蕗狛と季
町の南西にある森のちょうど反対側。町長の家が建つ。
その隣には「町の魔術団」の基地がある。
あまりデカデカとはしておらず、ほかの町民が中に入ることはなく、活動自体あまり表立っていない。
中で何をしているのか、なんの施設なのか今、子育てをしている世代は知る由もない。また知っているであろう老人達も口を噤んだまま。そうして誰にも事伝えないままに時は過ぎていた。
基地内には懲罰房がある。数十年前はほぼ毎日使われていたという。理由としてはあの森に入ろうとしただけで懲罰行きだったからで、死者が出たとか出ないとか、あまり詳しい記録は無い。
懲罰房は全部で四つ。
羽目殺しの窓に鉄格子が付いていて、扉は鉄で出来ている。まぁまぁの重さを有する。
「まぁ、久しぶりに使うから錆び付いてますね」
ぎぃぃぃぃ。
旭が古びた重い扉を開けた。
埃が身を潜めていたが扉が開いたことで中に風が流れ込む。埃が空を舞って更に古さを演出した。
「埃っぽい⋯」
「掃除はしてないんでね。火着けておきますね―火―」
壁に数箇所、蝋燭が置いてありそこに火の玉が飛んでいき火が着く。すんなり魔術を使いこなすのはなんとも不思議な光景だった。
「さてと。こんなことしたくはないんですが、長さんが来るまで、ここで頭冷やしててくださいね、私も扉の前にいますから。あ、逃げ出さないでくださいね」
旭はそう言って懲罰房の扉を閉め鍵をかけ、見張りとして扉の前に座った。
別班と団長は蕗狛と季の親に事情を聞きに行っているらしい。まぁ、団長と言っても町長である。いわば兼任。
先程付けられた手錠はそのままに少しの窮屈と、埃っぽい部屋は季の頭を冷静にするには、丁度いいものであった。
「蕗狛、なんだろうなーこれは」
扉にもたれ掛かり腰を下ろした。眼鏡を外し眉間を摘む。手錠が前側だったのは不幸中の幸いだろう。少しは自由が効くが⋯深い溜め息をつき埃っぽさを再確認した。
ただ蕗狛の曾祖母の話が本当か確めに行こうとしただけ。確かに法律は破っていたが、まさかここまで大事になるとは思っていない。
町の歴史と本の中身が違う。これが気にはなる。
ただ今は窓の鉄格子から、見える月が笑っているようで憎らしい。ふと見上げた空に一羽の鳥が円を描くように飛んでいる。
「⋯だいぶ陽が落ちてたんだな」
――コンコン――
扉を旭に叩かれたのかと思い、重い腰を上げ扉の窓から覗くも見張りをしている旭の頭しか見えない。特に叩いた素振りもなかった。
「なんだよ。怖いわ」
幽霊とか無理!と、そのまま扉によしかかり座り直すと、コン!っと床に何かが落ちている。
「なんだ?石かな?」
床に転がったソレは石ころの様だ。そうこうしているうちに、手足がポンと出て、目が出てキョロキョロしている。
「うげ!気持ち悪っ!」
季が叫ぶと、「失礼じゃね?」と口まで出てくる騒ぎ。
「気持ち悪くなイ」
「いや、石ころだったんだぞ?気持ち悪いって!」
思わず大きな声で叫んでしまう。
「あの、煩いですよー!」
そこで見張りをしていた旭が扉を叩く。
背中の扉越しに叩かれたせいか背中が少々痛む。
「あ⋯すみません⋯」
小さな声で謝る他なかった。
扉から少し離れ反対側の窓の下に場所を変えた。石ころの変なやつもついてくる。
「お前のせいで怒られたぞ」
今度は小さな声でつぶやく。
「スマン」
「で、お前なんなの?」
「オレの方が年上ダ」
「⋯面倒くさっ」
「ふふ。緊張ほぐれたロ?」
「⋯ほぐれるわけないだろ⋯」
「それより、本題だ。さっき森の入口で話していた歴史と本の違うとこ、詳しく話セ」
「え?」
「時間が無いんだ、早く説明しロ」
えーこんな石ころに何話したってってなぁーと、内心思ったが、聴いてくれるなら石ころでもなんでもいいかな。と思って噛み砕き話す。
「町の歴史では「とある日森から光がさして四季の神様が現れ魔術師達に怒り、町から太陽と空を取り上げた」とあります。でも、桜さんの本には「収穫祭で魔術師が四季の神様を怒らせた。その為太陽と空を取り上げられた」となっています」
