準備
目の前に懐かしい顔、優しい声が耳をくすぐる。
その姿は、最期に見た姿と何も変わらない。
「なんだよ、おーばあちゃん……クソ元気じゃねーか」
蕗狛は思わず、おーばあちゃんの胸に飛び込んだ。桜の香りがするおーばあちゃんの腕の中は暖かくて、気持ちのいいものだった。
「蕗狛、怪我はないのかい?ほかのみんなはどうした?」
「おーばあちゃん、苦しい!苦しいって!それに一気に聞きすぎ」
数日ぶりのひ孫は可愛くて仕方なかった。頬をぷにぷにと触り、怪我がないか気になる桜は蕗狛のあちこちを確認した。
「あ!そうそう!やらないといけないことがあってさ」
そう言って蕗狛は桜から少し離れて、首から掛けていたネックレスのガラス玉から眠ったままの翠を出し、指から指輪を回収した。
「翠はいい奴だから死んだりしてほしくなくて、でもこれしか方法がなかったから。おーばあちゃん、会えてよかった……大好き」
「蕗狛……?なにを……」
不思議そうに蕗狛をみた桜に、にこっと微笑んで、翠から取った指輪を嵌めた。ぐっと嵌めた瞬間、瑠璃色の光が何体もの龍に姿を変えて蕗狛目掛け噛みついた。嚙みつた龍は蕗狛の体に消えていった。
そのまま蕗狛は倒れ込んだ。
桜が蕗狛に近づくと、息は辛うじてしているのを確認したが、目は開かない。
「この子は何したんだよ!」
状況が掴めないままの桜。そこに目を醒ました翠が駆け寄る。
「蕗狛大丈夫かっ!」
「お前、翠じゃないか!何があった!」
「蕗狛を主に変えたんだ。契約しなおした。そんで蕗狛の持ってたガラス玉に入ってたんだけど……治るはずのない傷がなくなってたんだ……」
少し考えた桜は頭を抱えた。
「バカ孫だなそりゃ……いや、ひ孫か」
「桜さん、そんなのどっちでもいいです」
「あ、そうだね。全く。完結に話すと、翠が受けた傷を自分が引き受けることで、翠の傷を治したんだ」
「は?」
「そのためには、蕗狛が翠の『主』である必要があったんだよ。四季の神様が主ではできないからね」
「蕗狛は大丈夫なんですか?」
「どうにかするしかないだろうさ。全く。戻ってきてすぐ死なれちゃ困る。蕗狛にはまだやってもらわないといけないこともあるんだ」
桜は頭に刺していた簪を取り出し、くるんと回し自分の背よりも長い杖に変えた。杖にはたくさんのガラス玉がついていた。
「――吾、汝の主なり。その不要な物譲り受ける――賜――」
――ざざぁぁぁあ――。
桜の花びらが蕗狛の体を包み込んで体が浮きあがっていた。
「蕗狛、お前はまだそっちには逝かせないよ」
ピクっと指で返事をしたように見えた。
桜は蕗狛の体に持っていた杖で腹部を触ると、ガラス玉に瑠璃色の煙が集められていった。
ふわっと体が下ろされた。
「蕗狛!」
翠が駆け寄り、体を支える。
「ほっときな、その馬鹿はそのうち目を醒ます。ベッドにでも運んでくれるかい?翠お茶でも飲みながら色々聞かせてよね」
翠は蕗狛をベッドへと運んで桜の指さす椅子に腰かけた。
「あの、桜さん、今は何をしたんですか?」
「私の持っている杖にガラス玉がついているだろう?その中に傷を閉じ込めたのさ。まぁ、このままにはしておけないけど、ロキがなんとかするだろうさ」
桜は少し呆れた顔をしながら蕗狛に布団を掛けてお茶を入れ始めた。部屋に暖かな時間が流れていた。
――バン!
