025_「この人は神の子であった」
「──おいおい~、前まで乗り気だったのに。どうしてそんなに腑抜けたちまったんだよ。けど、私は愉しくてしょうが無いっ!」
「ぅがっ──?!……ぁ゛ぁぁ゛っ!このっ、糞野郎っ───~~!!」
大きな鏡を、満遍の笑みで此方へ近付けてくるマタイ。冷たい水を浴びせられ、強制的な目覚めをさせられた挙句、このザマだ。
……今の私の顔は、こんなにも醜いのか。腐爛する自身の肌を見ていると、脳内に電撃が走った様な感覚と共に、耐え難い苦痛が身を犯す。蝕み、蝕まれる。
顔が自然と酷く歪み、体が意識とは関係無く痙攣する。傷口が疼き、ぽっかりと空いた目玉の無い片目からは、少し膿の混じった血が染み出して。
そして、そんな私の拒否反応を、男は面白可笑しく眺めている。この光景は、容易に地獄と比喩できる、圧巻の場景であろう。
「っんふ~~~♡やっぱり拷問は、相手の反応が無ければ愉しくも何ともない。性行為も、相手の反応がなければ面白くないだろうっ!!」
私の心は冷めきっているのに、相手は興奮の最高潮状態。随分と御預けを喰らっていた分、今回の私の反応がよほど愛くるしいのだう。
等身大の鏡をカラカラと動かしながら、マタイは私の反応に絶頂している。
……初めて会った際は、何とも言えない禍々しい雰囲気を醸し出していたと言うのに。今では、部下には見せれないであろう表情で、相手を存分に痛め付けている。
本物の狂気、狂乱、身震い。サディスティックな奴の本心が、吐き気を催す程にさらけ出されているのだ。そして、その溜め込めない劣情を、ごみ溜の様に受け止める。
……私は静かに、血反吐を地面へ吐き捨てた。
「鏡、鏡鏡鏡鏡鏡……。もっと欲しい。君の苦しい姿をもっと、近くでっ、眺めたい。見ていたい、舐め取りたい、脊髄を啜りたい、頬肉を貪りたい、私の物だけにしたぃぃぃ……」
「……っ。気っ色悪ぃ……お前は死ねっ……!」
「ん゛んっ!あーーーーーーーーあぁ。そんな事言っちゃっていいんだね、ふーん。君はより一層、キツイ地獄を味わいたい様だ」
そう言えば、マタイは鏡を私の目の前へと鎮座させ。そのまま、恍惚した息遣いのまま、私の頭を鷲掴み。勢いの良く、俯いていた私の頭を目の前へ。……畜生、見たくなかったのに。
そんな私を横目に、マタイは根性焼きをする様に、何度も何度も。ぐりぐりと後頭部を木の椅子に押し付ける。私を再度俯かせまいという思いが、行動にまで現れている様だ。
それ程までに、相手は随分と興奮しているらしい。
「ぅ゛がっ。……死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっあ゛ぁ゛ぁぁあ゛ぁあ゛あぁぁぁあ゛がっ、ぎぃ゛ッ!!」
私は奥歯を噛み締める。……が、数本抜かれていた為、あまり噛んだ気はしなかった。
たかが二本抜くだけで、これ程までに変わるらしい。
「あっはははははははははははははっ!?ははははははひっ、ひ~~~~っ!!!!っくくく、ああ、すまない。あまりにも興奮してしまった。……これが絶頂後の倦怠感か、だが、まだ胸奥で悶々とした感情がっ!」
マタイはそう高笑いをし、体を震わせる。
絶頂の身震い、それにこの反応。興奮が限界になり、絶頂と共にイったのだろう。本当に、気色の悪い奴だ。同じ空気を吸うだけで虫酸が走る。
「この糞──っ?!手を退かせ、お前を殺す。絶対にこの手でぶち殺してやるっっ!!」
「無理無理、諦めな。それとも……この太い縄を自らの腕だけで千切るのかい?度の過ぎた無謀は唯の馬鹿だ。諦めなよ」
彼はそう呟けば「鉄製の奴が欲しかったんだけど……何せ、随分と物騒な棘が無数に付いてるもんでね」と一言。
そして、私の頭を片手で掴みながら、彼はカラカラと車輪を付けた、等身大の鏡を此方へ近付ける。……共に、相手と、私の息が荒くなる。
マタイは、相手を圧倒する自惚れと劣情で。
私は、恐怖と絶望のむず痒い感情で。
「っはぁ、ぁ~~~~っ気分が心地良いよ。絶好調で好調。……気分が良いからね、君だけに私の考えを教えてあげようかなっん♡」
