015_『天国篇』天動説に基づいた天国。
私は、チンピラの頬へ拳を突き付ける。
その瞬間、周りに居た男達も、時が動き出したかの如く動き出す。と、その時。黒猫は待っていましたと言わんばかりに、此方へ向かって来たのだ。しかも、それに加えて「助けて!」と喚くおまけ付き。
「おまっ……!お前は戦えるだろっ。一応、裏社会の何でも屋なんだろっ!」
「馬鹿言えっ!吾輩は、黒猫の人形使いだ。人形であるポッテナが居ないと、十二分に戦えないんだよっ!!」
そう言い、此方へ近付き背中へ回る黒猫。
そして、此方へ襲い掛かる数人チンピラ共。くそっ!
護る者が居れば、自然と行動に制限と言う名の鎖が掛かる。例え、実力差が十二分に下のチンピラ共とは言え……黒猫に目を使いながら、攻撃を喰らわずにそのまま蹂躙するのは、流石の私でも骨が折れる。それに加えて、私は今、殺しを禁じられている状態に等しい。
やはり、戦闘にはその場の状況と環境が本当に関わって来るのだな。
「……っちぃ!黒猫っ、何か武器はっ──」
「ええと……っ。メリケンサックなら……!」
私に黒色のメリケンサックを渡す黒猫。そして「絶対に殺さないでねっ!吾輩の商売である、何でも屋の信頼にも関わって来るんだから」と、追記程度に一言。
私はメリケンサックを拳に握りしめ、そのまま相手の頬へと突き付ける。大丈夫、人間は意外と頑丈だ。殴っただけじゃ死なないさ。
そのまま一人を戦闘不能にし、居合いの形に体を整え、拳を握りしめる。
「私の傍から離れるなよ、黒猫」
見る限りだと、総勢四名程度。しかし、目の前の情報を鵜呑みにしてはならない。一人、先程居た人数が減っているのだ。
多分、何処かから奇襲を仕掛けるつもりなのだろう。
それか、ただ単に逃げただけなのか。だが、この状況下で、パニックに陥らず冷静な判断を取れる逸材。そいつなら、人を殺す事も躊躇はするが執行するだろう。この馬鹿共よりかは驚異になる。
今回の戦闘は、警戒は怠る事無くぶん殴る。
以上の事を守りながら、楽しく、戦闘に勤しむとしよう。
「てめぇっ!ぶっ殺す──っぞボケェ!!」
まずは一人目。手には果物ナイフ、両手で抑え此方へ刃を向けて来ている。が、脇腹がガラ空きだ。それを踏まえて、格闘の経験はあまり持ち合わせていない素人と見た。如何に、どう嬲るとしようか。
「先ずはお前からだ。素人の溝鼠──」
先手は勿論私から。脇腹に蹴りを入れてから、そのまま緩んだ手で掴んでいたナイフを取り上げる。ついでに肘にも拳を入れておいた。
ナイフは床に投げ捨て、痺れる手を凝視する素人の顔面に、渾身の一撃をお見舞する。
そして、その仲間を盾にして私は懐から、先程黒猫から買ったピースメーカーを取り出し。気絶をした奴の首元を掴めば、そのまま相手へ見せ付ける形で銃口を突き付ける。
気絶をした方は小便を漏らした様だがお構い無し、人質として使わせてもらう。勿論殺す気は無いが、相手にはそれが本当か分かるまい。
例え、私達が目の前で殺すなと話していてもだ。
「此奴は玩具なんかじゃねえぜ?本物の銃、ピースメーカーさっ!……だが、お前らの行動しだいでは、そのまま『バーンッ!』だ。分かるか?撃たれちまったら終わりなんだぜ。体だと、アドレナリンやらなんたらで数分は生き延びるだろうなあ……だが、頭やこのクソ牛野郎のハツなんかに当たっちまえば、即死だよ。そりゃもう、血をドバッと吹き出してな」
まあ、撃つ気は毛頭無いんだがね。
だがしかし、それを相手が分かる筈も無く。それ故に、私のピースメーカーを本物だと思えずにも居たらしい。……ジリジリと、相手が武器を片手に近寄って来ているのが見える。
私はそれを見て、気絶した牛野郎の首元から腕を退かし。そのまま一番近くに居た二名へ発砲。勿論、アキレス腱を少し掠める程度でだ。
そのまま私に寄ってきていた、二人のアキレス腱を銃で撃ったのを再度確認する。そして私は動き出す。二人目、しゃがみ込んだ所を見計らい、首元へチョップを噛まし気絶させる。
三人目も同じくアキレス腱を切ったので、生かしやすい。其方も同じく首元を殴り気絶。
「このっ──……?!化物めっ!!」
最後の一人が、此方へ駆け出してくるのが見える。
片手には、鋭利な刃が出てくる指輪型の武器が光っているのが見えた。確かに、分からなければ相手に傷を与える事は可能だろう。
