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香芝

 ベンタは錫杖が胸に刺さったまま笑い始める。

 その声は曇った空に嫌に響いていた。

 

「ふふふ。あははは!」

「笑わせないでよ!返せと言われても、あれはもう僕のものだから、無理」

 

 さっきまで苦しそうにしていたのに、普通に話しているベンタに驚いてしまう。

 

「……?」

「びっくりすることかな?錫杖(こんなん)で僕が死んだり、君たちの言うことを聞くと思ってたの?まじウケる」

 

 ベンタは鼻から息を吸い込み傷の余韻に浸る。

 それは彼にとって気持ちのいいもので、快感そのもの。このまま錫杖が刺さったままでもいいと思うほど。

 

「目の前の可愛い可愛い、蕗狛がまだ遊んで欲しそうなので、仕方ない。まだ相手をしようね」


 そう言ってベンタは魔術を発動させる。

 

「――無効(インヴァリド)――」

 

 ベンタは優しく錫杖に触りフウっと息を吹く。

 ザラっと黒紅(クロベニ)の砂になって散った。そのまま傷に触れると傷もアザも無くなっていた。


「こんなもんかなぁー?」

 

 蕗狛も季も唖然とした。心臓をひと突き。それでもなんの傷を負わすことが出来ないなんて。


「そもそもさぁー僕に傷を付けようという考えがよくないよ。しかもだよ?錫杖なんてもってのほか。蕗狛は皐玖楽(サクラ)から何を教わったのかな?ここまでアホだと思わなかったよ」

「なんで生きてる。しんぞ……」

「だからさあー。なんで僕に心臓なんてあると思ったの?肝心な事聞きそびれたんじゃない?」


 こいつは神の世界を追放されても、根っからの神であり、心臓を刺したとしても、死んだりしない。至極普通なこと。

 

「……そうかもなぁ」

 

 蕗狛は何かに納得したように薄ら笑いをひとつして、足を慣らし魔術を発動させる。

 

「――紫電・針(シデン・ハリ)――」

 

 バリバリと大きな音を立てた雷が矢になってベンタ目掛け走っていく。

 

「そう来なくっちゃ!――雷雷(ライズ)――」

 

 ――ズズズン!

 

 激しく雷同士がぶつかり合って空で四方に散った。

 

「ねーぇ、蕗狛くんさあ、どーして本気でやらないの?」

 

 タンっとベンタが蕗狛の顔を覗き込む。

 本気とは。人それぞれ本気の度合いが違う。本気でやっている人間に『本気を出せ』とは、だいぶひどい話だ。

 

「十分本気。だろ?」

「いや、違うのを僕がわからないと思ってる?貰ってるんだろ?」

「だとしてもなぁ、見せ物じゃぁないんでねっ!そんなの使わなくても行けるところまでいきたいじゃん!――炬火(キョカ)――」

「あはっ!生意気っ!――(アングイス)――」


 蕗狛の炬火が雨のように、ベンタのとこへ降り注ぐがベンタの出した蛇が全て食べつくしていた。


「――風の精霊・拡張(シルフ・カクチョウ)――!」

「――有毒・弾(ポイゾナス・ダン)――!」


「――火山(ボルケーノ)――!」

「――錦蛇(ピュトン)――!」


 暫く魔術の殴り合いが続いていた。力は互角の二人が魔術で戦ってもらちが明かない。

 何分戦っているのかも解らないが、魔力が尽きるはずもない二人はただ、じゃれているだけのようだった。


「あんなに魔力って持つもんなの?」

 

 二人の戦いを安全な保護(シェルター)の中から見ていた柊が呆れたように季に尋ねる。

 もちろん、季も呆れている。いや、どちらかというと、ほかにも理由がありそうだ。

 

「蕗狛は持つだろうね。ベンタも団長(あいつ)から魔力奪ってるし、それなりにあるんだろうね。ってか…………蕗狛!いつまで遊んでんだ!いい加減にしろ!」

 

 季が蕗狛に怒鳴る。


「もーちょっとぉ!――竜巻(タツ・マキ)――」


 なんとも間抜けな返事をしてくる、蕗狛にさらに怒る季。

 しかし、その声は届いていないようだった。


「あいつはどうしてこうもお調子者なんだか……」

「お前も……大変なんだなぁ」

 

