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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode5_三日で復活した男、誕生の彗星
26/75

025_「この人は神の子であった」

「──おいおい~、前まで乗り気だったのに。どうしてそんなに腑抜(ふぬ)けたちまったんだよ。けど、私は(たの)しくてしょうが無いっ!」

「ぅがっ──?!……ぁ゛ぁぁ゛っ!このっ、糞野郎っ───~~!!」


大きな鏡を、満遍(まんべん)の笑みで此方へ近付けてくるマタイ。冷たい水を浴びせられ、強制的な目覚めをさせられた挙句、このザマだ。


……今の私の顔は、こんなにも醜いのか。腐爛(ふらん)する自身の肌を見ていると、脳内に電撃が走った様な感覚と共に、耐え難い苦痛が身を犯す。(むしば)み、蝕まれる。


顔が自然と酷く歪み、体が意識とは関係無く痙攣(けいれん)する。傷口が(うず)き、ぽっかりと空いた目玉の無い片目からは、少し(うみ)の混じった血が染み出して。


そして、そんな私の拒否反応を、男は面白可笑(おもしろおか)しく眺めている。この光景は、容易に地獄と比喩(ひゆ)できる、圧巻の場景であろう。


「っんふ~~~♡やっぱり拷問は、相手の反応が無ければ愉しくも何ともない。性行為(セックス)も、相手の反応がなければ面白くないだろうっ!!」


私の心は冷めきっているのに、相手は興奮の最高潮状態。随分と御預(おあず)けを喰らっていた分、今回の私の反応がよほど愛くるしいのだう。


等身大の鏡をカラカラと動かしながら、マタイは私の反応に絶頂している。


……初めて会った際は、何とも言えない禍々(まがまが)しい雰囲気を醸し出していたと言うのに。今では、部下には見せれないであろう表情で、相手を存分に痛め付けている。


本物の狂気、狂乱、身震い。サディスティックな奴の本心が、吐き気を(もよお)す程にさらけ出されているのだ。そして、その溜め込めない劣情を、ごみ溜の様に受け止める。


……私は静かに、血反吐を地面へ吐き捨てた。


「鏡、鏡鏡鏡鏡鏡……。もっと欲しい。君の苦しい姿をもっと、近くでっ、眺めたい。見ていたい、舐め取りたい、脊髄(せきずい)を啜りたい、頬肉(ほおにく)を貪りたい、私の物だけにしたぃぃぃ……」

「……っ。気っ色悪ぃ……お前は死ねっ……!」

「ん゛んっ!あーーーーーーーーあぁ。そんな事言っちゃっていいんだね、ふーん。君はより一層、キツイ地獄を味わいたい様だ」


そう言えば、マタイは鏡を私の目の前へと鎮座させ。そのまま、恍惚(こうこつ)した息遣いのまま、私の頭を鷲掴(わしづか)み。勢いの良く、俯いていた私の頭を目の前へ。……畜生、見たくなかったのに。


そんな私を横目に、マタイは根性(こんじょう)焼きをする様に、何度も何度も。ぐりぐりと後頭部を木の椅子に押し付ける。私を再度(うつむ)かせまいという思いが、行動にまで現れている様だ。


それ程までに、相手は随分と興奮しているらしい。


「ぅ゛がっ。……死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっあ゛ぁ゛ぁぁあ゛ぁあ゛あぁぁぁあ゛がっ、ぎぃ゛ッ!!」


私は奥歯を噛み締める。……が、数本抜かれていた為、あまり噛んだ気はしなかった。


たかが二本抜くだけで、これ程までに変わるらしい。


「あっはははははははははははははっ!?ははははははひっ、ひ~~~~っ!!!!っくくく、ああ、すまない。あまりにも興奮してしまった。……これが絶頂後の倦怠(けんたい)感か、だが、まだ胸奥で悶々(もんもん)とした感情がっ!」