そう言えば、マタイは気楽にむふっ、と笑い。
大きな鏡を両手に持ちながら、見せ付ける様に此方へ、チラチラと無理矢理鏡で顔を視認させる。そして、苦しそうに嘆く私の姿を眺めながら。
「この世界について、君は不思議だと思った事はないかい……っ?例えば、『何で暖炉に火をくべるとあまり燃え上がらないのに、何故この童話世界自体に火を灯すと、瞬く間に燃え上がるのか』とかねっ!!」
そう言えば、マタイは私のぽっくり空いた片目の部分に指を入れ挑発し。
「元々、我々は童話の平和や秩序、謎を解明する為に結成された組織っ!君達と戦う為に作られた訳じゃない訳だ。……これは、友人によく馬鹿にされた私の考察なんだがねっ」
マタイは自身の指を、私の方からすっと退かせば。
「『この世界は、大きなパズルピースの様になっていると思うんだ』。私達支部の全精力が調査をしているが、何れもこの童話世界の端を未だ確認したことがない!それ程までに、この世界はパズルピースの様に入り組んでおり、まだ完成していない未完成の状態なんだと──!私は考えているんだよっ……♡」
そして、マタイは追記程度に「ま、私の憶測なんだけどね」と、自身の考えを嘲笑し。
──だが、その瞬間。何故か私の中の何かが吹っ切れた様な。そんな、感じがした。
遂に拷問によって、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
「………………………………………………………」
「ん、んんんんんんんんん?どうしたんだい、まさか、私に負けて情報を渡す気になっ──」
相手は鏡を近付けながら、俯く私の顔を覗き込んで来る──が。
私は、可動域の狭い足をめいいっぱい。赤い跡がくっきり残る程に動かして。少し工夫の施してある靴先を動かし、鏡を割った。
……多分、安い鏡だったのだろう。今の私の状況でも、すぐに鏡が割れた。
それと、奴が私の暴れる様を見たいが為に、足だけ拘束が少し緩かったのも、関係しているだろう。
「あ」
割れた鏡の破片が床へ散らばり、パラパラと光を帯びている。その中には、刺されば致命傷になる程の大きな物まで。──私は、これを待っていたのだ。
間近で割れたのだ、破片が体に刺さるのは当たり前。
腕に、腹に、体にグサグサと刺さって行く。マタイは「何をしているのだ?」と言わんばかりに眉間を顰める。が、私はその瞬間、そんなマタイの顔近くへ、呪いの籠った手を捧げる事に成功した。
──そうだ、割れた鏡の破片で腕の縄を切ったのだ。まあ、運任せの行動だったよ。それが上手くいかなければ、私は、無理矢理にでも縄を引き千切っていただろう。自身の腕が、一生使い物にならない様になろうとも。
「っ、あーあ。退いちゃったか~っ。凄く興が乗ってたのに、今ので全てが台無しだ。……君がもう一度その椅子に座ると言うのなら、私も君を殺したりはしないさ。まあ、最大限の苦痛は浴びせてあげるけど──。……永遠の苦痛か、一時の確実な死。君はどっちを選ぶのかい?」
落胆した様にそう呟くマタイ。──残念ながら、私の気分は今、絶好調だ。脳内から、直接アドレナリンがドバドバと放出されている。
だが、タイムリミットは約数分。そのゴールデンタイムが終われば、私は再度苦痛に身を委ねることとなるだろう。
──奴を殺すのに、時間はかけていられない。
「っくく、くはっ!はははははははははははははははははははっ!ひっ、……くくっ、ははははははははははははははははははっっ!!!!!」
私は、脱げていた頭巾を再度深々と被れば。壁付近へ乱雑に立て掛けられていた、自身の斧を手に握り。
「答えは後者、だが私は死ぬつもりはない。私を殺せるのなら殺してみな。それまでは、好き勝手に暴れさせて貰うぜっ!!」
追記『ヴェルギリウス』
毎朝、目を開くと、温かく馴染みのある家の天井が見える事を、私は望んでいた。
しかし、そうはならなかった。
私はあのオオカミを殺さなくてはならない。
それは、私が死ぬ為でもあり、あの忌々しいオオカミが、役目を終える為でもある。
そして、この虫酸の走る人生も、全て……。




