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「季が式神ではなく人間として生まれることが出来るか。のついでになるけど、それも確認してきて欲しい。てのがロキの本心でしょ?」
蕗狛が翠の言葉を聞いて少し考えてそう呟いた。
四季の神様であるハートロキはこのアポトー町から離れることが出来ない。自分の目では確認できない。
それは、蕗狛も知っていた。
「俺は翠が来てくれるなら心強いけど、立葵はいいのかよ」
「あいつには、陽葵がいるしな。今の俺の『主』は蕗狛だから、お供しますぜー」
「だってさ、ロキ。俺らは、ここにいつ帰れるかわかんねえけど、行ってくるわ」
蕗狛はニコニコしながらロキをみた。
「心強いのはこっちかも知れないね」
ふふっと蕗狛が笑っていた。その様子を見ていた翠も思わず笑っていた。
次にここでこうやって笑い合う時には季も一緒でありたい。
「さーて、翠くん出発でもしますかねー」
「そうだな。立葵にも話さないとなー」
「立葵、泣くんじゃない?」
蕗狛と翠が屋上の扉を開け、桜たちのところへと向かう。
その背中は、いつか見た小さな背中ではなかった。
「蕗狛はもう小さな男の子ではないんですね」
「当たり前だろ。ロキはまだ寝ぼけているのかい?」
ロキがふふと笑い、隣にいた桜が笑って返す。
「よくバレなかったね」
「私の隠れの魔術はロキより上だからね」
「昔私が君たち精霊を巻き込んで、開催してた隠れん坊のおかげだろう?」
うっさいわ!と、ロキを小突いた桜が蕗狛の後を追った。
「翠、明日には出ようと思ってる」
「あ?明日だと?桜さんに話さないで出るのかよ」
「ん?いや、その必要は無いからでるんだよ」
翠は顔をひねる。
なぜ、さくらに言う必要がないのか、翠にはわからないままだったが、蕗狛が「必要ない」と言うのであれば、必要ないのだろう。と、あまり追及しなかった。
蕗狛はニコニコしながら含み笑いを浮かべ、食堂の扉を開け楸や柊たちに「晩御飯はなに?」などと雑談して回っていた。
出かける前のあいさつに見えた。
翠はそのままアポトー町へ戻り立葵にことの説明をした。なんともあっさりと「解った」と、一言だけ。
呆気なく返事がきて驚いたが、これからのことを考えるとここを離れてもいい頃だったと思う。
よく晴れた春の日。
旅路には丁度いい。蕗狛はおーばあちゃんから貰ったお守りを首にぶら下げる。
荷物はそんなに多くなくていい。魔術を使ってはいけないという縛りはない。邪魔になりそうなものは置いていく。
昨夜のうちに母と父には話しておいた。
「季に会えるまでは帰らない」
そう母には伝えた。
『季が式神では戻らないと聞いてからそうすると思っていたわ』
『広い世界が広がっていることを祈る』
二人とも当たり前のようにそう答えた。
一人息子がそんなことを言っても驚かないのは、おーばあちゃんの血筋……いや、そんなことは関係ないか。
たぶん解っていたのだろう。蕗狛は広い世界に出ていくと。
「んじゃあ、行ってくるわー」
「はい。気をつけなさいよ!いってらっしゃい」
一蕗芭の後ろから小さく手を振る父がいた。
最近は森までの道を魔術で行くが、今日は歩いていきたい気分。
今までには感じなかった春のにおいが鼻をくすぐり花の香りがあたりを包む。
夜は月が輝く中での酒は美味いんだろうな。とやっておけばよかったな。なんて思う。
これからの季節も気にはなるがそこはまあ、良しとしよう。
「あ、おーばあちゃん。ここにいたのか」
「ああ。ロキと見送りに来たよ」
桜とロキは森の入口に立っていた。
「うーす。みんな来てたのか」
「お前が一番最後だよ、翠」
「あ、おーばあちゃん。これ返すよ」
蕗狛は首にかけていたお守りをおーばあちゃんに返す。
「この中身は何だったの?お猪口とか、なんかの種とか」
お守りの中身をおーばあちゃんの手のひらに出した。
「あーこれは『花見』をするための道具だね」
桜は当たり前だろ?と言った顔で答えた。
「は?」
「私との約束だったんだ。夜に花見をするために『徳利とお猪口』と『小瓶』『種』を買ってきて欲しいと、頼んでたんだ」
「徳利とお猪口は解るけど、小瓶は?」
「ランプにしようと思ってね」
中に油を入れて芯を用意し、簡易的なランプを作って魔術では出せない温かみを出したかった。と、得意げに伝える。
「この種は?」