勢いよくドアが開き、立葵をはじめ楸や椿が桜の部屋に入ってくる。
「これ、お前たちうるさくしないで」
四季の神様が声を掛ける。
「ロキ、なんだってみんなで押しかけて。少し静かにして……」
「桜!生きてた!百年ぶりじゃないか」
楸や椿が桜に飛び込んでいた。その奥で恥ずかしそうに立葵が桜に声を掛けた。
「桜さん……」
「おいおい、マジか。お前たち泣きすぎだ!立葵まで!なんだってんだい!」
最期を見ることが出来なかった桜が今、目の前にいる。それはどんなに嬉しいことか。思わず涙が流れた。
ざわざわと桜の周りにみんなが集まり各自、話したいことを次々と話している。
そんな中、立葵の背中をそっと押す四季の神様。そのまま机のところを指さす。
桜の周りを囲むみんなに押し負けている見覚えのある男を見つけた。
「翠!」
そう名前を呼ばれた。聞き覚えのあるその声は、大切な人の声だった。
「た……き……?」
思わず翠の頭を撫でていた。
「どこ行ってたんだ……よかった。ほんとに」
「蕗狛が助けてくれたんだ。負った傷を全部引き受けてくれた……主を蕗狛に変更までして……」
「主の変更なんてできるのか……」
そんな魔術は聞いたことない立葵が驚いて聞いた。しかし使えないものを説明はできない翠。二人は目をまん丸くしていた。
「できるよー。特に蕗狛はもともと魔力が強いからね。それに桜から魔力を貰ってたから、私の創った精霊たちよりも強いかなぁ」
話を聞いていた四季の神様がお茶片手に話に補足をしに来た。
「四季の神様……主の変更なんてできたんですね……」
「ロキでいいよ。そうだね。魔力があって魔術が得意な人間にも出来るみたいだね。蕗狛が初めてじゃないかなぁ?あの子は特別だからね」
「蕗狛が特別……?」
蕗狛がなにか自分たちと違うこと言えば、魔力量くらいだろう。しかし、さっきの桜にしろロキにしろ『特別』なのはよく解るが……今聞いても解らない事だろう。正直、そんなことよりも他のことの方が気になる……。
「まぁ、君たちにも力を借りないといけないかもしれないよ?」
「僕たちなんて……何もしていないです」
「何も?そんなことはなさ」
「そんな……」
二人は失くしたものが大きすぎた。素直に礼を受け取れなかった。
そんな二人の顔を見て、ハートロキは訊ねた。
「何か困ってることはないかい?」
「え……」
「困ってることだよ。ない?」
そんなことはできない。解っている。しかし確認はしてもいいと思うんだ。神様に縋りたくなることだってあるじゃないか。
立葵が聞きそうにないため、翠が質問をした。
「あの……死んだ人間を生き返らせることなんて……できないですよね……」
「死んだ?」
「はい……黒魔術の犠牲になったんです」
「陽葵だろ?」
話に割って入ってくるのは騒がしいみんなから抜け出した桜だった。
「……桜さん」
「全く、出来のよすぎる弟子には手が焼けるよ。陽葵は生きてるよ。今は一蕗芭のところだろう。まだ目は覚ましてないだろうけどねぇ」
持ってきたお茶を三人に差し出す。
四季の神様は桜に押されて椅子へと腰かけ、三人のやり取りを頬杖を突きながら楽しそうに見ていた。
「どうして……」
「代償にって話だろ?そんなの払う必要がないからさ。ただの双子の場所を入れ替えるだけの魔術。そんなんでいちいち死んでたらたまったもんじゃない。ベンタの考えることだよ」
「でも……どうやって」
「そんなの、先に立葵と陽葵に魔術を掛けておいたのさ。そんなバカげた代償を払わなくていいようにね」
立葵は自分の体を触ってみるがどこかに何かされたと言う形跡はなかった。形跡なんて残るはずがない。桜は『魂』自体に魔術を掛けていたのだから。桜は詳しく話をしないが、何かに『守られている』感じはあった。きっとそういう事なんだろう。
カツンと、窓を何かが突く音がした。
外を見ると、そこには翠の使い鳥であるシマエナガの姿があった。
「シマちゃん……?」
翠は驚きながら窓を開け、シマちゃんを中に迎え入れた。足には手紙が巻かれていた。
ゆっくりと開けると中には、少し震えた字で手紙が書いてあった。
『お兄ちゃん、翠君。陽葵は元気です。一蕗芭さんたちと帰りを待っています。帰り道気を付けて。 陽葵』
魔術ではなく『手紙』。それは陽葵が立葵に何か欲しいと、甘えるときの兄妹の絆のやり取り。
「桜さん、本当にありがとうございます!」
「今回のことで、誰も犠牲になってほしくなかったんだよ。準備は万端にしておかないとねぇ」
桜は笑って返した。
出来る準備はしておきたい。その過程で自分に何かあっても。