 なんだか季が気の毒に感じた。季も「いつものことなんで」と、苦笑いして返した。

 声が届かないのであれば、叫んでも意味がない。と、やめてしまった。それからさらに何分か経った頃、痺れを切らした李。

 

「でも、そんなには待てない。蕗狛、始めよう」


 そう小さく、本当に聞こえない声で呟いた。

 柊でさえ聞こえないもの、蕗狛にだって聞こえる訳ない。しかし、蕗狛にはしっかり聞こえていたのだ。


 『――四季の神、ハートロキの命により、今ここに“狛犬”・“獅子”参上つかまつる――。――狛獅子(コマジシ)――』


 蕗狛と季はそれぞれ右手の平を空に出し、魔術を唱えていた。

 唱え終わると、季が蕗狛の隣に移動し、二人の手の平が合わさると季の体から『蒼い光』が蕗狛へと移り、季はその場に倒れこんだ。

 ドサっと音がして蕗狛は季の方を向くと地面に横たわる季の姿があった。

 

 ――こんなのは聞いてない――

 

「おい!季!」

 

 季を抱きかかえるが、返事はなく季の体はボロボロと崩れて、蒸発して消えた。

 蕗狛は手のひらを見返した。

 

 ――確かに今ここに季の手の温もりを感じたのに、なんで今ここにいない。なんで季の声は聞こえない。

 なんで大切な人を……また守れない?――

 

 その姿を見ていたベンタが、好機と考えるのは、当たり前のこと。

 

「――氷息(フローズンブレス)――」

 

 そっと蕗狛の体に近づく冷気。一息吸えば凍ってしまうそんな魔術だったが、蕗狛の横を通りすぎても凍ることもなく、無意味に風に流された。


「なんで魔術が通じない?」

 

 蕗狛の頬を伝い、地面にパタパタと涙がこぼれた。

 

 ――こんなのばっかりだ。なんで季の……季の体が消えた……?

 

「あ…………。おーばちゃん恨むぞ、そーゆう事かよ!」

 

 何かを思い出した蕗狛は、大好きなおーばちゃんを恨むことにした。

 

 『狛犬と獅子は二人でひとつ。四季の神様を守りたし者。四季の神を氷漬けから救えるのは狛犬と獅子のみ。然るべき時に使いなさい。使わないで何とかなることはない……片方が消えてとしても、必然であり悲しむことはない』


「季が消えるの込みでこの『狛獅子(コマジシ)』が完成かよ」

「おい!蕗狛!どういうことだ!季が消えた!」


 柊が蕗狛に怒鳴りこむ。


「季は……おーばちゃんが創った『式神』だったみたいだね」

「あ?」

 

 ゴン!と自分の心臓を拳で叩きギュっと手を握った。

 

 ――式神だろうとなんだろうと、季は俺の親友。これが終わったら季を創りなおしてやる!

 仲間なんて作るだけ無駄。俺の我儘に付き合わせるなんて、そんなことはできない。

 大事になればなるほど離したくない、近くにいてくれと、一緒に居て欲しいと我儘を言いたくなる――。


「ったく!俺は今機嫌が悪い。おーばちゃんも季も、俺を騙していたなんてさ!」

「なんだ、また仲間が居なくなったのか?僕は大歓迎だけど」

 

 ベンタはニヤニヤしながら煽りを入れてくる。

 

「ふふ。ベンタ、これで終わりにしよう。君の最期の幕を引いてあげる」


 はぁ。と、ため息をついて、仕方ないと腹を括る。腹を括れば割と怖いものはない。

 ベンタとの戦いを終わらせよう。そう言い聞かせ、魔術を発動させた。

 

 「――(そら)に咲く蒼狛(あおいぬ)よ、我と共に――」


 空の雲が揺れ、曇天の合間に白い雲がよぎり光が差し込むみ、白衣に見えた。しかしすぐに蒼い狛が姿を現し、蕗狛のもとへ降りてきて、頭を垂れる。

 

「――蒼狛、()まえ給え――」


 蒼狛は狛犬の専属。

 狛犬である蕗狛にしか使えない、神の使い。

 蒼狛はベンタに飛び掛かり、ベンタの肩にかじりついていた。


「なんだ、こいつ!全然取れない!」

 

 ベンタは蒼狛を振り払うが、右腕しかない今の彼には難しいようだ。

 

「魔力で左腕治せば?」


 蕗狛に言われても、そんなことはできないのか、イライラしたように声を荒げる。

 

「くそ!」

「あーできないか。さっき治癒魔術は使ってないもんなぁ」


 蕗狛はニヤニヤしながらベンタの周りを歩く。

 

「馬鹿にしやがって!」

「この辺りでは、治癒魔術は四季の神様しか使えない」

「……でも、魔力があれば!」

「そんなもの沢山あっても意味がない!まだ気づかないのか?」

「な、何に……」

「――黒雷・弓矢(コクライ・キュウセン)!――」

 

 蕗狛はベンタに向かって黒雷の弓矢を放つ。

 

 パン!


