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約束の終わり

 声にならない柊の声はどこまでも響ていた。

 蕗狛を責めることはできない。『刺し貫け』と、命じたのは四季の神様本人だったのであれば、それはしてはいけない。

 しかし、そんな約束……知ったことではない。


「いくら約束だとしたって、そんなことしなくても!」


 柊は蕗狛の頬を叩いていた。

 精霊の小さな手で蕗狛の頬が赤くなるほどに。


「約束は約束だ。ただし刺し貫いたそのあとの約束はない。なら俺が約束の果てに付け加える」


 蕗狛は、叩いたことを怒ることもせず、そう呟いた。

 そして蕗狛は魔術を唱えた。

 

「――(われ)、お借りしていた『治癒』お返しいたします――返弁(ヘンベン)――」


 蕗狛は魔術を唱えた、その手で四季の神様の穴の開いた腹部を撫でた。そしてさらに魔術を続けた。


「――(タマシヒ)に願いますは、今一度(われ)()ゆ事をお(ゆる)しください。――羽衣草(アキレア)――」


 四季の神様の腹部が光輝き、傷口がふさがった。

 それを確認した蕗狛は魔術をまた発動する。


「――皐玖楽(サクラ)、力借ります――事治る(ことなほる)――」


 ザザアアアアアアアア――。


 部屋中に淡い桜の花びらが舞い、四季の神様の体を覆い包んでいた。

 ふわりと、風が吹いて桜の花びらが窓から、外へと消えていった。


「何が……起きた……?」

「確かに、四季の神様は目を醒まさない。と言ったけど、やることをきちんとやれば、そんなこともないんだ」

「やる事……だって?」

「そう。もともと『治癒』は四季の神様の魔術だから、返したんだ。そんで、本人に代わってその魔術を発動させる。これでさっきの傷と百年前にベンタから受けた傷も完治。あとは、本人がこの体に戻れるように道筋をつけて……待てば」


 そう言うのとほぼ同時に、ゆっくり四季の神様の体が起き上がる。


「体が……軋む……なぜここに戻れた?」


 いつも聞きたくても聞くことが出来なかった、大事な人の懐かしい声。そこに確かにいて今その声が小さく揺れる。

 なんて心地のいい声だ……。

 

「四季の神…………ハートロキ……」

 

 その声は震えていた。もちろんそれは嬉しさの為。声のする方を見ると、小さな精霊が居た。

 昔、秋の精霊として、仕えていた可愛い柊。

 

(ラギ)!」

 

 その懐かしい声はまた自分の名前を呼んでくれているなんて。

 その声の主の腕の中に飛び込んでいた。

 

「なんで精霊の姿なの?大きくなれるように魔力あげたよね?大変だったんだろうね、ごめんね」

「そんなのいいんだ!だってこんな……!」

 

 また泣き出した柊は、意外と泣き虫のようだ。

 蕗狛は出窓に腰を下ろしうまくいってよかったと、優しく二人を見ていた。

 ただ……二人を見ていると、自分も会いたくなる。窓の向こうはまだ曇り空で、自分の気持ちと同じように見えた。

 

「おーばあちゃん、四季の神様のこと戻すことできたよ……約束、守ったよ……でも……季が居ないのって…………きっついね」

 

 蕗狛は手の平を見つめて軽く握り、俯きながら、頬を流れた涙を拭いた。

 

「蕗狛、だろ?」

「え……」

 

 焦って顔を上げると声の主は四季の神様だった。

 蕗狛のところへ来て、声を掛けてそのままおもむろに頭を下げた。

 

「な、何してんですか!」

 

 柊が焦って止める。蕗狛も思わず出窓から飛び下りて四季の神様の腕を掴んだ。

 

「あの、そんなことは!」

「助けてもらったんだ、当たり前だろう」

 

 助けたと言ったって、柊以外の精霊はいないし城もボロボロにしてしまったわけで、礼なんて勿体ない。

 

「なんていったって、こんな話に三歳から付き合わせてしまった……」

「あ、いえ、本当に気にしないでください。おーばあちゃんから頼まれていたこともあったんで……それに、椿や楸……榎もここに来るまでに……」

「あの子たちは精霊だから、また創るさ。城もこんなの痛くない。それより、君のそこにいる子たちの方が私は心配だけどな」

 

 四季の神様は、蕗狛の首に掛かっている硝子玉を指さして、ベンタを封印した魔剣も指さした。

 ベンタは封印したらそれでいいのか少し疑問だった。

 

