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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode7_鶏の囀りと翼
37/75

036_隣人を疑え、葛藤と苦悩。

004


──第一支部所属(しょぞく)、ペテロ。彼女は、支部解体に(ともな)い、死んだ友人であるマタイの支部部屋へと足を進めていた。


……家に帰ると、マタイが来ると思い、()()って買ってきた、冷めた料理が待っているのだろう。そう考えただけで、自分が滑稽(こっけい)に思えて来る。


ペテロは、靴音を廊下内に(ひび)かせて。家にある冷めたチキンについて、思いを(めぐ)らせる。それに、パーティー用のポテトも追加で入れておこうとした自分が馬鹿だったと、そう心の中で呟けば。


「……畜生、畜生……っ」


口からは、耐えず恨み言が吐き捨てられて。


それに加えて、あの腹が立つヨハネとも対面(たいめん)した。散々(さんざん)な一日だと、ペテロは今日と言う日を呪う。しかし、声には出さない。


そして、入りたくない、マタイの支部室の目の前へと(たたず)むペテロ。……少し息を整える。


支部長専用の部屋は、その者が信頼(しんらい)を寄せる者、もしくは同じ位の支部長や、上層部のあのお方でしか入れない聖域(せいいき)(ゆえ)に、プライベートな空間なのだ。


彼女はまた、息を整えた。マタイが死んだと言う、真実を受け止める為に。


だが、思い出したくもない記憶が、ふつふつと湧き出る様に湧き上がって来るのだ。


『───。美味しいチキンを用意して待っていてよ。あ、チキンはあのお店が良いね。ほら、昔一緒に食べに行った所さ。チキン・ボンランって所のね』


「……………………っ、糞……っ!」


ペテロの心の中に響く声。それは、マタイ本人であった。かつての、今や(なつ)かしいと思えてしまうそんな記憶。ペテロは、支部室の扉の取っ手を握り締め、歯を食いしばる。


『───。私は拷問が好きだ。君も、何かあったら拷問してあげるから、いつでも相談に』

『はっ、狂ってんのかお前はっ。それに、私はいつ、如何(いか)なる時でも弱音は吐かぬ。相談等、懺悔(ざんげ)と同等だっ!』


「……………………っぅ゛……ぐっ……!」


血が出た。歯を食いしばり過ぎて、歯茎(はぐき)から血が出て来たのだ。……とある日の、酒場での思い出が蘇って、ペテロの心をさらに傷付ける。


懺悔等(ざんげなど)とほざいた自分を、殴り殺したくなった。今やその思いは(くだ)け散り、罪を思いっきり全て吐き出したい。


懺悔(ざんげ)も立派な選択さ、──ペトロ。……けど、私は君の苦しむ様よりも、こうやってねっ』


ペテロは、本当に信頼している相手には、自身の本当の名前である『ペトロ』と言えと告げていた。そして、酒場の記憶は続く。


マタイは、(ワザ)と男らしく振る舞うペテロの内心を透かす様に。彼女の(かみ)にそっと触れ。


『ペトロがこうやって、普通に笑っている様を、それよりも多く私は見ていたいんだ』

『なっ──?!』


「……っ!く゛そぉ゛っっ!!」


それが、ペテロがマタイを好きになった瞬間だった。彼の前では、彼女は女として居られた。


……(ゆえ)に、今日と言う日を、楽しみにしていたのかも知れない。


部下の為に、態とリーダーらしく振る舞う(いつわ)りの自分を、その時だけは、無くしていられたから。


『──ペトロ、次は何処(どこ)に行こうか。……ふふっ、(ほお)にジャムが付いているよ』


「……っ、ふぐっ……っ!!?」


だが、ペテロは受け入れなければいけない。


マタイが死んだと言う真実を。そして、遺品(いひん)整理という名の地獄(じごく)を味合わなければならないのだ。好きだった相手の遺品を、この目で(しか)りと焼き付けながら。


