願い
陽葵からの手紙に、泣き崩れる立葵と翠を慰める桜。その周りをうろうろ、どうしたらいいか迷う椿に楸。
ここの精霊たちは心穏やかなものが多いらしい。穏やかだが桜の「泣くな!大丈夫だったろう」が何回部屋に響いたか。それをみて柊と四季の神様が笑っている。
泣きはらしたところで、さすがに腹が減ったと、精霊たちによって夕飯の用意がされ、城では大きな宴会が始まろうとしていた。
「一蕗芭たちはよかったのかい?」
「あの子たちはあの子たちでやってるさ。ベンタの封印のことは伝えてあるしね。まあ、こっちが綺麗になったらそのうちくるでしょ」
「君らしいね」
翠も立葵も目を腫らしながら、嫌というほど柊と椿にお酒を飲まされ、蕗狛を追い出した布団に転がっていた。
柊も散々お酒を飲み翠の上で酔いつぶれていた。
翠は柊の重さで、難しい顔をしているが、起きないところを見ると大丈夫なんだろう。
椿と楸は明日の仕込みだと、桜を引っ張りながら、張り切って台所へと向かって行った。
夜風がふわりと流れて、涼しさを覚える。月明りでも十分手元が見える。そんな経験はいままでない。
これが『空』を感じる。と、いう事なんだろう。
目に見える傷はいくらでもどうにかなる。そんなことは簡単なのかも知れない。
ただ、見えない傷も確かに存在していて……。
ここに居て欲しい人はいない。しかし探すこともできない。桜に頼んで創ってもらうのも話が早くていいのかも知れないが、それはしたくなかった。傷でさえまともに『引き受ける』ことが出来ず、守ってもらってしまった。
騒がしいみんなの声の中に入れるほど大人ではなくて、八つ当たりできるほどの子供にもなれなくて。
『蕗狛、そのままでいいんじゃないかな。君は今必ず答えを出さなくてもいいさ……やりたいようにしなさい』
そう頭の中に流れ込んできた。昔夢で見たあの時と同じように。
「……なんでも解るのかよ」
「私、神様なんでね」
蕗狛が座っていた椅子の肘掛けに四季の神様が腰を下ろし小さく囁いて笑っていた。
そんな顔をされては、憎まれ口さえ言えない。蕗狛も笑って返す。
「なにか後悔でもあるのかな?」
蕗狛は手元にあったお酒を傾ける。『何か後悔があったのか』とは、なんともずるい聞き方をする。
『後悔』がない生き方の方が難しいだろう。
「神様は意地悪ですね」
「そう?後悔や不安は口に出して、誰かに聞いてもらうといい」
そうですか?と目で言いながら、お酒を喉の奥に流し込み、ひとつ伸びをした。
「俺は誰も傷つけたくない。それは四季の神様から『治癒』の魔術を借りた時から、ずっと。だって俺の傷は治せるのに、相手の傷は治せないんだよ。最初はロキを恨んだよ。でも途中で考えを変えたよ。危ない時は隠して、手の届かないとこには行かないようにしていた。誰かがこの手から離れるのが嫌だったんだ。それは俺の我儘。守ってるふりして縛ってたんだ。でも……もんなのは……」
「蕗狛の我儘だね。それも最大級の」
「だな……気が付いたら、だぁーれも守れなかった。ここに来られたのも、俺と柊だけ。ベンタの仲間でさえ捨てきれなかった。一番ここに居て欲しかった季がいないのも、俺のせいだろうな」
蕗狛は俯きながら空になったお猪口を眺めた。
「ここに柊が来れただけでもすごいさ。それに、季は……」
「おーばあちゃんに頼めば、また式神として創ってもらえるんだろうね。でも、俺は……季と同じ時間を過ごしたい」
式神は精霊と同じく、時間の流れに反し歳をとることはない。『同じ時間を過ごす』という事は、季を式神ではなく『人間』としたい。もしくは蕗狛が式神になるか……。人間が式神になる方法はないので、季に『人間』になってもらうしかないが、そんな方法は聞いたことない。
「つまりは季を人間にしたい……ということ?」
「俺は式神にはなれないからな」
