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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode8_白痴の英雄と死
38/75

037_名高き郷士ドン・キホーテについて。

私は走った。地面は少し生暖かい。


牡丹色(ぼたんいろ)で構成された、(いびつ)で所々に穴の空いた肉片の上を、私は走ったのだ。


そしてその肉片で出来た地面には、人間の体液。血や性行為(セックス)の際に出される、分泌液(ぶんぴつえき)の様なのが散りばめられている。


パシャッ、パシャッ。爆ぜる様に飛び散る体液を踏み荒らしながら、私は走った。そして空は虚無(きょむ)の様に、光を飲み込む暗黒色だ。


「はっ、は──っっ!!は、……っふ、っ!」


走れ、足を動かせ。(はだか)の体を動かして、裸足(はだし)で地面を踏み込み続けろ。──背中から、異様に膨大(ぼうだい)邪知(じゃち)の塊が迫って来る。


私は只々(ただただ)、この美しい悪夢から覚めることを祈るのみ。


ごわごわと、背後から何かの威圧を感じる。奴が近い、あの恐ろしい肉塊が近いのだ。


──そう思っていたのも(つか)()、追い付かれ、掴まれた。あの肉の塊に、足首を。


滑る地面と合わさって、私は屈辱的(くつじょくてき)にも背中を相手へ晒してしまった。……歯を食いしばり、後ろをちらりと振り向けば。


肉の塊は変化した。形は(いびつ)だが、面影(おもかげ)のある人物へ。……そして、それが先生の姿で止まった。肉塊の先生は、私の顔を覗き込む。


『んばろね、んばろね、あーあーあー。こたえをんばろて、らえいゆこきく。からだにきさまむけり。あこせんじょつえきなこえをはせ』


巨体の肉塊が、私の足指へ、体をむにゅりと沈ませる。そして、段々と、私は飲み込まれて行くのだ。……その間も、奴は不可解な声を発していた。それはまるで、私の心の何かを表す様に。


『にくつきよいいからだに、やそのなたきくまや。らかておにらかて、のさあくけ、かななくに。あーあーあー。のちこゆでたゆ、このむきくまさしふおまえこしまゆせいたえまと』

「ぁ゛っ?!──っっ!!、???──っ!」


口が肉塊に覆われた。そして、その肉塊から、無数の細長い寄生虫の様なものが這い出て来たのだ。


その寄生虫が、全身の穴という穴から入り込んで来る。鼻、口、耳、(へそ)(ちつ)。体の内部が、気色悪い感触に段々と毒される──。


「がっ……。ぎぃ゛…?っ。……ぁ゛ぎぁ、っ」


『苦しい、気持ち悪い。頭をかち割ってやる』私はそう告げるが、上手く言葉を発せない。体内を直接犯される感触と共に、私は寄生虫の入った涙腺(るいせん)から涙を流す。だが、目元がきつく()れるのみ。


…………こんなの、死んだ方がマシだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「っ、────!!??っ、はぁ゛。……!」


私は飛び起きた。


木製のベッドが、経年劣化(けいねんれっか)の為(きし)む音を出し。私は息を荒くする。そして一応、皮膚や身体に触れてみた。……何ともない。安心しても良いだろう、私は、悪夢の様な幻想(げんそう)(むさぼ)っていただけなのだから。


だが、しかし……こうも鮮明に夢に出て来るのは、今週で何回目だろうか。あの日から毎晩、同じ夢を見ている様な気がする。謎の者に追われて、身を様々な方法で(おか)される。


……うぅ、毎日朝は死にたくなる。


間抜けな自分に腹が立つし、何より、もう夢を見たくない。私の夢は、他の者が思う甘美(かんび)な物ではなく、本当の悪夢なのだから。


……私は静かに冷汗を拭い、ベッドから立ち上がり。そして、寝間着(ねまき)から姿を一変、いつもの赤い頭巾(ずきん)黒装束(くろしょうぞく)を身に(まと)う。


赤い頭巾(ずきん)は、返り血や激しい戦闘諸々(もろもろ)で、所々が(ほつ)れてボロボロだ。……しかし、これは、私が持っている最後の思い出の品。そして、この(みにく)い顔を隠す、最高の手段なのである。


私は、少し(オノ)をボロ布で磨き整えると。そのまま下へと降りて行く。


「っん?ああ、おはよう。ヴェルギリウス」


螺旋階段(らせんかいだん)を降りると、そこには革製のアタッシュケースに、衣類を詰めるオズヴァルドの姿が。そして、同様に。荷物を(まと)めるユダと、先生の姿。


先生は、此方(こちら)へ顔を向けると。「ちょっと来い」と言わんばかりに手を振れば。……私が、仕方なく先生の元へ体を動かすと、先生は。


「やっと起きたか、餓鬼(ガキ)。……荷物を(まと)めろ。そろそろ、この童話とも別れ時だ」

「なっ──?……おい、この童話は殺して居ないだろ、何故(なぜ)火を(とも)さずにズラかるんだよ」


『ブレーメンの音楽隊』、パーティーやパレードで有名なこの童話は、まだ殺して居ない(はず)なのに……。


先生は突如(とつじょ)、そう話を切り出すのと同時に、私がそう問うと、面倒臭いと言わんばかりに先生は眉間(みけん)を狭めながら。


「チッ。……お前が最近、この童話の支部幹部を殺した事によって、警備が厳重になった」


この童話を管理していたのは、学者として名を馳せていたマタイである。


「そして、此処(ここ)にかの有名な支部所属幹部である『ヨハネ』も滞在するみたいでね。お前らじゃ彼奴(あいつ)との戦いで死ぬだけだ。それに、足手まといを(かば)いながらは戦いたくは無いんでね──」


