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夏生

 鬼ごっこの勝者は『ベンタ』。

 勝者は敗者から魔力を貰うと、この鬼ごっこは始まった。何を隠そうベンタにとって『桜の魔力』が一番欲しかったのだ。

 蕗狛に桜の魔力が流れているわけではないが、どこか似た蕗狛の魔力はきっと格別だと、そう思っていた。


 「我、魔力を操りし者。彼の者からすべての魔力を奪いたい。――回収(コレクト)――」


 業火の中にいた蕗狛に触れようと手を伸ばしたが、何故か触れない。

 不思議に思い『業火』の魔術を解いた。

 蕗狛は気を失い倒れている。それもそのはず、自分で発動した魔術の受けた傷をすべて自分が生身で受けたのだから。まだ生きているのが不思議なくらいである。


「ろーぉーはぁぁ!」


 どこからか馬鹿っぽく蕗狛を呼ぶ声がした。

 ベンタもあたりを見回すが誰もいない。


「だからさー!一人で戦い過ぎ。人を頼れ。()()吐けよ、馬鹿蕗狛!」


 さっきは、広間の奥の方から声がしたが今は違うところから声がした。

 ベンタには何故か見えない。


「蕗狛、まだ魔力は残ってる?」


 その声に、蕗狛は返さない。


「そう。じゃあ、あれを使うしかないよ。みんなを守りたいのは解る。でも、時には『犠牲』は付き物だ。ここまで自由にやったろう?もう立葵も翠も、柊も。楸だっていない。残るのはこれだけ。『青空と太陽』取り返すんだろ?」


 その言葉にも返事はなかった。


「榎、頼むよ。ごめん」


 榎は大きく頷き、「大丈夫、解ってる」そう言って魔術を発動させた。

 その時、蕗狛の頬を涙がゆっくりと流れていた。

 

「――我、四季の神(ハートロキ)の創りし夏を司る精霊、(エノ)本当の名を夏生(ナツキ)。仮の姿お返しいたします。――真明(まさやか)――」


 発動された魔術はあたりの霧や業火の出した黒煙など余計なものをすべて風で吹き飛ばしていた。

 広間には蕗狛とベンタ、精霊の姿の柊。季と精霊でも、人間の仮の姿でもない榎……いや、夏生が居た。

 その姿はいつものおちゃらけた榎ではなく、翠玉(すいぎょく)色の髪を三つ編みで綺麗に整え、手首には赤い木の実で出来た数珠を四個つけ、手には錫杖。切れ長の目をベンタに向けた。


「お前、夏生じゃないか。ここに居たのか。ビビりのくせに、こんなところにまで来るとは、どーゆう事だろうな」

「ベンタ。蕗狛と四季の神(ハートロキ)を返してくれないか?」

「うーん。嫌だ……かな」

「そうだよね。じゃあ、死んでくれないか?――香芝・爆発(コウシバ・バースト)――」


 夏生は手首にかけていた数珠を掌の上で浮かせ、魔術を発動させると勢いよく飛びベンタの周りで爆発した。


 ――ドゥゥゥゥゥゥン!――


 季はその間に蕗狛へと走り服を引っ張り逃げようとしていた。


「その手を離せ」


 爆風の中で低くなんとも冷ややかな声が、季の後ろから響いた。

 思わず後ろを振り返ると、真っ黒な長い髪に、頭には小さな王冠が申し訳なさそうに乗っている。さらに手には五センチほどの長さの鍵が球体の周りぐるりと囲んでいる少し変わった杖を持ち、こちらをじーぃっと睨む髪色同じとふたつの目玉。

 思わず息を呑んだ。


「蕗狛は俺のだから、それは無理だ」

「僕が勝ったんだ。そいつの魔力は僕のものだ」


 ――ザン!――


「余所見はいけません。俺のこと忘れないで下さいよ。せっかく仮の姿を捨てたんだ。構えよ――(ウ”ァイン)――」

 

 夏生は爆風の中に紛れていたベンタの足に蔓を巻き戦いやすい場所へと引っ張り出した。

 ベンタも頭に来たのか、蕗狛よりも夏生を先に潰すことにしたようだ。


「おい、クソガキ、蕗狛は僕のだからな」


 そう叫んでいるが、夏生の攻撃は始まっていた。

 夏生はビビりでも何でもない。ただ慎重すぎるのだ。現に『榎』という仮の姿を返したのも、蕗狛から貰った魔力を丁寧に体に馴染ませたことにより、洗練され真明の姿に戻れたのだ。


「夏生、お前さぁその姿になるってことの意味わかってんの?」


 ベンタは夏生の攻撃を躱しながら訊ねる。


「わかってるよ」


 夏生の頬を弾丸が掠めていた。

 解ってる。この姿はそんなに長く持たない。そして何より――――。




「蕗狛!おい!大丈夫か?」

「大丈夫。榎が時間をくれたから……それより……」


 蕗狛の視線は季ではなく、ベンタと戦っている夏生だった。

 蕗狛も季も、知っていた。

 自分の本当の名を名乗ることにより主との繋がりが強化される。魔力も強化される。

 精霊は一度だけ本当の名を名乗っていいと。しかしそれは同時に精霊の最期を意味する。

 本当の名を名乗るのは『自死』を意味する。

 このベンタとの戦いが終われば彼は消えてしまう。


「俺は、これでいいと思う」


 小さく呟いたのは、柊だった。

 彼は榎が何をしようとしているか、春の下ですべてわかってしまっていたから。

 榎は、四季の神様の周りをちょこちょことはしゃぐ、末っ子のような存在。いつもほかの精霊の後ろをついて歩く、そんな奴が何かできないかと考えて考えて、独り決めたことを尊重したかったのだ。


「でも、自死はもう二度と創り直しが……効かない」

「長い時間かけてまた夏の日にでも意志を宿すしかないな。いつかまた『榎』にあえるさ」


 それは『死』のない精霊の時間軸の話。限りのある蕗狛や季がその時にはいない。そんなことを今口にしてはいけない。

 言ってしまったとしても、もう『榎』は帰らない。

 ベンタと夏生が死闘を繰り広げて、地響きが鳴り渡る中、蕗狛は静かに深呼吸をした。

 

「季。ベンタを引き付けてくれてるんだ、やろうか」

 

 蕗狛は季から青い石がついた指輪を貰い、耳にしていた灰色の石が輝く指輪(ピアス)を、指に重なるように嵌める。


 

「始めよう。おーばちゃん、見守っていて。必ず約束は守るから。

 ――灰青(はいあお)――」


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