032_嘘を吐いた大人。
それは、ヴェルギリウスがマタイを殺し、数時間が経過した頃だった。
「……っ、今すぐに棺桶を持って来いっ!英雄の死体には、私以外指一本触れるなよっ!」
軍服を着込み、目元の年齢による皺を強ばらせる女は、まるで司令官の如くそう叫ぶ。──マタイの友人であるペテロが駆け付けた時には、マタイは死に、支部は半壊状態であった。
ペテロは、集る蠅共を手の甲で振り解き、友人であったマタイの死体へ指を伝わせる。
ほのかに温かい……なんて事は無く。それは冷たい死体であった。それに、顔は鑑別がつかない程に破壊されて居る。
……一体誰が、この様な残酷非道な行いを執行したのか。ペテロは眉間を歪ませる。そして、死体のマタイを棺桶へ入れ、敬礼。
「死体は……部下であった奴らと同じ墓地に埋めてやってくれ。それと、あの御方の助言にて、この支部は今日で解体だ。支部内の職員は直ちに他の部署への派遣を急ぐ様に。混乱は組織崩壊の要となる!」
「「「「はっ!!」」」」
その言葉に、職員は暑苦しい応答を返すと、直ちに地下室外へと足を動かして。ペテロはそんな彼らの背中を見送れば「はあ」と一息。隠し持って居た煙草に火を付け息を吐く。
そして、マタイの死体を見下せば。
「お前、死んじまったんだな。任務が終わったら、一緒に飯を食おうって言ってくれたのに。……チキン、もう冷めちまったよ、糞ったれ」
そんな哀愁漂う言葉と共に、ペテロは地下室を後にした。ペテロの目元には、微かに涙が浮かび上がり。そして女は、短い黒髪を荒ぶらせながらも目元を拭い。
部下に情け無い姿を見ない様にだろう。彼女は勇敢に、そして偉そうに足音を立て歩き出す。それは、とある場所へ向かう為であった。
しかし、そんな中。ペテロが地下室から出ると、すぐ目の前に、壁に腰掛ける男が一人。
髪色は黄昏色で長髪、血の様な赤い瞳に、他を寄せ付けない、威圧感漂う赤色のドレスの様な装束。ペテロはそれを見て、自然と顔を顰めたんだとか。
「……ん、おお。やっと来たか、俺ちゃんは待ちくたびれたぜ〜。ああ、なんたって俺は暇なお前と違って、スケジュールがぎゅうぎゅうでね。この童話への移動やら、検査やら。魔女教徒の捕縛と磔刑の準備も任されているのでなあ。まあ、俺ちゃんは世界一イケてる男だしねっ。人々に謳われていても仕方無し──」
お前が勝手に来たのだろう。……とペテロは言いたかったが、相手も相手だ。口を悔しそうにぐっと食み、その場を収め。
「……魔女教団の件は今、どうなっている。魔女教徒の奴らが潜むアジトの──」
「まあ、落ち着けって。そんなにムカムカしてるとより一層皺が増えるぜ〜?……魔女教徒の件は今、俺ちゃん達仲間御一行と共に、頑張って探してんだよ。お前も疲れてんだなあ。魔女教徒のせいで童話を区切る境が作れず、童話殺しの依頼やらで追われるのに」
「……っ!」
魔女教団。この童話世界に蔓延る、数多もの異端教の中でも、随一の知名度等を持つ教えの一つである。
「お前の調査が遅いせいで、私はこんなことになっているんだぞ!」と、ペテロは叫びたかったが、彼女はそれをせず。唯黙り込むだけだった。
それもその筈。目の前に居るのは他でも無い、十二もある支部内の最高権力者。唯一、上層部である我々の主人様に会った事のある人物であり、支部内最強の称号を手にしている──。
「『ヨハネ』……卿っ。一体全体、何故この支部に来た。今回の調査はマタイと仲が良かった、私のみ派遣と言われていた筈だ」
嫌味の様に力強く、ペテロはヨハネを睨み付ける。
それに、ヨハネはとある理由から、死体への接近及び、この様な死体処理現場へと接近は禁止されて居る筈。なのに何故此処にやって来たのか、ペテロはそう言いたいのだろう。
そのペテロの心情を読み取って、ヨハネは小馬鹿にした様に鼻で笑えば。
「俺は今回、上層部である主君から、お前宛の伝言を貰っていてね。今日は、その内容を伝えに来たのだよっ」
その言葉に、ペテロは動揺を隠せず黙り込む。主人様であるお方が、何故こんな私に?その困惑は、態度にも示された。ペテロの咥えていた煙草が、ポトリと床へ落ちたのである。
その煙草を見て、ヨハネは「勿体無い」と呟き、靴裏でその灯火を踏み躙りれば。
「まあ、驚くのも不思議では無い話だしな。……伝言の内容を伝えよう。『今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』──」
その瞬間、ペテロの眉間の皺が増え。
「……っ!貴様っ、ふざけて居るのか!私が、あのお方に嘘を吐くとでも言いたいのか!」
嘘。上層部からの伝言に、その様な言葉が入っていた。更に、ペテロの頭は混乱状態へ。そして、彼女は興奮のあまり、ヨハネの赤色の装束の胸倉を掴み歩み寄れば。
そんなペテロの姿を見て、ヨハネは「まるで獣だな」と一言。そして、落ち着いた様子で。
「俺ちゃんも知らないよ。あの御方がそうお告げにならねれたのだから。……だが、これからは行動なんかには十分気を付けてっつーことで!」
ヨハネはそう言い、佇むペテロの肩に手を。
「……くそっ!何故私が…………っ!!」
「そんじゃ、俺ちゃんはもう行くんでね〜」
ヨハネは時間が掛かりそうだと、そう思ったのだろう。悔しさから唇を噛み締めるペテロを置いて「あの御方を失望させるなよ」と最後に釘を打ち、その場を去って行ったのだった。
それがペテロにとって。地獄の始まりになるとも知らず……。




