001_林檎は爛れて塵となる。
001
「……お、おおおおお〜〜っ?うっはは、流石は純血の傭兵。酒に酔っても林檎の頭をヘッドショットか。……おい店主、今回はお前の奢りだよっ」
あの出来事が起きてから、ざっと数年が経過した。
童話の世界は、《赤ずきんの少女》から一風変わり。《ヘンゼルとグレーテル》の世界へと移り変わる。夜空の星々や、月が我々を見下すこの世界。著者に逆らえない運命の奴隷が、集い集まる酒場にて。
私は一席の椅子に座り、ティーテーブルに突っ伏していた。顔を火照らせ、一杯のウォッカを飲み耽ながら。
此処は、普通の住民には到底辿り着けない裏の酒場。そこに集うは、反社会的な奴らばかり。私も、その中の一人に入っている。
そして、先程林檎を射貫いた時に、感激の声を荒らげた奴ら。彼奴らは、酒に酔った私が、あの林檎をナイフで貫けるかに賭けていた様子。
少し腹が立ったが、突っ伏した頭を上げる気力も無く。私はそのまま飲んだくった。
私の占領するティーテーブルには、傍から見ると、様々な酒瓶やウイスキーボトルが散らばっていたに違いない。
「……っ………………」
大きな火傷跡の爛れた傷を隠す為に着込んだ赤い頭巾に、全身を覆う黒装束。腰には、様々な武器が取り付けられている。その姿は、他から見ても宛ら女だとは分かるまい。
私はそう自身を嘲笑しながら、ウイスキーグラスの酒を一気に喉奥へ注ぎ込む。
中にある丸い氷がカラリと回り、ティーテーブルへとグラスが落ちる。そして、椅子を後ろへグラグラと傾かせながら、私は酔った口でウイスキーを、舐めた口で頼み込む。
その言葉に、賭けに負けた大柄の男である店主が、私へウイスキーのボトルを投げて来たのだ。
顔面へ、本気でだ。私はそれを軽々掴み取ると、「どうも」と一言。そしてウイスキーの注ぎ口部分の硝子を割り、そのままグラスへ注ぎ込む。鼻を掠めるアルコールの香りと、トポトポと流れるは麦色のウイスキー。
それと同時に、酒場の扉が蹴破られ、扉が豪快な音と共に、開く音が室内に木霊した。
「おっはー!ヴェルギリウスとダンテさんは居るかいっ?」
ヘラヘラとした表情で酒場に入って来るは、茶髪で緑色の瞳を宿した青年が。
軍服の階級を表すエポーレットの肩飾りに、フリル付きのシャツ。襟が高いハイカラーの服。その服装はまるで、軍人や高官のコスチュームの様であった。
そんな青年の名は、オズヴァルド。名前の通り、《オズの魔法使い》の童話生まれの大罪人である。オズヴァルドは私の姿を見るや否や、張り付いた笑顔で私の机の方へ近付けば。
目の前の椅子を引くと、そこへ座り。ティーテーブルに肘をつく。
そして、ネチネチと小言を言い始めたのだ。
「酒の飲み過ぎだ、ヴェルギリウス。飲めば飲む程依頼に支障が出るよっ」
「任務……か。お前も、女遊びは程々にしとけよ。ヤった後はツキが落ちるからな」
オズヴァルドからは、慣れない香水の匂いが。多分、そういう店に言ったのだろう。如何せん肌の具合も良さそうである。
その私の言葉に、「酒臭いのによく分かるよね」と、オズヴァルドからの一言。それに私は返答せずに、グラスにまたウイスキーを注いで行く。そして、此方へグラスを翳してくるオズヴァルドにも、酒を注いでやった。
……と、オズヴァルドの方を見ると、手には煙草が握られてる。そして、持っていたグラスを置いたのかと思えば。徐にズボンから金色に輝くライターを取り出し、擦り始めたのだ。
カッカッ、と火花が散る。そして、火がついたのかと思えば、オズヴァルドはその煙草へライターを近付けた。
