023_三時頃、叫び声が聞こえる。
001
「……なあ、ダンテ……さん。ほ、本当に私がこんな物を食んでももいいのだろうか……っ?」
「ああ、存分に味わって食えよ、ユダ」
あの家から遠く離れた喫茶店にて、先生がビーフシチューと珈琲を飲む中。
ユダは一人、目の前に出された、目を見張る程に大きなホットケーキを見ては、先生へそう告げる。
ホットケーキと言っても、結構良い値段がする物だろう。ボリュームのある生地に、たらふく乗せられた生クリーム。それに加えて沢山のフルーツと来たものだ。
キラキラと、煌びやかに光るメープルシロップを眺めながら、ユダはゴクリと唾を飲む。
「……なあ、もしかして、私がこれが食べた後に、『これがお前のラストミールだ』……何て冗談を言うんじゃないだろうな……?」
「馬鹿かお前。──だが、そう警戒するなら食うな。俺がこのビーフシチューを食った後に、食後のデザートとして食ってやる」
「それは駄目だっ!……ならば私が食べようっ」
そう言い、口いっぱいにパンケーキを頬張るユダ。そんなユダの姿を眺めながら、先生は何も言わずに、パンをとろけるチーズへ潜らせる。……だが、ユダはまだ先生の顔色を、ちらちらと伺っている様子。
先生は、そんなユダを見てははっと笑い。
「馬鹿してないで早く食え。それに、お前の行動しだいでは、あの糞餓鬼を助けに行く事も考えてやる」
「なっ──?!いいのかっ!あ、ありがとうダンテ……さん……っ!」
机に手を置き、意気揚々と先生へ顔を近付けるユダ。しかし、そんなユダの行動を叱らずに、先生は珍しく優しく微笑みあしらえば。
そのまま、何か裏がある様に。微笑むユダの顔を見詰めていた。その瞳の裏には、一体何があるのだろうか。
それは、ユダには知る由も無い話だろう。
002
「……くかぁ~~~っ。……むにゃむにゃっ」
ユダへ適度な量の餌を与え、先生は眠りこけるユダをベッドへと投げ込んだ。こんな状態では、何人たりとも抗えまい。そのままユダは、さらに深い眠りへと誘われる。
先生は、そんなユダの姿をまじまじと眺め。──数分が経過。……そして、ポケットに仕舞っていた懐中時計を手に取り、時間を確認すれば。
先生は徐に、懐から愛銃、コルト・シングルアクション・アーミーを取り出しユダへと向ける。……だが、ユダは眠っているのか、目も開けようとはしなかった。
「………………」
カチッ。弾の入っていないリボルバー……ピースメーカーが音を出す。だが、先生は何度も引き金を引いた。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
その音が、六発目に到達した時。満足の行く結果が出たかの如く、先生は懐へピースメーカーを仕舞い。ひっそりと部屋から出て行くと。
そのまま、リビングの方へと向かって行く。先生の革靴が成す靴音が妙に不気味だ。
そして、リビングに着いた先生。そこには……一人寂しく座るオズヴァルドの姿。
テーブルの上には、駒の動かされていないチェスが置かれている。先生は、オズヴァルドの前に用意された、木製の椅子へ座り込むと。
「おや、おかえり、ダンテさんっ。……ユダちゃんはどうしたんだ?もしかして、躾と称して外にでもほっぽり出して来たのかい」
そう言い、オズヴァルドは兵士の駒であるポーンを前へ出す。それを見て、先生も同じ様に駒を進め。
「あの馬鹿は寝たせたさ。食後に、太陽の日が当たる場所に寝かせりゃ一発だったよ。それに、数回殺したが起きもしなかった。ありゃ完全に寝てるな」
先生はあの時、本当にユダが寝ているかを確認していたのだ。勿論、起きていたならば、銃口を向けた時点で飛び起きるだろうと予測して。
