跡が鼻にできし。それ故、そろそろ申してくれなはれ、タマル殿。そなたの求めるこの者は、一体なんぞや?」
「……っ、タマル…………」
鼻から多少の鼻血を出しながら、マトフェイと申す黒髪の男が、目元のクマを覗かせながらもそう告げる。……すると、奥の光の入らない暗闇から、最後の一人が顔を出す。
「あーあ、だから僕も『大丈夫』だって言ったのに、マトフェイは、僕の指示に従っていればいいのっ!」
「すまぬなりぃ……。だが我も、稀に威厳を見せるるが宿命と、思ひ事がありけり……」
彼は、自身の事を『タマル』と呼ばせている様で。
黒色の目立つ上着のコートに、白色のネクタイと、それを囲む様にして着こなされた、これまた黒赤色の装束。
目は澄んでいる水を彷彿とさせる、淡い白濁色で。
だが、それを上書きするかの如く。髪色は燃え盛る様な赤色だ。──タマルは、一言喋ろうとするその口を、数秒開かせ「こほん」と一息。そして、気恥しそうに自己紹介を。
「ぼ、僕の名前はタマル。主の居ない第五支部所属の事務所、『シンコ事務所』の代表者……です」
事務所。支部と言う主根を元に、協力を結んでいる組織の事を指す言葉だ。
順番は、その組織が有している財力にある。順番は左から順に、支部、協会、事務所、傘下と言う形で構成されている。これが、支部の崩壊を防ぐ要となり、資金力となっているのだ。
そしてそんな、支部の右腕でもある事務所の代表者が、ユダの前へと姿を現した理由とは。
ナチチとマトフェイが聞きたいのは、そう言う事なのだろう。
──が、考える時間も与えずに。ユダは大剣を投げ捨てて。奴らの懐を掻い潜り、タマルへと勢いのまま──……抱き付いたのであった。