煙草に口を付け、息を吸うと、そのまま「ふう…っ」と黒い煙を吐き出すオズヴァルド。
……煙草の独特な臭いが鼻につく。
その私の奇妙な目線、その視線が気になってか、オズヴァルドは煙草を吸いながらも口を開く。
「なんだ、ヴェルギリウスは僕とセックスしたいの?見るからに君、処女でしょ。大胆だねえ、処女なのに。頭も股も緩いみたいだ。……っくく、はは。ごめんごめん、言い過ぎた」
私は、ヴェルギリウスの下顎骨へ、ピースメーカーの銃口を突き付ける。斜め上、丁度脳味噌に当たり死ぬ具合の場所へ。
オズヴァルドは両手を少し上げ、手の平を此方へ見せる。しかし、オズヴァルドは挑発的にピースメーカーの銃口を掴めば、そのまま皮膚を這う様にして、銃口を額へと持って来たのだ。
耳に張り付く様な、鬱陶しい笑い声と共に。
……私が銃口を額から退かし、そのまま懐へしまうのを確認すると、オズヴァルドはウイスキーグラスを此方へ翳し。
「この腐った世界に、乾杯♡」
そう言った。そして、喉奥にウイスキーを流し込む。流石は、女誑しと言った所か。言葉の一つ一つがいやらしい。
そう考えながらも、暇そうにウイスキーグラスの氷を回せば、私はまたウイスキーを注ぐ。それの繰り返し。
「今回からお前は、一緒にまた依頼を熟すって事でいいんだよな?オズヴァルド」
「ああ、最近女遊びで金が無くなって来たんでね。女は大変だねえ、僕に胸を寄せればシャンパンやらタワーやら、何でも頼んで欲しいとせがんで来る。化粧を重ねに重ねたケバい顔に、乳の見える派手な服。鼻が歪む香水の大人な匂い。それに興奮する僕も僕としてだ、まあそんなこんなで金は減るわ減るわ。……だからまた仕事をしに来たって訳さ。ざっと八桁は欲しいね、それまでは君達の金魚の糞だ」
死ね!
「っち、好きにしろ。だが貰える金は山分けだ。それだけは守れよっ」
「分かってるよ、純血の傭兵さん」
その私の言葉に、そう冗談交じりの返答を返したオズヴァルドは、グラスに口を付け一杯。
そして、小さくなった煙草の吸殻を、まだ酒の入ったグラスに入れる。ジュウッ、鼻に香るは焦げた煙草の妙な匂い。
剰え、オズヴァルドはその吸殻入りのウイスキーを飲み干したのだ。顔が無意識に歪む感覚が、眉間を襲う。変態の思考は度し難い。
そう心の中で呟きながら、私は次にグラスへテキーラを注ぐ。すると、再度オズヴァルドが口を開く。
「……ヴェルギリウスはさ、ダンテさんの事、どう思ってるの?」
ダンテ。私の先生であり、忌まわしいオオカミでもある男の名前だ。
「はっ、あんな奴の事なんざ分かってんだろ。私達の長〜〜い付き合いはどうなったボケ」
勿論、先生なんて大嫌いだ。私のすべてを奪った先生なんて。
「糞喰らえだ。高貴で尊く、獣臭が鼻につく先生の体を、豚箱にぶち込んで、糞の中に沈めてやりたい。家畜の糞で窒息死させた後は、そのままミンチで豚の餌だ」
そんな私の言葉に、「そっか、全然面白くない」と言葉を返すオズヴァルド。
その態度に心底腹が立ち、腸が煮えくり返る。……が、今は一応ビジネスパートナーだ。此処で殺すには些か支障が出る。感情を押し殺し、グラスの酒を煽る。
酒を飲み始めてから、ざっと一時間が経過。酒の匂いが染み付いた私が、グラスに注がれたテキーラを、酔った体で飲み干した時だった。オズヴァルドが来た時同様、本日二度目の扉蹴りが行われたのだ。
しかも、相手はオズヴァルドの様な顔見知り等では無く、警察服を着込みんだ総員数十人の男の姿。そして、手にはリボルバーと、甘い匂いの漂うドーナッツが握られていた。