022_茨の冠と赤い外套、そして預言者。
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私は今、住んでいた村が一望できる丘の上。友達だったメアリーと共に、絵を描いている。
……私が、まだ先生とも会っていないの頃の記憶だ。メアリーは、輝く金髪の三つ編みを揺らしながら、スケッチブックへ綺麗な花の絵を描く。
私も、それを横目見ながら、目の前に咲く、名も無い花をクレヨンで。
太陽の光がほのかに当たり暖かい。それに、時折靡く微風も、私の心を和ませた。
「っねえ、ヴェルちゃん。私ね、将来の夢があるの。……この話、誰にも言わないって約束してくれる?」
急に、メアリーがスケッチブックを畳むと。そばかすだらけの顔を此方へ見せて、そう言っていたのを私は覚えている。
「うん。約束するよ」
その頃の私は、感情を表に出さない冷徹な子だった。真顔で、表情を変えずにそう告げる。
しかし、メアリーはそんな事を気にしない。
「うへへっ。ありがと。……私ねー、将来、パン屋さんになりたいんだっ。そしたら、私の大好きなパンを、毎日沢山食べられるでしょ?」
メアリーはパンが好きだった。村に一つしかない、ベーカリーショップの常連客だと、本人も言っていたのを思い出す。
確かメアリーは、卵とレタスのカスクートが好きだった。けど、私はそれが嫌いだった。
何方かと言えば、私はトマトの酸味の強いカスクートよりも、チェリーやラズベリーの入った、甘ったらしいパイの方が好きだったからだ。
けど、私はそれを秘密にしていた様な……そんな気がする。
「メアリー、パン好きだもんね。私も、彼処のパン屋は好きだよ。だって、美味しいパイやケーキを売ってるんだもの」
「私はそんなのより、やっぱり卵と野菜のサンドイッチの方が好き。それに、ママがケーキやパイは虫歯の元だと言って、全然食べさせてくれないんだもんっ」
メアリーの母親は厳格な人だった。
それ故か、メアリーの家には入った事がなかったし。何より、メアリーがボロボロのぬいぐるみを持っているのを見て「玩具も買ってくれない厳しい親なんだ」と、あの時は思ったさ。…………だけど違った。
メアリーの家は、お金が無かった。けど、少しでも贅沢をさせようと、母親が毎週メアリーをベーカリーショップに連れて行っていたんだと、今ではそう考えてしまう。
それに、メアリーの服は、いつも黄色の花柄を模した、ワンピースだったもの覚えている。
少ない金を叩いて買った玩具。毎日働きに出る母親。父親の居ない古びた小屋。
今でも、思い出すだけで胸が苦しい。
「……じゃあ、ヴェルちゃんはさ、将来の夢とかってあるのっ?」
私が黙々と花のスケッチをする中、メアリーは木陰から立ち上がり。腕を大きく広げて走りながらそう言った。
その時に、メアリーが私のスケッチをしていた花を踏み潰す。私はそれを見ると、少し残念そうに下を向いて、スケッチブックを静かに閉じた。
「別に、将来の夢は決まってないよ。けど、ママとパパは口を揃えて『お医者さんになりなさい』って言うの。もう、本当に飽き飽きしちゃう。……けど、なれるなら、私は天文学者……星を観察する人か、支部で働く人になりたいなあ」
「え!ヴェルちゃん、支部の人になりたいの。けど、ママが言ってたよ。『支部の人達には絶対にならないでね』って。で、ママが、『支部の人はおきゅーりょーは良いけど、命を金にしてる様なものだよ』とも言ってたっ」
確かに、この頃から支部の批判は強かったし、市民からも、とあるひとつの支部を除いて、冷たい目で見られていたのが大半だった。……けれどもだ。
私達子供の目にすれば、かっこいい、世界を救う救世主の様に見えていたのも、あながち間違いでは無い事も確か。
「私のママも『支部の人にはなっちゃ駄目』って言うけど、私は支部の人になりたいなあ。だって、前に聞いたんだもの。『支部の人間は、童話の首都に派遣される』って。多分、こんな田舎から抜け出せるんだと思うよ。それに、美味しいパン屋さんがいっぱいある場所に行けるんだよ?だから天文学者も童話の首都に行けるからなりたい」
「それって、卵と野菜のサンドイッチが、お腹がいっぱいになるまで沢山食べられるって事?」
卵と野菜のサンドイッチ、卵とレタスのカスクートの事を指しているのだろう。
だが、メアリはカスクートと言う文字が、上手く読めず言えなかったので、毎度サンドイッチと言っていたのを思い出す。懐かしく、触るだけでも割れて壊れてしまいそうな……。そんな、脆い記憶。
「なら、私も支部の人間になりたいなあっ!そしたら、いっぱい大好きなパンを食べられる」
「そうだね。……じゃあさ一〜〜█ぅ██───」
急に、断片的な記憶が脳内を闊歩する。
時間が進めさせられて……。まるで、壊れた映画を見ている様だった。確か、メアリーとの最後も、先生が持って来た生首との対面だった様な……。もう時期夢が覚めるらしい。
「…………きろ………………起きろ、童話殺しっ」
暗い何処かの地下室で。私は支部長事、マタイに水をかけられ目を覚ます。
……最悪の目覚めだ。それに、所々の傷が痛む。私が気絶している間に、奴は何度鞭を打ったのだろうか。だがまあ、考えるだけ無駄だろう。
「呑気に眠らせねえよ。それに、何も吐かないじゃないか。仲間の情報を吐けば、楽になるというのに……馬鹿な奴めっ」
そう言い終わる頃には、頬に走る激痛で顔が歪んでいた。……打たれたか。だが、今は拷問椅子に体を縛られ、身動きが取れない。
しかし、何も吐くつもりは無いさ。私は、鞭を持つ相手に重い顔を向け。
「勝手にやってろ糞野郎──」
そう言い、私は舌を出し挑発した。これが、私なりの浅さかな抵抗である。




