031_第四幕への間奏曲「アラゴネーズ」
004
「──ん。よお、生きてたか、餓鬼」
数日後、先生が朝帰りをした。どうやら、私が居なくなってから三週間程度、家を空けていたらしい。
先生は、私の姿を見ては、嬉しくないのか嬉しいのか。いつもの上っ面だけの笑顔を見せる。一生見たくも無い顔だ。
そして、私の隣へと歩き出し。私の肩へポンと軽く手を置けば。
「少し話がある。──二階の部屋に来い」
……本当は断りたかったが、さすれば私の命が無いだろう。仕方無く承諾し、私は先生に連れられて、二階のとある部屋へと案内される。
ユダとオズヴァルドは今、向こうの平野で稽古を受けている最中だったが為に、家には私と先生以外誰も居なかった。……少し、不気味な感じがする。
そして、先生は部屋に私を入れたのかと思えば、扉を塞ぐ様な形で立ち止まる。次に、前菜となる軽い雑談の始まりだ。
「お前、生きて帰って来れたのか。良かったなあ、その醜い面と体を、傷だらけにするだけで済んで。はは、安心しろ。メインは最後にとっておくタイプなんだよ、俺は」
「……先生こそ、朝帰りなんて珍しい。風俗かソープにでも行ったのかっ。それにしては、女の臭いが漂わねぇが」
「それよりも、もっと面白い所だ」
先生はそう笑うと、隣の棚上に置かれた新聞を手に取り、余裕そうにペラペラと捲り始め。そして、とあるページで指を止めると。
「……お前、随分と普通の世界に足を沈めたみたいじゃねえか。お陰で、俺は悲しかったぜ〜。俺を殺すと嘆く相手が居なくなって」
「──っ?!」
先生は知っていたのだ。私が、ジプニー家でお世話になっていた事も、全部……っ!
先生は、私の顔を見て「当たりだな」と冷たく呟けば。私が顔を顰めるのを、待って居ましたと言わんばかりに表情筋をつり上げて。
長々と、舐めとる様に呟き始めたのだ。
「今日の新聞はこのページに、こんな事が書かれてるみたいだなあ。──『謎の発火により、家が全焼。中からは、二人の大人と一人の幼子。そして、赤ん坊が一人。焼死体となって見つかった』んだとさ」
は?まて、待て待て待て。……先生っ?
──今の私の顔は、混乱と焦りでぐちゃぐちゃになっているだろう。ジプニー家、私が、居候をさせてもらった家。……それに、家族構成も一緒。
「……っいやいや、冗談も程々にしておいてくれよ、先生。だ、だって焼死体?したっ、死体だが……!私と何の関係が──っ??」
「現実をしっかりと受け止めろ。──お前が居候をしていた家の者共は全員、焼死体となり死亡したんだよ。………………そ、し、て、っ」
先生は、軽いステップと共に、私の傍まで近寄ると。厭らしく、そしてねちっこい笑みを浮かべて。……こう言った。
「あの家を燃やしたのは俺だ。サプラ〜イズ〜♪」
一気に脳味噌の血管がはち切れた音がした。
そして私の両手は、自然と先生の首元へと翳される。ゴツンッ、重い物が地面にぶつかる様な鈍い音。そして、私は先生の上に乗りかかるようにして。……首を絞めた。
怒りと絶望で身体が熱い。今は、この目の前の化物が憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!
「っふ──〜〜っ!!お前……っ、お前ぇっ!何で……!何で何で何で、お前はっ!!そうやって──っ!!!」
「……がはっ。かかっ……ききっ。くっ、っはははははははははははははははははははっ!!!ひ〜〜っ、はははははははっっ!!〜どうした、ヴェルギリウス。……っ、俺を襲おうってのか?一丁前になったもんだなあ」
「──っ、──っっ!黙れぇぇっ!!!」
首を絞める力をより一層強めた?……が、それでは、生まれながらにしての化物である先生は殺せない。……そう、分かっていた筈なのに。私は、何故こんなにも馬鹿なことを。
「お前は──っ!!何故そんなにも簡単に……人の心を弄ぶことが出来るっ!!何故……!」
「ふうん。お前、沢山人を殺して来たのにその態度か。……随分と楽しかったみたいだなっ。彼処での生活は」
口からツーっ……。と、唾液を垂らす先生の表情は、まるで私を見下す様な、そんな顔。
「何でだ。なんで先生は……そんな事っ?!」
「復讐心は人を強くする。それは、人間様の大好きな愛を、上から黒く塗り潰す程に」
先生は、やはり私の事を、自身を殺してくれる便利な道具とでも思っているのだろうか。
巫山戯るな、私は人間だ。化物であるお前に、分かられてたまるかっ!!
