020_愛の無いユダの接吻。裏切りの示唆。
003
──次からは私のターンである。さあ諸君、目覚めの時が来たらしい。
頭を無理矢理ノックされた様な、不愉快な目覚めと共に目を開く。耳鳴りで思考が鈍る。が、これだけは覚えている。
あのパウロとかいう奴が、最後にどたまが割れる程の爆弾を残して死んで行った事だ。
多分、手榴弾か?私は運良く近場の瓦礫に身を隠れられたものの……流石に無傷では帰れまい。痛い痛いと嘆く肺を脅迫し、虫の息ながらも、私は淡々と作業の様に息を繋ぐ。
多分、頭を勢い良く打ったらしい。上から口に血が滴り落ちて来る。……私の再生力は常人の数倍だが、これは数日程疼きそうだ。
「……っか、っ!…………こひゅーーー〜〜っ。こひゅ〜〜〜〜っ…………。ひゅー……」
目の前にも濃霧の様なものがかかって見えにくい。……だが、段々と耳鳴りも収まってきた。それと同時に、聞こえて来るのは砂利道を歩く足音である。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。此方的には、ユダら辺が来て欲しい限りである。……先生は、頼りになるが悔しいんでね。
「────────────っ発見、童話殺しを発見致しました。支部長、殺害の許可を」
駄目だこりゃ。
目の前には総勢数名の黒スーツ。彼らは私の傍に近寄れば、頭へ銃口を静かに向ける。
「待て。早まるな。そいつの殺害はするなよ」
だが、奥の一人……。支部長と呼ばれる一人が、私の殺害を取り止めに。ぼやけた私の目に薄らと見えるのは、そいつの白銀色の白髪と、青と金の混じった派手なカソックとカズラ。……そして、宝石の様に煌びやかに輝く、ブルーダイヤモンドの瞳のみである。
「で、ですが生きて返すのは──」
「誰が生きて返すなんて事をしろと言ったっ。唯俺は、人々と童話を殺した大罪人に、地獄なんて甘っちょろい所に送るのはな。死んで行った仲間達に可哀想だと思っただけさ」
そう言い、支部長と思しき奴は部下を退け、私の方へと近寄って来る。そして、私の頭を鷲掴みにし、屑を見る様な目で見下せば。
「童話殺しは一人じゃない。此奴を境に、芋ずる式に他の仲間の情報を集めるぞ。それに、上層部はユダの死体の在り処探している。……ユダを殺したのはどうせお前だろ?洗いざらい吐かせてやるよ、拷問でな──」
話の途中、彼の背後からプシュン!と独特な発射音が。
……オズヴァルドのハッシュパピーだ。それに、あの先生まで居てやがる。彼らは周りに居た奴らに鉛玉をぶち込むが、支部長にはそれを軽々と避ければ、ニマリと笑う。
「……っおい糞餓鬼。いつまで敵の手の平の上で踊らされてるんだよボケッ。早くこっちに来い、死ぬぞっ」
此方へ来いと促す先生の声。しかし、体が思う様に動かない。……そんな私の状況を察してか、支部長と思しき男は私の体を抱き抱え。
「無駄無駄。この溝鼠は起きないよ。……だって、手榴弾の爆発を間近で食らったんだもの。そりゃ、動けはしないさ。……けど、腕や足が残ってたのは想定外だったよ。溝鼠改めゴキブリだな」
……此奴、私達が戦ってる所を見てたのか!
