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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode0_最後の晩餐
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003_「この中に裏切り者がいる」

002


外に出ると、街灯や立ち並ぶ、煉瓦(れんが)製の建物の明かりに照らされ、空から降る小さな雪が見えて来る。真っ黒な深淵(しんえん)に注ぐ、数多もの粉雪。


……懐かしい、その時私は、先生に拾われた際の記憶を思い出す。


地面や空から降り注ぐ雪から、連想されてしまったのだろう。


そんな私の心情を気にも止めずに、オズヴァルドや先生は歩き出す。私は、そんな彼らの背中に着いて行くのみだ。それ以外の選択肢は、私には存在して居ない。


「今回も、この童話を殺すとしますかね。……だが少し惜しい気がするな、なんせここの酒は美味いからな」


そう言い、先生は口元へ煙草を翳す。


「というか、何でダンテさんとオズヴァルドは、この童話世界を殺そうとするんだい?長い付き合いだけど、それだけは分からなくてね」

「……………私は先生を殺す為に、先生は私に殺される為にだ。……それ以上探るなよ、あんまり口を滑らせると殺すぞタコっ!」


私はオズヴァルドに向かってそう言うと、彼は納得した様に、そしていつもの様にヘラヘラとした様子で頷いた。だが多分、理解は出来ていないだろう。


先生は、自分自身を殺す為の道具として、私を利用しているだけだ。


だから先生は、童話世界の虐殺(ぎゃくさつ)と言う大罪を犯し、世界に(そむ)くことによってやってくる、数多(あまた)もの敵達を使い、私を強くしようとしているのだ。


先生らしいやり口である。


「行くぞ〜ウェルギリウスとオズヴァルド。今宵(こよい)の運勢は絶好調で好調。久方振りの大仕事だ、気合い入れてけ野郎共」


我々は純白の雪を噛み締めながら、私達はまた歩き出す。此処から始まる大虐殺、純白が純血に染まるその時まで、平和は保つ気配は無い。


童話殺しの物語、はじまりはじまり。


003


「ぎやぁ゛あぁう゛あぁあ゛えあ゛あ゛あぁぁあ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛っ!!!!」


ぎゃー!ぎゃー!と、街を渦巻(うずま)く人の声。


金切り声と、叫び声。皆が巣を見失った(あり)の様に、右往左往と移動する。街は炎の嵐に飲み込まれ、今にも炎の追手が皆の手足を掴みそうだ。


……私はまだ燃えていない建物の屋根を飛び交い移動する。そして、そのまま地面へ、擦ったマッチを投げ捨てた。


その瞬間、瞬く間に燃え上がるは煉獄(れんごく)の炎。この炎が、街を飲み込むのも、時間の問題なのかもしれない。


「木だか紙だか知んないが、今夜の舞台はよく燃える」


燃え盛る炎を背に、私はそう呟いた。


街には大量の火の粉が飛び交い、火風で赤い頭巾が渦を巻く。人の叫び声を聞きながら、私は再度欠伸(あくび)をする。……暇なのだろう。

私の目的は、童話を殺す事では無いからなのかもしれない。


漆黒色の(かわら)から、足を踏み出し地面へ着地。気楽に武器を持ちながら、鼻歌を歌い歩き出す。その姿は、(さなが)ら異端者であっただろう。


「おい」


と、その時。背中の方から、そう張り付く様な声が、私の耳をすっと掠め。


……振り返り、その声の下方向を眺めると、そこには、大きく奇妙な大剣を持った女が立っていた。


焼け付く様な赤髪に、てっぺんに結んだポニーテール。そして、体のシルエットが浮き彫りになる、黒のキャットスーツが目に映る。


しかもこの、牛の乳の様に突起した大きな胸。その胸のラインが、キャットスーツのせいなのか。どうも目立っている気がしてならない。……だが相手は、常に私に凍える様な目線を浴びせて来る。


