蕗狛一家
曾祖父母は魔術を使える仲のいい夫婦だった。曽祖父の芝は町の片隅にある小さな学校の先生、厳しくも優しい人だった。曾祖母のサクラは家庭を守り、家の横に小さな家庭菜園をたしなみながら、四男四女に恵まれ慎ましく、生活していた。
しかし、八人の子のうち五人は小さな頃に、不慮の事故等で相次ぎ死亡。
悲しみは多かったが、それでも残った三人の子供たちと孫、曾孫に囲まれた幸多き人生だった。
そんな三人の子供たちの長男は、今年既に九十五歳となり、三男は七十二歳、蕗狛の祖父でさえ、七十歳を迎えていた。
「ここまでが桜さん、蕗狛家族、全家族を調べ解りうる全てです」
立葵が調べあげたものをまとめ、長へと報告する。
「なるほどな。で、家族は招集出来たのか?」
「はい。明日朝一、全員集まる予定になっています」
「逃げたら⋯わかっているな?」
「はい、勿論です」
蕗狛の祖父母の代は、耳も遠く、記憶が曖昧で尋問なんてしたら死んでしまいかねない。と言うことで、祖父母の代は無視し、その子供達の代、六人を呼び寄せていた。
――明朝六時半――
魔術団基地、二階角部屋、会議室壱番。
広さは人が、三十人が雑魚寝できるほど。
その真ん中に机と椅子が並べられていた。時間を置いてはまた一人また一人と次々と少し歳のバラつきのある従兄妹たちが入ってくる。
「あら、やだぁ、焦さんも呼ばれてたの?」
「なんだ、梅もか!やー久しいじゃねぇか!」
「あ、蘭に前借りた本無くしたんだ、すまねぇ」
「あーまぁいいよ、もう読まないし」
各々勝手気ままに話し始める。さらには、
「おーおー。長さん、元気してたか?なんだか見ないうちに少し⋯若くなったか!?」
「⋯お前たち、少し緊張感とかないのかね」
少し呆れたように団長の長が口を挟む。
無理もない、従兄妹たちが揃えばこんなもので、他愛もない会話が所狭しと続けられていた。
「皆さん!お静かに願います。これから、皆さんに団長からお話があります!」
割って入ったのは陽葵であった。
「あらぁー!陽葵ちゃん、おっきくなって!」
「えっあ、梅さん!いえ!はい!」
「すっかりお姉さんじゃないのよー」
顔を赤らめ、モジモジと髪をいじりながら俯いてしまう陽葵を横目に、
「はぁ⋯」
と、小さくため息を吐いた立葵が、すっと立ち上がり、パン!っと手をひと叩きすると、今まで喋っていた従兄妹たちは立葵の方にふと目をやる。
「⋯⋯えー、皆さんおはようございます。朝早くからお集まり頂きありがとうございます。魔術団副団長の立葵です。
皆さんお久しぶりですね。元気そうでなによりです。さて、本日ここに、お集まり頂いた理由を説明させて頂きたいのですが、少々お時間よろしいでしょうか」
優しい声の中にもどこか、ピリッとした芯の通る声が会議室内に響く。しんと静まりかえり、先程までの和気あいあいとした雰囲気が、きゅっと締まった。
「いーよ。立葵くん。どうせ桜ばっちゃんのこと⋯⋯もしくは蕗狛の事だろーよ?」
少し体格のいい焦がニヤッとしながら返事をした。
「え⋯」
「なんにも考えないで、従兄妹が頭揃えてここにノコノコ来るとでも思ったのかい?」
「まぁ、蕗狛は俺ら従兄妹の一番末っ子の子供だ、どんなに悪さしようと可愛いもんさ」
「あの子は桜ばっちゃんも可愛がっていたしねぇ」
「さて⋯何が知りたい?」
ギロっと従兄妹たちは睨みを利かせ、団長はじめとする町の魔術団一同を威嚇していた。
魔術が使えない「弱き立場」が魔術を使える「強者」相手に歯向かうなんて思いもしないことであった。
