028_「アルカラの竜騎兵」
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「ふんっ!ママやパパに言われるがまま、私のお世話をしに来たんでしょう、まるで奴隷ね。──私は貴方が嫌いよ。ママやパパの代わりになれるだなんて、思わないでちょうだいっ」
あの女房の夫にも挨拶や事情を説明した。どうやら、私はこの傷の大半が癒えるまで、この家に居候をしなくてはいけなくなったらしい。ジプニー家は、化物の私の事を快く受け止めてくれた。
……この、カルメンと言う幼子以外は。多分、お年頃故の反抗期なのだろう。それに、ジプニー家にはもう一人の、産まれ堕ちたばかりの赤ん坊が居る。
それ故に、父や母はあまり構ってあげられないのだろう。その鬱憤の発散方法として、性格に難が生じたか。
それか、また見放される事を、私の様に恐れているか。
「なあ、君は今何をしたい……んだ?何なりと言ってくれ、私も最善を尽く……そう」
極力、柔らかい口調で、私は童女へ話し掛ける。しかし、返答は帰って来ず。彼女は頬を膨らませ。
……だが、そんな私に興味を示してくれては居る様で。今は、彼女の自室へ案内されたばかりであったからだ。カルメンと言う幼子は、私の服の裾をギュッと、力強く引っ張れば。
「私の事を『君』って呼ばないでっ!私の名前はカルメンって言うのに。カルメン・ジプニー、それが私の名前。……だから、私も貴方の事は名前で呼びたい。っだ、だから……あ、貴方の名前はっ?」
彼女は、様々な玩具の散らばった部屋内。私に向かってそう告げる。どうやら、常識的な知識はしっかりと持ち得ているらしい。
「……。…………私の名前は──『ベアトリーチェ』。私の名は『ベアトリーチェ』と言う」
否、私の名前はヴェルギリウスだ。……だが、私は一応大罪人。素性を明かす訳にもいかず。それに、この名を読んだ者の口が、血で穢れるのが嫌だから。
本当はこんな名前を、早く捨て去りたい。
「ベアトリーチェ、いい名前だけど、長過ぎるわ!……じゃあ、私が訳して『ベア』って呼んであげるっ!私の飼ってる牧場の牛さんとも同じ名前だし。光栄に思ってねっ!ママとパパの奴隷さんっ」
「牛……。……あっ、ありがとう。では私の名前はベアでいい。それでは、何をして遊ぼう。カルメンの母君は六時──……あの時計の刻が六を刻む時に夜食時にしようと言っていた」
時計を見ると、時計の針は三を刻んでいる。三時十一分、それが今の時刻である。……今の所、彼女を満足にさせられるほどの時間は容易にあると見た。気楽に行くとしよう。
「時間は……沢山あるじゃないっ!それじゃあ……!……っ、別に、ベアじゃなくても良いけどね。私と遊べる事を感謝してっ!……ふん、それでいいわ。じゃあ、絵本を読んでよ。……あ、けど先におままごとをしましょ」
私が木製の地面にしゃがむのと同時に、カルメンは奥から玩具のたらふく入った玩具箱を取り出した。
カルメンはその中を漁り、とある布袋を取り出せば。布袋の帯を緩ませ、床へと散らばせる。中からは、木製の包丁にぬいぐるみ。そして、塗装のされていない安っぽいお椀。
どれもこれも、そこら辺から掻き集めた様な中身だ。しかし、彼女にとっては大切なままごとセットなのだろう。
「じゃあ私がママ役で、ベアはお客様ね。そこの人形達はね……ん〜じゃあ食材!熊の方が肉で、兎の方は野菜っ!」
そう言えば、カルメンは容赦無く人形へ、木製の包丁を突き付ける。……度し難い、心の中でそう呟きながら、私は野菜と成れた哀れな人形の殺戮ショーをじんまりと眺めた。
これが、本当に兎だったのなら、本当に悲惨な光景になっていただろう。血は飛び出し、顔は原型を留めない程に。腸はソーセージには出来ない程に損壊されて……これ以上考えるのは辞めておこう。
今は、カルメンの野菜もどきの解体ショーを、しみじみと眺める事にしよう。
「ねえ、見てみてベア。私、野菜を切るのが上手いでしょう?まあ、私はね、パイの編み込みが出来る程に、手先が器用なのよー。ママと一緒にやったの。あの時のパイは美味しかったわ、確か、林檎を使ってた。でね、甘いシナモンをたっぷりと振りかけて食べるのっ!ベアも食べれたら良かったのにねー、ママの作るパイは格別よ?」
子供故のマシンガントーク。野菜の話が、何処かへと蒸発して行ったがお構い無し。
「私はパイ系の物は全般好きだ。特に、チェリーパイとバタースコッチシナモンパイが好きだ。き……カルメンの母が作るアップルパイも、いつかは食べてみたいな……っ」