そして、私が黙って居ると、相手は痺れを切らした様に口を開く。


「お前だよ、お前。そこの赤い頭巾をした男っ。……市民なら、早く逃げた方がいいぜ、何せこの場は火の海だ。焼け焦げた苦いステーキの様に成りたくなけりゃ、早く此処から逃げるんだなっ」


流暢(りゅうちょう)に語る奴の眉間(みけん)に、私はナイフを投げ捨てた。


しかし、そんな攻撃が彼女に当たる筈も無く。そのまま大剣によりあしらわれ、地面へ鉄が振動する音と共に、外れ落ちる。


私が市民では無いと悟ったのだろう。赤髪の女は、私へ大剣の矛先を向ければ、冷徹な言葉で。


「……貴様が世間を沸かせた大罪人、童話殺しのスレイヤーか。どうりで立ち振る舞いが他の人間とは違った訳だ。それに、人を殺した人間は、その人間独特の雰囲気がある。それにバッチリ当てはまってんだよ、お前は」


そう言い放った。そして、彼女は居合いと思しき形へ体を変化させれば、そのまま一直線に此方へ猛ダッシュ。


その速度は一級品と言うべきか。瞬きをすれば、目の前に大剣の矛先が見えてくる。だが、私も私で一応鍛えている身ではある。首を横へ降り、間一髪で攻撃を避け、そのまま持っていた斧を、彼女の頭へ振り翳す。