少しの沈黙が魔術団基地、二階角部屋。
会議室壱を包み込む。ピリリとした嫌な空気が流れる。
先に口を割ったのは、この従兄妹を集めるとした、団長である長だった。
「話がわかるようでよかったよ。焦、桜は何か隠しておらんか?⋯いや、隠してるんだろう?」
「隠すとは何をですか?金塊とかか?」
「そんなもの、あるならお目にかかりたいわ」
「そーか、とぼけるのか?」
長が立ち上がったのと同時に「ガタン」と机の上に両足を伸ばし乗せた男が、話に割って入る。
「長さん、あんたも聞き方が悪かぁねぇか?はっきり聞きたいことを濁さず聞きゃあ良いだろよ」
ここに来て初めて口を開いたのは、従兄妹の中で三番目に位置するカタコだった。
「カタコ、お前が入ると話がややこしくなる」
「あぁ?その名で呼ぶな。俺はお前らみたく優しくねぇ、回りくどいのも嫌いだ」
カタコは男でありながら、名前の最後に「コ」が付くのが気に入らないと、ずっとイライラしている。
まぁ、根はいい奴なんだよ。とよく他の従兄妹たちからも言われる。
ただ、口は従兄妹たちの中で群を抜いて一番悪い。
「なんじゃと?」
「だぁかぁらぁー、聞き方が悪ぃって言ってんだよ」
「じゃあ、言い方を変えましょう。蕗狛を隠していたのは何故ですか?」
立葵が二人のやり取りに加わる。
「⋯それでいいじゃねぇか、立葵。
あんたらが知りてぇのは蕗狛のことだろーよ。
もう死んじまった桜ばっちゃんの事を聞いたって意味がねぇもんなあ」
「そうですね。回りくどい聞き方をして、すみません。で、蕗狛を隠していたのは何故ですか?」
空気が重くなるのを肌で感じる。精神的にくるものがある。
その中で話は進められる。
「蕗狛は、生まれてからずっと、私たち一家総出で、隠して育てたんです」
カタコが話を始める前に、話始めたのは、鈴の隣にひっそりと身を隠していた、蕗狛の母親一蕗芭だった。
「隠して育てた?」
「ええ。学校には週に一度のみ。ほかは全て桜ばっちゃんが教えました。学問から規律、社会のルール、そして⋯魔術の全てを」
「魔術⋯だと?」
「蕗狛は魔術を使えるのか!」
怒号にもにた声が一蕗芭に浴びせられるが、彼女は微動だにせず、知っているのはここまで。
と、言わんばかりに、冷静で静かな声で答える。
「ええ。どの程度かは知りませんが、桜ばっちゃんから教えこまれているはずです。蕗狛は魔術を使える事を、周りには隠していましたが、桜ばっちゃんからは、そう聞かされています」
現在、この町で魔術を使えるのは魔術団に属している九名だけである。そう信じて疑わなかった。
町の魔術が年々衰退していることも、なかなか魔力をもった子供が生まれないことも、町全体として考えなくてはならない事案のひとつであったから、まさかこんな形で魔術を持ち合わせた子供がいることを知るとは、思いもよらなかった。
「⋯じゃあ、蕗狛と季はあの結界を破り、森の中に入っているかもしれないってことですか?」
「⋯かも知れません」
ずっと不思議だった。あの結界付近をウロウロしていた季は、あっけらかんとしていて、魔術団をみても何かを隠す素振りもなくぽかんとしていた。
魔術を使い森の結界を破り、中に入った人間であれば、罪悪感があるはず。
ただ、季は慌てることもなかった。
⋯なかったのだ⋯
魔術団をみても、驚くどころか「魔術団を知らない」と言ったのだ。
町中知っているはずの魔術団を⋯
