039_ドン・キホーテや騎士と愉快な儀式について。
──この世界では、税金の徴収は立派な仕事。そして、そんな仕事を害し、剰え警吏にまで手を出したユダは、貴族ならまだしも、平民の為、重い罪を課せられるだろう。
故に、我々の正体が判明する恐れがあるが為。殺しが許可されたのであろう。
血の雨がまた降り注ぐ。私の頭巾がまたもや血の薄汚れた色で染まり、武器も紅に。空を切る耳に残る音、警吏が弾丸を装填。
どうやら、首都のど真ん中であっても、彼らは鉛玉をぶっ放すらしい。
ドンッ!独特の銃声音が響き渡る。
「あらよっ、とッ!」
それと同時に、オズヴァルドは塩の壁を生成。私達はその壁に入り込み。
オズヴァルドがハッシュパピーの弾を装填後、発射。死角から狙う様に大人しい銃声が聞こえ。
私はその間、壁に身を潜めている……と思わせつつ、建物の屋根へと登り詰め。
そのまま警吏の一人の頭を、落ちる勢いと共に引き裂けば。刃と言う名の矛先を横に向け、力一杯。肉の筋を斬る様に、警吏諸々を巻き込む様に回転を決める。
まるで地獄のメリーゴーランドだ。夢も希望もありゃしない。それに、在り来りな夢なんぞ、この手で壊してしまっても構わないさ。私は、手榴弾のピンへと指を掛ける。──ピンッ!
「──っ、まずい!手榴弾だっ!!」
一斉に肉塊共の筋肉が強ばり、後方へと下がる者もチラホラ。此奴らは、どうやら手榴弾について何も分かっちゃいない様だ。
オズヴァルド達なんかは、その言葉も気にせずに殺戮を続けていると言うのに……。
「ほら、手土産だ。やるよっ」
強ばる肉塊へ、私はその手榴弾を投げ捨てる。
近場へ落とされた手榴弾に、彼らは顔を歪ませる。当然だろう、ものの数秒で爆発してしまう代物だ。
それが正常故、だが、無知ほど怖い物は無い。私は爆発する手榴弾を無視し、そのまま硬直する一人の警吏の首元へ、そのまま斧を食い込ませた。
──手榴弾は、爆発する兆しも無い。
「っ、此奴?!爆発するのが怖くないのかっ」
馬鹿共め。手榴弾と言うのは、安全ピンを抜いても、安全レバーを握ったままだと爆発は起きないのである。私は投げ捨てる前に、こっそりと安全ピンを再度差し戻しておいたのだ。
それに本物はピンを抜く所を見せない。見せたと言うことは、余程の馬鹿か唯のはったりが大半。今回の場合は、純度百パーセントのはったりである。
この手榴弾は質が悪く、ピンを抜く時に大きな音が出る品物故。
本当は、黒猫へ返却する予定だった品物。まあ、こんな所で役に立つとは思いもしなかったが。
私は数匹の警吏をそのまま殺し。込み上げる笑いを抑えながら、そのまま手榴弾を懐へ。一応、そのまま置いておくと少々危なっかしい。ネタのバレたトリック程、面白くない物は他に無いのだから。
そんな私の行動に、家鴨の様な警吏達はふためくばかり。……まあ、そんなもんか。まともに生きていちゃ、こんなのをお目にかかる機会も無い筈だしな。
隣を見ると、少し不安そうな顔をしながらも、ユダがしっかりと戦ってくれている。──そして一方その頃、先生の方はと言うと……。
「……っふう、っ。……ほふ〜っ、……」
余裕そうに小銃を肩へ掛け、煙草を吸っていた。多分、ふつふつと湧き上がる憤怒の感情を少しでも抑える為だろう。
故に、いつもの薄っぺらい笑みは何処へやら。眉間に皺を寄せ、何処か腹立たせながら吸っている。
そんな先生へ、何も知らない警吏達は襲い掛かる。
皆顔は自信に満ちている。理由は、先生が後衛職である遠距離系の射手である事だろう。
何故後衛職が前線に……しかも、流暢に煙草なんて。警吏共は全員、先生を見てそう思っただろう。──圧倒的な誤算である。
背後から忍び寄る警吏へ、先生は視線も合わせずに。彼の額へ器用に銃口を突き付けて。
「はい残念。お前ら、そう言う所だぞ──」
発砲である。そして目にも見えない速度で、弾を再装填。これまた素早く、数匹を仕留める形でまた発射。そしてリロード。
……隙のひとつもありゃしないその攻撃に、先程まで自信に満ちていた奴らも、顔を引き攣りこの表情である。
「死にたい奴からかかって来い……っ」
ガチョン。ッ。いつもとは違う、不思議な音。その装填時の音に、流石の先生も顔を歪め、「あ」と一言。そして。
「……っち、これだからオンボロ品は……っ!」
そうだ、ジャムったのである。弾詰まり、故に発砲不可。先生の成す神業に、器具が着いて行けなかったのだ。──圧倒的チャンス。