「あの、この魔剣はどうするんですか?中にベンタが封印してはあるんですが、これでいいんですか?」

「封印してくれたんなら、あとは審判者に委ねることになるかな」

「審判者……ですか?」

「そう。神の世界も厳しくてね。ベンタは部下を使って人間から魔術を集めていたでしょ?それは人間界の秩序を乱した。本来アポトー町はもっと発展していたはずだから、その代償は払わないといけないから」

「あの、ベンタの部下として創られていた式神たちはどうなりますか?」

「んー私が引き受けようかな」

「ちょっと待ってください!私はそんなの嫌です!」

 

 柊が必死に抵抗しているが、四季の神様は何をさせようか楽しそうに悩んでいた。しかし相手にされない柊はますます怒っていた。

 怒るというよりは、構ってもらっている。こっちの方が正しいかも知れない。

 緩やかな時間が過ぎていた。柊は四季の神様にべったり甘えていた。

 

 

「さて、まずは城を直しましょうか――創造(ザウクヮ)――」

 

 四季の神様は、手を合わせパチンと叩き手を広げた。広がった手のひらに瑠璃色の光る球が現れ、天井を突き破り空まで飛んでパン!と弾けて四方八方へと飛んでいった。

 

 ズズン!

 

 と、大きな音と共に城や中庭、西塔に蕗狛が大きな穴を開けた屋上までもが、綺麗な形に建て直しされた。

 

「こんな感じかな」


 四季の神様は、得意げに新しく創った柱をまじまじと見つめた。

 

「あの!俺、おーばあちゃんと約束したことがあって……」

「蕗狛は約束沢山だね。私に関係あるのかな?」

「はい……アポトー町の空と太陽返してくれませんか?」

「んー関係しかなかったねぇ」

「秋の収穫祭であ…………」

 

 しぃっと、四季の神様は蕗狛の口を人差し指で塞いだ。

 

「返してあげよう。私もこんなに長く取り上げてしまうつもりはなかったんだ。――吾が取り上げし青雲(せいうん)()の精よ、今一度町にその恵みを――c0c6c9(はいあお)――」

 

 四季の神様は手に現れたガラス玉をひと撫ですると、ガラス玉の中で煙がグルんと、まわっていた。

 そのガラス玉をアポトー町の空に向かって投げた。

 結界内の雲の間を抜けていく、その姿は綺麗な放物線を描き希望の流れ星のようだった。

 ぱぁっと淡い光がアポトー町の上空を照らし雲が割れ、青空が広がって太陽の暖かい光が町を包んでいた。

 それは、結界内で見た秋の空よりも美しく綺麗なものだった。

 

「これで季節が動き出すよ。本来なら今は冬の終わり頃だから、これから色んな植物が芽吹き始めるよ」

「いきなりそんなに色々変わることって……」

「なに、今まで眠っていたものを静かに起こしてあげるのさ。時間をかけてね。この結界もじきに崩壊していくだろう。もともとはないものだから」

 

 結界は四季の神様を氷漬けにした後、ベンタが張ったもの。ベンタが封印された今、その魔術も消えていく。

 

「あ、そうだベンタの式神も私の魔力で創り変えないとまずいんだ。(ベンタ)の封印後、半日はまだ魔力が残っているんだけど、それを過ぎたら、消滅してしまう」

 

 蕗狛は硝子玉から紺と立葵を出した。

 

「立葵の傷は治りますか?」

「その辺もやっておこう。蕗狛、疲れただろう?少し休んでくるといい。私の部屋をでて右に曲がってすぐの部屋を使うといい。鍵は…………ね」

 

 四季の神様が蕗狛の心臓を指さし、優しく微笑んだ。そんなところに鍵なんてないのにな。と、思いながら言われた通り部屋に向かった。そこは、そんなに大きくない可愛らしい部屋だった。

 

「鍵……なんて……」

 

 蕗狛は、少し困って何かを考えた。四季の神様が指さしたその意味を。

 

 ――心臓は出せないし……ココロ……?今更心のままに。とかいうのか……。

 ――あぁ……そうか――。

 

 おーばあちゃんからのお守りの簪を取り出した。何個もついていて硝子玉のひとつが光って見えた。

 その硝子玉を簪から外し、魔術を発動する。

 

「――汝は美しい、その先も、見たいんだ――亀裂(クラック)――」

 

 ピキッ――。

 

 硝子玉が割れて中から桜の花びらの飾りのついた鍵が現れた。手の平に出すとそのまま元の大きさになる。

 蕗狛は、その鍵をそっと鍵穴に差し込み、鍵を回し開いた扉を――開ける。


「なんだ、遅かったねぇ。ありがとう蕗狛」


 そこには、淡いピンクの髪をひとつにまとめ、お団子頭で硝子玉飾りの付いた簪を刺した桜が、優しくこちらを見て微笑んでいた。

 

 

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