『季は、季なのか?』ひとつの疑問が頭をよぎったが、今ここで口にすべきではないと、立葵は言葉を発するのをやめた。
「魔力を持った子が生まれた場合、町に届け出る義務があったろう?なぜ守られていないのだ」
「んなもんはマジで知らねぇよ。桜ばっちゃんの気まぐれだろーよ。なぁ、鈴」
聞かれたのは蕗狛の父、鈴である。彼は蘭とは双子で、桜の末息子の子供である。この従兄妹の中で一番下にあたる。
鈴と蘭の父は桜が五十歳の時の子供でそれはもう、物凄く可愛がられていた。「目に入れても痛くないわ」なんてサクラの口癖のひとつだった。
「そうだね、桜ばっちゃんが「そんなルールほっときゃいいのよ」って言ってたのは覚えてるけど、何でそんなことしたのかまでは⋯」
「鈴が知らないんなら、俺もしらねぇーよ。俺子ども居ないしなぁー」
そう言いながら、蘭は窓の外を眺めている。
「シマエナガじゃない?中に入るか?」
なんて呑気なこと。窓を開け涼みながら、蘭がどーでも良さそうに返事をした。
「何か嫌な理由でもあったんですかね」
「そんなの無いだろ。魔力持った子供が生まれるのは名誉な事だし、訓練をきちんと受けていけば、魔術団に入れるんだぜ?」
「そーだよねぇー?サクラさんはなんで届け出なかったんだろうね」
団長の後ろで団員たちが口々に疑問を吐いていた。
チチっと立葵の肩にシマエナガが止まった。
「団長、少し席を外させていただきます」
そう言い残し、会議室を後にする。
少し急ぎ足で角をひとつ曲がり、会議室から距離を取った。
肩に止まったシマエナガは翠の使い鳥で、長い尾っぽが特徴的な可愛い鳥である。
シマちゃんと翠は可愛がっている。見た目に反して、可愛いものが好きな翠な為、立葵しかこのシマエナガの存在を知らない。
そして、そのシマちゃんの足元には指輪が一つ。
立葵はそれを指にはめた。
「――開――」
と、唱えると、指輪に嵌っていた石の中から小さな翠が顔を覗かせた。
「あ、ちゃんと着いたんだな」
「あぁ、どうした?」
「蕗狛の事、調べたぞ。んで蕗狛はきっちり魔術使えるぞ、攻撃・防御もだ。よく出来たガキだよ全く。んであの一家、蕗狛を匿っていたみたいだな。それも桜さんの命令で」
「みたいだな。今蕗狛の親戚縁者が呼ばれて、蕗狛の母親、一蕗芭さんがそう話してくれたよ」
「蕗狛のは間違いないな。それと季の方だが、何の疑いもなく、一般家庭の子どもだよ。季は魔術を使えないし、大きな乱れひとつない家庭だ」
「そうか。季のほうは問題なさそうだな」
「あぁ。ただ、一つ面白い話を聞いたぜ」
「ん?なんだ?」
「団長なんだけどな、彼、歳をとってねぇみてぇだ」
「歳をとってない?魔術で老化は止められないだろ」
「あぁ。そんな魔術あったら禁忌だろーよ。でも俺がみつけた写真にも団長らしき人が写ってるんだけど⋯」
「なんだよ」
「この写真、百年前に撮られた写真なんだ」
「は?百年前だと?」
翠はズズっと写真を石の中から立葵の方へ押し当てる。そのまま現物が立葵の元へ落ちてきた。
「その写真の一番右端、その顔から髭を取ってみろよ⋯」
思わず息を飲んだ。どう見てもそこに映っていたのは団長であった。
ただ、翠の声も届かないほどに、辺りのことを気にするのを忘れていた。
「――立葵――!」
そう叫び声が聞こえた瞬間、後頭部から自分の体から発せられたことのない程に、鈍い音が響いた。
その後からの記憶はない。
「こんな所でスパイに会えるなんてアタシ感激ぃ!まぁ、少し黙っててくれるかしらあ?」