040_われらの騎士に起こったことについて。
003
森の中。近隣の家も何も無い家を見つけた。そこには二人の老夫婦が住んでいて、オズヴァルドがそいつらの首元へナイフを突き刺し、可憐に殺した。そして、そいつらは今じゃ玄関前の床下さ。
「…………」
二階のとある部屋にて。私は窓の縁に飾ってある、老夫婦の写真立てを裏返し、伏せる様にして静かに置く。
次に、暇なので私は久々に本を読んで見る事に。部屋内に置かれた本棚から、適当に目に入ったのを一冊。
題名は『天国に芽生える木』。内容は、妻を亡くし人生に落胆した物理学者、アルキ・メデスが、天国に居る妻へ会いに。腐らぬ花束を手に、天動説に基づいた天国へと向かって行く──と言うのが、本作の内容である。
そして、その本を読み進めて早数十分。今では、本の半分程度まで読み進められた。私は意外と、速読なのかもしれぬと思いを募らせて、私は本のページを巡る手を止める。
そして、老夫婦が使っていたとされる栞を挟み、本を本棚へと戻し背を伸ばす。
次に、私は木の床へ耳を当てた。理由は単純、何処に誰が居るのかを確かめる為。──反応は無い。故に、オズヴァルドや先生は下の一階に居るのだろう。
私はそう考えながら、床から耳を外し。そのまま縦長の窓を開く。──夜独特の空気と、夜空が広がって来る。今から、私は捨てられたユダを少し手助けしに行こうと思う。
……まあ、少しだけだし。別に、特別な情なんて無い……。と思いたい。私はそう考えながらも、窓の縁へと靴裏を置く──のと同時に、ドアのノックが。
私は急いで窓を閉め、足を退かし平常を装う。
誰だ?足音は聞こえなかった筈なのに。私の額に汗が浮き。そして、扉が開いた。──さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「おい、ヴェルギリウス」
そこに現れたのは、聞き慣れた声の先生だった。
その両手の指には、ウイスキーやら酒瓶やらが挟まれている。先生は、睨み付ける私の視線を無視し、そのまま部屋内のティーテーブルへとそれらを乱雑に置き。自身の椅子だけを引くと。
「まあ座れよ。俺は少し、酒飲みの相手が欲しいだけなんでね」
嘘だ。長年の付き合い故、先生の思っている事など、全てお見通し。私がユダを助けに行く事を見越して、行かせない様にする為に此処へ来たのだろう。
そして、久々の酒を、しっかりと味わい深く、噛み締める為に。
抵抗をしてもどうこうなる問題でない事は承知の上。……だけれども。
「……っち、またかよ……オズヴァルドと酒でも飲んで居てくれ、先生。……何で、いつも私ばかりが……っ!」
先生はそんな私の姿を見て、席から立ち上がる。
まずい、怒られる!顔面を殴られるっ!私が体を強ばらせ、目を少し瞑りながら、腕を顔前へと翳す。
が、案の定。少し機嫌が悪くなった先生により、そのまま両足を蹴られ。……体勢を崩し、倒れ込もうとする私の胸倉を先生はぐっ、と握り締めれば。
「俺は今疲れてんだよ……。あまり手間を掛けさせるな。──昔の様に、また嬲られたいのか?ヴェルギリウス」
死ね!この糞狼めがっ!!