 と、ベンタの左腹部に当たる。避けることができない。

 

「なんだ……避けられない?」

 

 足が動かず、手も動かない。

 

「だから、もうベンタは終わりだ」

「蕗狛、どういうことだよ」

「夏生……だよ」

「は?夏生?」

「夏生が香芝(コウシバ)をベンタの近くで爆発させたの覚えてる?」

 

 仮の姿。と、言って榎から時間制限のある夏生に成った後、ベンタに『香芝』を投げつけて体にアザができた。そんなことがあった。 それがなんだというのか。

 

「香芝はその毒性から使える精霊が限られてる。そして、その香芝の別の顔が『治癒魔術が効かない』『魔力を吸い取る実』てこと」

「『治癒魔術が効かない』てのは解るけど、『魔力を吸い取る実』ってのは」

「言葉通りさ。ベンタは俺からの攻撃に応戦するのに魔力を使い、体の中では『香芝』に魔力を吸い取られてたって事、そろそろ効き目が表れてくるでしょ」

 

 ベンタは膝から崩れ落ちる。立っても居られず、息が上がる。

 

「蕗狛、どうにかしろ。俺は『新月の王』だぞ!今すぐ治せ」

「そうか……」

 

 蕗狛は手を振り上げていた。

 治せと言われて、はいそうですか。と、治せるものではない。自分以外の治癒は出来ない。

 まして、その相手がベンタならば、そんなことは出来ないし、したくはない。


「お前は、ここで封印(死ぬん)だよ」

 

 蕗狛が立葵が持ってきた『魔剣』を取り出し動かなくなったベンタに刺した。

 

『――吾、皐玖楽の力を持つ者。いまここで『魔剣』に封印したい者在り、この力お使いください。――(トジナワ)――」

「なんで…………その魔術を知ってる……」


 そう、その魔術は誰も知らないはずのもの。なぜ蕗狛が知っているのか。それは今のベンタが知る事はない。

 ベンタは不思議がりながらも、言われるまま体が言うことを聞かず蒼白い光が糸になり、魔剣から何本も出てベンタの体を貫いていた。

 なんとも言えない美しい瑠璃色の砂に変わり、魔剣に吸い込まれていく。

 

「なぁ、蕗狛!ベンタが封印されたら、どーやって四季の神様の氷漬け解くんだんだよ!」

 

 柊が慌てて蕗狛の前に飛び出して聞くも蕗狛からの返事はない。


「なぁ!蕗狛っ!」

 

 蕗狛は何も答えることなく、ベンタが魔剣に封印されるのを見届けていた。


 ――俺はただ四季を、四季の神様(ハートロキ)の持つもの全てが欲しかっただけ。淡い桜も照りつける太陽も。色とりどりな紅葉だって、雪原でさえこの手にあったのは僅か百年――。

 

 ――僕はまた独りになるのか。

 

 ――何がいけない。僕はただ四季の神様(あいつ)の持ってたものが羨ましかった。……それだけだったのに、なんでこんなところであんなガキに封印なんてされなきゃならないっ!くそっ!体が崩れていくっ!あいつだ、蕗狛(あいつ)がこんな所に来なければこんなことにはならなかった!復讐してやる――。


「から……だ……が……崩れ……」


 ゆっくりとベンタの体が消えて、ベンタの頭の上で輝いていた『王冠』が主を失いそのまま地面に落ちていた。

 

 

 ――パン!


 

 大きな音がして、ベンタの姿が消えた。

 

「おぃ、蕗狛!ベンタを封印できたのは解った!でも、それじゃぁ四季の神様はどうするんだよ!」

 

 蕗狛は何も言わず、魔剣を拾い上げる。

 

「そっちは、大丈夫。まぁ、とりあえずベンタはこれでいい。四季の神様の命は『ベンタの封印』だったから。正確にはおーばあちゃんが受けてた命令だけどね」

 

 

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