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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode8_白痴の英雄と死
42/75

041_ひきつづき、われらの騎士の災難が語られる。

——森の中、(フクロウ)の物哀しい鳴き声だけが闊歩(かっぽ)する。そんな暗い森の中、啜り泣く声が。


「……っぐ、ぅ。……ひっぐ、うぁあ゛っ?!」


ユダであった。ユダは、まるで生まれたての赤子の(ごと)く、泣きじゃくり。


過去の(あやま)ちについて酷く後悔していた。だが、今更後悔してももう遅い(ゆえ)。その答えが、彼女の今置かれて居る待遇(たいぐう)が物語っていた。


途切れ途切れの(あえ)ぎ声を荒げる女は、刺激(しげき)に首輪を()められていた。刺激のある日々を送る為ならば、彼女は何だってするだろう。


刺激——自己陶酔(じことうすい)の成れの果て。ユダは、自身に酔っていたのだ。自惚(うぬぼ)れた自分と言う肩書きで、深い穴を覆い隠していた。だが、覆うだけではその穴は埋められない。


──ああ、(なつか)かし昔の思い出に浸れり。


思い出したくも無い(はず)なのに。どうも脳裏に浮かぶのだ、身を侵す刺激と終わらぬ眩暈(めまい)


ユダと言う名の赤子は泣いた。


……泣いても、何も変わらないと言うのに。


過去の傷は、その程度の懺悔(ざんげ)では許されない事を、深く彼女は知っている(はず)なのに。



005



──翌日、朝日の差し上る早朝の出来事。


朝日が(のぼ)って直ぐの頃。家の玄関近くのリビングにて、私はオズヴァルドと共に身体(からだ)(きた)えている最中だった。


「ねえ、ヴェルギリウス。君は処女(しょじょ)についてどう思う?僕はね、処女(しょじょ)は偉大なる存在だと思うんだよね。舐め取りたい位に愛くるしいよ。ああ、()()い〜」

「お前殺されてえのか。少しは真面目にやれ」


馬鹿な話題を急に振ってくるオズヴァルドを一蹴(いっしゅう)しながら、私は奴の頭へ(こぶし)(かざ)す。


が、避けられた。そして、左の拳が目の前へ──と思わせて、死角からのローキック。


だが、分かっていれば避け様がある。少し余裕のある形で後ろへと、足を()らせながらも後退(こうたい)。汗が皮膚(ひふ)から分離させる。


まあ、何方(どちら)も本気では無い小競(こぜり)り合い程度(ゆえ)。汗を出してはいるが、両者共に息は枯らして居なかった。


──そして、オズヴァルドが「ふうっ」と一息。息を整えたのだろ──ドゴン、ッ!玄関付近から(にぶ)い音が聞こえて来た。それはまるで、扉を蹴破られたかの(ごと)(うるさ)く鈍い音。


そして、何かを引き()る足音が聞こえて来る。


「………………──人間だ、音の大きさ的にも」


ザズッ、ッ。ザスズッ、っ!砂利や土の混じった様な、そんな音が耳を掠め。我々は、静かに武装状態へと切り替える。……ギィッ。


(きし)む木製の扉。集中、瞬きは厳禁だ。その数秒が命取りとなる。だが、目の前に見えて来たのは、他でも無い。


──身体を木の葉や土、顔を自身の体液(たいえき)で汚したユダ姿だった。背に担がれている大剣は、彼女の過酷(かこく)旅路(たびじ)彷彿(ほうふつ)とさせる。


「っぷ、お前ら……っ。やっぱり此処(ここ)に居たのか。……っ。っぐ、……うぅ……」


ユダは、吐瀉物(としゃぶつ)で塗れた口元を動かしそう告げる。私はユダの死角で折り畳みのナイフを仕舞(しま)い、そのまま(ふところ)へと突っ込めば。


「っち、汚ねぇなあ。早くその泥諸々(どろもろもろ)、向こうの風呂で洗い流して来い。くせえんだよっ!」


私は、(はな)をつまみながらもそう言い放つ。確かに、ユダは小便(しょうべん)の匂いやらゲロの臭いやらで明らかに臭い。──それに、私は鼻が利く。


(ゆえ)に、敏感(びんかん)に感じ取ってしまうのだ。その悪臭を。そんな中、オズヴァルドはいつもの飄々(ひょうひょう)とした態度と共に、少し体をうずうずとさせながら、ユダの方へと近寄って。


