033_「そんな人は知らない」と誓って言った。
001
とある人里離れた一軒家にて。
草木が生い茂る地面に這い蹲るは、頭巾を被った少女であった。そしてその傍らには、頭に狼の耳の様なものが付いる、白髪の男が立っている。
「──っ糞がっ!!待てっ、私はまだやれる。勝手にシラケて終わらせんじゃねえっっ!」
……私は唸った。噛み締める様に芝生を叩き、言う事の聞かない身体を無理矢動かして。──しかし、先生は。
「馬鹿かお前。もう今日で何セットしたか覚えてるか〜?俺も覚えちゃ居ないが、数えるのも飽き飽きする程したなあ。俺ももう飽きたんだよ。今日はもう諦めろっ」
先生はそう言うと、寝そべる私の脇腹へ革靴を向け、蹴り上げた。「うぐっ?!」。出したくもない、無様な声が発せられる。
先生との稽古も、最近は気絶で終わらせる事なく出来る様になって来た。しかし、先生の方は、早く終わらせられなくなったので、少し不満げな様子。
だが、それ程私が成長したと言う事だ。このまま行けば、この野獣を殺す事だって、可能なのだろう。
「オズヴァルドの方はもうとっくにユダの稽古を終わらせてるみたいだな。……そんじゃ、俺はオズヴァルドと夜のお店に行ってくるからよ。明日は朝帰りだ、あの馬鹿にも伝えとけ──」
最近のユダは、オズヴァルドの方に稽古をつけて貰っているらしい。先生は倒れる私へそう言うと。私を置いて、朝っぱらから夜のお店に行く様だ。……この糞野郎めが。
私は不服ながらも、あの忌々しい狼の背中を見送り。そのまま重い体を引き摺る様に、家の中へと入って行く。
「ああっ、糞が……。身体中が痛え……っ」
昨日は、身体全体に包帯を何十にも巻き終わった所で、一日が終了した。何度も音を上げる体が、使い物にならなくなってしまうのも、近い未来なのかもしれない。
所々が解れ、煤だらけの赤い頭巾を身に纏い。私はキッチン付近にあった、冷めた雑穀のパンを口に入れ。……昨日は、起きると部屋の前にシチューが置いてあり、食欲が全く湧かなかった。
だから今の内に、食べれる物を全部体の中へ詰め込まなければ。
そして、お陰か。私は金輪際、シチューを食べる事は出来なくなった。馬鹿な恩威が人を潰すのだ。
……私が一通り、机の上のパンを貪り尽くした時。階段から降りて来たユダと目が合った。ユダは私の姿を見ると、少し嬉しそうに口角を上げ。
「っ!お、お前……!最近無理をしていないか?す、少しくらい休んでも……っ!」
「急に何だお前、気色悪い。……それに、余計なお世話だ。私は、あの狼を殺さなくてはならない。……その為なら、何だって……っ!」
復讐に全てを賭ける私の姿を見て、ユダは何を思ったのか。少し表情を暗ませる。
しかし、それが返って私の心を傷付けた。ああ、そんな顔で見ないでくれ、全て私が悪いと言うのに……。
だが、そんな私の心情を察してか、赤髪を揺らしながら。ユダは話を変えようと、作り笑顔をぱっと見せ。
「……っ、そ、それより、オズヴァルドとダンテ殿は何処にいるか知っているか?先程から探しても見つからなくてな。さっき稽古が終わったろう。オズヴァルド達が何処に行ったのか知ってい──」
「彼奴らなら遊びに行ったよ。……どうせ、遊女を抱くやら安い娼館にでも行ったんだろ」
その言葉に、少し肩を震わせるユダ。
……そうか、此奴、痴女だったんだった。私が顔を顰めるのを見て、ユダは「ち、違うぞっ?!」と声を荒らげ。
この歳なんだから、少しくらいそう言うのにも露骨に反応をしないで欲しい限りである。……と言うか、此奴に生のセックスを見せたらどうなるのだろうか。悩ましい限りである、爆散しそう。
「………………っ、お前、セックスは好きか?」
「ち、違うぞ、私は……っておいっ!女の私になんて事を言うのだお前は!?セックスと言うのは……あれだろ!動物同士が子孫繁栄をする為にする生殖行為の事だろーっ!!??」
