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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode6_信用してはならない
30/75

029_闘牛士の歌「諸君の乾杯を喜んで受けよう」

──私達を照らす太陽。私や人間の血で(けが)れたマントと頭巾(ずきん)(なび)き、カルメンは「わぁ!」と目を光らせた。……子供(ゆえ)に、怖い者知らずだから出来る行動だ。普通なら、発狂案件だろう。


しかし、私達には、エデンの(その)に居た(ヘビ)の様な(つばさ)は無い。地面に堕ちるのは必然の事。私は、カルメンの小さな身体を胸元へ抑え。


そのまま、五点着地に似た動作を行う。


傷口が傷んだが、カルメンの為だ。仕方あるまい。──私はカルメンをそっと地面へ置くと、彼女の体に付いた木の葉や少量の土を払い。そんな中、カルメンは目を光らせて。


「──凄い凄いっ!私、初めて飛び降りたよ。(ハト)になった気分、それに飛ぶのって、そんなに気持ちいい事だったんだねっ!」


成功だ。体の痛みと引き替えに。


「……本当に、外へ勝手に出て良かったのだろうか。……カルメン、あまりこの家の遠くには行かないでおこう」


私は土等を払い終え、(はしゃ)ぐカルメンへそう告げる。すると、カルメンは口角を上げ。


「今日はお(しの)びのサバトだから、魔女は居ないのっ!それに、あまり遠くには行かないわ!牧場(ぼくじょう)の牛に挨拶をするだけだからっ!」


彼女の言うサバトとは、魔女達の集会(サバト)の事を指す。その準備の為、子供を(おそ)う魔女は居ない。カルメンはそう言いたいのだろう。


しかし……ふふん、すっかりと私に(なつ)いた様だな。先程の刺々(トゲトゲ)しい態度は何処(どこ)へやら。やはり、子供はそう言う(ふし)があるのかもしれないな。


それ故に、魔女による子供の拉致(らち)事件が無くならないのも納得が行く話だ。警戒(けいかい)心が無さ過ぎる。そして私は、カルメンと手を繋ぎ、近場の牧場を見に行く事に。……カルメンの手は、とても温かかった。

こんな私の手と違い。


「……あ、ほら見てっ!あれが牛さん。でね、牛さんの耳に付いているのが耳標(じひょう)って言うんだよっ。ベアは分からないでしょ?私が特別に教えてあげる。あれはね、牛さんをパパやママが番号で呼ぶ為に付けてるのよっ」


カルメンは牧場に着くと、私から手を離し、(さく)へ体を腰掛けて、奥の牛へと指を指す。……確かに、牛の耳には(ふだ)が見える。


「ほう、それで牛共……牛達を管理するのか。私の生まれた土地にも牧場はあったが、羊だったな。──牧羊犬(ぼくようけん)のチャーリーとはよく(たわむ)れたよ。くくっ、懐かしいな……だが、笑うと傷口が(うず)く……っ」


懐かしい思い出に浸る間もなく、私の身体中には激痛が。そんな私を気に止めてか、カルメンは「大丈夫?」と声を掛けて来た。


私は、微風(そよかぜ)で揺らぐ頭巾(ずきん)を、再度深く被れば。カルメンの頭へぽんと手を置き。


「大丈夫だ。カルメンが心配するまでも無い」


本当は、身が焼ける程の激痛なのに。私の口からは、自然と嘘の言葉が吐き出ていた。


こんな無垢(むく)な子供と比べるのも何だが、私は再度、自身の醜さについて知った。


私が掴みたくとも掴めなかった幸せが今、此処(ここ)にある。(ドブ)からでは永遠に掴めない、本当の日常が。


「──おーい、カルメン〜!ベアトリーチェ。そこで何をしているんだい〜!」

「────っあ、パパぁ!!」

「っ、危ないぞっ!?カルメンっ!」


牧場の奥、牛に(エサ)をやっているカルメンの父親が、此方(こちら)へ手を振って来る。カルメンはそれに答える様に、(さく)を飛び越え牧場の中へ。


私は、カルメンの父親へ、恥ずかしながらも手を振ると。そのまま天真爛漫(てんしんらんまん)なカルメンの背中を追いかけたのだった。──『暗闇』を背に。


002


「──っありがとうねえ、ベアトリーチェ。こんな雑用までしてくれて……っ」

「此方こそ……私も、何もせずに只々居候(ただただいそうろう)をするのは、少しばかり私の心が痛む」


カルメンと遊び、夕食を食べ終わった頃。


私は、赤ん坊を抱き抱えるカルメンの母親を横に、水の張った(おけ)の中、皿洗いをこなしていた。そして、明日は洗濯(せんたく)物も手伝うつもりである。カルメンの母親は、そんな真剣に皿洗いをする私の姿を眺めながら、赤ん坊へ(チチ)やっている。


今日の夕食がナポリタンだったが(ゆえ)、少しへばりついた汚れが面倒だ。──だが、それ程やり甲斐(がい)があるのも確か。


「……お節介(せっかい)みたいで悪いけれど、ベアトリーチェは、此処(ここ)を出て行ったらどうするつもりなの?──少しばかり気になってね……」


そんな中、カルメンの母親がそう私へ声を掛けた。私は、その言葉に流されるまま口を開いては。


「私は、この家を出たら──……友人の旅人と共に、旅をすると決めています」


勿論(もちろん)、童話を殺すのを生業としている事は、口が裂けても言えない事実。旅人、昔は少し憧れていた存在。虚空(こくう)の嘘に飲まれたその言葉に、自身の言葉ながらも反吐(へど)が出る。


