038_機知に富んだドン・キホーテの旅立ちについて。
002
──目を開ける、耳が妙に騒がしい。
重い瞳を動かして、私は隣の窓を見る。どうやら、童話と童話の国境を越え、首都へと辿り着いた様だ。もう、あの新聞で報道された、胡散臭い童話殺しの情報も、薄れ消えつつある。
故に、我々は首都へと出向いたのだ。
馬の吐息と共に、外で店を構える商人や、幸せそうな市民の顔が目に映る。
絶望を知らない子供と、育む幸せな大人。
私は窓からそっと目を背けた。いたいけな幼子の姿が、少し視界に入ったから。
希望を見てはならない、望みを捨てよ。希望の先には、それをも超える絶望が待っているからだ。
……途中、とある沿いで馬車は止まり、鞭を持った男が無愛想に、馬車の扉をギィィッと開く。それを見て、私達は少ない手荷物を持ち外の空気を吸い込んだ。
「っくあ〜、腰とケツが痛いよ。小刻みに揺れる馬車との相性も最悪だ……っ」
馬車の男へ運賃と、何かあった際の口止め料として、運賃と比較し三分の一程度のチップを手渡す先生を横に。オズヴァルドは老体の老人の如く、荷物を床へ乱雑に放置すれば。
そのまま腰へ手を回し、トントンを脊椎を拳でノック。……そして、私も同様に、両腕を上げ手の平を空へやり、グイッと背骨を鳴らしている最中だ。
やはり、馬車は何度乗っても慣れまい。移動は楽だとしても、長距離移動は腰に来る。
「……な、なんと美味そうなマフィンなのだ……?!それに、蜂蜜まで……!」
しかし、そんな我々の隣では、近場にある喫茶店から漂う甘い香りに誘われて、ユダが息を荒らげていた。……なんて元気な奴なんだ。
……まあ、後で一緒に、喫茶店にでも行くとしようか。
私は一旦息を整え、持って来た荷物を再度手に取りくわっと欠伸。
そんな私達の様子を見て。手荷物を全て私へ預けた先生は。
「──向こうの角を曲がって数歩の所に宿があるらしい。……まだ時間はあるな。少し寄り道を挟みながら行くとしよう」
そう言う先生の視界の先には、雑貨屋が。……私は、先生が銀食器等を粗布で拭っている姿をよく見たことがある。先生は、銀食器等を磨き上げ、ピカピカにする事を趣味としている。
前は確か、人の頭と同じ大きさのティーポットを磨き上げていた様な……。
執事の下積み時代にやる事の様なことを、先生は好き好んでするらしい。
「へえ〜、ダンテさんは安っぽい商品好きなのかあ」
視線の先や、先生の言動から察したのだろう。だが、空気は読めなかった様で。突拍子も無く、オズヴァルドが先生の前でそう告げた。
オズヴァルドの悪い癖だ、思った事を此奴は直ぐに口に出してしまう。
その言葉に先生は、ほくそ笑みながら「そうかもな」と返答し、そのまま歩いて宿へと向かう。
……だが、まだ怖くて先生にあの店へ行きたいと話せないのだろうか。少し名残惜しそうに、喫茶店の方を眺めるユダの姿がそこにはあった。
──と、同時に。光の差し込まない路地裏の方から、何処からか声が聞こえて。
「──っち、これだけかよ。──足りないねえ、子供二匹と大人一匹含めた金には到底」
「────お、お願いじまず……。ど、どうか子供だけは──……た、炭鉱や煤取りの仕事に行かせんといてください……っ!」
その声を聞き、少し路地裏の方をちらっと眺める私達御一行。そして、見えたのは人間の闇の部分であった。痩せ細った子供を腹に抱き抱えながら、警吏に蹴られ殴られている女房の姿がチラリと見える。
──その姿を見て、先生は直ぐに目を逸らし。少し笑いながら。
「どうせ、税金が納められなくなってこうなったんだろうに。ま、俺達も払ってねえがな」
「へえ、貧乏で税金を納められない割に、子作りなんかは出来るんだね〜」
税金。国に納める金の事である。その数、大人銀貨二枚に、子供は銅貨十枚だ。
そして、その硬貨のレートは、金、銀、銅、鋼に分けられる。一般人計算、銀貨は一枚で一月分の食事を、銅貨は一枚で一日分の食費が補える。