不服だが、今の私ではどうこうできないのも確か。私は、ぼやけて見えるオズヴァルドと、先生の姿をじっと見詰める。
次の瞬間、オズヴァルドが不意打ちで数発。奴の眉間へ鉛玉を発射。……だが、剣で切られ当たる事は叶わず。
支部長?はニヤリと笑うと、そのまま私を抱き抱え、壁と壁を使い移動し、建物の瓦へ飛び乗ると。そのまま満月と重なる位置で足を止め。
「まあ、精々足掻いてみなよ、童話殺し共っ」
「──っ!」
オズヴァルドが弾を数発発射するが、当然当たる筈も無く。そのまま支部長と思しき男は姿を晦ませ何処かへと消えて行く。
……だが、ただ呆然と、先生はそれを眺めるばかりであった。と、その時。奥から見慣れた赤髪のユダが這い出て来たのだ。激しい戦闘をしたのだろう、身体中が何処か微かに汚れている。
「っああ、やはり此処に居たか。……ヴェルギリウスは何処だ?そろそろ逃げた方がいい、炎がすぐそこまで近付いて来ているからなっ」
「……ヴェルギリウスならお前が来る前に、何処ぞの支部の奴に連れて行かれたよ」
「………………………………は?」
先生が当たり前の様にそう呟くので、流石のユダも聞き返す。だが、先生はそんなユダの姿を見ては舌を打ち、「連れて行かれたんだよ」と一言。
数秒黙るユダだったが、状況を察知した様で。仕舞っていた大剣を取り出そうと腰へ手を翳す──が、オズヴァルドがそれを止め。
「何してるんだい、ユダちゃん。もうすぐそこまで炎が近付いて来ているんだろ?今から逃げるよ、まだ間に合うさ」
「…………は?っちょっと待て、なんでお前らは……逃げる?何言ってんだよ。今からヴェルギリウスを探しに行くんじゃないのかっ!」
「……っち、これだからお門違いの馬鹿は嫌いなんだよ」
先生のその言葉を聞いても尚、ユダは必死で彼らを引き留める……が、掴んでいた手を軽く払われ、先生に冷たい言葉を告げられる。
「現実をしっかり受け止めろボケ。此処は戦場だ。たかが一人の餓鬼の為に、俺達が泥舟に命を預けてどうする」
「はあっ?!だ、っ。だから!私はお前らの言っている事が理解出来ないんだがっ!!な、何でお前らは……っ、彼奴と一緒に酒を飲んだじゃないかっ!なんで……どうしてそんなにも簡単に切り捨てられるっ!!私はヴェルギリウスを助けに行く──────」
哀愁漂う背中を見せる彼らに、ユダは大剣の矛先を向ける。が、その瞬間。ユダの視界は揺れ動く。圧倒的な力に圧倒されたのだ。
お得意の大剣が地面に落ちる音と共に見えるのは、ユダの頭を壁にグリグリと押し付ける先生の姿。
「……。……はぁ〜〜〜っ。お前、何か勘違いをしてるんじゃないのか?」
先生は、涙目のユダの胸倉を掴み。
「俺達は友達なんかじゃねえ。唯のビジネスパートナーだ。要らなくなったら捨てる、使えなくなったら捨てる。お前が元居た支部も、そうだったんじゃないか?…………時と場合を考えろ。此処はお遊び半分で来る場所じゃねえ。俺達は、あんな餓鬼一人の為に、命を預ける覚悟は無いんだよ」
「…………っう゛〜〜〜!」
その言葉に、めいいっぱい目を見開き、大粒の涙を流すユダ。……だが、ユダは何を思ったのか。自身の胸倉を掴む先生の手を噛んだのだ。
そして、緩んだ隙を見て、地面に落ちた剣を拾おうと駆け出した──。
が、そのまま地面に這い蹲る様な形で、ユダは先生に抑え込まれてしまう。それも、あのユダの頭を左腕一本でだ。そして、先生は噛まれた右手を振ると。
「って…………ぇな餓鬼ィ!!」
いつもは出さない、殺意の籠った怒鳴り声を荒らげる先生。その言葉に、ユダは愚か、オズヴァルドですら肩をビクリと震わせる。
だが、それだけじゃユダの口は止まらない。
「うぅっ……なんで、何で助けに行かないんだよォ……。私達、共に酒を飲んだ仲間じゃないか…………っ!どうしてっ……どうして!」
その言葉を聞き、先生は大きな溜息をつくと。泣きじゃくるユダの髪の毛を鷲掴み。
「…………もう此奴あ駄目だ。オズヴァルド」
その言葉と共に、オズヴァルドは瞬時にユダの首元へ重めの手刀を噛まし。ユダを気絶させ、ゆっくりと背中へ担ぐ。
「…………………………行くぞ」
先生の冷徹で、冷酷なその言葉と共に。オズヴァルド達はその姿を晦ませる。
そして、翌日の新聞は。《マッチ売りの少女》の話題で持ち切りとなった。
追記『とある支部職員同士の会話にて』
ああ、今日は刺激の強い一日だったよ。
なんでかって?そりゃ、マタイさんが支部に帰ってきたかと思えば……俺、見ちゃったんだよ。
腕にボロ雑巾の様なのを抱えてたのをっ!それに、そのボロ雑巾。人の形をしてたんだぜ。な?怖いだろ。
しかも、それをマタイさん専用の地下室へ運んで行ってたのも、俺、見ちゃったんだ。
俺、殺されたりしないかな?大丈夫?
……まあ、見たのが俺だけで良かったよ。尊い犠牲が少なくて済むしな。……で、今日の食堂メニューって何だっけ?