『────ペトロ、お酒作るの上手いねっ!……こんな汚仕事(おしごと)辞めて、私と一緒にバーでも開こう。うん、そうしようっ!名前は何にしようか……っ』


「……辞めてくれ、もう喋るな。……マタイっ」


『──ペトロっ!今日は君の誕生日だろ?ほら、これ。前に美味しそうって言ってたマフィンなんだけど……っ』


「っふーーーっ。……あぁ、落ち着け私っ。過去に(とら)われるな、厳格(げんかく)で厳しくあれ……っ!」


マタイが、ペテロの名前を呟くのと共に、ペテロの心は段々と、壊れて行く。好きだったから。


──実を言うと、今日。しっかりとマタイへ自身の思いを告白しようと思っていたから。家に、隠れて買って来たテッセンの花束(はなたば)を置いていたから。


思いを、(しか)りと伝えようとしていたから。


家には、一人では食べ切れない量の冷めた豪勢(ごうせい)な食事と、意気揚々(いきようよう)と生きる花束が置かれてあるのだろう。


電気は付いていない。ただそこに、あるだけだけど。


『────ペトロ、それ、何?……あ、今日、私の誕生日だから……?っ!本当にくれるのかい?!な、何か悪い物でも食べたのか!?』


「……ぁ、あ゛ぁ……っ。あ゛ぁあ゛っ……?」


『──ペトロ、もし、私達がこの仕事を辞めるまで生きていたら……縁起が悪いけど、しっかり聞いて。……一緒に喫茶店(きっさてん)でも開かないか?料理は君の手料理でさ』


ペテロは思いを募らせた。……確かに、マタイは私の料理を良く褒めてくれた。


そして、態と傲慢(ごうまん)で厳しく振る舞っていた私の本性を見抜き、本当の私と接してくれた。だが、そんな彼は、もうこの世には居ない。


ただ、幻影(げんえい)と化した彼の声が。淡々(たんたん)と脳内へ響くのみ。それも、特別な私の名前だけ。


『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』『ペトロ』


「く゛そがあ゛ぁ゛ああ゛ぁ゛ああ゛ぁ゛あああか゛ぁ゛あ゛あぁぁあ゛ああ゛ああぁ゛あああ゛ぁあ゛ぁ゛ああああ゛っ!?!???」


ペテロの、厳格(げんかく)傲慢(ごうまん)な、他人と自分に厳しい彼女の(から)が破かれた。──ペテロは叫んだ。マタイの追悼(ついとう)と、自身の弱さに絶望し。


そして、開かれた部屋の扉。……その部屋は──真っ黒だった。まるで、今のペテロの心を表す様に。白一つなく。天井までも、一面黒く塗り潰されている。


そして、不気味にも(たたず)む一つの本棚と、真ん中にはエグゼクティブデスクと革製の椅子がポツリ。


「……お前は……っ。悩んで居たのか……?部屋一面が真っ黒じゃないか……??」


放心状態のペテロは、一歩一歩、噛み締める様に歩いて行く。そして、その手が壁に触れた時。ザリッ……妙な感触が、ペテロの手元を襲ったのだ。


ペテロは咄嗟(とっさ)に手を引き、自身の手元を眺めると。


手元は、真っ黒に染まっていた。そして、よく見るとその壁にはムラがある。小さなムラが何個も。何個も。


「まさか──!」。放心状態のペテロは急いで心を整理し、壁へ目を近づける。


「……──なんだこれ。……全部、数式……?」


ペテロには数学が分からない。しかし、奇怪(きかい)な程に書き込まれた数字の数々を見るに、そうとしか思えない。


……この部屋の壁、床、天井一式全て、気難しい数式なのだと馬鹿なペテロは理解した。だが、それと同時に、ペテロの(ほお)は釣り上がり、笑みを浮かべていた。


しかし、それと共に。やるせない涙も少量。


「くははっ。……確かに、お前はそういう、少し頭のネジが外れた奴だったよ……っ。……度し(がた)い、度し(がた)いぜ、マタイ」


思い出に(ふけ)り、ペテロは涙する。


目元からこぼれる涙は、まるで世界に堕落(だらく)した騎士(きし)を思い出させる様な。


……そんなペテロは、ふと机を見ると。机の上に置かれた、一通の紙切れを見つけ。


「マタイが何か、私に残してくれたものかもしれない」。彼女は目元の涙を拭い、近場に寄り紙切れを持ち上げる。


何故(なぜ)彼奴(あいつ)此処(ここ)に一つだけ紙切れを置いていたのだろう。仕舞(しま)い忘れたなんてヘマをやらかす様な奴では無い。ペテロはそう思う。


そして、メモ紙を(めく)り、裏を確認する。


だが、次の瞬間。ペテロの目元が固まった。


「……『我々が崇める、()()()()を疑え』……?」


周りを黒く乱暴に書きなぐられた部屋の真ん中に、マタイの筆記である丁重な文字で、そう書かれていたからだ。あの御方、我々が崇め(たてまつ)る、この支部全体の設立者。


支部所属の人間、ましては、特に信仰心(しんこうしん)の強い支部長だ。そいつが、こんな馬鹿げたメモを残す筈がない。勿論(もちろん)、私もそんな冗談は死んでも言えないだろう。