だが分かれば無問題。小さな刃の可動域など高が知れている。相手の拳を避け、そのまま右腕で顔の正面部分をぶっ叩く。
相手の前歯が折れたが問題無し。痛みで気絶するので、逆に好ましい限りである。
だが、やはり。護るべき者が居ると、行動を制限され、意識が行くのは当然なのだろう。
「────────────っ!!??」
突然。黒猫の傍へ、物陰に隠れていたもう一人の男が姿を現したのだ。片手にはナイフ、それにその力の入れ具合。本当に殺す気だ。
くそっ!しくじった!調子に乗った。……やはり、最優先で黒猫の傍に少しでも寄り添っていれば。今の場所では、相手には攻撃は到底届かない。
私のピースメーカーも、オートマチックでは無い品物なので、右手を添えるリロードの時間を含めると、その前に黒猫が奴に刺されてしまう。
心臓の鼓動が、一気に脳内を駆け巡る。
「──っ避けろ!!黒猫──────っ!!」
「………………………………まずいね……っ」
パニックに陥った私は、意味も無く、その場の感情に任せて黒猫は手を伸ばす。が、届く筈もない。手に触れるのは空気のみ。
……次からはゲロを吐いてから直ぐに戦闘をするのは控えよう。やはり体が些か鈍る。
……これから耳に入る音は、肉を裂く音と、それと共に噴射する血のおどろおどろしい音なのだろう。だか、後悔先に立たずだ。
後悔してももう遅い、それはもう、身を持って経験している筈なのに──……。
次の瞬間、私の耳を瞬時に掠めたのは、金属が互いにぶつかる音であった。……?
「──主様が死んでは、ポッテナは悲しいです。そして、主様を命を懸けて御守りするのが、私。ポッテナの役目でもありますから」
……目の前には、メイド服姿で、黒髪黒目の闇をも飲み込む色をした。手にメスの様な小さなナイフを握り締める──ポッテナの姿が。
ポッテナは、相手のナイフを退かし、そのまま奴の腹へ、渾身の一撃をキメたのだった。
その勢いと共に、壁にぶつかり気絶するチンピラ。
「っポッテナ。もしかしてポッテナかい?」
倒れるチンピラを無視し、黒猫はポッテナの方へと駆け寄れば。そのまま、感情を表す様に、ポッテナの頭を撫で回し始めた。
「よしよしよし〜っ!偉いよポッテナ、ありがとう。帰ったらポッテナの大好きな、角砂糖を五個もあげちゃうからねっ」
「…………主様、私も大好きです……っ」
とてつもなく愛でる黒猫に、ポッテナも満更でもなさげな顔である。
口元はいつも通り平坦な伸ばし棒の様だが、自慢げに頬を膨らませ、顔を桃色に染め上げている。そして、何故か此方の方を見て「ふっ」と笑うポッテナ。
「……っすまん、黒猫。私が油断をするばかりに危険な目に合わせてしまって。それに、折角誘ってくれたサーカスだって、台無しに」
「君が気を病む事は無いよ。それに、ヴェルギリウスちゃんが来てくれただけでも、吾輩はとても嬉しかったよ」
私は黒猫の方へ近寄りそう言うが、黒猫からは予想外な言葉が帰ってくる。……だが、仮を借りっぱなしと言うのも癪に障る話だ。次に黒猫の店に行った際は、いつもより多く金を払ってやろう。
そう思ったのも束の間、黒猫のよしよしタイムが終わったのか。満足気に、そして誇らしげにしているポッテナが、私の方へ近寄ってきたかと思えば。
「ふふん、いいでしょう?主様を誑かす、諸悪を働く男よ。ポッテナは、主様の忠実な奴隷です。貴方より何千倍も、ポッテナは主様によしよしをして貰っていますし、カクザトーだって沢山貰っています。ずるいでしょう。……ふんっ。ポッテナは、貴方の事が嫌いです」
なんと、正面から堂々と嫌いと発言されてしまった。だが、その言い草からして、私の事を黒猫を誑かすライバルだと思っているのだろう。
……男と言うのは聞き捨てならないがな。
「……じゃあ、私はそろそろこれで帰るよ」
此方へ敵意を示すポッテナと黒猫へ私はそう告げると、愛用のピースメーカーを懐へ仕舞い彼らへ背を向ける。
「うん、じゃあ、気楽に待ってるからね」
「ああ。……だが、最近の童話の話も聞かなくなってきた。そろそろ此処らも潮時だ、今夜中に荷物は纏めて出ていくことをオススメするよ。……丸焦げになりたくなければな」
「分かったよ。じゃあ、また会える日まで」
そう言い、此方へ手を振る何でも屋、黒猫。
倒したチンピラの体を踏み付けながら、そんなこんなで私は帰路へ戻って行ったのだった。