……理想論(りそうろん)ばかり述べていても、何も変わらないというのに。──ただ、彼らの前では、理想の姿で居たかったのかもしれない。


そんなこんなで、皿洗いが終わった。私は(おけ)の中の水を捨て、最後の皿を拭いては立ち上がり。(ちぢ)めた背中をぐっと(ひね)る。そして。


「私はそろそろ寝ます。ありがとう……ご、ざいました」

「おやすみなさい、良い夢を──」


ああ、久方(ひさかた)振りだ。寝る際の挨拶を交わすのは。そして、今や私の部屋となった空き部屋へ、私は足を進めて行く。途中で出会ったカルメンの父にも会釈(えしゃく)を交わし、部屋の扉を閉めて「ふう」と一息。


純白(じゅんぱく)のシーツへ身体を(うず)くめ、私はじっと天井を眺めた。……寝るのが怖かった。この夢の様な幻想(げんそう)が覚めるのを、私は恐れていたから。


「…………………………」


……眠れない。私は、上半身をベッドから起き上がらせ、(となり)の窓のカーテンを開く。眠れない時は、星を見ると気分が落ち着く。


こんなにも自由に広がる星々を見ていると、自身の悩みがちっぽけに思えてくるからだ。


それに、私は天体観測(てんたいかんそく)が好きだ。昔はよく、天動説(てんどうせつ)について書かれた分厚い本を手に取り、星々を観測していたのを思い出す。


と、その時。扉が(きし)む音と共に、部屋に一筋の光が差し込んで来る。敵か?私は手に隠し持ってた、小さなナイフを握り締める。私が鋭い目線を向ける先は──何も無い。しかし、勝手に扉が開く(はず)も無い。


そう考えていた時だった。


「ねえ、ベア……。起きてる?」

「──っ。おお、どうしたんだい、カルメン」


ナイフを折り畳み、瞬時(しゅんじ)に枕裏へと投げ込めば。私は、不貞腐(ふてくさ)れているカルメンへそう告げる。……先程姿が見えなかったのは、カルメンの身長が小さかったからだろう。


カルメンは、私のその声を聞き少し目を見開けば。扉を閉じて、何かを手に抱えながら、私の布団(ふとん)へ潜り込んで来たのだ。


そしてカルメンは、私の胸の前まで体を寄せ「ん」と呟き、手に持っていた物を見せる。


それは、大きな本だった。本の題名は《竜と永遠の眠り姫》。高級そうな皮で作られた本の表紙には、金色(こんじき)の竜と、目を閉じている姫のシルエットが彫られていた。


……これを私に読めと言う事なのだろう。私は、カルメンからその絵本を手に取り、ページを(めく)る。


「『一匹の竜は、とある眠りの姫に恋をしていた。しかし、彼女は竜自身の毒により、永遠の眠りから覚めることはありません』『ああ、(うるわ)しの娘よ。お前はどうしたら私に振り向いてくれるのだ』『眠りの姫の周りには、竜が集めた宝石やドレス、花束(はなたば)でいっぱいでした』」


話の内容は、何処(どこ)にでもある様な物語。


一匹の竜が、眠りの姫に恋をした。しかし、竜が死なない限り、眠りの姫の呪いは解けず、竜は困り果てていた。


──そんな中、一人の勇者が竜を倒す。竜はそのまま悔いを残して死んでしまい、竜が恋した(うるわ)しの娘は、その勇者と。末永(すえなが)く幸せに過ごしましたとさ。


……ざっくりとあらすじを説明すると、この様な話だ。童話らしい、救い様の無いストーリー。……少し眉間(みけん)(シワ)が寄る。


そんな中、真面目に話を聞いてきたカルメンが、不意にこう口を開いたのだ。


「ねえ、ベア聞いて。……お話は続けて読みながら聞いて欲しいのっ。──あのね、私、最近ママとパパが、全然あたしに構ってくれないの。前までは、私と一緒に遊んでくれて、読み聞かせもしてくれたのに……っ」


カルメンは、布団(ふとん)のシーツを握り締めると。


「私、メルセデスが嫌い。弟だけど、全然好きになれないの。……ベアはどう思う?」


難しい質問だ。私は一人っ子だったが(ゆえ)に、その様な感情は抱いた事が無い。さて、どう返答したものか。地雷を踏んではいけないぞ、ヴェルギリウス。

──だが、これだけは本心で。


「……私は、別に嫌いでもいいんじゃないかと思うよ。人は、自分の持っていないものを持っているものに、嫉妬(しっと)をする生き物だ。……それは正常な感情だ。誇りに持つといい」

「何言ってるのかわかんないっ。ベアの馬鹿」


口元を膨らませたカルメンに腕を(つね)られた。


滅茶苦茶痛い、だが此処(ここ)で感情を(あらわ)にするのは三流のする事だ。私は静かに息を整え、再度絵本の読み聞かせに集中した。痛みで(くちびる)を噛み締めながら。


追記『竜と永遠の眠り姫』


《一部抜粋》


(うるわ)しの娘よ。ああ、寝込んでいるその様も美しい。だが、健気(けなげ)に踊る君は、もっと美しいのだろうか」


竜は呟いた。花束(はなたば)で囲まれ、宝石が散らばる棺桶(かんおけ)の中の姫を見た。死んだ様に眠っているが、死肉(しにく)の臭いすら感じない。多分、生きているのだろう。


(うるわ)しの娘。お願いだ、娘。起きてくれ……」


竜は舐めとった。彼女の(ほお)(ねば)った舌で。

だが、申し訳なくなったのか。竜はその舌を引っ込めた。そして、その場を後にしたんだとか──。

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