ヨハネ。第一支部代表、支部設立者である謎多き人物と、唯一対面を許されている存在。


……そして、その戦闘力は、世間知らずな私でも知っている。人知を超越(ちょうえつ)し、神々の(ごと)く振り回される大剣は、神に愛され、大地を切り裂き池を真っ二つにするんだとか。


そんな、どの童話からの支持率が高い、最強の支部代表者ヨハネ。……先生相手では、どうなるかは分からないが。私やオズ、ユダ相手では歯が立たない事は確かである。


それに先生も、手荷物を持っての戦闘はしたくないらしい。──(ゆえ)の、逃亡。まあ、我々の本当の目的は、あくまでも童話の破壊では無いし、納得の理由だ。


「交通手段は何だ。馬車か?……馬車は良い値段のしない奴は、ケツが痛くなって嫌なんだよ」

「それは俺も同意見だ。……だが、多少金を多めに(はた)いても、今回はいつもより長い旅路だ。どの道ケツは痛くなる。我慢しろ」


そう言い、先生は少し眠そうに「くあっ」と欠伸を吐けば。荷物を纏め終えたのか、身体を上へ伸ばすと「あの死体を片付けて来る」と一言。あの死体、この家の持ち主の遺体。


多分、少しでも死体の身元が分からない様に、顔や性別が分からない程度に損壊(そんかい)させるのだろう。か、何か都合(つごう)が悪ければ、面倒だが黒猫に頼み(ブタ)の餌だ。そして、私がそう考えている間。


隣では、ユダとオズヴァルドが、子供の様に胸躍(むねおど)らせていた。


「──次の童話では何を食べようか……。マフィンにカップケーキ。昔は食べられなかった甘味(かんみ)が、私の脳を支配して行くのだ……!」

「僕はまずハッシュパピーと、コーンミールマフィンでしょ?それと、マリトッツオに、良いお値段のするスティックフィリットも追加で一つ」


(あご)に指を置き、そう妄想に(ふけ)るオズヴァルド。隣では、沢山の荷物をアタッシュケースに詰め込みながら、自身気にそう告げるユダの姿もそこにはあった。


──私も、最近酒場に行っていない様な……先ずは酒を腐る程飲んでから、次にチェリーパイやバタースコッチシナモンパイ、ミートパイも食べに行こう。


……だが、首都(しゅと)に近付くほど、利益の為に腐った肉を平気で出す店もあるので、ミートパイは厳禁だな。


肉の臭み消しで、貴重な香辛料(こうしんりょう)である胡椒(こしょう)やらを沢山振りかけてあったりする店はハズレだ。肉の腐敗臭(ふはいしゅう)を揉み消している証拠。


……まあ、そんな雑談も程々に。


──次の目的地は、(はい)かぶり姫と呼ばれた『シンデレラ』と言う童話世界である。


001


早朝。小鳥もまだ眠っているそんな朝方に、我々は馬車近くの商人へと声を掛ける。


「──ん、ああ。お客さん方、(はい)かぶり姫行きですね。畏まりました、どうぞお席に」


先生が袋に入った金貨を手渡すと、男は満足したかの様に扉を開けた。金貨は、銀貨とは比べ物にならない程に高価(ゆえ)、この笑顔なのであろう。


我々御一行は、少し薄いシーツの掛かった椅子(イス)(こし)を下ろせば。それを確認し男は馬へと(ムチ)を打つ。


……そして、馬車での移動は此処からが本番だ。あまり体を動かせない上に、木製の硬い腰掛け。


そして細かに揺れる馬車のせいで、思ったよりも優雅(ゆうが)には眠れない。


「……っくあ。……っふ……」


私は腕と足を組み、一番楽な体制へと。そして、大きな欠伸(あくび)を吐く。が、背は伸ばせない。


すぐ隣にユダが居るからだ。ユダは、紙袋に入ったマフィンを黙々と食べながら、外の景色を眺めている。そして、目の前に居るオズヴァルドも同じ様に外を眺め。


──左端の先生は、読書を始めていた。本の題名をチラリと見ると、そこには『騎士道物語(きしどうものがたり)』と(つづ)られている。


……先生には似ても似つかない内容だ。私は直ぐに目線を()らせば、そのまま外の景色を眺める事に。


だが、視線はより一層。……いや、いつもよりも自然と刺々(とげとげ)しくなっていた。


「どうした、俺と居るのがそんなに嫌か」


本を読んでいた先生が不意に、私へそう告げる。

突然の事で驚く私であったが、直ぐに体勢を整えて。私は先生を(にら)み付けるように。


「ああそうさ、先生と居ると虫唾(むしず)が走る。早く死んで消え失せろっ」

「俺も早くそうしたいね。俺を殺すことすらままならない、役立たずの木偶(でく)(ぼう)


その言葉と同時に、左側にぐわっ!と何かの衝撃が走る。足を見ると、左端(ひだりはじ)の先生が、私の足を()っているでは無いか。


怪我人に対してその行動はどうかと思うが、今の私では太刀打ち出来ないのも確か。また、あの時の様に殴られ蹴られは御免である。


私は再度深く頭巾(ずきん)を被り、そのまま深く腕を組む。そして、目を閉じた。……眠れなくてもそれで良い。今は、そのままで……。


辛い現実の中で、私は空虚(くうきょ)妄想(もうそう)と言う甘い果実を(ほふ)る。


……ああ、◆◇◆◇。待っていてくれ、必ず、この手で先生を──。

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