「ふふん、そう?私はね、ママの作るアップルパイと、ママの作るクロワッサンが好きなの!けど、パパはママの作ったクロワッサンを、毎回カフェオルに入れてたべるのよっ!私は、カフェオルは苦くて嫌い…………。まあ、ベアもあんな苦い物は飲めないでしょうに。ふん」
カフェオル……多分、カフェオレの事を指しているのだろう。確かに、私の母もそうして食べていた様な……。
もう、幻影とでしかしっかりと見えない母の姿。時間が経つとは恐ろしい。こんなにも、愛する人を濃霧へと晒すのだから。
そんなことを考えている中でも、彼女は一生懸命に包丁を人形へ突き付ける。兎は木製のお椀の中へと、乱暴に入れられていた。
今の犠牲者は、肉と化した熊の様だ。この光景を見れば、どんな凶暴な熊でも、尻尾を巻いて逃げるだろうに。無垢な幼子程、恐れる者は何も無いのだから。
「……思い出した。私の家では、アップルパイにシナモンは入れなかった。母の作ったチェリーパイと、イチジクのタルトは美味しかったな。……素材本来の味が美味かった……」
「シナモンを入れないなんて、あんた馬鹿じゃないのっ!シナモンあってこそのパイなのに……。ん、ベア。そんな事より、もうお料理が出来たよ!ベアの好きな……ええと、何とかのパイ!」
肉と野菜で、何故チェリーパイが出来るのかは、考えただけ駄目だろう。この麗しのカルメンの目には、このお椀に入った人形達が、本物のチェリーパイの様に見えているのだから。
…………決して、頭巾で隠れ見えないからと言って、笑ってはいけない。
幼子の期待の視線を背に、私はそのチェリーパイを食べる……フリをした。どうやって食べるのかは分からなかったので、一応、オズヴァルド何度も汚らしいと怒られた、手掴みで食べる事に。
手には、目が死んだ人形が握られている。
「……も、もぐもぐ。もぐもぐ……。美味い。美味しいよ、カルメン。特に、この仄かな温かさと、パイ生地の塩梅がとても素晴らしい。それに─────」
「もうちょっと簡単に言ってよ!わたし、難しい言葉なんて分からないんだってばっ!!」
真面目な感想を述べる私へ、カルメンが頬を膨らませれば、眉を歪ませそう告げる。
まずい、私とした事が。子供は一度拗ねると、後々面倒な事になる。……特に、私がそのタイプだったからよく分かる。
「すまない……っ。カルメンの料理がとても美味しくて、つい……お口が勝手に動いちゃったんだ。また、私はこれを食べたいよ」
「……それって本当?……ベア、嘘ついてない?──私、嘘吐きは嫌いだからね」
私のその言葉を聞いて、視線を鋭く尖らせるカルメン。嘘吐き、その言葉が私の胸を抉る。だが、私は口を濁らせながらも「本当だ」と、そう告げる。
その言葉に、カルメンは「やったー!」と子供らしく、無邪気に飛び跳ね笑顔を見せる。私は、人形の入ったお椀を地面に置くと。それを見て、カルメンは私の服の裾を再度引っ張り。
「ねえ、ベア。お部屋で遊ぶの飽きちゃったからさ、お外に行って遊ぼうよーっ!」
「外か。……だが、勝手に行って大丈夫なのか?時刻はまだお昼時だけれどィ゛っ──?!」
痛み。カルメンが服の裾では無く、私の腕をギュッと掴んだが故の。その瞬間、全身に走る激痛と言う名の稲妻。身体が火照る様に暑くなった、体からの危険信号。
だが、カルメンは急に黙った私を不思議に思ってか……いや、駄目だと言われている様な感じがしたのだろう。「おーねーがーいーっ!」と言葉を連呼しながら、私の体を揺さぶった。勿論、腕に全体重を乗せながら。
体が悲鳴を上げている。私は反射的に、彼女の腕を叩いてしまった。……いや、自身の腕を退けたのだ。その私の行動に、カルメンは黙り込む。そして、涙目に。
……まずいことをしてしまった。頭の中がそれだけでいっぱいになる。
「……ごめっ、なさい。……私、我儘言っちゃって。……嫌だ、また構って貰えなくなるのは嫌だょ……。うぐっ……!私を見捨てないでよぉ……っ!」
やばい、これは泣く前兆だ。──これで私が失敗してしまえば、カルメンは泣き叫び、ジプニー家の方々に迷惑がかかる。それだけは避けたい、善良な人に、裏切られたくないからだ。
私は咄嗟に、泣きそうなカルメンを背中へ背負い。そのまま部屋の窓を勢いよく開く。──微風が部屋内へ靡き、私の頭巾とカルメンの髪が途端に揺れる。
此処は二階だ。「何をしでかすのか?」と、カルメンは不安そうに私を見詰めて来る。私は、窓の縁へ足を掛ければ。
「──少し刺激的だが、任せておけ。華麗なレディーに、私の様な怪我は負わせはしない」
私はそう言えば、風吹く空へと身を投げた。