何だか急に早口になったぞ此奴。まあ、多分好きと言う事なのだろう。私は、それ以上深堀はせず。だが、その表情は、嘲笑など無く純粋に微笑んでいた。……何だか、此奴と居ると、無性に腹を抱えて笑いたくなって来る様な……。
「……っまあ、そんな事は置いておいてだ!」
「いや、置いておいたら駄目だろ……。どんな野生児だお前……」
「お前は一旦黙れっ!!人の話を最後まで聞かんかっっ!!」
ユダが顔を真っ赤に染めながら、私の頬を抓って来た。……いひゃい。ユダは私の頬を抓りながら、いつもの大きな声でこう叫ぶ。
「お前、最近元気が無い様じゃないか!そ、それなら私と少し、気分転換がてら、お出掛けに行かないか?」
無茶苦茶だ。お前も、私も。
そして、ユダが此方へ見せるのは、とあるチラシ。──《『ブレーメンの音楽隊』パレード開催中》と、そこには書かれていた。そして、煌びやかな装飾と、動物の微細な絵。
つまり、私と共に遊びに行こう。奴はそう言いたいらしい。……だが、生憎今は人とあまり出会いたくない。私の選択肢は──。
「断る。……私は、もう誰とも仲を深めまいと決めた。どうせ、あの糞野郎が壊して行く」
床の木目に視線を移し、俯き私はそう呟く。
糞野郎、言わずと知れた、あのオオカミの事だ。どうせ、また私が何かをしていると勘づけば、奴はすぐ様全てを壊して行くだろう。
だから辞めた。──それに、今は他の者にあまり会いたくない。幼子共の声を聞けば、自然と傷口が開くから。
「……そうか。……だが、私はお前と共に出掛けたい。──仲を深めたいのだ!……。……ヴェルギリウス。お前、あの時に何があった」
あの時。私が先生と共に部屋に篭っていた時の事だろう。……私は静かに唇を噛んだ。
「……っ別に、何も無いさ。ただ、少し下らない取っ組み合いがあっただけだぁふっ──??」
次の瞬間、私は頬を膨らませたユダに、両頬を抓られた。ユダは、目尻に淡い赤色を添えて。少し、何とも言えない表情を見せれば。
「何ともない訳がなかろうがっ!!その様子からして、絶対に何かあったのだろう。だからこそ、お前には心の休暇が必要だっ!」
「いひゃいぃ……。ほ、……ほふなのか……?」
「そうだっ!もう少し自分に自信を持て、ヴェルギリウス!!──だが、嫌なら断れぃっ!」
ユダは、叫ぶ様にそう告げると、満足したのか。私の頬から手を離す。……両頬が抓られて、断片的に続く痛みが中々引かない。
だが、そんな事はお構い無しに、ユダは私の襟元をぐっと掴むと。
「ふふん。オズヴァルドから聞いたぞっ。ヴェルギリウスはチェリーパイが好きなんだとな。……美味い店を見つけてやるから、今日はそれを目的として、付き合ってくれっ!」
「………………チェリーパイ……」
身体が痛むし、まだ心の傷は癒えていない。
けれども、それを乗り越えなくてはならない日が、必ず何処かで来る筈だ。
『──次は、────を教え──ねっ!』
幼げな少女の無垢な声が、私の心を振動させる。……私は、静かに温もりの感じる手の平を見詰めた。少女の姿が、鏡の様に見える気がして。
「……ん、どうしたんだ、ヴェルギリウスっ」
「…………いや、忘れた……」
私は、見詰めていた手の平をギュッと握り締め。「ほうっ」と息を吐く。
白痴の少女を背に見えたのは、笑う幼子だけだった。
何か、大切な事を、忘れている気がする。
── 疑問 ──
追記『とある旅人の記録』
拝啓、この日記を見る者は居ないであろうが、一応書き連ねておく。私は、この世界の神秘について、知りに行こうと思う。旅をするのだ、世界の端を見る為に。
どうやら、信用ならない支部の情報によると、この世界は観測上平らな皿の様になっているらしい。が、私はこう思う。何故星は丸いのに、我々の居る星だけは平らなのだろうかと。実に不思議だ、故に、私は行く。
ああ、世界の端には何があろうと言うのか。
実に楽しみだ。もし、その端に到着したのならば、私はこの日記に、また新しい情報を付け足そうと思う。
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