021_神殿の銀貨、首を吊り自殺。
004
──暗闇の中、ユダの耳に、暖炉の火花が散る音が聞こえて来る。
そして、重い瞼を開きムクリと起き上がるとそこは、真新しい宿の部屋内だった。前の宿とは暖炉の配置も違うので、ユダはそう察したらしい。
ユダは辺りを見渡すと、布団を握り締め唇を噛み締める。
「おい餓鬼」
「──っ?!」
隣から、気配を消した先生の声が聞こえて来る。肩をビクリと震わせて、布団のシーツを握り締めながら、警戒状態で先生の方を眺めるユダ。
先生はそんなユダの様子を見ては鼻で笑い、暖炉近くに干してあった服を投げ捨てる。
戸惑いを隠せないユダだったが、裸で居るのも気まずかったのだろう。チラチラと先生の方へ何度も視線を向けながらも着替え始め。
先生は、そんなユダの方など目も合わせずに、真剣に新聞を読み進めている。
そしてその新聞には『マッチ売りの少女消滅。難民が他の童話へ流れ込み、近場の童話は混乱状態。またもや童話殺しの仕業か!』と、デカデカと書かれていた。
「……っ。…………??…………っん?」
服に着替え終わってからも、ユダは先生の方をチラチラと眺め、顔色を伺うばかりである。
だが、そんなユダの行動に、先生は元から気が付いて居た様で。ゆっくりと腰掛けから立ち上がると、隣で立ち尽くすユダの方へと近付けば。
「次は勝手な真似すんじゃねえぞ、糞餓鬼。死にたくなけりゃ、しっかり肝に銘じとけ──」
立ち尽くすユダの耳元でそう呟き、先生はユダの肩へポンと噛まれた右手を置く。……先生の手には、まだ噛まれた跡が残っていた。
素通りされるのならまだしも、不意にそう脅しの様な言葉を言われて固まるユダ。しかし、先生はそんなユダには目もくれず。そのまま部屋から出て行った。
室内に、ユダの心臓の音が木霊する。
「……はっ、!は……!……っふぁっ……?」
興奮と恐れからだろう、ユダは自身の胸辺りへ腕を置き、息を荒らげるばかり。……だが。
「おっはよーーっ!起きてる?ユダちゃんっ」
息を荒らげるユダの元へ、今までの雰囲気をぶち壊すかの如く、部屋に入って来たのは……想像通り、場の空気が読めないで有名な、オズヴァルドであった。
オズヴァルドはお得意のウインクを噛まし、ユダの方へと近付けば。機嫌が良さそうに肩へ手を回し、無理矢理ユダを部屋から連れ出すと。
「めっちゃダンテさん怒ってたよ〜っ。お陰で僕お通夜ムードで気まずくて気まずくて……まあ、こんな話はもう聞き飽きてるかっ」
そう言うと、オズヴァルドは地下室らしき場所へ繋がる階段へとユダを降らせる。そして、その時にユダは察したのだ。
此処は宿なんかじゃない、一軒家だと。
「……お、オズヴァルド。もしかして此処は宿なんかじゃなくて……誰かの家なんじゃないのか?地下室なんて宿には無いし」
「大正解。本当は首都に近い場所の宿を借りようかなと思ったけど……拷問も出来ないし、何より僕達の素性が新聞に報道されている」
そんな重要な事を、普通の会話の様に軽く語るオズヴァルド。どうやら、此処は首都から離れた農村の一軒家らしい。
家と家との距離も広いのと、地下室があるので住処を此処に決めた様だ。
「まあ、素性って言っても、僕だったら『茶髪の男』としか報道されてる無い様だけどね。まだ、相手の家系やら名前やらは分からないらしい。……まあだけど、危険な事には変わりない。外に行く時は気を付けなっ」
オズヴァルドがそう言い終わる頃には、地下室へと足を踏み入れていた御一行。
そしてユダの目の前に広がるは、木製の椅子に縛られ、猿轡を噛まされている一人の男。部屋の隅には、人が二人入って居そうな袋まで置いてある始末だ。……あの袋はこの家の住民だと、言葉にせずとも分かるだろう。
「此奴はユダちゃんが気絶してる時に見つけた、敵側の下っ端さ。……まあ、ダンテさんにも作戦やらはあるんでしょ。捕まえて此処まで連れてこられたって訳さ」
オズヴァルドはそう言うと、そのまま傍らに置いてある、拷問器具のたらふく入ったプレートを漁り出す。そして、オズヴァルドは、ユダへ拷問器具のプレートを渡せば。
