041_ひきつづき、われらの騎士の災難が語られる。
——森の中、梟の物哀しい鳴き声だけが闊歩する。そんな暗い森の中、啜り泣く声が。
「……っぐ、ぅ。……ひっぐ、うぁあ゛っ?!」
ユダであった。ユダは、まるで生まれたての赤子の如く、泣きじゃくり。
過去の過ちについて酷く後悔していた。だが、今更後悔してももう遅い故。その答えが、彼女の今置かれて居る待遇が物語っていた。
途切れ途切れの喘ぎ声を荒げる女は、刺激に首輪を嵌められていた。刺激のある日々を送る為ならば、彼女は何だってするだろう。
刺激——自己陶酔の成れの果て。ユダは、自身に酔っていたのだ。自惚れた自分と言う肩書きで、深い穴を覆い隠していた。だが、覆うだけではその穴は埋められない。
──ああ、嘸かし昔の思い出に浸れり。
思い出したくも無い筈なのに。どうも脳裏に浮かぶのだ、身を侵す刺激と終わらぬ眩暈。
ユダと言う名の赤子は泣いた。
……泣いても、何も変わらないと言うのに。
過去の傷は、その程度の懺悔では許されない事を、深く彼女は知っている筈なのに。
005
──翌日、朝日の差し上る早朝の出来事。
朝日が昇って直ぐの頃。家の玄関近くのリビングにて、私はオズヴァルドと共に身体を鍛えている最中だった。
「ねえ、ヴェルギリウス。君は処女についてどう思う?僕はね、処女は偉大なる存在だと思うんだよね。舐め取りたい位に愛くるしいよ。ああ、愛い愛い〜」
「お前殺されてえのか。少しは真面目にやれ」
馬鹿な話題を急に振ってくるオズヴァルドを一蹴しながら、私は奴の頭へ拳を翳す。
が、避けられた。そして、左の拳が目の前へ──と思わせて、死角からのローキック。
だが、分かっていれば避け様がある。少し余裕のある形で後ろへと、足を擦らせながらも後退。汗が皮膚から分離させる。
まあ、何方も本気では無い小競り合い程度故。汗を出してはいるが、両者共に息は枯らして居なかった。
──そして、オズヴァルドが「ふうっ」と一息。息を整えたのだろ──ドゴン、ッ!玄関付近から鈍い音が聞こえて来た。それはまるで、扉を蹴破られたかの如く煩く鈍い音。
そして、何かを引き摺る足音が聞こえて来る。
「………………──人間だ、音の大きさ的にも」
ザズッ、ッ。ザスズッ、っ!砂利や土の混じった様な、そんな音が耳を掠め。我々は、静かに武装状態へと切り替える。……ギィッ。
軋む木製の扉。集中、瞬きは厳禁だ。その数秒が命取りとなる。だが、目の前に見えて来たのは、他でも無い。
──身体を木の葉や土、顔を自身の体液で汚したユダ姿だった。背に担がれている大剣は、彼女の過酷な旅路を彷彿とさせる。
「っぷ、お前ら……っ。やっぱり此処に居たのか。……っ。っぐ、……うぅ……」
ユダは、吐瀉物で塗れた口元を動かしそう告げる。私はユダの死角で折り畳みのナイフを仕舞い、そのまま懐へと突っ込めば。
「っち、汚ねぇなあ。早くその泥諸々、向こうの風呂で洗い流して来い。くせえんだよっ!」
私は、鼻をつまみながらもそう言い放つ。確かに、ユダは小便の匂いやらゲロの臭いやらで明らかに臭い。──それに、私は鼻が利く。
故に、敏感に感じ取ってしまうのだ。その悪臭を。そんな中、オズヴァルドはいつもの飄々とした態度と共に、少し体をうずうずとさせながら、ユダの方へと近寄って。
「そんな事より…………ユダちゃんは、どうやって此処まで来られたの?」
……。──その言葉に、ユダは自身の匂いをすんすんと嗅ぎながら。
「地面は泥沼だったからな。──だから、そこに残るダンテ殿の足跡を辿って来た。……それと、足跡が薄くなっている所は──……。少し恥ずかしいが、自身の尿の臭いを頼りに」
だが、そうやって奴の前で隙を晒したのが駄目だった。瞬きをする間もなく、ユダの豊満な乳房は、オズヴァルドの手の平へ。
「────っ、なぁ゛っ?!」
ユダが、驚きの余り妙な声を出す。
私は頭を抱えた。だが、お構い無しにオズヴァルドはユダの乳房を後ろから握っている。そして、その鼻をユダの首元へと当てさせながら。
「すうううううううううううううううっ……。僕ね、本当にこういうのに弱いんだ。こういうその人本来の匂いが、本当に好きでね……っ」
「なっ──?!このっ……!辞めろっ??!」
私は分かっていた。……先程から、オズヴァルドがうずうずと体を動かしていた事に。まさかとは思ったが、本当にこうなるとは。
『起こりうる可能性のあるものは必ず起こる』
何時ぞやの記憶、オズヴァルドがそう言っていた事を思い出す。マーフィーの法則だ。
だが、目の前に見える者はなんだろうか。その姿はまるで、貪欲な獣の様であろう。
息を荒らげ、その熱く蒸せ勃起した股間を、懸命にユダの体へ擦り付ける者の姿。絶句を通り越して圧巻である。まるで、発情期の獣の様だ。