が、当たるはずも無く。そのまま避けられ、空中を数回回転し、相手は地面に足をつく。……二人共、いつ何処の方向から攻撃を喰らうか、分からない状況下。


緊迫故の汗が、頬を滴り地面へ落ちる。


「………………っ────」


そして、両者共々、同じ瞬間に踏み込んだ。地面が割れ、風が靡く音と共に、目の前に見えたは闇色の大剣。私の斧と合わさり、激戦を表す火花が飛び散る大合戦。


しかし、両者の攻撃は止む事を知らず。逆に速度も、精度も格段に向上して行っている。……強い!私が今まで戦って来た中で一番、(るい)を見ない逸材だ。


と、彼女の胸元に、銀色のペンダントが巻き付けられているのが見えた。そのペンダントは、炎を反射し光り輝いていた。そして、私はそれを見て一言。


「お前、支部職員か──!」


支部。この童話世界の解明や保護、童話の軍事保護を行っている組織。何かこの童話世界に関わる何かが起これば出動する、言わば戦場の特攻隊だ。


それを表すサインとして、銀色のペンダント。彼女には、それが首に掛けられていたのだ。


「私は第十二支部、狂犬のユダだっ!地獄の土産に覚えておくがいいっ!」

「こりゃ、やり甲斐(がい)がありそうだ!!」


大剣と斧との打ち合い。彼女、狂犬のユダがそう高らかと宣言するのと共に、攻撃がより一層激しく盛り上がる。


攻撃力はユダの方が格段に上である。その為、その怒涛(どとう)の攻撃を私は防げる訳もなく。体は傷だらけ、黒装束や赤い頭巾に裂け目が入る。


「いくぜオラァ゛っ!!」


彼女の大剣の刃が、私の腕に食い込んだ。左腕全体に走る激痛で顔を歪めながら、私は使い物にならなくなった左腕を垂らし、もう片方の手で斧を握り締める。


まだ繋がっているが、動かなくなるのも時間の問題だろう。


生憎、包帯や消毒は持ち合わせていない。あったとしても、傷を癒す隙をユダは与えてくれないだろう。流石は狂犬、彼女も疲れているというのに。


……だが、やる気で体を無理矢理動かしている様子だ。何れ限界が来る。


そして、私の身体にも限界が来ているのは確か。自身の体が、脳の意志とは関係無く、地べたへ(こうべ)を垂れる様な姿勢へと体制が崩れたのだ。立膝である。

その私の格好を見て、ユダは鼻で笑えば。


「…………おいおい、さっきの威勢はどうした?純血の傭兵。……純血の傭兵、最近世間を騒がせるお前らに付けられたあだ名。不名誉な名前だよな、私だったら自殺してるよ」


体が動かない。まるで、誰かに押さえ付けられている様だ。だが、口だけは動く。

私は、達者(たっしゃ)な口を開けばこう言った。


「お前の狂犬も、私だったら恥ずかしくて自殺してるよ馬鹿野郎」


その私の発した言葉に、ユダは「殺す」と一言返答し、此方へ大剣を持ちながら近付いて来る。ギギギ……ギギギ。地面と引き摺る大剣が擦り鳴る音が、私の耳にへばりつく。


彼女が私の近くへやって来た。そして、大きな大剣を、空へ振り翳したその時だった。


私は、そのまま腰に手を掛け、腰に巻いていた手榴弾の安全ピンを抜き、奴の目に映る様に見せびらかしては。


「死ぬのはお前だ、ユダっ!!」

「────手榴弾か!」


私は、ユダに向かって安全ピンを抜いた手榴弾を、ポイと投げ捨てた。ユダがそれを避けようと身を構えるが、爆発する(きざ)しは無い。


その間を使い、私は彼女の元へと駆け出した。手榴弾らしき(つぶて)程度の石を蹴り上げて。そうだ、プロは手榴弾のピンを抜く所は見せない。


そして、私はユダの腹に渾身の一撃をキメる事に成功した。


口から血を吐き出し、向こう側へと飛んで行くユダ。斧で腹は半分程度切られており、死ぬ程の大量出血。生きていたとしても、虫の息だろう。……私は、倒れ込むユダの元へと近付くと、そのまま斧を持ち、空へ振り翳しては。


「お前、やっぱり強いよ」


その言葉と共に、ユダの首元へと斧を振ろうとした時だ。……手が勝手に緩み、血で穢れた斧が床へ落ちたのだ。


「──は?」


恐怖や死への恐れから等では無い。……よく見ると、ユダの手には、隠れる様に銃が握られている。撃たれたか!そう思ったのも束の間、視界が百八十度回転したのかと思えば、そのまま硬い地面にダイブである。


銃で撃たれた場所は、別に致命傷では無いが、それを引き金に、体が限界を迎えたのだろう。


……左腕の感覚が麻痺して動かせない。身体中の切り傷から血が滝の様に流れ出ている。そんな感覚に苛まれながら、私は星空を優雅(ゆうが)に眺め、周りに迫る炎の追手と見つめ合う。


死んだ、直感でそう思ったさ。


炎の暑さが、もう皮膚に迫って来ている。オオカミの胃酸で溶かされた、火傷跡が疼く。


ああ、私。此処で死ぬんだな。不思議と恐怖心は無い。走馬灯も、先生との吐瀉(としゃ)物を吐くほどの特訓か、小さな頃の思い出しか浮かばない。


死、それは運命。運命には、何人たりとも抗えないのだから。


「…………ははっ、クソッタレな人生だったよ」


そう愚痴を零し、私は目を閉じた。

永遠の眠りにつく為に。……………。


炎が燃えさかる音と共に、私の隣へ誰かが降りた音がした。私は、薄らと目を開けると、そこには。先生と、傷を負ったオズヴァルドの姿。


……ああ、私はまだ死ねないんだな。


「帰るぞ、ヴェルギリウス。微睡(まどろ)みの時間はお終いだ」

「…………少しくらい……微睡みに浸る時間をくれよ………………っ」

先生に背中を抱き抱えられ、担がれた状態で。私はそのまま眠りに堕ちた。


そうだ、堕ちたのだ。天使が堕落をする様に。


「…………十二使徒か……」


十二使徒、キリストの弟子達十二人である。

この世界では、一つ一つの支部の、主戦力の名称とでも思っていて欲しい。


……そしてキリストの、十二人の中の裏切り者の名前を、()()と言う。

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