014_『煉獄篇』罪を浄化する場。
002
黒猫に連れられやって来たのは、赤白色の大きなテントが張ってある、巨大なサーカス会場であった。
目が痛くなる程の明るい装飾品に、沢山の人混み。
……私は人混みは嫌いだ。周りの人間の、綺麗な肌や顔を見ると、どうも妬ましく感じてしまう。
真っ赤に爛れた火傷跡に、潰れた片目。赤い頭巾と、口元を隠す鉄製のマスクを外せば、見えてくるのは化け物の姿だろう。
私は着込んだ黒装束と、赤い頭巾を靡かせて。鉄製のマスクを再度深く被る。道化師から貰った赤色の風船を持った子供の、忍び声が目障りだ。
「…………煩い、早く行こう。私は、和気藹藹とした雰囲気が嫌いなんだ。自分に反吐が出る。それに、こんな醜い私なんて………………到底、似合わないに決まってる」
視線を鋭く尖らせながら、私は早歩きで黒猫に向かいそう告げる。そんな私の言葉に、黒猫は猫の様に、にまりと笑えば。片手に持った二つの風船の内一つを私に差し出し微笑みかけて来る。
「今は、そんな事考えずに楽しもうよ。ね?」
手に無理矢理握らされた、一つの風船。
そして、黒猫はチケットに書かれた会場の座席に座る。……よく見るといつの間にか、彼のもう片方の手には、ポップコーンのたらふく入った紙袋が握られていた。
「……人殺しに、人間の芸を見て楽しめと?」
サーカス会場の座席に座り、私は隣に座る黒猫へそう言い睨む。そんな私の顔を見て、黒猫は「そろそろ始まるよ」と話をずらし、軽く口を開けば。
会場に紙吹雪が巻い、観客が喚く。
そして目の前には、テントと同じ色のした玉の上で踊る道化師の姿。遂に始まった様だ。
「皆様方。今回は、この《ヴィッツサーカス》へお越し頂き、誠に感謝申し上げます。そして解説は、道化師事サーカス団長である私、パディ・ヴィッツが努めさせて頂きますっ」
鼻の長い道化師が、お手玉の様な小道具を空中で回しながらそう告げる。
そして言葉の最後には、片手で小道具を回しながら、頭に被ったハットを上へ。
それと共に、オペラの様なオーケストラピットで楽器の音が轟き、会場へ響き渡る。観客の歓声と共にだ。
「サーカスに音楽団か?少し珍しい気がするな」
「音楽団なんかじゃないよ。あの人達は、このサーカスの団員さ。その中の、音楽担当の人達って感じ。まあ、人数が多い分、結構良い値段のするサーカスで……ヴェルギリスウちゃん、お金は要らないよ。これは吾輩の良心というか、いつもお店に来てくれるお詫びさ」
「申し訳無い気がするから渡させろ。昔の様に餓鬼扱いをするな、私はもう十五だぞっ!」
私は、黒猫の手へと握り締めた金貨を押し付ける。そしてそのまま、オドオドと返すと嘆く黒猫を無視し、目の前の芸へと視線を移す。
黒猫は、いつまで私の事を餓鬼扱いすれば気が済むのだろうか。……何度でも言うが、私はもう十五だ!
と、その時。目の前で燃える輪っかを通る、猛獣の姿が見えた。
「猛獣使いのランドゥックが操るは、数多もの動物を食らう最強の猛獣、ライオン!そして、ランドゥックの華麗なる鞭使いをご覧あれっ!!」
あの猛獣であるライオンが狼だった場合、私は直ぐに殺しに向かっただろう。
腕を組み、私はサーカスを鑑賞する。
「さあ、ランドゥックの次は、サーカスの代名詞と名高い芸。ナッツが渡るは地獄の橋、天使も人も堕ちれば最後。断崖絶壁、腕を縛っての綱渡りだあ──────っ!」
湧き上がるは犇めく人の歓声と喝采である。
腕を後ろで縛り、ナッツと言う男は綱渡りを成功させる。勿論、安全を保証するロープ無しでだ。
……何故だろう。それを見ていると、一つの記憶が浮かび上がって来た。
「……なあ、黒猫。少し、昔話をしてもいいか?」
「ん?どうしたんだい、急にそんな事言い出して」
ポップコーンをもぐもぐと食べながら、黒猫は此方へ視線を向ける。
「昔、とある裏のサーカスに連れて行かれた事があるんだ。あのサーカス団は、誘拐した、まだ幼い子供の奴隷を使って芸をやらせていたんだ。で、案の定子供は失敗して、皆が死んで行く。その姿を見ながら皆は笑う。……ぅっ、色々と記憶が断片的に重なって……なんだか少し気持ち悪くなって来たんだ」
「はあっ。ダンテの旦那も趣味が悪い。愛着があると言っておいてこの様だ」
口元を抑える私に、寄り添う様に腕を回せば黒猫はそう呟く。そして黒猫が背中を摩る。
だが、ぐるぐると嫌な気分はそのままだ。
やっぱり、私にこういう所は似付かないのかもしれない。口元を抑えながら、私は立ち上がり。黒猫へ視線を向ければ。
「少し席を外す……あぁ、着いてこなくていい。直ぐに戻る。サーカスでも気ままに見ておいてくれ」