──これが真の変態であろう事が、今此処にて証明された。
だが、ユダも黙っていられまい。ユダは体を動かし暴れる──が、圧倒的体格差。
オズヴァルドの体格と比べ、明らかに劣勢。だが、ユダも本気である。懐からいつもは使わぬ拳銃──リボルバーを取り出したのだ。
そして、体を捻らせオズヴァルドと対面する形へと変え。その口へ、リボルバーの銃口部分を突き付ける。
「お前……っ。疲れて帰って来たらこのザマかよっ!呆れたぜ。──次やったら殺っう?!」
……私は知っている。オズヴァルドがこの程度で止まる筈が無い事を。オズヴァルドは構わず左手で体を寄せながら、剰えユダの股間に手をやり始め。
──私が再度大きな溜息をつくのと同時に、ユダの眉間がくっと歪む。
「ん〜〜っ。良いよ、撃ってみなよ、ユダちゃん。僕、そう言うの大好きだからっ♥」
「…………」
黙るユダ。だが、ユダは英雄気取りの馬鹿野郎な為、銃を撃てる筈が無い。そう理解しての、このオズヴァルドの煽りであろう。
しかし。次の瞬間、空を割る様な。そんな銃声が室内へ。ブチュッ、?!ベタッ、ベタ。
「────……っ、は?」
オズヴァルドの頬に風穴が空き、ユダの頬へその血が数的染み込んだ。そして、オズヴァルドは厭らしい笑みを浮かべ。ユダはその血や顔を眺めながら、固まった。
理由は単純。なんと、その男。オズヴァルド自身が自分の意思で、その引き金を引いたからである。思いもしない行動をされれば、人というのは硬直する生き物故。
「……っはぁ、……〜!生きた心地がするよ。ねえ、見て。これが僕の血だよ?君が、その銃で、僕の頬を撃ったんだ──っ!」
化物を見る様な、そんな視線。
その笑みや血で固まるユダの顔を見て、男はニヤリと微笑めば。口から銃をかぽり、と取り出し、ユダの鼻の先へと顔を寄せる。
「──っふふ、っ。こういうのタイプのは初めてでしょ?大丈夫、死にたくなるくらいに優しく抱いてあげるから──」
恐怖。死とは違う、生理的に襲い掛かる系統の、身を蝕む恐怖である。
「あっ……?!あ……っ……」
あまりの狂気に、ユダは固まっている様子。
それをいい事に、オズヴァルドはユダの額へ、血塗れの唇でちゅ、っ。とキスを。
次に、うげぇ。とユダが顔を強ばらせ。
「ねえ、ユダちゃん。ちゅーしようよ。僕と一緒に、子作りでもしちゃう?」
「馬鹿っ?!──てめぇ……っう゛ううう……」
まるで野原で遊ぶ青年の如く、お気楽にそう告げる、今年で四十一歳の青年?オズヴァルド。私はそれを見て、もう何度目か分からない大きな溜息をつくと。そのまま重い腰を上げ。
「……私は出て行くぞ。……それと。あまり、先生に怒られない程度にしておけよ。それに、その……なんだ。少しユダが可哀想だ」
「分かってるさ。ヴェルギリウスっ──……。っちゅ、っ。……」
次は頬である。自身の血の付着した頬へ、オズヴァルドと言う男はまたもや口付けをした。
本当に、此奴は私の言いたい事が分かっているのだろうか。まあ、別に止める義理は無いので止め様とはしないが……。
次に、固まるユダの持つ銃を弾き飛ばし。男はその手を絡めさせ、そのまま地面へ押し倒す。……はあっ、マジでこの野郎は……。
「ねえユダちゃん。気持ちよかったら僕の名前を呼んでねっ。沢山呼んでいいからね」
「っ……!??…………」
ユダが股間を弄られ、オズヴァルドへそう告げられる所を横目眺めながら、私がその場を去ろうとした、その時だった。部屋の扉を蹴破る形で、銃声を耳にした先生が部屋へと入って来たのだ。
先生はくわっ、と欠伸を吐けば、そのまま辺りを見渡し状況を確認。そして、奴は懐から煙草の箱を手に取りながら。
「てめえら、お盛んなのは良い事だが、時と場合を考えろボケ共」
「馬鹿っ?!こ、此奴が勝手にやっん゛ぐ?」
オズヴァルドに口を塞がれているユダを横に。そう言い、口元へ煙草を運ぶ先生。
そして、オズヴァルドはその言葉を聞き、少し不満げに「はあい」と生返事を返せば。そのままユダからさっと手を離す。ユダは少しフラフラと、立ちくらみの様にふらつけば。
直ぐに自身の顔に付着した血や、接吻を交わした箇所を入念に服で拭い始めた。私はその様子を見ながら、ユダへ自身の手拭い(昔、ユダに聖骸布みたいと言われた物)を手渡すと。
早くしろと言わんばかりに此方を眺める先生の元へ、颯爽と駆け寄り煙草へ火を灯す。
「……っち、遅えんだよ来んのがっ!」
そして私は、無理矢理銃声で起こされ目覚めの悪い先生からそう暴言を吐かれ、殴られた。
それを見て、いつもの様に笑う、頬を血塗れに汚したオズヴァルドへ、私は少し恐怖を覚えた。私はまだ人間であると、思い知らされた一日だ。
──だが、ユダの夢は、まだ終わっていないのである。




