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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode8_白痴の英雄と死
41/75

040_われらの騎士に起こったことについて。

003


森の中。近隣(きんりん)の家も何も無い家を見つけた。そこには二人の老夫婦(ろうふうふ)が住んでいて、オズヴァルドがそいつらの首元へナイフを突き刺し、可憐(かれい)に殺した。そして、そいつらは今じゃ玄関前の床下(ゆかした)さ。


「…………」


二階のとある部屋にて。私は窓の(ふち)に飾ってある、老夫婦(ろうふうふ)の写真立てを裏返し、()せる様にして静かに置く。


次に、(ヒマ)なので私は久々(ひさびさ)に本を読んで見る事に。部屋内に置かれた本棚(ほんだな)から、適当に目に入ったのを一冊。


題名は『天国(ヘブン)に芽生える木』。内容は、妻を亡くし人生に落胆(らくたん)した物理学者、アルキ・メデスが、天国に居る妻へ会いに。腐らぬ花束を手に、天動説(てんどうせつ)(もと)づいた天国へと向かって行く──と言うのが、本作の内容である。


そして、その本を読み進めて早数十分。今では、本の半分程度まで読み進められた。私は意外と、速読なのかもしれぬと思いを(つの)らせて、私は本のページを(めく)る手を止める。


そして、老夫婦(ろうふうふ)が使っていたとされる(しおり)を挟み、本を本棚へと戻し背を伸ばす。


次に、私は木の床へ耳を当てた。理由は単純、何処(どこ)に誰が居るのかを確かめる為。──反応は無い。(ゆえ)に、オズヴァルドや先生は下の一階に居るのだろう。


私はそう考えながら、床から耳を外し。そのまま縦長の窓を開く。──夜独特の空気と、夜空が広がって来る。今から、私は捨てられたユダを少し手助けしに行こうと思う。


……まあ、少しだけだし。別に、特別な情なんて無い……。と思いたい。私はそう考えながらも、窓の(ふち)へと靴裏を置く──のと同時に、ドアのノックが。

私は急いで窓を閉め、足を退かし平常を装う。


誰だ?足音は聞こえなかった(はず)なのに。私の(ひたい)に汗が浮き。そして、扉が開いた。──さて、鬼が出るか(じゃ)が出るか。


「おい、ヴェルギリウス」


そこに現れたのは、聞き慣れた声の先生だった。


その両手の指には、ウイスキーやら酒瓶(さかびん)やらが挟まれている。先生は、睨み付ける私の視線を無視し、そのまま部屋内のティーテーブルへとそれらを乱雑(らんざつ)に置き。自身の椅子(イス)だけを引くと。


「まあ座れよ。俺は少し、酒飲みの相手が欲しいだけなんでね」


嘘だ。長年の付き合い(ゆえ)、先生の思っている事など、全てお見通し。私がユダを助けに行く事を見越(みこ)して、行かせない様にする為に此処(ここ)へ来たのだろう。


そして、久々の酒を、しっかりと味わい深く、()()める為に。


抵抗(ていこう)をしてもどうこうなる問題でない事は承知の上。……だけれども。


「……っち、またかよ……オズヴァルドと酒でも飲んで居てくれ、先生。……何で、いつも私ばかりが……っ!」


先生はそんな私の姿を見て、席から立ち上がる。


まずい、怒られる!顔面を殴られるっ!私が体を強ばらせ、目を少し(つむ)りながら、腕を顔前へと(かざ)す。


が、(あん)(じょう)。少し機嫌が悪くなった先生により、そのまま両足を蹴られ。……体勢を崩し、倒れ込もうとする私の胸倉を先生はぐっ、と握り締めれば。


「俺は今疲れてんだよ……。あまり手間を掛けさせるな。──昔の様に、また(なぶ)られたいのか?ヴェルギリウス」


死ね!この糞狼(クソオオカミ)めがっ!!


ふつふつと湧き上がるこの憤怒(ふんぬ)。私の過去は、此奴(こいつ)が一番知っている(はず)なのに。何故(なぜ)酒を飲む時はこうも、私の地雷を踏んで来るのだろうか。不思議でたまらん。


私は、そのまま大人しく席に座れば、それを見て先生も座り込み。──目の前のウイスキーグラスへと注がれたウイスキーを、私はそっと一口。その様子を、嬉々(きき)として先生は眺めている。


……だが、そんな光景がどうも胡散臭(うさんくさ)くて堪らない。


「……ッチ、気に食わねえな。早く飲めよ、何で私が飲んでる様をそうジロジロと……」

「エスコートが必要かと思ってね」


……匂いがする。胡散臭(うさんくさ)くて、心臓をこそばゆく包む様な、そんな匂いが。──私は、毒物を匂いで感ずることが出来る。そして、その私のセンサーが、この先生が注いだ酒に、とてもじゃないが反応しているのだ。