マタイはそう高笑いをし、体を震わせる。


絶頂の身震い、それにこの反応。興奮が限界になり、絶頂と共にイったのだろう。本当に、気色の悪い奴だ。同じ空気を吸うだけで虫酸(むしず)が走る。


「この糞──っ?!手を退かせ、お前を殺す。絶対にこの手でぶち殺してやるっっ!!」

「無理無理、諦めな。それとも……この太い(なわ)を自らの腕だけで千切るのかい?度の過ぎた無謀(むぼう)は唯の馬鹿だ。諦めなよ」


彼はそう呟けば「鉄製の奴が欲しかったんだけど……何せ、随分と物騒な(トゲ)が無数に付いてるもんでね」と一言。


そして、私の頭を片手で掴みながら、彼はカラカラと車輪を付けた、等身大の鏡を此方(こちら)へ近付ける。……共に、相手と、私の息が荒くなる。


マタイは、相手を圧倒する自惚(うぬぼ)れと劣情(れつじょう)で。

私は、恐怖と絶望のむず痒い感情で。


「っはぁ、ぁ~~~~っ気分が心地良いよ。絶好調で好調。……気分が良いからね、君だけに私の考えを教えてあげようかなっん♡」


そう言えば、マタイは気楽にむふっ、と笑い。


大きな鏡を両手に持ちながら、見せ付ける様に此方(こちら)へ、チラチラと無理矢理鏡で顔を視認させる。そして、苦しそうに(なげ)く私の姿を眺めながら。


「この世界について、君は不思議だと思った事はないかい……っ?例えば、『何で暖炉(だんろ)に火をくべるとあまり燃え上がらないのに、何故(なぜ)この童話世界自体に火を灯すと、(またた)く間に燃え上がるのか』とかねっ!!」


そう言えば、マタイは私のぽっくり空いた片目の部分に指を入れ挑発し。


「元々、我々は童話の平和や秩序(ちつじょ)、謎を解明する為に結成された組織っ!君達と戦う為に作られた訳じゃない訳だ。……これは、友人によく馬鹿にされた私の考察なんだがねっ」


マタイは自身の指を、私の方からすっと退かせば。


「『この世界は、大きなパズルピースの様になっていると思うんだ』。私達支部の全精力が調査をしているが、何れもこの童話世界の端を未だ確認したことがない!それ程までに、この世界はパズルピースの様に入り組んでおり、まだ完成していない未完成の状態なんだと──!私は考えているんだよっ……♡」


そして、マタイは追記程度に「ま、私の憶測(おくそく)なんだけどね」と、自身の考えを嘲笑(ちょうしょう)し。


──だが、その瞬間。何故(なぜ)か私の中の何かが吹っ切れた様な。そんな、感じがした。


遂に拷問によって、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


「………………………………………………………」

「ん、んんんんんんんんん?どうしたんだい、まさか、私に負けて情報を渡す気になっ──」


相手は鏡を近付けながら、俯く私の顔を覗き込んで来る──が。


私は、可動域(かどういき)の狭い足をめいいっぱい。赤い跡がくっきり残る程に動かして。少し工夫の施してある靴先を動かし、鏡を割った。


……多分、安い鏡だったのだろう。今の私の状況でも、すぐに鏡が割れた。


それと、奴が私の暴れる様を見たいが為に、足だけ拘束が少し緩かったのも、関係しているだろう。


「あ」


割れた鏡の破片が床へ散らばり、パラパラと光を帯びている。その中には、刺されば致命傷になる程の大きな物まで。──私は、これを待っていたのだ。


間近(まぢか)で割れたのだ、破片が体に刺さるのは当たり前。


腕に、腹に、体にグサグサと刺さって行く。マタイは「何をしているのだ?」と言わんばかりに眉間(みけん)(しかめ)める。が、私はその瞬間、そんなマタイの顔近くへ、呪いの籠った手を捧げる事に成功した。


──そうだ、割れた鏡の破片で腕の(なわ)を切ったのだ。まあ、運任せの行動だったよ。それが上手くいかなければ、私は、無理矢理にでも(なわ)を引き千切っていただろう。自身の腕が、一生使い物にならない様になろうとも。


「っ、あーあ。退いちゃったか~っ。凄く興が乗ってたのに、今ので全てが台無しだ。……君がもう一度その椅子に座ると言うのなら、私も君を殺したりはしないさ。まあ、最大限の苦痛は浴びせてあげるけど──。……永遠の苦痛か、一時の確実な死。君はどっちを選ぶのかい?」


落胆(らくたん)した様にそう呟くマタイ。──残念ながら、私の気分は今、絶好調だ。脳内から、直接アドレナリンがドバドバと放出されている。


だが、タイムリミットは約数分。そのゴールデンタイムが終われば、私は再度苦痛に身を委ねることとなるだろう。


──奴を殺すのに、時間はかけていられない。


「っくく、くはっ!はははははははははははははははははははっ!ひっ、……くくっ、ははははははははははははははははははっっ!!!!!」


私は、脱げていた頭巾を再度深々と被れば。壁付近へ乱雑(らんざつ)に立て掛けられていた、自身の斧を手に握り。


「答えは後者、だが私は死ぬつもりはない。私を殺せるのなら殺してみな。それまでは、好き勝手に暴れさせて貰うぜっ!!」


追記『ヴェルギリウス』


毎朝、目を開くと、温かく馴染(なじ)みのある家の天井が見える事を、私は望んでいた。


しかし、そうはならなかった。


私はあのオオカミを殺さなくてはならない。


それは、私が死ぬ為でもあり、あの(いまいま)々しいオオカミが、役目を終える為でもある。


そして、この虫酸(むしず)の走る人生も、全て……。

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