「……いや、ヨハネの派遣(はけん)に。……異様なまでの支部解散の速さっ。……何かが、我々に悟られぬ様、何かが隠されて────」


次の瞬間、扉のノック音と共に、ペテロの肩や心臓が飛び跳ねる。……(みょう)だ。そして、不気味だ。まるで、鳥籠(とりかご)の中で、踊らせられている様な──、そんな感じがする。ペテロは警戒し、紙切れを(ふところ)へ隠せば。


「……誰だっ。この部屋への接近は、()()()()や支部長以外禁止されている──」


数秒の沈黙(ちんもく)。……怪しいと感じたペテロが、(ふところ)(ムチ)を握────。



「──わたしは、お前達が崇める『()()()()』だ」



そして、その時。一気に部屋内の空気が重くなる。ペテロの冷汗(ひやあせ)が逆さまに向いた。


ペテロは(ひざまず)く。扉越しでも分かる、()()()()(まと)うオーラや声に圧巻されて。涙が一気に引っ込めた。


「はっ。我らが崇める主君殿(しゅくんどの)。先程の御無礼をお許し下さいませ。貴方様が望むのなら、私は命さえ断ちますとも──」

「それはいい。…………ペテロ、お前と話すのは初めてだね」


心が落ち着く、花畑の様なそんな声。その声に()れた。


()()()()と会話を混じえただけでも、幸福。昔のペテロなら、涙さえ零していた筈。……だが、今は違う。あの紙切れだ。


今は、少し()()()()を信用出来ないのだ。ペテロは少し眉間(みけん)(しか)め、そう考える。──だが、あの御方はそれでさえも、見透す様に。


「ペテロ、君。何かわたしに隠している事があるんじゃない?」

「なっ──?!」


一気に、頭の中が空っぽになった。嘘?どうして。それに、この手紙……──どうする。あの御方に嘘をつくか?……我々の崇めるあの御方を信じるか、親友であるマタイを信じるか。


ペテロは悩んだ。……だが、答えは。


「『いいえ』。貴方様に嘘など吐けません」


初めて──我が主君殿(しゅくんどの)へ嘘を付いた。


その言葉を聞き、()()()()は黙った。そして。


「それは本当かい?わたしは嘘つきが嫌いでね」

「ええ、『勿論(もちろん)ですとも』。貴方様に、『嘘はつけません』」


()()()()()()()()も、証拠が無ければ何も言えまい。そう思ったのだろう。それと同時に、外で(とり)(さえず)りを。

その(さえず)りが、少しマタイの心を落ち着かせた。……が。


「嘘だ」


その言葉で、全てが崩れ落ちた。何故(なぜ)襤褸(ボロ)がでる様な事は言っていない(はず)。いや、あの紙自体が、私を試す()()()()の試験だった?


一瞬にして脳内の思考を巡らせるペテロ。そして、それと同時に、ペテロは圧倒的な殺意を感じ取ったのだ。……死が、近い。


獣の感等ではない。体がそう訴えている。圧倒的な恐怖、世を終える死への恐れ──。


「……ヨハネに伝えた筈なんだけどね。『今夜、(とり)が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と」

「あ………………………………。──ァ゛ぎ、っ??」


その時。ペテロの首が奇怪(きかい)な音と共に折れた。まるで、それが必然だったかの様に。部屋内には、(にぶ)い音を立てて倒れる死体が一匹。


そして、消え行くペテロの視界には、自身の死体を丁重に抱き抱える、あのお方の姿が……。

あのお方は、幼げな幼女の姿で──……。

だが、そんなペテロの最期を知る者は、この世で、『あの御方』以外、誰も知る(よし)の無い事だろう──。







何故ならこの世界は全て、あの御方の意のままに。







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