011_「あなたは取って食べたのか」
004
「…………おはよ」
「おはようございますだろ?ヴェルギリウス」
朝早く。まだ、太陽も昇りきっていない時だった。あまり眠れなかったので、珍しくそんな時間にリビングへやって来た私を見ては、煙草を片手に笑う先生の姿。
一応窓は開けてはいるものの、室内には、煙草独特の臭いが充満していた。……最悪の目覚めだ、私は顔を顰めながらもこう告げる。
「朝からヤニかよ。外で吸ってこい外でっ!」
半開きの窓を全開にし、外を指差しそう言う私。外は相変わらず雪が降っているので、部屋内に冷たい風が入って来る。
その冷たい風に、二人共々肩を震わせた。
「寒いんだよ。それに、風で煙草の灯火が消えちまうじゃねえか」
「そりゃあ良かった。私のお望み通りの結果だね」
その言葉を聞いて、先生は笑うと。窓付近にいる私の方へ近付いてくる。
窓から入る冷風に身を煽られながら、そして、しっかりと一歩一歩を噛み締めながら。先生は歩いた。窓の外を眺める私の背中へ着いた先生は、そのまま笑うと、私の頭へ顎を置く。
そして、私と同じ様に外の風景を眺めながら、煙草を吸い始めたのだ。
「……重いっ。頭を退けろ、先生」
「え〜何何、照れてんのかあ?」
私の頭に置かれた、先生の頭。しかも、頭の上で気楽に煙草を吸っていると来たものだ。
不愉快極まりない。そう思いながら、私は、腰に掛けたナイフを手に取ろうと、こっそりと腰へ手を伸ばす。
……しかし、その手に気付いた先生が、私の手をぎゅっと握り返したのだ。体がビクリと跳ねるのと共に、「ビンゴ」と呟く先生。
「ポケットウイスキーでも取り出すのかっ。それなら、俺も飲みたいね」
「……ああ、先生の口に直接入れ込んでやりてえ」
「このオンボロナイフをなっ!」私はそう言うと、そのまま先生の手を振り解き、安いナイフを握り締め。
勢いのまま首元へと切り掛った。殺せる!そう確信したけれどもだ。私は、足を掛けられ地面へ落ちる。
足技をかけられた!そう思ったのも束の間、背中に両腕を回され、そのまま先生に背を向ける形で倒れ込んだのだ。
先生は私の背中へ乗ると。そのまま私の持っていたナイフを奪い、手に持ちながら。
「やっぱり、安っぽい女には、安い商品がお似合いだな。……だが、馬鹿高いナイフを使うよりかは頭が良い。質が低いナイフ程、刺さった時に抜けにくい。刃が悪いからな、致命傷を与えるには十分って所だ。それに、相手に武器を取られた時にも替えが効く」
そう言い、そのままナイフを壁に投げる先生。そして、吸い終わった煙草を硝子製の灰皿へ投げれば。暇なのだろう、そのまま話をし始める。
「今回は、目の前の相手の刺す場所ばかりを見ていたのが敗因だったな。ちゃんと視線は全てに向ける。それが出来なきゃまだまだだ」
「………………黙れっ」
私がそう言い、獣の様に先生の方を睨む。
ギリギリと歯を噛み締めてだ。先生は、そんな私の顔を覗き込めば、クスリと笑う。
……その人を小馬鹿にしたような笑みが、本当に気に食わない。そう考えていると、先生は笑いながら。自身の鼻を指差せば。
「お前、少し血生臭いぞ。ちゃんと風呂に入ってんのかボケ」
「……っちぃ!先生の鼻が曲がってるだけなんじゃねえのっ!???」
その私の言葉と共に、先生は突然私の腹を踏み付けた。勿論、笑いながらだ。本当に、頭がおかしいんだと思う。そして、私を襲うは酸っぱい胃酸の臭いと、吐瀉物だ。
そのまま気持ち悪くなって、私は急いで先生を振りほどき、そのまま洗面台へ向かおうとするが……先生がそれを許す筈も無く。
バタバタと両手両足を動かすが、振りほどけない。剰え、押さえ付けられる力が強まっている感じがした。
「退けっ!!邪魔だ──っ?!……っ!?──────〜〜〜?!!、?!」
「まあ落ち着けって、股が濡れるぞ。……ん〜、あと十秒だな。十秒経ったら退いてやる」
「──────!!!!!」
流暢に、先生は数字を刻む。……が、耐えられるはずも無く。──私は我慢の限界を迎え、ゲロを吐いた。
多分、昨日の酒が祟ったんだと思う。それが、先生の蹴りで込み上げてきた見たいだ。
そして私が涙目で、口元から粘性のあるゲロを吐き出す中、室内には大声で笑う先生の声が轟いていた。
それと同時に、先生の頭の中には、とある記憶が浮かび上がって居た。それは、私とも会っていない。まだ、先生が悪役に囚われ、怠惰の如く諦めて居た頃の記憶。




