016_『神曲』ダンテは神の愛を知る。
004
「…………」
「……っち、ヴェルギリウスかよ。……また拗ねてどっかほっつき歩いてたんだろ?お前。……お陰で、俺の酒飲み相手が居なくなったじゃねえかボケっ!」
挨拶無しに私は宿へと帰り、自室の扉を開けると。ティーテーブル近くで酒を飲み耽っている先生の姿がそこにはあった。
酒なんて、自室で飲めばいいものの……何故私の部屋で飲んでいるのか?そう様々な考えが脳裏を巡るが、考えるだけ無駄だろう。
私は静かに舌打ちをし、扉を閉める。
……コツン。床に散らばった酒瓶が、私の靴に当たる音が。その音が、より一層私の苛立ちを加速させる。
「……先生、つかぬ事を聞くが……何故私の部屋で酒を飲んでるんだ。オズヴァルドと変態はどうした。……っち、あ〜イライラする」
「まあ落ち着けって。オズヴァルドは、どっかの店に飯でも食いに行ったさ。ビッチの方は……知らんが俺達にあ関係ねえ。どうせオズヴァルドと飯でも食ってるよ。放っとけ」
先生は酒を飲む相手が居ないと駄目らしい。
私も、昔から良く付き合わされている身だ。だが、今回はユダやオズヴァルドが居るから大丈夫だと安心していたが……まさか、二人とも宿を空けているとはな。
多分、先生的にはキャバクラに行くのが面倒臭い様子。
一旦深呼吸をして、私は床に散らばった酒瓶を手に持ち、ティーテーブルへとそっと置く。それを見ながら先生は酒をゆっくり煽る。
「俺はな〜、酒を飲む相手が居ないと嫌なんだよ。ヴェルギリウス。……まあ、座れよ。一緒に酒でも飲もうぜ〜?俺は今、暇でしょうがないんだ」
「……その前に、何故先生は私の自室で酒を飲んでるんだっ。早くその酒共を持って消え失せろ!目の保養にもならんっ!」
もう酒に溺れているのだろう。ベロベロに呂律の回った口で、そう譫言の様に話す先生。
それを私は一蹴し、勢いのままティーテーブルをぶん殴る。勿論、グーパンでだ。
「んっ。まぁそんな焦るなって。酒はまだある。……それに、一緒に『昔話』でも話して盛り上がろうぜ〜?尻軽女っ。特に、俺が出した血肉とお遊びの感想をよ──────」
それ以上は喋らせない。先生の胸倉に反射で掴み掛り、そのままギロリと睨み付ける。先生は、その私の行動に満足した様だ。
「そんなに話したいなら酒を飲め」と一言。私は、本当に先生の事が嫌いだ。同じ部屋、同じ空気すら一緒に吸いたくも無い奴と……二人っきりで酒を飲むのだ。
これ以上の地獄は地上には存在していない。圧倒的嫌悪感である。
「それ以上は言わせねえ。……あの話題をもう一度触れれば私はお前を殺す。その腑抜けた遠吠えも鳴かせはしない。目を合わせるな、喋るな、息もするな、そのまま死ねっ」
「………………ひでえなあ、ヴェルギリウス。俺だって死にたいさ、けど、死ねないからお前に頼ってるのが現状だ。……なあヴェルギリウス。早く俺を殺してくれよ〜っ。あの時の約束を果たしてくれよなあ、ヴェルギリウス」
「…………………………………………………………」
ヘラヘラと笑いながら、ウイスキーグラスを片手にそう語る先生。今回は、やたらと機嫌が良いらしい。……私が酒を飲むのを承諾するまで、この会話は永遠に続くだろう。
私の過去を抉る物語が淡々と、オルゴールの様に流れ出てくるのだ。不愉快極まりない。
私は溜息をつくと、そのまま目の前に用意された腰掛けに座り込み。この中で一番美味そうな酒を片手に取れば、先生はにまりと笑みを浮かべて笑い出す。
「っははは!良いねえ、その不服そうな顔と態度っ。くくっ……ははは!!やっぱり酒飲みの相手は、お前でなくちゃ始まらねえなっ!」
静かに口へ酒を運ぶ私を見て、そう言い酒を再度煽り出す先生。
静かに酒も飲めないのか、このオオカミは。
「お前は毎度この話題を出すと乗ってくれるよな。……で、今はどういう感情だ?悔しいか、辛いか。俺は今日、そいつでまたこの酒を煽るとするよ」
酒を煽るのはまだしも、人を煽るのは辞めて欲しい限りだが……それで話さなければ、今度こそ私は先生に殺されるだろう。
比喩なんて生温い話じゃない。前に一度、先生の酒飲みを断った事があった。だが、その時に私は本気で殺されかけた。あれは冗談なんてもんじゃなくて、本気だったさ。
その時に首元に当てられたナイフの傷は、今も治っていない。先生は、酒が絡むとストッパーが外れる。……そしてその時から、私は嫌々ながらも、先生の酒飲みの相手を断らずにしているという訳だ。
本当に、命が何個あっても足りないよ。
「っちぃ!…………今は先生、お前を殺したくて堪んない気分だよ。その気色悪い笑みの浮かべる顔を引き裂いて、そのまま豚箱の豚の餌にでもしてやりてえ」
先生を睨み付ける私の顔を見て。先生は酒か笑いか。顔を頬まで真っ赤にし。
「っはははははは!!良いねえ、その言葉にその顔っ。やっぱりお前を拾って良かった。良い玩具にもなるし、何より酒が美味くなる。最高の香辛料さ」
そう言い、ウイスキーグラスに酒を注ぎ、それを飲む先生。私はそんな先生の姿を眺めながら、味のしない酒を飲み漁る。
…………気持ち良くとも何ともない、逆に酒が不味く感じてくる。それ故か、顔も自然と睨み顔に。だが、それが先生を喜ばせる香辛料になっているのも確かである。
「……。……っ先生、いつになったらこの童話を殺すんだ。そろそろ《ヘンゼルとグレーテル》の話のほとぼりも冷めてきた頃だ」
「ん?話を変える程、俺の話が嫌だったのか。まあいい、これは話しておくべきだな。この童話を殺すとは今夜だ。今夜童話へ火をつける」
そして、「はい、終わり」と先生は呟き手を叩けば、その話を颯爽と切り替えた先生。そして、此方へウイスキーグラスを翳し。
「まあ精一杯楽しめよ、ヴェルギリウス。この腐った世界を恨みながらなっ」
「…………」
私の持っていた酒瓶へ、無理矢理乾杯をする形でウイスキーグラスをコツンと当てて。ティーテーブルに肘をつき、厭らしい笑みを浮かべる先生。
…………多分、この長話は、月が顔を出すまで続くだろう。




