002_穴の空いた砂糖と心。
警官が毎度ドーナッツを飽きずに食べている理由は、夜でも経営している店が、そのドーナッツ店しか無いからだろう。
ドーナッツをほむほふっ……と齧りながらのご登場。一気に酒場の空気は重く、冷たくなる。
「はふっ……おいおい、何じゃあこの酒場は。人殺しや大罪人の集まりじゃねえか。反吐臭くて言葉も出ねぇし息も出来ねえ」
ドーナッツを食べ終えた警官が、赤ん坊の様に指をちゅぽっと舐めとると。
「だが俺は好きだぜ、ママ大好きな俺より、落魄れた奴を見るのはなっ!!」
その瞬間、一斉に入って来た大量の警官が、なりふり構わず銃弾を乱射。静かな夜の路地裏に、数多もの銃声が響き渡る。
だが、此方も数多もの苦難を乗り越えたシリアルキラー達だ。皆がカウンターや壁側、ティーテーブルを傾け盾にすると、持っていた銃で発砲だ。私はティーテーブルから顔を出し、愛用のピースメーカーを乱射する。
そして、引き金が引けなくなり。ピースメーカーの弾丸が無くなったのを確認すると、隠れていたティーテーブルから身を乗り出し、大きな斧を手に握りながら。
「はふぇ…っ?!」
その勢いのまま、一人の警官の首に斧をぶっ刺した。勢い良く噴射する紅色の血。私の赤い頭巾に血が付くが、お構い無し。血は好きだ。
目からは一本の赤い線が煌めき、人殺しのマシーンの如く、警官共を蹂躙して行く。
地面や警官達の喘ぎ声、舞い上がるは血の海。これぞ正しく、純血の名に相応しい。
「っくく、っ。……はは。はははははははははははははははははははっはははははははっくく、ふはははははははははははははははははははははははは……くはっははははははははははははははははははははっっ!!!」
昔の様な、可愛らしい笑い方も、今では先生に似た狂気の渦に塗れた笑い方に。……そして、シリアルキラー共も持っていた弾が無くなったのか、皆が近接戦闘に入る。
剰え、酒瓶を割りそれを武器にする者も居た。
斧を振り回し、近くに寄られれば小回りの効くナイフへ器用に変更。そして、一つ一つ的確に、硬く刃の抜けにくい、心臓や頭蓋骨等では無く、喉仏を狙う。そして、横に筋を切るようにして掻っ切るのだ。
……一方、オズヴァルドの方はと言うと。他とは一風変わった戦い方をしていた。
「人をヤるのに派手な魔法は要らないさ。……こんな小さな手品でも、こうやって君を苦しめてるんだからねっ」
オズヴァルドはそう口にしながら、地面に倒れ込む警官の服を踏み躙る。
警官は地面に倒れ込み、微かに体が痙攣している様子。
「かっ……っ?!う゛……っ、け………っ!ど、っ。………毒、か……?」
「半分正解で半分は不正解。けど、その方がロマンやカッコ良さがあったかもしれないね。けどほら、こうやって剣から浮き出すその姿も美しいだろお…っ?僕はこの魔法が大好きだ。魔法の使えない魔法使いが、緑の世界しか見えない僕だが、この魔法だけは鮮明に見えるんだ!」
奴は、塩を体内から出す事が出来る特異体質。そして、それはオズヴァルドの妻が、永遠の塩柱になってから発現した能力なんだとか。
そうだ、地面に倒れる警官を苦しめる毒の正体は、塩だ。塩分、塩素とも呼ばれている一品であり、料理等にも使われる。
確かに、派手な魔法でも手品でも無いかもしれない。だが確かに、血液中の塩分濃度が一定を超えれば、人は確実に死ぬ。
オズヴァルドは、先程剣でつけた警官達の傷に触れ、血液中に多量の塩を入れていたのだ。
「……さあ、僕の妻に、祝福をっ!」
その瞬間、オズヴァルドは残酷にも、倒れ込む警官の、首元にある傷に触れた。
