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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode6_信用してはならない
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027_ハバネラ「恋は野の鳥」

あなたの父と母を(うやま)え。

これは、あなたの神、主が(たま)わる地で、あなたが長く生きるためである。

あなたは殺してはならない。

あなたは姦淫(かんいん)してはならない。

あなたは盗んではならない。

あなたは隣人について、偽証(ぎしょう)してはならない。

あなたは隣人の家をむさぼってはならない。

隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない。


──(しゅつ)エジプト記、第20章12節~17節──


000


「…………っんぁ……?」


頭が痛い、だが、何故(なぜ)かあまり体は痛まず。そして、目を開けると、木製の温かな天井が見えた。次に、脳内に走る一本の電撃。……思い出した、私は途中、気を失っていたのだと。


では、何故(なぜ)私は此処(ここ)に居る?ああ、頭が割れそうだ。それに、傷口も(うず)く。──私が傷口の方を見てみると……なんと、そこには包帯が。


私の憶測(おくそく)だが、多分、私を見つけた誰かが介抱(かいほう)をしてくれたのだろう。包帯だらけの指を動かし、私は顔に手を(かざ)す。……元々欠けている片目部分に、しっかりと包帯が巻かれていたのが確認出来た。


コンコンッ、警戒(けいかい)する私を横に、扉と思しき所から、軽く優しいノックが聞こえ。私は、それを聞いて急いで体制を立て直す。


……心臓が喉奥から飛び出そうだ。


「あら、起きたのね。身体中が怪我(ケガ)だらけでしょう、あまり動かない方がいいわよ──」


扉から顔を出したのは、三十代前半の女房(にょうぼう)と思しき女の姿。手の上のトレーには、湯気が立ちのぼるシチューが置かれている。


彼女は、シチューの乗ったトレーを、近くの(たな)の上に置き、沈黙(ちんもく)。しかし、彼女はちらちらと此方(こちら)の様子を(うかが)っている様子。


そんな奴に、私は痺れを切らし声を荒らげた。


「何だお前は……っ。それに此処(ここ)の童話は何処(どこ)だ、何故(なぜ)私は此処(ここ)に居る!」

「私は、この家の持ち主である夫の妻。そして此処(ここ)は『ブレーメンの音楽隊』と言う童話世界よ。……朝、牛に餌やりをしに行ったらね、その牧場(ぼくじょう)近くで倒れていたのよ、貴方」


女はそう言い終わると、私の(たたず)むベッド近くへ椅子(いす)を引き()りそこへ座る。木製のチェアが(きし)む音と共に、私の耳には耳鳴りが。


急に耳を抑える私を気遣(きづか)ってか、女が此方(こちら)へ手を伸ばす──が、私はそれを弾き飛ばし。


「私に触るなっ!……お前も、私を騙そうとしているんだろう。この世の中に信頼出来る者など居ない。私に触れるなっ!!」


(はた)かれた手を抑え、女は此方(こちら)(あわ)れだと思っていそうな顔を見せる。


ああ、私はお前のその顔が嫌いだ。私を(あわ)れむな、私を可哀想だと思うんじゃない。それに、また体に何かされよう物なら……私は、お前を殺してやる。


だが、女は表情を一変。急に凛々(りり)しい顔になったのかと思えば。私の両頬を両手で挟み、女は顔を近付けると。


「貴方に何があったのかは知らないけれどね、礼儀ってもんがあるでしょうがっ!それに、私は貴方を分かってあげられる──」


私はその言葉を聞いて、歯を食いしばり。そのまま女の腕を、力任せに握り締める。


「お前如きに私の何が分かるっ!……他人に怖がられ、対等な関係が築けず、勝手に絶望され落胆(らくたん)される人生を送って来た。愛をくれる親も居ない、友人も無惨(むざん)な方法で殺された。私が、心を赦した者は全員殺されたんだぞっ!!それに、私自身も何をしでかすか……っ!」


勢いのまま、本音を彼女へ吐き捨てた。……しかし、女はそんな私を見ても(なお)、本心は変わらない様で。……だが、そんな私も精神的にも辛かったのだろう。自然と、目からは大粒の(なみだ)が零れ出て来たのだ。脳の意志とは関係無く。