そう言い、私はそのまま外へと向かって行った。一人佇む黒猫を置いて。
003
「ぅ゛っ……っおぇ゛っ?!……は゛ーーーっ。はーーーっぐ、ごぽっ!?」
制御の効かない、喉奥から込み上げる吐瀉物。それらは、口元を抑える私の手の隙間を掻い潜り、そのまま地面へと垂れて行く。
そして、私はまた喉奥へ指を突っ込んだ。
気持ち悪い時は、胃の中の物をすべて出しておけば後から気分が楽になる。だから一度吐いた時は、喉奥が空をきるまで存分に出して置いた方がいい。先生からの助言である。
先程、先生に一泡吹かされた時は、苛立ちでどうこう出来なかったんでね。今の内に出すもん出しておくのさ。これでまた、黒猫と共にサーカスが見れる。
一応、私は行かせてもらって居る側だ。こんなチンケな理由で断るのは、私も些か心が痛む。
「っはーーーっ……!は゛ぁーーーーっ……。っふ、ぅ。………やっと全部出し終えたか?」
近場の路地裏故、酔っ払いが吐いたとしても違和感が無いだろう。そのまま重心が安定しない体を、サーカスの方へと動かして行く。
一歩一歩、しっかりと噛み締めて。こんなの、先生との稽古よりかは随分とマシだ。
よろっ、時々体が揺れるが問題無し。
サーカスの方向から、時折観客の叫び声が聞こえてくる。それが、どうも私の心を傷付けた。……自分でも何故だか不思議である。
と、その時。路地裏を出た辺りだろうか。緑色の街灯に、誰かがよしかかっているのが見えた。勿論、遠目で見ると真っ黒だったので、相手が誰だか理解は出来たさ。……それと同時に、申し訳なさが込み上げてくる。
だがよく見ると、その黒猫の周りに、何人か人が集っているのが遠目で見えた。近付いて見ると、どうやら黒猫が数人の柄の悪い輩に、集られている様子。そして、地面には割れた風船と、散らばったポップコーンが目に映る。
「……んっ。ヴェルギリウスちゃん!」
待って居ましたと言わんばかりのその言葉。
黒猫はどうやら、私を待っている途中に、チンピラ共に絡まれ金をせがまれた様子。……まあ、見た目は随分と金持ちの坊ちゃんだ。柄の悪い輩に金をせがまれるのも納得が行く話である。
「何だ此奴ら、めんどくせえ。いっその事殺すか……?」
「駄目だよ、ヴェルギリウスちゃん。一般人は殺しちゃ、吾輩にも、君達の仕事にも支障が出ちゃうし」
私達が会話を交わす中、私よりも身長が大きな輩共が、此方へ罵声を浴びせて来る。
弱い犬ほどよく吠える、その言葉がとても似合う光景だ。それに、此奴らは此処の酒場でも見た事ねえ。
多分、裏社会にはまだ足を踏み入れていない、何処ぞの出しゃばりと見た。最低一発殴れば帰るだろう。
「てめぇら……っ!女に合わせる面もねえような顔にしてやろうかっ!!……っ男ならてめぇら、返事くらい返せよおる゛ぁっ!!」
私達が無視を貫き通していると、痺れを切らした一人が、此方へ手の大きさ程のナイフを向けて来る。折り畳みタイプのだ。
刃こぼれは無し、一度も使った事は無いと見た。それに、素材からして結構な値段がするだろう。……素人の癖に、相手に奪われた際の替えが効かないな。私はそう思いながらも、ナイフを向ける相手へ近付いて行けば。
「やれるもんならやってみな。威張る事しか出来ねえボンクラさんよお。……ほら、此処だよ此処。お前らで言う喉仏辺りが望ましいな。しっかり狙え、恐れは見せるな。相手へ命乞いという選択肢を与えることになる」
私は相手を挑発し、向けられたナイフの方へとそのまま向かって行く。
首元へ、矛先を向けて。ゆっくりと押し付けて行く。相手の目をしっかりと見詰めてだ。
まあ、相手には無理だろうな。なんせ、人も殺せない奴だろう。……私の首元にあるナイフが微かに震えているのが証拠だな。首元から垂れる血で恐れたか。
多分、此奴らはナイフを刺す道具では無く、脅す道具として使って来たのだろう。
だが、私は恐れずにナイフを首元へ近付けた。首からは一筋の血が垂れ、首筋を通り服の中へと入って行く。私が相手の目を見詰める中、此奴の目線は私の首元だ。
「ほら、どうした。私を女に合わせる面もねえような面にしてやるんじゃ無かったのか?」
それに、腹が立つ点が一つ。
私を女として見ていない点だ。確かに、女の様な服装をしていない私も悪いと思うが……それでもだ。それでも、私を女として見ていないのに苛立ったのは確かである。
「あ?ほらほら、殺せよ。……いいか、ナイフは脅しに使う道具なんかじゃねえ。物を切るか、人の子一人をぶっ殺す為に使うんだよ゛っっ!!」
「──────はぶっ?!」
私は、相手の頬へ拳を突き付けた。