「ふふ。ずいぶんと我儘だな」
「季に関しては、確認済みだ。前に『式神なんて主が死んでも生きていなきゃなんない。そんなのは悲しい。だから俺は人間でよかった』って言ってたんだ。まぁ、本当は式神だったけどな」
「そんな話があったなら季を人間にしても怒られないね」
「まーそんな魔術は知らないけどなー!」
四季の神様は少し寂しそうに笑い、蕗狛のお猪口にお酒を注いだ。
方法を知らないと言えば蕗狛をここにとどめて置ける。そして一番の願いを申し込むこともできる。しかし、その願いは蕗狛を縛り、季にはたぶん二度と会うことはできないだろう。
口にしてしまえば、蕗狛はその『願い』を聞き受けてくれるだろう。四季の神様は深くため息を吐いた。
「式神を人間にする方法、つまりは魔術……は……存在するよ」
「……え……?」
「ただ、私は知らないんだ。一回解除された式神を今度は人間として呼ぶんだ。そんな魔術は私は見たことはない。ただ……」
「……ただ?」
「この世界は数珠つなぎになっているという話で、この世界ではない別の世界でその魔術を完成させたという話を聞いたことがあるんだ」
「は?数珠繋ぎだと?」
今居る世界とは別の世界が存在すると思うか。それは人それぞれかもしれない。
しかし、四季の神様は『この世界ではない別の世界でその魔術を完成させた』と言ったのだ。
そんなことを、はいそうですか。と、飲み込めるわけもない。不思議な顔をして何も言わなくなった蕗狛に四季の神様が話を続ける。
「蕗狛はアポトー町の外には行ったことはあるかい?」
「いや、ない」
「周りの町は桜が全滅されている。じゃあその他の町は?国はないのかい?山々の向こう側は行ってみたかい?」
「……いった事はない……出ようとも思わなっかった」
「地図は見たことある?」
「アポトー町のなら……」
ふふ。と、笑って四季の神様が魔術を唱えた。
「――地図――」
バフンと、大きめの地図を出し、指をさす。
「ここが、アポトー町。でこの先のここが、全滅し今は何もない町。この隣もそうだね。で……このさらに先は、ひたすら森が続いてるだけ。まあ途中に川や山もあるけど、何もないんだ」
地図は魔術で出したもので、拡大も縮小もできる優れもの。この地の記録できていて、アポトー町周辺から、周囲約千キロは載っているもの。
「この世界には俺らしかいないって事?」
「いないかも知れないね。誰もこの先に行ったことがないから、確かなことは言えないんです。私はここを離れることはできない。だから真実を知るには誰かが見てきてくれないと、知るすべはないんです。でも、別の世界には季を『人間』に出来る魔術が存在している」
「この先に行けば……少し考える時間をくれないかな」
「そうしなさい。さ、私も休むよ。おやすみ、いい夢を」
「あぁ、ロキも。おやすみ」
――パタン――――。
「いいのかい?ロキ」
「なんだ聞いていたのか。盗み聞きとは」
「そんなことより……蕗狛をここから……」
桜が言いかけたが、途中で遮った。
「いいんだ。私もここに戻ってこれたし。『狛犬と獅子』には季も必要だし、まだ時間はあるさ」
「私の魔力が足りないがために、季が戻れていなかったんだね」
四季の神様は、仕方ないさ。と桜の頭を撫で、自室へと戻っていった。
桜の創った式神は一旦、消滅はするものの、また式神として戻ってくるものだったが、季を創った時すでに桜の魔力は足りず、完全体ではなかった。その為季は、今存在できていないのだ。
狛犬と獅子をこの城に置くことで四季の神様の魔力の底上げをし、アポトー町全体を守ることが出来る。
しかし、獅子である季が居ないのは蕗狛に負担がかかるのは明らか。
ここに縛り付けるには早すぎるとの気持ちもない訳ではなく、すべては蕗狛が決めることで決めるのを待つことにした。




