030_第三幕への間奏曲。
003
──あの日から、指折り数えて二週間程度経っただろうか。私は、この家族の一員に見える程に、ジプニー家に馴染んでいた。
毎日の皿洗いや洗濯物、カルメンとのお遊びに付き合う事が大半だっただろうか。そんな私も、この家の家族は受け止めてくれたのだ。こんな、醜い姿をした私を。
「ねね、ベアっ!今日は私に星の見方を教えてよっ!今日も特別に、あたしがベアの部屋に行ってあげるからー!」
「おお、カルメン。食べながら喋るなと……」
カルメンは口の周りを、パンのジャムで汚しながらもそう告げる。私はそんなカルメンの顔を見て、呆れながらもナプキンを手に取り口を拭う。
苺のジャムにより、血の様に赤く染まる白色のナプキン。だが、今の私には関係無い。──武器の手入れも、最近は少しサボり気味だ。……もう、必要ないのだから。
「──こらっ、カルメン。あんまりベアトリーチェを困らせないでっ!」
「はははっ。良いじゃないか、カルメンも、星に興味をもつのは良い事だ。将来は、天文学者にでもなるのかい?」
バケットにバターを塗りたくりながら、カルメンの父がそう声を出す。天文学者、か。多分、カルメンもこのまま行けば、星への知識も得てくる筈。天文学者も夢じゃない。
「ふふん、天文学者ってあれでしょ?あたし知ってるもん。──星を観察する仕事でしょ。地球を中心に回っている星々の観測をするの。てんどぅーせつでしょっ!」
「天動説だ。ふふふ、将来が楽しみだね」
私がそう言い終わる頃には、皆食事が終わり。雑談を最後に交し、各々が各自の仕事へと移る。父は牧場に居る家畜へ再度餌やりに、母は皿洗いだ。
私はと言うと──、今日の仕事はこれにて終了である為、カルメンと共に星を眺め就寝するのが主な流れ。
私は、手に大きな星の本を持ったカルメンと手を繋ぎ、私の部屋となった空き部屋へ。
カルメンが慣れた手つきでベッドへ軽快に飛び出し、カーテンを開き自信満々にベッドへと。私は、そんなカルメンを宥め、布団へ潜り込む。
「今日は昨日の続きについて。──今日は、昨日言った天動説を詳しく説明していこうか」
私は歪んだ弧を描く様に、人差し指で空をなぞり。お皿の様な絵を描く。
それから、戯言の様に私の口から発せられるは膨大な、宇宙の話。
星々が、この世界を中心に回っているという事。そして、この世界については何も分からないという事。謎が多い事。占い師は、星の流れが狂うと悪い事が起こると予言する事。
──全てがまるで、お手本の様な常識だった。スラム街に居る、夢のある孤児も知っている、当たり前の常識。しかし、無知な子供には、膨大な話に思えただろう。
空に満遍なく広がる星々を、憧れの目線で眺めながら。そして、紙を捲りながら。彼女は目に星を宿し、話を真剣に聞く。
「──ベツレヘムの星は、三日で復活した男が誕生した際に、見えたと言われる星の事だ。ほら、クリスマス・イヴやクリスマスの日に、木のてっぺんに一番星を飾るだろう?あれがその星さ」
「じゃあ、その星は本当にあるの?」
「さあ、それは分からない。──カルメンが大人になって、天文学者になったら分かるかもね。カルメンは容量が良い。きっと立派な大人になるよ。……それに、顔も美しい」
女は美しく在ることを強要される。故に、彼女は恵まれていた。大きな瞳に、無垢な口。それに加えて枝毛一つ無い髪と来た。
私なんかよりも、もっとちゃんとした道を歩めるだろう。カルメンには、立派に育って欲しい。私の様な者には、成って欲しくない。
──決して、成れ果てないように。
そして、時計の刻が十時を回った。
「おっとカルメン、そろそろ時間だよ。さあ、お部屋に戻って寝て来なさい。早く寝ないと、魔女が君の命を狩りに来る」
早く寝ないと、魔女に連れ去られてしまう。
これは、誰もが親に言われる言葉である。魔女と言うのは、子供を攫い、供物に捧げ生贄にする悪い輩。そんなのに、連れ去られてしまう。
