034_鶏が鳴き、外に出て激しく泣いたのだ。
私の嫌いな人混みと、辺り一面を囲う様にして設置された出店の数々。そして、空中を舞うカラフルな紙屑と楽団の演奏が、何とも場の空気を随分と盛り上げて居た。
子供の忍び声、出店の店員が声を張る。耳を掠める楽器の音。……ああ、この様な高揚感と、小蕎痒いこの感情を味わったのは、いつぶりだろうか。
私が目を輝かせているのを、ユダはお見通しだと言わんばかりにふふんと呟いたのを覚えている。
「……私の村は小さかったから、こんなにも大きな祭りはやった事が無かった。……パレードと言うのは、こう言うのを言うのだろうか」
「む、ヴェルギリウス。まさかパレードを知らないとでも?なら、これを機に存分に楽しむが吉だなっ!!」
そう言えば、ユダは「見っけ」と声を出し。私の手を引き、とある店へと入って行く。その店に入ったのと同時に、扉に取り付けられたベルが鳴る。次に、鼻を掠める珈琲の、少し大人な苦い香り。
「いらっしゃいませ、お客様──」
木製の床を靴底で叩くのと共に、店員と思しき女が声を出す。そして、店員の前のショケーケース並ぶのは、目を見張る程の菓子であった。
……まるで、子供に戻った様な、そんな高揚感が、私の身をそっと包み込んだ。
ウエディングドレスの様に、生クリームや苺を着飾るショートケーキ。シナモンとバターの香りを漂わせるのは、私の好きな、バタースコッチシナモンパイだ。そして、隣には、私の大好物である、赤い衣装に身を包んだ、心躍らせるチェリーパイが数個。
店員は、無邪気な子供の様にはしゃぐ私達を見ては微かに微笑み。ティーポットを巧みに操り、器用に紅茶を注いでいる。
「ユダ。確実に美味いぞ、このチェリーパイは。……確かに来て良かったのかもしれない」
「ふふっ、そうだろう?昨日、街中を歩いて居た際に、偶然見つけてな。……ショーケース越しでも分かるこの美しさに、私も魅了されてしまったのだよっ!」
ユダはそう言い終われば店員へ、チェリーパイとショートケーキを注文する。
白髪の店員はそれを聞き、「畏まりました」と声を出すと。ティーポットを置き、此方へ顔を向かせれば。
「お客様、ご希望であれば、店内での食事はいかがですか?珈琲とお紅茶が付いてきますよ」
「ええっ!勿論受けてたつともっっ!!」
胸躍らせるユダが、店員へ迫力の籠った顔を向け。白髪の女はその回答に再度、「畏まりました」と言葉を交わせば、我々を日の当たる良い席へと案内してくれた。そして、優しく置かれる、柄の細かく入った綺麗なカップ。
薔薇と茨が描かれて。それに、皿にもその模様が満遍なく描かれている。
ティーカップの柄を見ながら、我々は紅茶を一口。……口の中に香る仄かな香りと、決して濃厚とは言えない味付け。これはこれで、良い塩梅でとても美味い。
「……ほふっ。……美味い、っ?!何だこれは……っ!口の中に味が残るぞっっ!?」
「お前は少し黙れユダ。……私達以外の客が居ないからと言っても、あまり声は荒らげるな」
此処は小規模店故、あまり人が寄り付かないのだろう。店内は小さく、私達の座っている席以外空っぽだ。
それに、此処でお茶をして帰る人が少ないのも見て取れる。皆、ショーケースのケーキ諸々を買って、直ぐに帰ってしまうのだろう。私達は、目の前に出された紅茶とパイ、ケーキを食んで、休息を楽しんだ。そして、チェリーの少し酸味のある味わいがまた、私の心を和ませた。
と、その時。店内に入って来たのは二人の影。……身長差的にも、親子なのだろう。
「────は何が食べたいのかい?ほうら、美味しそうな物がいっぱいじゃないかっ。君の食べたいと思ったものを選ぶといいよっ」
「──いいえ、主様。主様の選んだ物こそ、ポッテナが食べたい物でありまする。どうぞ、ごゆるりとお決め下さいまし──」
ん、この声。何処かで聞いた事のある様な。