ふつふつと湧き上がるこの憤怒。私の過去は、此奴が一番知っている筈なのに。何故酒を飲む時はこうも、私の地雷を踏んで来るのだろうか。不思議でたまらん。
私は、そのまま大人しく席に座れば、それを見て先生も座り込み。──目の前のウイスキーグラスへと注がれたウイスキーを、私はそっと一口。その様子を、嬉々として先生は眺めている。
……だが、そんな光景がどうも胡散臭くて堪らない。
「……ッチ、気に食わねえな。早く飲めよ、何で私が飲んでる様をそうジロジロと……」
「エスコートが必要かと思ってね」
……匂いがする。胡散臭くて、心臓をこそばゆく包む様な、そんな匂いが。──私は、毒物を匂いで感ずることが出来る。そして、その私のセンサーが、この先生が注いだ酒に、とてもじゃないが反応しているのだ。
私は口の中に含んでいたウイスキーを、元のウイスキーグラスへと吐き出せば。先生を、蛇の如く睨み付け。
「てめえ……何か混ぜただろ。この中に──」
「……まあ、バレると思ってたさ。前菜だよ前菜っ。俺はそう言うのを大切にしたいんだ」
先生はそう呟けば、真新しいウイスキーボトルへ酒を注ぐ。……匂いに反応は無い。
私は恐る恐る一口、異常は無い。そのまま飲み込むのが吉だろう。私は現実逃避として、ほろ酔い程度に酒を嗜む事に。だが、その間も先生からは辛辣で、小馬鹿にしたような言葉が飛び交うばかり。
そんな酒飲みから、数十分が経過。私は少し頬を赤らめて、ほろ酔い状態に。だが、先生は依然として酔っている様な様子は無く。
剰え、酒のペースが早まっている始末である。
と、その時。漸く機嫌が良くなった先生から、一言。思いもよらない言葉が聞こえて来た。
「──なあ、ヴェルギリウス。俺の秘密について知りたくねえか?」
「そりゃあ知りたいさ。……だが、珍しいな」
先生から、そんな言葉が出て来たのである。
先生の秘密。……長年生活を共にして来たが、何一つ分からぬ先生の素性。少し、淡々と繰り返される酒飲みに刺激が走る。
「今は機嫌がいいんでね。──もし、今から先に俺が酔い潰れたのなら。俺はお前に、一つ俺の秘密を教えてやる」
「適当な戯言じゃ無いだろうな……?先生が、本当はドーナツが好きだとか、本当は話さないだとか──」
「ああ、お前らに言ったことの無い、然りとした秘密だ。……それと、俺はドーナツは嫌いだ」
先生の秘密、酒も興味も唆る言葉だ。
「……少し気になるじゃねえか。乗った。それに、てめえの腑抜けた鳴き声も聞きてえしな」
私はウイスキーグラスを机へ置き、一言。
その私の言葉に、先生はにまりと厭らしい笑みを浮かべれば。注がれたのは、度数の高いテキーラである。それも、買ったばかりの新品ツヤツヤ。香りも他と比べても最高だ。
「この腐った世界に、乾杯」
「………………」
先生はそう呟けば、コツンッとグラスを踊らせた。──だが、好奇心は猫をも殺す。
故に、この勝負の勝者は、既に決まっていたのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「っう゛……もう無理、限界……っふ、ん……」
「くっ、くははははっ!出直して来い若造が」
結果は勿論、圧倒的に惨敗であった。無様な捨て台詞を吐き捨て、私はもう煽れなくなった酒を注ぐ。頭がフラフラする。気持ち悪い、翌日は二日酔いで悩まされそうな、そんな感じがする……。
「っち、あーもうマジで……死ね糞狼っ!!お前……本当に、酔ったことあるのかよ……っ」
「ん〜♪今も十二分に酔ってるぞ。──ほら」
先生はそう言うと、胸元の牡丹をプチプチと外し始めれば。そのまま服を開き、半身を露わにする。──その筋骨隆々の体には、微かに赤色の傷跡の様な物が浮かんでいた。
切り傷に打撲跡まで多種多様。酒を飲んだ事で、過去の古傷が浮いて来たのだろう。──だが、私が切った腹の傷は、酒を抜いても消えない様で。それだけはくっきりと、勲章の様に残っていた。
「はっ、ざまあみやがれ……っ。ふ。……流石に飲み過ぎたか……?糞っ、あと少し……っ」
私はふらつく体を抑え、そのままベッドへと、なだれ込む様に倒れ込んだ。体が熱い、それに目の前がぼやけて見える。
そんな私の背中を見て、先生は一言。
「今日は朝まで此処に居るつもりだぜ?俺は。これだけでへばってちゃ、先が見えねえなあ〜本当にっ」
と同時に、死角から投げた私のナイフを先生は軽々と避け。……酒に酔っても、先生はまだ人知を超越しているらしい。
「馬鹿め。そんな小細工で、俺を殺せると思うなよ──」
そう言い、先生は機嫌が良いのか悪いのか。私の頭を乱暴に撫で回す。だが、今やそれが不愉快で堪らない。私は、その手を払い除け。
「……──っ、死ねっ!!」
力任せに握り締めたナイフ、それを感情任せて振り翳す──が、これもスカ。テーブルにナイフが貫通しただけだった。
……先生は私がユダを助けに行くのを阻止したいのだろう。勿論、今現在それは成功している。……糞っ、私の馬鹿野郎……!
私はもう、カラカラと鳴るウイスキーグラスは、何年か見なくてもいいかもしれない。
もう、十二分に十分だ。