馬鹿な奴らは、餌に群がる家畜の様に先生へ飛び掛る。……が、私はその中に混じらない。何故なら、先生は──。
「……そりゃあナンセンス」
「──はっ?!」
歯だ。血と肉片の混じった歯が空中へ。
小銃の銃床部分で殴られたのだ、顔面を。瞼が空へ浮き、そのまま警吏の一人は壁へ吹き飛ばされる。そして、次は肩当てを振り相手を混乱させ。
先生は怯む顔面や股間、胸筋を集中的を狙い撃ち。悲痛な顔で平伏す警察官。我々の様な血が飛び散る事は無いが、それでも痛いのは確かだろう。
皆々が股間や胸元、顔を抑えてすっ倒れて行くのだから。面白い物である。
そしてその間に弾詰まりを解消した先生は、その場に響き渡る様なリロード音を響かせる。その音に戦意喪失紛いな顔をする奴らもちらほら。
まあ、これでも本気を出して居ない様で。煙草を吹かしながらの戦闘だ。……本当に、腹の立つ奴である。先生というのは。
「っふう〜〜〜〜……。……っち、あ゛〜……。無性に腹が立ってくる……チっ」
飛び散る血で煙草の灯火が消えた先生は、再度舌打ちを噛まし。人差し指に嵌めている、銀色の指輪から小さな刃を突起させ、血が付着した部分を切り取れば。そのまま私の方へ、金色のジッポライターを投げて来る。
粗方、敵を倒し終えたからだろうか。先生は、よく人に煙草の火をつけさせる。今回も、そんな先生の身勝手な思いからか……。
「……っ、畜生……応援……応援要請──」
「させねえよ、馬鹿がっ」
私は歩く中、まだ辛うじて意識を保っている警吏の頭を踏み付けて。──風前の灯火、そのまま握る斧で相手のドタマをカチ割った。
路地裏は、悲惨な惨状になっていた。倒れる警吏達の死体や血。反吐の出る光景。
私はそんな血の池を、黒靴でパシャパシャと、濁す様に歩き。ジッポライターの火を付け、そのまま先生の方へと差し出した。
先生は感謝の言葉一つ無く。「ん」と一言挨拶程度に唸れば、煤色の煙を吐く。
隣を見ると、最後のトドメと言わんばかりに、相手の頭へポールを突き刺すオズヴァルドの姿。奴も流暢に煙草を吸っていやがる。
ヤニカスのバーゲンセールも良い所だ。私はジッポライターを床へ投げ捨てて。「はあ」と一息吐き出した。
そして、視線は自然と。今回の騒動の戦犯であるユダの元へと注がれる。ユダは床に突き立てた大剣にを重心に、誰とも目を合わせず。そのまま案山子の様に突っ立っている。……が。
「おい」
先生の方から、そう声が聞こえてくる。その言葉に、ユダは肩をビクリと上下させ。……その様子はぎこち無く、まるで産まれたての子鹿を見ている様であった。
私はオズヴァルドと視線を合わせ、再度心配や哀れみの籠った目線をユダへと向かわせる。
──だが、それは一瞬だった。瞬きをする間もなく、先生はユダの懐へと入り込んだのだ。
腕を大剣から離し、近接戦闘の構えを取るユダであったが、時すでに遅し。
何かしらの残像が見えたのかと思えば、ユダが唸り、腹を抱えて倒れ込んだのだ。多分、あの一瞬で、腹を蹴られたか。その場が冷却庫と化す。
「……ユダ、お前の弁解を聞こうか……」
先生が煙草を床へ捨て、足裏でユダの頭を踏み躙る。
それと同時に、気まずそうなユダが。
「っふ、……わ、私がダンテ殿達を……危険に晒してしまうのは承知の上だったが。……その、搾取される市民の姿がどうも惨めで可哀想で……過去を思い出してしまって」
私とオズは、お前の事を惨めだなと感じているよ。だが、そう口に出してしまえば、先生の怒りの標的が私になりかねん。
私は黙って、その場の空気と化す。
「そうかそうか。……お前はあ〜んな可哀想な奴らを、幾千と焼き殺して来た筈だ。だが、この目で見ると、そのお子ちゃまな正義が許さないみたいだなあ〜お前は。………………でだ。──弁解の言葉はそれだけか?」
先生の顔が全く笑っていない。逆に、ユダの薄っぺらい行動理由に怒りを表している様子。手の甲には血管が浮かび、眉間には深く皺が寄っている。
「英雄を気取ったあの時間は、嘸かし楽しかっただろうに──」
先生の瞳が、ギラリと奇妙に輝いた。
その瞳にユダは再度肩を震わせて、少し不安げに。そして不満げに。
「……そ、そのだな……。私も、今回の事は確りとごめんなさいと言おう。……だ、だから。その……ごめんなさぃ……もう、許しては貰えないだ──」
先生は、尻餅を着き見上げるユダを見下して。その視線が、ユダの瞳を覗かせる。
──そして、ユダが唸った。
「ぅ゛ぐっ。……は、あ゛ぐぅ〜〜っ?!」