……実在はするが、子供騙しに過ぎない台詞。しかし、昔の私は怖かった。
それは、カルメンも同じ様に。
「じゃあね、おやすみっ、ベアっ!──次は、名前の無い星について説明してねっ!」
「ああ、『約束する』よ」
そう言い終わると、カルメンは立ち上がり、裸足で扉に向かえば戸を占める。そして、部屋は再度闇に包まれた。──私は、カーメンを閉めて。静かにベッドへ潜り込む。……が、目は瞑らない。
辺りを見渡し、閉めたカーテンの方をじっと見詰める。……本能が、野生の勘が働いている。
そして、閉じられたカーテンから『コンコン』とノックの様な軽い音。しかし、次には窓を手の平で、思いっきり叩いた様な鈍い音が。そして、聞こえて来るのは聞き慣れた、男女の声。
「──馬鹿っ、オズヴァルド、この家の者に気付かれてはどうするっ!」
「……ユダちゃ〜ん、稽古の時も、僕言ったよね?ちゃんと周りや状況は確認しろって。──起きてるんでしょ、ヴェルギリウスっ」
私は、上半身を起こしカーテンを開ける。
「……何だ、夜這いか?」
「はっ、誰が化物なんて抱くか馬鹿野郎っ」
そこには、暗闇に隠れるユダと、オズヴァルドの姿。……それを確認し、私は立ち上がろうとするが──「待った」。そうオズヴァルドが呟くと。
「ねえ、ヴェルギリウス。……君はさ、今のままで居たい?幸せで居たい?」
オズヴァルドから告げられたのは、想像もしなかったそんな言葉。──私は少し目を見開けば、彼らの方へと視線を向ける。
「……多分、ダンテさんも、君が此処に居る事は知らないだろう。だから、今ならまだダンテさんを、僕達なら言い包める事が出来る。──ヴェルギリウスが望むのなら、僕達はもう君とは関わらない」
「…………」
彼らが私に与えたのは、残酷な選択だった。
『──ねえ、ベアトリーチェ。貴方がもし良ければ、家族になれたら……』
ジプニー家、カルメンの父と母に告げられた言葉が蘇る。……私は眉間を歪めた。
「僕達は友達でも無ければ、相棒でもない。唯のビジネスパートナーだ。けど……厚い情が有るのは確か。僕達は、君が望むなら、そのままこの家族達と一緒に幸せになって欲しい」
ああ、何て残酷なんだ。私は唇を食い縛る。
………………そして、私は────。……ベッドから立ち上がり、窓の取っ手を捻り窓を開いた。
その行動が意味する事は、ずばり。ユダ達と共に行くと言う事だ。ユダは、私のその行動に戸惑いを見せている。
「──ほ、本当に良いのか?ヴェルギリウス。私達は別に、強制している訳では無いのだが」
そう言いながらも、少し嬉しそうにするユダの姿を見て。私は、ユダが渡して来た、手に馴染む斧を握り締め。
「お前らが来るのが、あと数日遅ければ、私は変わっていたかもしれない。……だが、そうはならなかった。残念だが、それが運命だ。私は行くよ、先生をこの手で殺す為に──」
「そっか。それが、ヴェルギリウスの答えなんだね」
そう言うオズヴァルドも、少し微笑んでいる。──忘れていた、私の本当の使命について。血の刺青を、もう一度綺麗さっぱり洗い流すのは不可能だ。
……私は、部屋のティーテーブルへ、"前に書ておいた"一通の手紙を置き。
「そうだ。……それと、お前ら。少し金を貸してくれないか?後で返すからよ」
その手紙の重りとして、ありったけの金貨の入った袋を置いた。──そして、私はその場から去って行ったのだった。哀愁漂う手紙と、匂い漂う金貨を置いて。
追記『手紙』
朝、起きると手紙と金貨の入った袋が置かれていた。
そして、ベアトリーチェの姿も見当たらず。それに、布袋の中の金貨。相当な額だった。私達が生涯、数年は遊んでくれせる程に。
だが、使うつもりはない。そして、手紙の内容は──見ていたら泣いてしまったよ。多分、私はあの子の事を、しっかりと家族だと思っていたんだと思う。
そんな中。扉が叩かれた。──来客が来たみたい。