「で?」
「悪さをしたか、していないか。どうして重要なところが違うんでしょうか」
「積み重ねた怒りがあったとカ?」
「だったらそう歴史でやればいいです。怒りを売らないようにその悪さをはっきりしておけば繰り返しません」
「確かにナ」
「後、気になるのは桜さんの年齢です。人間より遥かに重ねていますし、あの人病気とか悪いところ何も無かったんです。なのに急に弱って亡くなったんです」
「病死とかじゃないのカ?」
「はい。蕗狛も不思議だとは言っていたんですけど、こんな町ですから医者もろくに居ないし、ちゃんと調べられてないんです。⋯知らなかったんですか?」
「あぁ、知らされたのは亡くなったことだけだ。お前はここから出るのに少し我慢な。あと本はもう諦めろ、多分長さんに渡ル」
「あの本は写しです。中も割と適当に書いてあるので」
「お前、誰も信じないだロ」
「そう、ですね。信じる相手は自分で決めます」
信じる相手を自分で決めることが難しい中、誰にも流されず、自分の信じた芯を頼りに生きる。言うほど簡単なことでは無い。
俺には言えるだろうか、宙ぶらりんなことばかりな自分に、そんな意思の強いことをそう思ったら、季は強いんだなと思った。
「そうか、お前は強いナ」
「あのっ、立葵さんですよね?」
突然の事、石ころの小さな目が大きくなり驚いているが、まぁ話の流れから、分かるかと思い、はぁと小さなため息をした。
「⋯さっきは怒鳴って悪かった。他の連中に内緒で動いてる事がボチボチあってナ」
「⋯いえ、俺の方こそすいません」
二人して小さくなり頭を下げあっている。少々異様な光景である。少しの沈黙が二人を包んで、最初の一言で沈黙を割ったのは石ころの立葵だった。
「桜さんが、いい加減なこと言うわけないんダ」
「え⋯?」
「あの人はオレらの恩師だから、疑うことはしない。桜さんが亡くなった時、オレらは隣町に派遣されてたんだ。それはオレらが町にいたらまずいから。だったのかもナ」
「え⋯町に居なかったんですか?」
「あぁ。オレらは葬儀が終わった後に町に着いた。だから最期に立ち会えていないんダ」
再び沈黙が懲罰房を包んだ。
「桜さんは、何考えてたんだろな。オレらはその本とやらの存在は聞かされていなイ」
「答えになるかは分からないですが、蕗狛が言ってたんです。変なことに巻き込みたくなかったから、黙ってたって。桜さんも立葵さんたちを巻き込みたくなかったんじゃないですか?」
「かもしれないな。」
石ころの立葵さんが、ふふっと笑った気がした。
「季、オレはもう戻る。長さんが戻ったみたいだ。暫く我慢⋯ナ」
「はい、ありがとうございます」
立葵は片手を挙げ軽く挨拶をすると、目や手足が消え石ころはただの石ころになった。
何とも不思議である。魔術なんて触れてきていない季にしたら不思議以外の何物でもない。先の蕗狛の時とはまた違う感覚。
「味方⋯で、いいんだよな⋯」
懲罰房の鉄格子越しに見る空には星すら輝かない。
誰が味方か分からない今、信じるのは自分の見たことだけだろう。そんなことをぼんやり考えていると蕗狛への言葉は間違いだったんだろうなと思ってしまった。
――きいぃぃぃぃ――
重たい扉が開く音で目を開ける。眩しい光が季を迎えた。
少しうたた寝してしまったようで、蝋が尽きた蝋燭は灯りをともしていない。懲罰房は暗さが支配していた。
「こんにちわ。季、久しぶりだな。さて、お話と行こうね」
そこには歳の割に背が高く、綺麗に整えられた腰まである長い髪を一本に束ね、杖をついた老人が一人。
「誰だ⋯?」
ニヤッと笑った老人が、持っていた杖で季の喉元を引っ掻くと、季はそのままその場にゴロンと倒れ込んでいた。
冷たい床にできた血溜まりに、優しい声で話しかけていた老人が季を酷く睨みつけるそんな顔が映っていた。
「お前に用はないんだよ」