「そんな事より…………ユダちゃんは、どうやって此処(ここ)まで来られたの?」


……。──その言葉に、ユダは自身の匂いをすんすんと()ぎながら。


「地面は泥沼だったからな。──だから、そこに残るダンテ殿(どの)の足跡を辿(たど)って来た。……それと、足跡が薄くなっている所は──……。少し恥ずかしいが、自身の尿(にょう)の臭いを頼りに」


だが、そうやって奴の前で(スキ)を晒したのが駄目(だめ)だった。瞬きをする間もなく、ユダの豊満(ほうまん)乳房(ちぶさ)は、オズヴァルドの手の平へ。


「────っ、なぁ゛っ?!」


ユダが、驚きの余り(みょう)な声を出す。


私は頭を抱えた。だが、お構い無しにオズヴァルドはユダの乳房(ちぶさ)を後ろから握っている。そして、その鼻をユダの首元へと当てさせながら。


「すうううううううううううううううっ……。僕ね、本当にこういうのに弱いんだ。こういうその人本来の匂いが、本当に好きでね……っ」

「なっ──?!このっ……!辞めろっ??!」


私は分かっていた。……先程から、オズヴァルドがうずうずと体を動かしていた事に。まさかとは思ったが、本当にこうなるとは。


『起こりうる可能性のあるものは必ず起こる』


何時(いつ)ぞやの記憶、オズヴァルドがそう言っていた事を思い出す。マーフィーの法則(ほうそく)だ。


だが、目の前に見える者はなんだろうか。その姿はまるで、貪欲(どんよく)(ケモノ)の様であろう。


息を荒らげ、その熱く蒸せ勃起(ぼっき)した股間を、懸命(けんめい)にユダの体へ擦り付ける者の姿。絶句(ぜっく)を通り越して圧巻(あっかん)である。まるで、発情期の(ケモノ)の様だ。


──これが真の変態であろう事が、今此処(ここ)にて証明された。


だが、ユダも黙っていられまい。ユダは体を動かし暴れる──が、圧倒的体格差。


オズヴァルドの体格と比べ、明らかに劣勢(れっせい)。だが、ユダも本気である。(ふところ)からいつもは使わぬ拳銃──リボルバーを取り出したのだ。


そして、体を(ひね)らせオズヴァルドと対面する形へと変え。その口へ、リボルバーの銃口部分を突き付ける。


「お前……っ。疲れて帰って来たらこのザマかよっ!呆れたぜ。──次やったら殺っう?!」


……私は知っている。オズヴァルドがこの程度で止まる(はず)が無い事を。オズヴァルドは構わず左手で体を寄せながら、(あまつさ)えユダの股間に手をやり始め。


──私が再度大きな溜息(ためいき)をつくのと同時に、ユダの眉間(みけん)がくっと歪む。


「ん〜〜っ。良いよ、撃ってみなよ、ユダちゃん。僕、そう言うの大好きだからっ♥」

「…………」


黙るユダ。だが、ユダは英雄気取(えいゆうきど)りの馬鹿野郎な為、銃を撃てる筈が無い。そう理解しての、このオズヴァルドの(あお)りであろう。


しかし。次の瞬間、(くう)を割る様な。そんな銃声が室内へ。ブチュッ、?!ベタッ、ベタ。


「────……っ、は?」


オズヴァルドの(ほお)風穴(かざあな)が空き、ユダの(ほお)へその血が数的染み込んだ。そして、オズヴァルドは(いや)らしい笑みを浮かべ。ユダはその血や顔を眺めながら、固まった。


理由は単純。なんと、その男。オズヴァルド自身が自分の意思で、その引き金を引いたからである。思いもしない行動をされれば、人というのは硬直(こうちょく)する生き物(ゆえ)