──だが、貧困層の者共には、そんなはした金も払えないのだろう。
故にこうなっていると言う訳か。知恵を使えない子鹿程、この世の中では生きていけまい。女の口振りからして、子供はこれから奴隷となり、煙突の煤取りや、狭い炭鉱の石炭掘りに向かわされるのだろう。
煙突の煤取りは、汚れた煤で肺を壊し。狭い炭鉱は、いつ炭鉱が崩れるか分からない中。
背丈より少し小さく、半分程度の炭鉱内、石炭を掘り続けなければならない。
何方も地獄に等しい。
「ふうん、あれが貧困層の馬鹿な人間達かあ。けど、あんな知恵を凝らせない兎のお陰で、僕達はこうやって生きていけるのかもね」
その集められた税金は、全て童話世界の為に使われる。
その様子を、オズヴァルドは物珍しく眺めれば。そのまま欠伸をし「僕の家は裕福だったからね」と一言。余計な一言ではあったが、確かに、貴族さながらの行動や、食事マナーは確りと染み出している。
私は彼らの言葉を聞きながら、再度貧困層の家族の姿をそっと眺めた。……私の膨らむ財布には、奴らを満足できる程の金がある。
「……こんな泥臭い現場なんて、見て面白いかよ。早く行こうぜ」
だが、与える筈が無かろうに。物乞いや乞食ならまだしも、あんな現場に駆け寄ろうなんて馬鹿げてる。私達は、英雄でも何でもない。
……まあ、今回は奴らの運が悪かったという事で、この話を締め括ろうではないか。
その私の言葉に納得した様に、彼らは足を進めて行く。私も、泥臭い現場からは目を背け、そのまま光の灯る太陽へと向かって行く。
「──ねえヴェルギリウス、ダンテさん。彼奴らに、僕の財布にある金貨をちらつかせたらどうなると思う?」
「そりゃあ、靴を舐めてでも貰いに来るだろうよ。私だったらそうするな」
「まるで慌てふためく乞食だな。……だが、焦る乞食程、貰いは少ない──」
──ガコッ、ッ!?
「……ん、何だ……。今の音……?」
そんな会話を遮る様に、何処かしらから鈍い音がした様な気がした。それと同時に、先生が後ろを振り向けば。そのまま、先程の路地裏へと駆け出したのだ。
──ユダの姿が見えない。まさかとは思うが……?無駄な思いを背に、我々は先程の路地裏へと視界を。
すると、警吏の者共の顔面へ殴り掛かる彼女の姿がそこにはあった。ユダは、警吏の者共を一通り殴り終えると、そのまま項垂れる子供と親へ、金貨のたらふく入った布袋を手渡し。
「謝礼の言葉は要らん。早く逃げろっ!」
「──っ、う。……あの馬鹿っ?!」
奥へと逃げる低級庶民の背中を、少し訝しげな視線で眺めるユダ。そして、倒れた警吏の一人が、仲間を集める為のホイッスルを鳴らす。
勿論、私達は素性がバレてはまずい存在。ユダは何を思ったのだろうか。考えるだけで腹が立つし……それに、先生が……。
私とオズヴァルドが、目元を歪ませる先には──……。
言葉も出ないのか、大きな溜息を吐き、鋭い視線でユダを見詰める先生の姿。
ドタドタドタ。ホイッスルの音を聞いて、近場の警吏達がやって来る足音が聞こえる。
だが、我々にはそんな音など聞こえない。目の前に居る先生の事で、頭がいっぱいだからである。
先生は、重い足を動かして。ユダの方へと歩き出せば。
「お前……後で覚えておけよ………………」
先生から、鉄槌の様に下されたその一言。
その言葉に、流石のユダもやってしまったと息を飲む。先生は今の状況を解決してから、ユダへ説教をするらしい。
──そして、路地裏の通路を塞ぐ様にして、結構な数の警吏達が集まった。……私達は、そっと自身の武器を持つ。私は斧を、ユダは漆黒色の、名をコキュートスと呼ばれる大剣を。オズヴァルドはハッシュパピー。先生は、イラつきながらもライフル銃を手に。
「──全員、戦闘準備。生死は問わん」
先生は弾をリロードすると、冷たく、そして冷酷にそう告げる。
それと同時に、我々は此方へ雪崩込む警吏共の首根っこへ。自身らの武器を食い込ませた──!