すると、その警官の体内は静かに息を引き取った。そして、オズヴァルドが上空へ手を翳せば。
室内に、雪の様に降り注ぐ塩の雨。
それはまるで、祝福を祈る際に使われる、クラッカーの様であった。
「おらぁっ!」
「ぶふぁっ??」
そんな調子で、段々と制圧されて行く警官側。それに焦りを見せた警官の一人が、援護を呼ぼうと、ドアノブに手を掛け、外に出ようとするが。私はその扉へ、ナイフをぴっと投げ捨てた。
「ひっ?!」
顔の目の前に刺さり、放心状態になる警官。
その警官の近くに、酒臭い体を煽りながらも、その場へ向かう。そして、私は彼の肩に手を回し、肩を組むと。
「駄目だろお〜新人、仲間を置いて逃げる気か?……っくっくく、お前には、悪に耐え抜く表向きの正義が足りなかった様だなあっっ!!」
斧でぶった斬るのではなく、木の方で顔面を殴り付けた。鼻に向かって、顔面クリーンヒットである。
そして、右往左往によろめき、ティーテーブルに尻餅を着く警官へ、私は無慈悲にも頭へ小刀を投げ飛ばし、命中させた。
人の命、これ程軽い物は存在しないだろう。
笑みを浮かべながら。そして、楽しみながら。私は殺しを始めて行く。多分、死の直前に晒されるのが気持ちよかったんだと思う。
そして、自身が強くなって行く感覚に快感を感じていた。これならあの忌まわしきオオカミを殺せる、そう自分に確信させる為に。
そんなこんなで警察側は、見るからに人数が激減していた。戦意喪失したのか、逃げない様に扉付近によし掛る私の姿を見ては、そのまま持っていたリボルバーで頭を撃ち抜く猛者も居た。
阿鼻叫喚の嵐である、支離滅裂な罵声と共に、降り注ぐは紅の血飛沫だ。
「はっ……っ!は、……!っは、っ……!」
そして最後には、息を荒くさせ、弾の尽きたリボルバーを持ち、此方へ翳す警官が一人。先程、ドーナッツを食べていた警官だ。
運良く生き残ってしまったのだろう、いや、逆に運が悪いのかもしれない。こんな状況で、生き残ってしまったのだから。皆の視線が、その壁に這う様にして、しゃがむ一匹の兎に集中する。
そして、銃弾の入ったティーテーブルを立て直し、皆が各自、椅子やカウンターへと戻って行く。これから始まる映画を視聴する為にだ。
私は、唯一の出口である扉から腰を退けると。震える手で警官が持つ、リボルバーを奪い取り席に座る。そして、指でその拳銃を回せば。
しょわっ……。警官の足元に、湯気が漂る。失禁だ。幸にも、大の方では無いらしい。だが、どわっ!一斉に、酒場内に嘲笑の声が木霊する。
その様子に酒瓶を翳し、中の酒を飲む奴まで現れる始末。あの警官にとっては、この世の地獄に相応しい光景だっただろう。
「おやおや、彼の最後の晩餐が、ルビーチョコレートのドーナッツになったみたいだね。可哀想に、ラストミールの要望も承諾されないなんて。逆に無様で笑っちゃうよねっ」
私の座るティーテーブルに、椅子を持って来たオズヴァルドが、口元に手を置き。いやらしい笑みを浮かべながらも、席に着く。
オズヴァルドの下には、警官により射殺された、先程まで共に酒を飲んでいた屍が。しかし、彼はそんな事を気にする素振りも見せず。そのまま死体を踏みながら、目の前の警官を見続る。
私も、死んだ仲間?の死体を漁り、入っていた弾をリボルバーへ装填。そして、余った弾は、そのままウイスキーグラスへと。
それを見たオズヴァルドが、近くにあった酒をグラスへと注ぐ。……私は、弾を装填したリボルバー片手に、震える警官の元へと歩き出した。
「よおーし、ロシアン・ルーレットをやろうか。今は酒で興が乗ってんだ、少しは付き合えよ」