私は口の中に含んでいたウイスキーを、元のウイスキーグラスへと吐き出せば。先生を、(ヘビ)の如く(にら)み付け。


「てめえ……何か混ぜただろ。この中に──」

「……まあ、バレると思ってたさ。前菜だよ前菜っ。俺はそう言うのを大切にしたいんだ」


先生はそう呟けば、真新しいウイスキーボトルへ酒を注ぐ。……匂いに反応は無い。


私は恐る恐る一口、異常は無い。そのまま飲み込むのが(きち)だろう。私は現実逃避として、ほろ酔い程度に酒を(たしな)む事に。だが、その間も先生からは辛辣(しんらつ)で、小馬鹿(こばか)にしたような言葉が飛び交うばかり。


そんな酒飲みから、数十分が経過。私は少し(ほお)を赤らめて、ほろ酔い状態に。だが、先生は依然(いぜん)として酔っている様な様子は無く。


(あまつさ)え、酒のペースが早まっている始末である。


と、その時。(ようや)く機嫌が良くなった先生から、一言。思いもよらない言葉が聞こえて来た。


「──なあ、ヴェルギリウス。俺の秘密について知りたくねえか?」

「そりゃあ知りたいさ。……だが、珍しいな」


先生から、そんな言葉が出て来たのである。


先生の秘密。……長年生活を共にして来たが、何一つ分からぬ先生の素性。少し、淡々(たんたん)と繰り返される酒飲みに刺激が走る。


「今は機嫌がいいんでね。──もし、今から先に俺が酔い潰れたのなら。俺はお前に、一つ俺の秘密を教えてやる」

「適当な戯言(ざれごと)じゃ無いだろうな……?先生が、本当はドーナツが好きだとか、本当は話さないだとか──」


「ああ、お前らに言ったことの無い、(しか)りとした秘密だ。……それと、俺はドーナツは嫌いだ」


先生の秘密、酒も興味も(そそ)る言葉だ。


「……少し気になるじゃねえか。乗った。それに、てめえの腑抜(ふぬ)けた鳴き声も聞きてえしな」


私はウイスキーグラスを机へ置き、一言。


その私の言葉に、先生はにまりと(いや)らしい笑みを浮かべれば。注がれたのは、度数の高いテキーラである。それも、買ったばかりの新品ツヤツヤ。香りも他と比べても最高だ。


「この腐った世界に、乾杯」

「………………」


先生はそう呟けば、コツンッとグラスを踊らせた。──だが、好奇心(こうきしん)(ネコ)をも殺す。


(ゆえ)に、この勝負の勝者は、(すで)に決まっていたのである。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「っう゛……もう無理、限界……っふ、ん……」

「くっ、くははははっ!出直して来い若造(わかぞう)が」


結果は勿論(もちろん)、圧倒的に惨敗(ざんぱい)であった。無様(ぶざま)な捨て台詞(ゼリフ)を吐き捨て、私はもう(あお)れなくなった酒を注ぐ。頭がフラフラする。気持ち悪い、翌日は二日酔いで悩まされそうな、そんな感じがする……。


「っち、あーもうマジで……死ね糞狼(クソオオカミ)っ!!お前……本当に、酔ったことあるのかよ……っ」

「ん〜♪今も十二分に酔ってるぞ。──ほら」


先生はそう言うと、胸元(むなもと)牡丹(ボタン)をプチプチと外し始めれば。そのまま服を開き、半身を(あら)わにする。──その筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の体には、(かす)かに赤色の傷跡(きずあと)の様な物が浮かんでいた。


切り傷に打撲跡(だぼくあと)まで多種多様。酒を飲んだ事で、過去の古傷が浮いて来たのだろう。──だが、私が切った腹の傷は、酒を抜いても消えない様で。それだけはくっきりと、勲章(くんしょう)の様に残っていた。


「はっ、ざまあみやがれ……っ。ふ。……流石に飲み過ぎたか……?(クソ)っ、あと少し……っ」


私はふらつく体を抑え、そのままベッドへと、なだれ込む様に倒れ込んだ。体が熱い、それに目の前がぼやけて見える。


そんな私の背中を見て、先生は一言。


「今日は朝まで此処(ここ)に居るつもりだぜ?俺は。これだけでへばってちゃ、先が見えねえなあ〜本当にっ」


と同時に、死角(しかく)から投げた私のナイフを先生は軽々と避け。……酒に酔っても、先生はまだ人知を超越(ちょうえつ)しているらしい。


「馬鹿め。そんな小細工で、俺を殺せると思うなよ──」


そう言い、先生は機嫌が良いのか悪いのか。私の頭を乱暴(らんぼう)に撫で回す。だが、今やそれが不愉快(ふゆかい)で堪らない。私は、その手を払い除け。


「……──っ、死ねっ!!」


力任せに握り締めたナイフ、それを感情任せて振り(かざ)す──が、これもスカ。テーブルにナイフが貫通(かんつう)しただけだった。


……先生は私がユダを助けに行くのを阻止したいのだろう。勿論(もちろん)、今現在それは成功している。……(クソ)っ、私の馬鹿野郎……!


私はもう、カラカラと鳴るウイスキーグラスは、何年か見なくてもいいかもしれない。


もう、十二分に十分だ。

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