「これは……桜の樹の種なんだ。屋上に植えようかなと」
ふたりのあまりにも『普通』な回答に蕗狛はただただ呆れてしまった。いや、『らしい』といえば、らしいのかも知れないが。
「え、真面目なお使いを入れてたの?」
「あ、うん」
「ロキに渡せば、私が居なくても解るかなーって」
「……説明せぃ!」
「ふふ。でもこの簪は、持っておいき。お守りだから。ね」
桜は蕗狛の手にガラス玉の飾りと桜の飾りのついた簪を渡した。
「どこで使うんだよ」
「お守りだからね。持ってて悪いことはないだろうさ」
そう言われたら、お守りの重みが変わる。魔術が掛かっていてもいなくても、それはおーばあちゃんとの繋がりを意味するものである。
「この道をまっすぐ行きなさい。そうしたら『この世界の終わり』があるはずだから。その先は私もわからないよ。行ったことはないからね」
四季の神様が森沿いに薄っすら見える道を指差した。そこは今までは見えていなかった道。
春になり草木が生え見てた道であった。この世界から出るには『四季』は重要なものだったようだ。
「おーばあちゃん、もう死ぬなよ!」
「うっさい」
「あっ!ロキ、これも渡しておくよ、すっかり忘れてた」
蕗狛は、ポケットからガラス玉を出してロキに渡す。
「なんだい?これは」
「漆ってゆーベンタが創った式神だよ。捨てられなかったんだ」
「わかった、考えてみよう。蕗狛……」
ロキは蕗狛の手の甲に軽くキスをした。それを見ていた蕗狛は驚きを隠せなかった。
「なっんだよ!」
「私の加護があるように……」
「素直に受け取っておけよ」
恥ずかしがる蕗狛を茶化すように笑う翠の手にも、ロキはキスをした。
「素直に受け取ってく……れるんですよね?」
ロキはニコニコしながら翠を離してくれない。
「おーよ。俺はいいものはなんでも受け取る」
翠も照れながら返事をする。
そんなやりとりを見ていた蕗狛が頭を掻きながら翠に声を掛ける。
「翠っ行くぞ」
蕗狛は少し恥ずかしそうにロキに教えてもらった道を歩きはじめた。
その後ろをパタパタと追いかけていく翠に、ロキと桜は笑って見送った。
「さて。さくら、秘密基地で酒でもどう?」
「夜桜でも見ながら?芝の写真も持っていこう。今日は可愛いひ孫の門出だしね、芝に話したい事もあるしねぇ」
数珠繋ぎの世界。
それは球体の中に一つの国、あるいは町や村が入っている。
それは誰かが創ったか、それとも、もともとそういう創りの世界だったのか。
そんなことは誰にも解らない。ただこの世界はそれが理。
そのことを知るのはほんの一握りで、誰もこの小さな世界を抜けようと思ったことはない。
なぜならこの世界の全てを知らないから。
ただ、高度魔術使用者の間で囁かれるのは、いつか数珠繋ぎの世界が崩壊しひとつになるのではないか。という事。
本当に自分の世界の他に世界が広がっているのか。と、いう事を確認したくなる者が行動に移すこともいつかはあっただろう。
「なーあ、すーい!足痛くねぇ?」
ロキの言う道をひたすら歩き続けていた蕗狛がダラダラしながら翠に文句という名の同意を求めていた。
ただひたすらに長い道はそれなりの苦痛になっていた。
「は?」
「足の裏痛くねぇ?」
「だいぶん歩いたからな。飛べばいーんじゃねぇの?」
呆れた翠も、蕗狛の考えていることはなんとなくわかった。魔術は使っても問題ないのであれば、存分に使えばいい。
むしろ今までよく何も言わず『魔術師』なる者が歩いていたなと、思うほど。
その言葉待ってましたと、言うほど目を輝かせた蕗狛が、すかさず蕗狛が魔術を唱える。
「――翔――」
魔術を唱えると、辺りの風が蕗狛の周りをグルンと一周し、空高くへと連れていった。
「相変わらず自己魔力だけで、安定してるなー。まぁ、そんなやつを主にしているんだから、頼もしいな。――蕗狛、お力お借りします。――翔――」
翠も蕗狛のところまで舞い上がる。
上空には雲ひとつなく、晴天とはこのことだろう。太陽の陽の光が町に降り注いでいるのがよくわかる。
樹々は少しの風で揺れて、家々の煙突からは炊事の煙が上がり、活気に満ちていた。
森の中もまだまだ荒れてはいるが、そのうち四季を取り戻すのだろう。
「この森が四季折々の表情を見せるようになった頃には、戻ってこよう。その時は三人だ」
蕗狛は目の前の大きな扉を桜から貰った鍵で開けた。
一部 ――[完]――。