先生に首を捕まれ、持ち上げられるユダ。壁に押し付けられ、思う様に動けないのか、ユダは芋虫の様に体を疼くめるのみ。
「ごめっ、?!──ん、ごめんなさぃ゛っ?……ひゅ、っ。がひ゛っ〜??ぁ゛っぐ、ぅ……!」
先生の図太い腕を掴み、力無く掻き毟りながらユダは言った。が、先生は一刀両断。
「──馬鹿か、てめえは。自己陶酔の化物め。お前は、英雄なんかじゃねえ。唯の自分が分からない、自惚れた獣に過ぎないんだよ」
先生は、相当お怒りのご様子で。
涙目になり懇願するユダを無視し、一言一言。噛み締める様に確りと。
「お前のせいで、計画が拗れそうになった事が何回あったか覚えているか?……はあっ。……お前の様な馬鹿はやはり、身体で覚えさせる方が手っ取り早かったか……」
「ぁ゛がっ?!……っう゛っ??ごめっ……〜?なひゃ、っィ゛……ッ??」
先生が、ユダの首元を絞める力を強くした。
首の肉が手に食い込み、今にも千切れそうだ。それに、そろそろ死ぬのでは無いか?私の頭へ、そんな予想が浮かび上がる。
だが、この状況へ足を突っ込めば。今度は私もこうなるかもしれぬ。馬鹿の命より、自身の命の方が大切だ。それは、当たり前の行動故。
それに、私はまだ死ねない。この忌々しい狼をこの手で殺す為に。◇◆◇◆やその家族、先生が手に掛けた私の母親や友人。集落の皆の仇を打って、そのまま──潔く死ぬ為に。
「今回はまだ、重要なのを数えても二度目だ……俺は優しいんでね。赦してやるよ。だが、次にまた俺の説教が始まった時には──俺はお前を殺す」
「ぁ゛っ、……〜が。……ぅ、。……っふ、……あ」
ポタッ、ポタ。……血の池へ、何かが滴る音が聞こえて来る。──失禁だ。
死を感じると、排泄物を出してしまうのが人間の性であるが為。まあ、仕方あるまい。
ユダは小さな喘ぎ声を荒らげるばかり。そして、そんなユダを見て。先生はやっと、ユダの首から手を離す。その首元には、大きな手型が紫色で、くっきりと刻まれていた。
──そして、そんなユダと大剣を。先生は脇腹へと抱え。
「……っち、これじゃあ予定していた宿にも入れねえじゃねえか……。はあ、今回も──」
先生はそう独りでに呟けば、私達の方へ顔を向け。苛立った様子で一言。
「おい、オズヴァルド、ヴェルギリウス。……この馬鹿のせいで予定変更だ。首都から離れた向こうの森に、場所を変更する」
ああ、私のチェリーパイが……。──だが、そう言っていられないのも確か。
この有様じゃ、近くに宿に調査の手が回る。故に、身元がバレる危険性が高まるという訳だ。
だが、こんな事で童話の標的は変えられない。だから、先生は向こうの、首都や人里から離れた森の中へと目的地を変えたのだ。
それと、先生が森中に指定した理由は。
「──それと、此奴を森の中へ捨てて来る」
先生の口からは、そう信じられない言葉が。
そして、真っ先にオズヴァルドがその言葉に反応した。
「捨てるって、どういう事なの?ダンテさん。別に、いつも通りお説教をすればいい話だろうに」
普通に、お仕置程度なのなら椅子に縛り付けて放置するなりある筈なのに。オズヴァルドが言いたいのは、そういう事なのだろう。
そのオズヴァルドの言葉に、先生は。
「前に、地下室で此奴を調教した事があってな。その時はまだ、少しマゾ要素が残っていた頃の馬鹿だ。少し手間取っちまってね」
先生は煙草の箱を手に握りながらそう告げる。が、煙草のストックが無い事に気が付き。
先生は「チッ」と、もう何度目か分からない舌打ちを。次にその煙草の箱を地面へ投げ捨てて。そして口をこそばゆく、何か物足りなさそうにうずうずと体を動かしながら。
「……っその時に、俺が痺れを切らして此奴を何処か山奥に捨てようとしたんだよ。そしたら、態度が急変してな。急に泣きじゃくりやがったのさ──。な、面白いだろ?」
そして先生は最後、追記程度に「だから試すんだよ」と一言。──その姿は宛ら、悪魔の様であり。
「──なあ、先生。もしそれで、ユダが帰って来られなくなったらどうするつもりなんだ?」
私は一言。先生へそう疑問を問うと。
「大丈夫だ。此奴も元々は支部の犬、匂いでも何でも辿って帰ってこられるさ」
馬鹿げた理由だった。だが、私には分かる。先生が、本当にユダを捨てようとしている事を。
確かに、我々の命の方が、ユダの命より尊いのは確か。それは私も同意見である。
──そして、その会話を皮切りに。私達はその場から姿を晦ませた。