私は、女の腕を掴む手を離せば、そのまま白いベッドの上で(うずくま)り。


嘆いた。本音を、心から。


「……私は、そんな自分が怖い。とても、心を(ゆる)す事なんて、到底出来やしない……!」


懺悔(ざんげ)。心の奥底から出る言葉は、本音と後悔、そして()いが籠っている。


その言葉を聞いて、女は少し考えた様に固まれば。そのまま胸に手を置き、微笑みかけ。


「大丈夫。別に、私達へ無理に心を開けなんて言わないわ。……貴方も、大変だったのね。私達は、貴方を傷付けない。約束するよ」

「……っ、口だけで言うのは簡単だろう。……それに、勝手に分かった様にっ──?!」


私は、目の周りを赤く染めた顔を女へ見せるが。──彼女は、そんな私の口へ、シチューを(すく)ったスプーンをねじ込んだ。


「んぐっ?!」


──やめろ!そう言いたい所だったが。


……口に広がる、仄かな甘み。美味い、甘い。それが、私の心の(くさり)を優しく砕いて行く。そして、自然と口から(こぼ)れる言葉。──涙は、自然と収まって。


「……美味い、美味いよ。……美味しい。……こんなに美味しいのを食べたのは、あの日以来初めてだ……っ」


あの日、先生が、私の童話へ来た日の事。私はあの時から、親の味を失っていた。……彼女から、シチューの入ったお(わん)を渡され。


私はそれを受け取り、中の暖かいシチューを(むさぼ)った。──私は、肉があまり好きではない。


実の祖母(そぼ)の肉を食べてからだ。それ以降、好んで食べる事は無くなった。が、このシチューに入っていた肉だけは、しっかりと味わえた。彼女は、そんな私の姿を、微笑みながら静かに眺め。


──そして、私がそのシチューを、残りカス残らず(すす)り終えた時。私は、口元を荒く拭えば、優しく彼女へお椀を手渡し。


「……ありがとう。私も、先程の無礼(ぶれい)()びる。すまなかった。だが、もういい。これ以上この家に留まるのも失礼だろう。私は出て行くよ、助けてくれてありがとう」


これ以上此処(ここ)に留まるのは、流石に非常識だ。そして、何より……此処(ここ)に居ると私の心も変わってしまうやもしれぬ。復讐に血濡(ちぬ)れた私の心が、変わってしまう前に。復讐の灯火(ともしび)が、消えてしまわぬ前に。


それに、傷口は痛むが、まだ歩ける。目眩(めまい)もさほど気にならない。──ふらつきながらも、私はベッドから立ち上がり、部屋の(とびら)へ手を掛ける。が、その時。そのドアノブを触った手を止められた。


「まだ傷が治っていないじゃない。駄目よ、また何処(どこ)かで倒れていちゃ元も子も無い。別に、私達は貴方の事を邪魔者だなんて思わない。──その傷が……最低でも()えるまで。貴方は此処(ここ)に居てちょうだいっ!」

「…………だ、だが──────」

「『だが』じゃない。それにね……」


その時、私の体が(かたむ)いた。いや、体重を掛けていた扉が動いた、と言った方がいいのかもしれない。出て来たのは、あの女房(にょうぼう)の父と思しき男と、そいつの腕に抱えられた赤ん坊。


そして、両足を広げ、腕を組み。偉そうに(ほお)を膨らませる、一人の幼女(おさなご)の姿も見える。


「ふうん、ねえママっ!そんな子置いておいて、私に構ってよ、一緒にキャッチボールしてっ!パパもメルセデス(赤ん坊)に構ってばっかりっ!ねえ、ねえってば──っ!」


女の服の(すそ)を引っ張る幼女(おさなご)


彼女と同じ金髪に、輝く白色の(ひとみ)女房(にょうぼう)はそんな幼子に「はいはい」と生温い返事を返せば。


「──なら、傷が癒えるまで、この子、カルメンのお世話をして欲しいのだけど……」


それと同時に、父親の腕に包まれた赤ん坊が(うな)り声を上げ、泣き叫ぶ。次に、「ママ、ママー!」と声を荒らげる金髪の幼子。


そして、その童女(どうじょ)は私の方をじっと見詰めれば、挑発する様に舌を出す。


──これは、拷問(ごうもん)以上に(ほね)が折れそうだ。


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