そんな先生の話を聞いて、オズヴァルドは「ふうん」と呟くと、そのままチェスの駒を摘みながら。
「で、あの堅物ユダちゃんは説得できたの?ダンテさんの手に噛み付いたりと、結構な暴君だけどっ」
その言葉を聞いて、先生は噛まれた右手でチェスの駒を動かしながらもニヘリと笑い。
「ヴェルギリウスを助けに行くと言ったら、まんまとかかったよ。彼奴は馬鹿だが使える駒だ。馬鹿と鋏は使いようと言うだろう?」
あれは、完全な嘘で包まれた言葉だったのだ。
先生はそう言うと、オズヴァルド陣営の駒を一人潰せば不敵に笑い。だが、オズヴァルドも頭が良い。
そのまま、守備には回らず攻めの体制で来る様だ。
そして、先生陣営の駒を一人、そしてまた一人と潰して行く。だが先生も負けじと、オズヴァルドの駒を潰すが……オズヴァルドには頭上がらず。そのまま、みるみる内に先生側の駒は無くなって行った。
…………チェス開始から、数十分経過。
「んふふ、此処からどう状況を覆すんだい、ダンテさん。チェスも、現状も同じ様に」
そう言い、残り三つの駒の一つを潰すオズ。
そんな状況だが、先生は絶えずいつもの貼り付け笑顔を保っており。余裕そうに、キングの駒を指に挟めば。
「まあ見とけ。人間って言うのは、馬鹿な生き物だ。それは、ヴェルギリウスを捕らえた相手も同じ様に。……だから、そう言う規則に縛られている奴はな……想定外の方法でぶちのめすのが、一番手っ取り早いんだよボケっ」
「あ」
先生がキングの駒を摘み、干渉できるエリアを無視して、一番奥のオズヴァルドの王を小突き倒させる。そうだ、圧倒的なズルである。
「卑怯だ」と話すオズに対して、先生は席を立ち上がり「負けは嫌いなんでね」と呟けば。
「飯でも食いに行こう。あれじゃあ食った気にならん。今は、レタスとベーコンのカスクートが食べたい気分でねっ」
「ちぇっ。次は卑怯無しでチェスやろうね、ダンテさん……というか、途中で手抜いてたでしょ。いつもだったらそう上手くはいかせてくれないのに。……早く飯を食べに行きたいからって卑怯だよっ」
その言葉に先生は「さあな」と曖昧な返事を返せば、そのままマントを身に纏う。
……そんな先生の様子を見て、オズは溜息をつくと。拷問の内容の書かれた手帳を先生へと投げ飛ばす。
先生はそれを、余裕の欠伸を噛ましながら、片手で手に取りページを捲る。
「敵の支部やら諸々は聞き出せたよ。……ダンテさん、ヴェルギリウスを助けに行かないのに、どうして敵の情報なんて聞き出すのさ。もしかして、本当は助けに行ったり……」
「馬鹿言え。予想外の方法でぶちのめすっつっただろ。……それに、俺達は今回何もしねえ、ヴェルギリウスに直接動いてもらう。彼奴は生温い拷問なんかじゃ折れねえ奴だ。相手が勝手に、無駄な労力使ってくれてて助かるよ」
多分、拷問を施した理由は、ただ単に情報集めと、あの馬鹿ユダを納得させる材料として使ったのだろう。オズヴァルドは心の中でそう整理すれば。
「……。……──ああっ!だから前、ヴェルギリウスが連れ去られそうになっても、銃を撃たなかったのかっ。本当に、正真正銘の畜生だねっ!」
ポンと手の平に、握った拳を置けば。納得した様に、笑いながらそう語るオズヴァルド。
そして、頬を赤らめ武者震いをし。オズヴァルドは口元を抑えながらも珍妙に笑えば。
「もし、ヴェルギリウスが死んだら、ダンテさんはどうするのかなあ?」
オズヴァルドのその言葉を聞き、先生は少し驚いた様な顔を見せ。そして、またもや鼻で笑うと。
「チェスだって、終わればまた次の試合が始まるだろ?それと同じ、新規一変さ。……そろそろ、あのオンボロ品とも替え時だ」
……先生とは、時に本当に恐ろしい。




