夢の約束
「四季の神様の命だと?」
桜は四季の神様に、一番初めに創られた精霊で、一番魔力も強く、信頼も厚かった。そのため色々な命令、即ち任務があった。内容は他の神のところへ赴くなど多岐に及び忙しくしていた。そこは柊たちの入る領域ではなくどんな命令を受けていたかまでは知らなかった。やり残した命令があったとは。
「そう。おーばあちゃんが果たせなかった命のひとつ、新月王ベンタの封印なんだよね」
「桜は何個、命令受けてたんだよ」
「全部でみっつ……かなー?……さて、行こうか」
そう言って蕗狛はボフンと、自分の傷を治してから、地面に転がっている首にかけていたガラス玉付きネックレスを拾い上げて、城を指差す。
「あっち、行こう?」
「え、あ、待って!」
柊のことはほぼ無視して、魔剣を軽々持ちズンズンと進んでいく。
城の真ん中は崩れてほとんどない。瓦礫の中さらに足を進めると、途中に階段が見えた。
「ここ登るから」
蕗狛が指さす先は三階建ての城、上部に位置する場所。しかし、そこまで登るのは容易ではない。
なぜなら目の前には、瓦礫の山……ここを登るなんて普通の人間は考えないだろう……蕗狛を普通の人間と言ってはいけない。そう頭では解っているが、一応「無理」であることは伝えたかった。
「は?こんなところ登れるかよ!無理じゃん」
「無理なら着いてこなくていいけど、どーするー?」
柊に聞きながらも蕗狛は楽しそうに階段を登る。左側の手すりが崩れ今にもそのまま崩壊しそうなほど。
こんなの無理だよ、怖ぃんさあ!とブツブツと文句を言う柊は、ふと、あることに気づいた。
「……俺は飛べばいいじゃん!」
自分が精霊の姿であることにやっと気づいた柊は、蕗狛の頭を軽々と超えて「お先っ!」と、飛んでいた。
「あ、気づいたの?」
ふはっと笑って蕗狛も魔術を使い、階段の先へと向かう。
城内部は崩れていて、瓦礫の山なのに、なぜか塔に続く階段だけは残っていて、その先の塔もしっかりとあった。
それはそこだけ傷つけることを禁じたかのように。
蕗狛たちは、階段の上に辿り着き辺りを見渡し、目的の場所を探す。
「なぁ、蕗狛どこまでいくんだよ」
「目的地はね……ここだよ……」
蕗狛が指差したのは、部屋の前全てが凍り、どうにも開きそうにもない。そんな扉の前だった。
「なんだよここ……」
「ここはね、『四季の神様のいる部屋』だよ。四季の神様は百年前、アポトー町からこの城に戻ったんだけど、待ち伏せしてたベンタに……氷漬けにされた。そのあと、この部屋に閉じ込められた。閉じ込められた時、柊達はいなかったんだろ?」
「あぁ。目の前でベンタに氷漬けにされたのまでは見たんだ。でもそこから先はわからなかった……こんなところに……いたのか……」
「開けるね――皐玖楽、力借ります。――開――」
蕗狛が魔術とともに、桜から預かっていた簪の鍵を取り出して、空に現れた鍵穴に差し込み回した。
――ガチャン――。
鍵が開いたのと同時に、氷が四方へ散り散りになり蒸発して消えた。
氷の中から部屋の扉が現れる。
「この先に四季の神様がいるんだなっ!」
柊が扉に飛びつくが開いてはいない。
「なぁ、蕗狛開いてないよ?」
「そりゃ、開けてないもん開かないさあ。ここの鍵は、こっち」
魔剣の取手に付いてた飾りを引っ張ると鍵がひとつ現れる。扉にある鍵穴にグッと鍵を差し込み回すと、ガチャンと音がして開く。
――きぃ――。
蕗狛は思いっきり扉を開けると、中には氷漬けにされた『四季の神様』の姿があった。その神は冷たい氷で出来たベッドに横たわっていた。百年そのまま時が止まったままに、最期に見た『四季の神様』のままだった。
もちろん歳をとるわけではないが、一瞬で百年の時を戻ったかのような感覚。
「四季の神様……ごめんなさい……百年も待たせてしまって…………」
柊が四季の神様へと近づき四季の神様に触れるが、その頬は冷たい。
百年氷の中に居れば冷たくもなると思う柊は温めなくてはと魔術を発動する。
「――主様、お力お借りします――灯火――」
ボボボ……。
四季の神様の周りを小さく暖かな灯火が囲み部屋を暖め始めた。早く目を醒まさないかと柊は顔を覗き込んだり、頬を撫でたりしながら待っていた。
「早く、起きないかなぁ。起きたらまたみんな創ってもらいたいしなぁー。榎は今すぐって訳にはいかないかも知んないけど、いつか創ってくださいね。そうだ、聞いてください!四季の神様、桜がひ孫を俺らんとこに来るようにしてくれてて、そいつがまたいい奴でさぁ!」