私の唇からは、強く噛んだことにより血が滴り落ちる。そして、その血は先生の顎へ落ち。先生は、そんな私の血を、舌で器用に舐め取れば。
「……俺は、人間としてお前に期待してるんだよ。俺を殺してくれる道具として。そして、反応を楽しむ壊れない玩具として──な」
「人間じゃないお前に、人間の何が分かるっ!!!?」
先生は、力を溜め込めば、残酷非道な狼へと姿を変えることが出来る。今は、そのエネルギーが不足し変化出来ない状態。
そんな化物であり、人で無い先生に、一体私の……。人間の、何が分かるというのか。
「──人間じゃない俺が、唯一知っていることを教えてやろうか?……女ってのはな、怒りより先に、涙が出る生き物だって事だ」
……ああ、目の前が霞んで見えない。これが本物の憎しみである涙。長年忘れていた、あの時から、ずっと。
『復讐に、命を懸けてはいけないよ』
親から言われたそんな言葉。……巫山戯るな、巫山戯るなっ!!私は涙を流しながら、先生の首元をぎゅっと締め付ける。
が、先生は飽きた様に溜息をつくと。
「あばよ、餓鬼。これを機に、俺を殺す事だけを考えて生きるこったな」
それと同時に、先生は思い出した様に目を見開けば。私を煽る様に追記を残す。
「……それと。今日の晩飯は、シチューにしろと言っておいた。存分に味わって食えよ」
此奴、此奴はっ!!最初から私の事を見ていたのか、この糞野郎はっっ!!??
その瞬間、私の視界は、一瞬にして闇に包み込まれたのだった。
005
「──ん、ヴェルギリウス、中々来ないね折角の晩飯が冷めちゃうよ」
梟が鳴く静けさが残る夜にて。食卓を囲むのは、大罪人である三人のみ。
オズヴァルドは、手に持った"甘い"シチューを舐め取りながらもそう告げる。
「……というか、珍しいな。ダンテ殿が、自ら夜食のメニューを考えるとは……!」
ユダは、甘口のシチューにかぶりつきながら、口をもごもごと動かして。先生はそんなユダの言葉に、機嫌が良さげな顔をし「気分が良かったんでね」と一言。
「それでは、私がヴェルギリウスを呼びに行こう。久々にダンテさんも帰ったんだ。四人で食事でも──」
「待った」
先生のストップが掛かり、動きを止めるユダ。先生は、いつもよりも機嫌が良さそうに、そして蔑みの含んだ頬笑みを浮かべ。
「ああ、彼奴は今部屋で疲れて寝てんだよ。部屋の前にでも置いてやってくれ。──目覚めた時の、良いスパイスになると思うからよ」
「?ダンテさん、珍しいね。それに機嫌も良さそうだ。何か良い事でも?」
部屋で疲れて寝て居ると言う言葉に、少しだけ反応を示した変態オズヴァルド。そしてその言葉に、先生は。
「ああ、餓鬼の面白い顰めっ面を拝めたんでね」
そう言い終わると、先生はシチューを飲み込んだ。そのシチューは甘かったがヴェルギリウスにとっては、とても辛く苦い味となるだろう。
──あんな甘い世界に足を踏み入れたのが悪かった。そのせいで、私は失ってしまった。
私は、長年の傷を癒す為に此処へ戻ったのでは無い。あの憎き狼に、復讐を遂げる為に此処へ帰って来たのだ。
やはり──、信用してはならなかったのだ。
次こそは、復讐の灯火が、消えてしまわぬ前に……。