私は、客二人へ視線を細め。……一人は、黒のスーツをきっちりと着込み、ネクタイは白色。くすんだ色のサングラスと、ハット。
そして、もう一方はメイド服の様なものを着込んでいる。私の思考が頂点に達するよりも先に、相手は私に気がついた様で。
「──ん。っ!これはこれはっ、奇遇ではないか〜、ヴェルギリウスちゃんっ!!」
「……げ」
明るく振る舞う何でも屋の黒猫とは対照的に、ポッテナと呼ばれる人間人形は、少し鬱陶しそうに眉間へ皺を寄せ。
黒猫は私の傍まで近寄れば、作り笑顔の合間。ユダ達に聞こえない様な声で、自然な形でこっそりと。
「──向こうに居るのは、死んだと言われている十二支部のユダではないか。……顔を眼帯諸々で隠しているとは言え、何でも屋兼情報屋の目は欺けないよ──……で、何事かい?」
確かに、今のユダは私との戦闘により、目元部分を面積の喰う黒色の眼帯で隠している状態だ。それに、行動も幼稚であるが為、知らない人間からはユダに似ている一般人として、捉えられているのだろう。
だが、奴の目は欺けなかった。少し色っぽく、私の耳元でこっそりとそう呟けば。黒猫はできもしないウインクを噛まし、「事情は後で聞く」と呟くと。役者のスイッチがカチリ入る。
「──やあやあ、おや……っ?向こうに居るのは、ヴェルギリウスちゃんのお友達かい。これはこれはっ、初めまして。吾輩、『雑貨店を営んでいる』フィクサーと申しますっ。ヴェルギリウスちゃん殿には、よくご贔屓にさせてもらっている限りでね」
黒猫はちゃっかりと偽名と偽の役職を言い、愛想良く笑えばそう呟く。
多分、相手が相手故に、此方側の人間だったとしても、素性を明かせないのだろう。
……そして、ポッテナは主様の行動で全て理解した様子。だが、脳味噌までも筋肉でできている馬鹿ユダには分かるまい。
「おお、その口振りからして、君達はヴェルギリウスと知り合いか?……私の名前はイスカリオテ。宜しく頼むぞっ」
イスカリオテ、ユダの本名であろう。だが、ユダの本名はあまり知られていない。故の、その選択か。はたまた、普通に馬鹿なだけなのか。
黒猫はそれを聞くと、顔色変えずに余所行きの顔を見せ。店員へチョコレートケーキと、苺のカスタードタルトを頼み。
「それじゃあ少し、お邪魔させてもらうよっ」
どうやら黒猫達は、そのまま食事を終えた私達と共に、パレードへ同行する事を決めたらしい。
食事を終え外に出ると、カラフルな紙吹雪が空を舞い。
──甘い香りが、私達の身体を抱擁する。
出来たてタルトの甘い香りと、ほのかに感じる温かみ。まるで、腹から先程取り出した胎児かのような、仄かな生温さが感じられる。
……例えが悪かったが、まぁそんな感じだ。
パレードという事で、見物客やら。沢山の人が密集し、それは一つの渦を成す。
それを見ながら、ポッテナへ出来たてのケーキの入った箱を預けた黒猫は。
「わあ〜、凄いねえ。人間ってこんなに居るものなんだ〜〜」
猫特有の吊り目を細めさせ、黒目を覗かせながらそう呟く。……彼も、何故か猫の耳を有して居る謎人物の一人。そんな言葉が口から出るのも、当たり前なのかもしれない。私はそれを見て、ユダの方へと視界を向けると。
「…………なあ、ユダ」
「ふむっ?ふぁんだね、っ。ヴェルギリウス」
ユダはいつの間にか貰っていた、試食のチキンを口の中で動かしながら。口元に付いた、少し甘辛いタレを親指でぐりっと拭う。
そして、隣では黒猫達も、存分にパレードを楽しんでいる様子が目に映る。黒猫は、道化師に貰った風船とカラフルな帽子を被り。ポッテナは、黒猫から貰った風船を、珍しくまじまじと興味深そうに眺め。
……私はそんな彼ら、この場に居る、幸せそうな彼らを見て、劣等感で少し唇を噛み締めて。
「……なあ、ユダ。……私は、こんなにも楽しんで良いのだろうか」
そのまま、思っていた疑問を投げ掛けた。
私は人を殺した。私利私欲の為に。