「拷問か……っ。やっている所は見た事があるが、実際にやるのは初めてだ。お手柔らかに頼むぞっ!」
「……っく、ユダめ……完全に俺達の事を裏切りやがったなあっ!」
ユダに猿轡を外された相手は、吐き捨てる様にそう呟いた。…………どうやら、相手はユダのことを知っていたらしい。オズヴァルドはそんな彼女らの姿を見守りながら、壁に腰を掛け腕を組む。
「まあそんなに硬くならずに。それに、形のある暴力はまだマシさ。死んだという実感が、しっかりと本人にも伝わるしね。……ユダちゃん〜最初は相手に少量の苦痛を与える程度にね〜」
オズヴァルドが傍らで見守る中。ドキドキと心臓を踊らせながらもユダは、片手にハンマーに握り締め。
オズヴァルドから貰った、拷問で吐き出す内容が書かれた手帳を捲り、横目見ながら。
「ええと……っ。き、貴様の所属している支部はなんだ。私の居た第十二支部では見た事がなかったな……何処の支部所属だ?」
「俺は────────っうぎゃああ゛ぁ゛あああ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あああ゛ぁ゛あああ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!???」
「馬鹿っ!?何も聞かずに指を折る奴が居るかっ!」
速攻で指を潰すユダの姿に、流石のオズヴァルドもドン引きである。オズヴァルドは急いで、ユダのハンマーを取り上げると。
「え……だってお前が相手に苦痛を浴びせろと」
「っはぁーーーーーっ。ユダちゃん、そういう事じゃないんだよ。それに、最初から指を折ってどうするんだっ。先ずは爪を剥ぐ所からじゃないのか?」
「だ、だって。爪を剥ぐのは些か可哀想ではないか。それなら指を折った方が、流血が無くてあまり痛みを感じないのかなと……」
モジモジと指を弄りながらもそう呟くユダを見て、オズヴァルドをは目を見開くと。
「ちょっ……?!それマジで言ってる?とんだイカレ女じゃんっ……。ダンテさーーんっ!ユダちゃんに拷問任せたの絶対に間違いだってー!!」
そう言い、オズヴァルドは一階にいる先生へ階段越しにそう告げる。と、コツコツと靴音を響かせて。
新聞片手に先生が地下室へ降りてくる。口には、煙の灯る煙草が咥えられていた。
「……っふぅーーーっ。……金的潰さなかっただけまだマシだろ。俺は最初から絶好調で行く派なんでね。先ず最初は相手の睾丸を蹴る所から始めるさ」
「あーもうっ、駄目だこりゃっ。じゃあ拷問は僕がやっとくから。ダンテさんとユダちゃんは飯でも食いに行っててよっ!」
オズヴァルドは数多もの拷問器具を手に取り、そう告げる。そして、先生はそんなオズヴァルドの姿を見ると。
「おい、何やってる。早く行くぞ。俺は今、チーズのたらふく乗ったビーフシチューに、焼き立てのバケットを潜らせたい気分なんだよ。時間は掛かるが、ベーカリーレストランにでも寄るとしよう」
「では、私は甘い物に……。と言うか、最近、私は食べてばっかりの様な気がするんだが……。このキャットスーツにも、体が通らなくなる未来が近いのかもしれない……」
「安心しろ、豚が肥えても唯の豚だ。だが、そうなりたくなけりゃ、そのムチムチボディの脂肪を、少しでも削減するこったな」
「なっ──?!ダンテ!お前と言う奴はっ!」
頬を赤らめながらそう叫ぶユダの手には、いつぞやの大剣が握られていた。
『マタイによる福音書』
追記『────ダンテにて』
……鏡を見てみると、あの餓鬼に掻っ切られた傷が、少し癒えているのが確認できる。だが、完全に治るには、あともう少し、時間とエネルギーが必要な様だ。
……傷が癒えれば俺は、もう一度あの形態……本物の、大きくて悪くなるオオカミになれる。
…………畜生、こんなこと考えてたら、余計にあの餓鬼に苛立っちまう。ああ、次はあの餓鬼をどう虐めてやろうかな。
……おっと、もう居ないんだったな。