その言葉に、酒場の雰囲気はより一層盛り上がる。だがしかし、警官だけは、犯罪者共とは違い、「………っ……ぁ……!」と戯言を呟くのみ。
「ん、お前、ロシアン・ルーレットの意味知らねえのか?ほら、ロシア式ルーレットだよ。リボルバー系の銃に、一発弾を入れる。そして自身の決めた部位に銃を向け、そのまま発砲っ!当たりは一発だ、お偉い神様に祈れよ〜警官。もしそれで生き残ったなら、そのまま外へ逃がしてやる」
勿論、警官がロシアン・ルーレットの意味を知っているのは理解している。
唯の挑発、煽りの込めた言い回しだ。私は酒を煽る犯罪者共に背を向けて。リボルバーのシリンダー部分を、手の平で何度も回せば。その勢いのままセット、そしてそのまま、警官の頭へリボルバーを翳す。
「あばよ能無し、来世は警官なんて馬鹿な仕事、するんじゃねえよっ!」
「────────────────」
パシュンッ!S&W M36のリボルバーが煙を吹いた。血飛沫と共にだ。その瞬間、溢れ出す様に室内を包み込むのは、多種多様なる笑いの嵐。
私も笑いを堪えられる筈も無く、笑いながらオズヴァルド近くの席に着く。リボルバーを地面に投げ捨ててだ。
そして、そのリボルバーのシリンダー部分には、弾が六発全て装填されていた……訳では無く、あの警官は、普通に運が悪かったのだ。
仲間にも運にも見捨てられ、そのまま永遠ジ・エンド。だからこその笑いの嵐である。
「くっ、くはっ……!はははははっ!見たかよヴェルギリウスっ。あの警官の顔、舌も無様に垂れ出してさあ。しかも、死ぬ前に失禁なんて……っ!はははははっひ、は!もう、はは。笑っちゃうよね〜不細工でっ」
「私も同じ気持ちだよ、オズヴァルド。……っくく、はははっ!それに、知っていたか?人は死ぬ時に、生きている中で一生味わえない様な快感が来るらしい。ほら、見てみろよ。此奴の顔」
舌を出し、目を昇天させながら死んでいる。
その顔を見ると、笑いと酒がより進む。私が、再度グラスに手を翳した時だった。次はゆっくりと、入口の扉が開いたのだ。
静かに、私は腰に掛けたナイフに手を翳す。
ギィィッ……。扉が軋む音と共に、出て来たのは他でも無く。狩人の装束と、薄汚れたマント。小汚いハットを着込んだ、先生の姿だった。……私はそれを確認すると、そのまま持っていたナイフを先生の方へと投げ捨てた。
「っと、危ねえじゃねえか、ヴェルギリウス」
だがしかし、その様なチンケな手品で先生が死ぬ訳もなく。先生は指に挟んだ銅硬貨三枚分のナイフを全て地面へ投げ捨て、そのままカウンターの方へと向かっては。
「……ん、お前らも、そろそろこの酒場をお開きにした方がいいと思うぞ」
警官を見て誰も知らない裏口から、真っ先に逃げた店長が居ない事を確認すると、先生は酒瓶片手にそう言った。
「街がやけに静かだ。それに、向かっている途中、通行人を一人も見かけなかった。……殺されたくなかったら、金額の高い酒を持って逃げるんだなっ」
酒を飲み、口を手の甲で拭いながらそう言う先生。そして、ウイスキーの柄を見ながら先生は。
「行くぞ、ヴェルギリウス、オズヴァルド。こんな所で道草喰ってる場合じゃねえんだよ俺達は」
いつも通りのスマイルを浮かべてそう呟く。そして、どさくさに紛れて、お気に入りのウイスキーを片手に、先生は私達に背を向け去って行く。
先生が通り過ぎた時、私は微かに感じたのだった。オズヴァルド同様、漂う大人の香りをだ。
多分、先生もそういうお店に行っていたのだろう。別に、先生に直接何とは言わないが。……先生の事だ。娼館や娼婦でも抱きに行ったのだろう。
溜息をつき、女の香りを嗅ぎながら、私達は先生の元へと着いて行ったのだった。