私は人を殺した。私自身を介抱してくれた者も、苦しい死に方で殺してしまった。
私は人を殺した。殺さなければ息が出来なかった。この苦しみを、理不尽にも誰かに味わって欲しいと感じていたからだ。
私は人を殺した。こんな醜い私が、人と交流を深めてしまっても良いのだろうか。
……手の平に映った家族、友人、仲間の顔が、私自身の血でよって純血に染まって行く。こんな悪人を、本当に赦していいのだろうか。勝手に、赦してなんて思ってしまってもいいのだろうか。
「私はこれからも、今を生きる幸せな人を沢山殺して行くだろう。……私には、関係の無い人達をだ」
私は、目元を細めた。今にも涙が出そうだ。
「そんな私が、私利私欲の為に、こんなにも楽しんで良いのだろうか。平気な顔をして、一般人と紛れてしまってもいいのだろうかっ」
私は、あの時に人の幸せを学んでしまった。
故に、そう思う様になってしまったのだ。人の苦しみについて、人本来が感じる考えについて。
かの慈悲深き神々でも、私を赦す事が出来るのだろうか。……ああ、私は悪である。
悪徳者である私が、こんなにも馬鹿馬鹿しく呑気に生きて居ていいのか。私はこのまま、人の苦しみを倍に背負って生きていかなくてはならない。それは、ユダも同じ様に。
だからこそ、万年筆でぐちゃぐちゃに殴り書きをした円の様な、そんなぐわぐわが、私の心を蝕むのだ。『人の罪は、勝手に赦しちゃいけないんだよ』と。
人間は醜い、憎い。そして憎く醜く疎いのだ。
しかし、そんな人間にも良い所は数え切れないほどにある。だが私には、そんな所があるのだろうか。時々、そう疑問に思うのだ。
「私は生きて居て良いのか。死んだ者が味わえない、こんな甘味を、味わって良いのかっ」
ほのかに香る、チェリーパイの匂い。それが、今では鼻に粘り着く。不愉快極まり無いのだ。ぐわぐわ、心の中で渦が巻く。今にもゲロを吐き出したい、そんな気持ち。
ぐわぐわ、渦巻く心の何か。耳障りだ。しかし、様々な感情故、人類には到達できない。
気持ち悪い。この場一体の人間を殺したい。血の匂いを嗅いで、自身を取り戻したい。……いや?元々の私の姿が、この血を求める獣ではないのか。疑問が疑問を凌駕した。
「『ぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわぐわ』」
血の匂い、早く。人が傷付き、甲高い悲鳴を荒げる様を見ないと。見てみないと。
肉を裂きたい。子供も木へ吊るしてやる。悪魔だ、ベルゼブブの気持ちがよく分かる。
肉は美味い、故に人は人を愛せる。愛する事が出来るのだ。血肉、脂肪、筋肉。全てが愛くるしく、自身の理性を抑えることの出来ない食欲や憎悪を生むのだ。
ああ、どうにかなってしまいそうだ。だから、お願いだ。私に、確りと納得させられるほどの回⬛︎⬛︎。
「──す、すまんっ。周りの雑音が煩くてな。何を言って居るのかさっぱりで……もう一度、言ってくれると嬉しいのだが……〜」
ユダのその言葉。彼女は少し愉しそうにほくそ笑みながら、眉間に皺を寄せ、耳を此方へ傾けそう呟く。
私の望んだ答えは、帰って来なかった。
「あ」
……私は、何を考えていたのだろうか。
一気に黒い粘膜が体から去った様な感覚と共に、目が覚める。何か、悪い夢を見てしまった様な、そんな気分である。
「……っ、いや、何でも無い。少し、悪い夢を見て居たみたいだな」
私はそう言うと、ユダの肩へポンと軽く手を置けば。
「チェリーパイのお礼だ。少し奢ってやるよ」
「ほ、本当かっ?!あ、有難い……っっ!!」
私は、ユダや黒猫、そのメイドと共に、心行くまで休暇を楽しんだ。
私は、何も忘れて居ないのだ。きっと。
私の背中には、黒色のモヤがかかっていた。それは、永遠に私を蝕み、そのまま壊していくだろう。
自分の罪は、自分で勝手に許してはいけないのだから。
── 蝕む ──