そう言って暫くまだ起きていない四季の神様に話しかけていた。子供が親にその日あった出来事を余すことなくに全て聞いてほしいと言わんばかりに、無邪気に。返答のない自分の大切な人に時間の許す限り。
部屋の氷が柊の『灯火』でだいぶ溶けて、窓から夜顔の花畑が見えた。
柊はまだまだあると、思い出話を四季の神様に話して聞かせていた。そんな柊を少し離れたところで蕗狛は黙って見ていた。
話に入ることもせず、いつ終わるのかと聞くこともせずにずっと、ただただ聞いていた。
もしかしたら、解っていたのかも知れない。この部屋に入ってからずっと。四季の神様がもう微笑んでくれないと。ただ、誰かがその『事実』を伝えてしまえば、受け入れなくてはいけなくなる。
嫌でも『事実』として、理解しなくてはいけなくなる。
「なぁ、蕗狛……四季の神様は目を……醒まさないのか?」
涙を堪えながら、柊は『事実』の答え合わせをすることを決め、四季の神様の冷たい頬に触れながら、蕗狛に声掛けた。
黙って柊と四季の神様の会話を聞いていた蕗狛は、そっとベッドに腰かけた。
「目を醒ますことは……ない」
「そうか……理由を……知ってたり……するか?」
大粒の涙は拭いきれない。四季の神様の頬にその涙が落ちては頬を伝って流れていった。
それはまるで四季の神様が泣いているかのようだった。
「四季の神様、ハートロキは百年前アポトー町の『秋の収穫祭』で魔術師に怒って『青空と太陽』を取り上げたんだけど、オウを追うように命じた桜に魔力を渡していたんだ。でも、それはこの城に戻ればすぐに回復できるものだったんだ。
でも……ここに戻る前、ベンタからの攻撃を受けた。柊たちと戦った時にはすでに魔力は半分だったんだ。そのまま戦うこともできたんだけど、みんな四季の神様との契約の元魔術を使っているから、魔力を切らすわけにはいかなかった。だから……」
「わざと氷漬けにされたって事か?」
「あぁ。そうすることで魔力が切れることを防いだんだ。ただ……桜が町中の魔力を集めていたのは予想外だった。桜が彼を見つけ出すのにこんなに時間が掛かるとは思っていなかった。さすがに百年は魔力も持たず、十三年前消滅したんだ」
「十三年も前に?なんでそんなこと蕗狛が知ってんだ」
その質問にも答えなくてはならない。
隠しておけるほど小さい話でもないし、この話はしなくてはいけない。
「それは、十三年前……俺が三歳の時に夢に出てきたハートロキが教えてくれたんだ」
蕗狛、三歳の少し暖かくなったある春の日のこと。
おーばあちゃんと魔術の稽古で疲れ切ってご飯の途中で眠りについた。
その神様は、突然夢に現れた。
『蕗狛、こんばんは。私は四季の神様のハートロキです。君のおーばあちゃん桜の生みの親なんだけど知ってる?』
『ううん。知らない』
『そっかぁ。少し昔話をしてもいいかあなぁ?』
『少しならいいよ』
『よっかたー!私はいま、四季の城というところにある東塔に『ベンタ』という奴に、氷漬けにされちゃってねぇ』
『ベンタって、悪い奴だね』
『んーあいつは寂しい奴なんだ。嫌いにならないであげてくれる?』
『寂しい?』
『そう、寂しいんだけどそう言えな奴なんだ』
『そっか……なら、僕がぎゅってしてあげるよ』
『ふふ。蕗狛は優しいね』
『おーばあちゃんが寂しい人にはそうしなさいって』
『その優しいおーばあちゃんには内緒にして欲しいんだけど、私はもうすぐ神様ではいられなくなる。蕗狛は大変になるけど、何個かお願いがあるんだ。お願いしていいかな』
『いいよーハートロキからはいい香りしかしないから、きっといい人だから』
その時のハートロキの笑った顔は今でも覚えてるくらい、綺麗な笑顔だった。
『蕗狛が十六歳の春、桜は死ぬ。そしたら桜に貰ったものを持って私のところに来てくれないかな。きっと途中でベンタや桜てやつを倒さなくちゃいけないと思うんだけど……お守りに「治癒魔術」を蕗狛にあげるよ。解ったかな?難しい話になっちゃうんだけど』
『うーん……解った』
『え、解ったの?』
『うん。あとはない?』
『私のところに来たら…………』
蕗狛は話の途中で立ち上がり……。
『私の体を簪で貫いて』
蕗狛は桜から預かった簪を魔術で刀ほどの大きさにした。
「――吾、汝の願い叶えたし――滅――」
そう言って大きく振り上げた腕を柊が止めに入るが、そんなものは蕗狛の出していた魔術に遮られ、なんの役にも立たなかった。
蕗狛の振り上げた腕はそのまま振り下ろされ、四季の神様の胸を刺し貫いた。
「――――――――!」
声にならない柊の声が部屋中に響き渡った。