「……っはぁ、……〜!生きた心地がするよ。ねえ、見て。これが僕の血だよ?君が、その銃で、僕の(ほお)を撃ったんだ──っ!」


化物を見る様な、そんな視線。


その笑みや血で固まるユダの顔を見て、男はニヤリと微笑(ほほえ)めば。口から銃をかぽり、と取り出し、ユダの鼻の先へと顔を寄せる。


「──っふふ、っ。こういうのタイプのは初めてでしょ?大丈夫、死にたくなるくらいに優しく抱いてあげるから──」


恐怖。死とは違う、生理的に襲い掛かる系統(けいとう)の、身を蝕む恐怖である。


「あっ……?!あ……っ……」


あまりの狂気に、ユダは固まっている様子。


それをいい事に、オズヴァルドはユダの(ひたい)へ、血塗れの(くちびる)でちゅ、っ。とキスを。


次に、うげぇ。とユダが顔を(こわ)ばらせ。


「ねえ、ユダちゃん。ちゅーしようよ。僕と一緒に、子作りでもしちゃう?」

「馬鹿っ?!──てめぇ……っう゛ううう……」


まるで野原で遊ぶ青年の如く、お気楽にそう告げる、今年で四十一歳の青年?オズヴァルド。私はそれを見て、もう何度目か分からない大きな溜息をつくと。そのまま重い(こし)を上げ。


「……私は出て行くぞ。……それと。あまり、先生に怒られない程度にしておけよ。それに、その……なんだ。少しユダが可哀想(かわいそう)だ」

「分かってるさ。ヴェルギリウスっ──……。っちゅ、っ。……」


次は(ほお)である。自身の血の付着した(ほお)へ、オズヴァルドと言う男はまたもや口付けをした。


本当に、此奴(こいつ)は私の言いたい事が分かっているのだろうか。まあ、別に止める義理(ぎり)は無いので止め様とはしないが……。


次に、固まるユダの持つ銃を弾き飛ばし。男はその手を絡めさせ、そのまま地面へ押し倒す。……はあっ、マジでこの野郎は……。


「ねえユダちゃん。気持ちよかったら僕の名前を呼んでねっ。沢山呼んでいいからね」

「っ……!??…………」


ユダが股間(こかん)(まさぐ)られ、オズヴァルドへそう告げられる所を横目眺めながら、私がその場を去ろうとした、その時だった。部屋の扉を蹴破(けやぶ)る形で、銃声を耳にした先生が部屋へと入って来たのだ。


先生はくわっ、と欠伸(あくび)を吐けば、そのまま辺りを見渡し状況を確認。そして、奴は(ふところ)から煙草(タバコ)の箱を手に取りながら。


「てめえら、お(さか)んなのは良い事だが、時と場合を考えろボケ共」

「馬鹿っ?!こ、此奴(こいつ)が勝手にやっん゛ぐ?」


オズヴァルドに口を塞がれているユダを横に。そう言い、口元へ煙草(タバコ)を運ぶ先生。


そして、オズヴァルドはその言葉を聞き、少し不満げに「はあい」と生返事を返せば。そのままユダからさっと手を離す。ユダは少しフラフラと、立ちくらみの様にふらつけば。


直ぐに自身の顔に付着した血や、接吻(せっぷん)を交わした箇所(かしょ)入念(にゅうねん)に服で拭い始めた。私はその様子を見ながら、ユダへ自身の手拭い(昔、ユダに聖骸布(せいがいふ)みたいと言われた物)を手渡すと。


早くしろと言わんばかりに此方(こちら)を眺める先生の元へ、颯爽(さっそう)と駆け寄り煙草(タバコ)へ火を(とも)す。


「……っち、遅えんだよ来んのがっ!」


そして私は、無理矢理銃声で起こされ目覚めの悪い先生からそう暴言を吐かれ、殴られた。


それを見て、いつもの様に笑う、(ほお)を血塗れに汚したオズヴァルドへ、私は少し恐怖を覚えた。私はまだ人間であると、思い知らされた一日だ。


──だが、ユダの夢は、まだ終わっていないのである。

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