024_聖徒、死体からの蘇り。
003
……まあ、そんな楽しそう?な彼らの話も程々に。此処からは、私目線で話を進めていこうじゃないか。
──聞こえてくるのは滴る血の音色。微かに耳を掠めるのは、マタイが振るう鞭の音だ。
「──もう君の拷問に付き合って何時間経ったか知ってるかい?童話殺しの大罪人君っ」
「……っは、お前さんの拷問に、私が易々と屈服するとでも?……っ屈服すんのは、金に目が無い尻軽ビッチだけだぜ、糞野郎」
木製の椅子に縛られた体を軋ませながら、挑発をする様にそう答えると。奴は此方に聞こえる程の溜息をつき、私の方へと近付けば。近場に置いてあった、自身の血で滲んだ椅子に座り込む。
「……純血の傭兵。裏社会じゃ、君はそう言われているみたいだね。金を受け取った傭兵の様に、残虐非道に人を殺して行く様から名付けられた異名。……私も私で忙しいんだ、今はそれくらいの情報しか有していない」
どれもこれも、他の犯罪者から搾り取った情報ばかり。それに、死んで行った数多もの人間の中から、私の所在を探し出すのは難しいだろう。
それ故に、私が口を割らなければ良い話だ。私が口を割らない限り、奴らは真実には辿り着けないだろう。……まあ、だから相手もこれ程まで必死という訳か。
「と言うか、此処まで口を割らなかった奴は始めてさ。手足の爪を剥ぎ、足の指も数本折った。鞭打ち、奥歯の抜歯、髪の毛を毟る……ま、一本も無かったか。どうやって生きたら、そんなに肝っ玉が座るのか知りたいよ」
奴は私の腕を拘束する、何重にも巻かれた縄を指ででツンツンと突けばそう呟く。
私はそんな奴へ、嘲笑の含んだ笑みを添えて。
「……冥土の土産だ、教えてやるよ……っ。人の心を強くするのは……そいつの身の丈にあった最大の絶望と、死にたくなる程の羞恥心さ。それを何度も……何度も繰り返す。……そうすりゃ、肝っ玉のすわった餓鬼が出来上がる……」
「言葉が途切れ途切れだよ。それに目も虚ろだ。……けど、理解したよ。心が屈せずとも、体はしっかりと音を上げるってね」
私の言いたかった事とは違うが、まあ、的確な答えだろう。確かに、今の私は目の前が霞んで見えるし、口が上手く動かせない。それに加えて、手足が微かに震えている。
……心よりも先に、体が弱音を吐いちまった。だが、私はまだまだ吐くつもりはない。このまま死ぬまで……いや、あの狼の腑抜けた鳴き声を、自らの耳に刻むまで。私は口を開かないだろう。
そんな私の様子を見て、奴は席を立ち上がれば。此方へニコリと微笑みかけると。
「これじゃあ、私も『最終手段』を使う他無さそうだね。……これが最後の警告だ。今、君が此処で情報を吐かなければ、私はこれから、君にあった地獄を紹介することになる。まあ、君が望む地獄を選びなよ」
『最終手段』。マタイがそう口にしたのは始めてだ。それに、「君にあった地獄」と言うのも引っ掛かる。奴は今から、何をしようとしているのだろうか。
だが、私は口を開かず。と言うか、疲労が溜まり開けない。……まあ、開けたとしても、口から出るのは罵詈雑言だったろう。
数秒、マタイは時間をくれた。が、私の沈黙を承諾と理解したのだろう。
奴は奥から、大きな布切れの被った何かを取り出し。それが、私の全身を映すような場所へ移動させれば。マタイはその布切れを一気に捲り上げた。
──その瞬間、一度も動かなかった私の目元が、一気に見開いたのだ。私が目を背けようと下を向くが、マタイはそんな私の顔を鷲掴み。
そのまま、赤い頭巾を引っ剥がす。
「まあ、私も長年君達のことを調べていた甲斐があったよ。…………君の選んだ地獄だぞ?今更後悔してももう遅い」
「──────────────────」
目の前のそれは、大きな鏡だった。
一気に背筋が凍り付き、口元は歪みに歪み。自らの乾いた唇を噛み締める。
私は、鏡が嫌いだ。肌が爛れて、片目や髪の無い化け物な自分の姿を、極力見たくないからだ。それ故の、圧倒的恐怖、どの地獄よりも地獄らしい。
……奴が私にあった地獄だと言っていた意味が、ようやく理解出来た気がするよ。ああ、醜い。汚らしい自身の顔。
醜い私、醜い自分。女では無い私。潰れた片目。爛れた肌。髪の毛一本も生えていない、歪な形の頭。……み"にくい"、こんな私が憎い。
今すぐにでも、鏡に映る自分を殺したい気分だ。
様々な感情が増幅し、喉奥から込み上げてくる。……そして、私はゲロを吐く様に。
「……ぁ、……っああ゛ぁ゛あああ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あああ゛ぁ゛あああ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ゛ああぁ゛あぁ゛あ゛──~~!!!!?!!」
身の丈を優に超した絶望を、私は全身で受け止めた。
絶叫。目の前に入ってくる情報全てが醜い、憎い。そして、マタイのこの表情である。奴は低俗な笑みを浮かべ、私の反応に満足している様子だ。……それに、勃起まで。
椅子を傾げる程に暴れる私の肩へ、マタイは手を置くとそれを宥め。……そして、私の荒い息遣いと、恐怖に屈服する表情を見て、肩を震わせ高揚するマタイ。だが、段々と私も意識が……。
「………ぁ、……っ。あ゛ぁっ…………ぁ……」
「……おや、まさか、こんな簡単な方法で気絶してしまうとはね………っ」
口から涎を垂らす私の顔を覗き込み、マタイはそう言い微笑んだのだった。
そして、私の脳内を巡る、様々な記憶の数々。……やはり人は、そいつに見合った恐怖がないと駄目らしい。その上限を超えれば、必ず膨大な拒絶が起こる。
「おやすみ、童話殺し。起きた時が、本当の地獄の始まりさ──」
そう言うと、マタイは地下室から去って行ったのだった。…………大罪人の私を置いて。そして、私の脳内を闊歩するのは、数多もの記憶の数々だ。
走馬灯の様であり、幻想の様な、そんな記憶………。




