立去
蕗狛がベンタと鬼ごっこに興じている同時刻、ガラス内。
季は少々まずいことに巻き込まれていた。一方の話を聞いてもらちが明かない。さらにもう一方の話を聞いても堂々巡りである。
しかし、この状況よりも蕗狛が気になる。『ベンタと鬼ごっこ』なんてふざけたことをしている場合ではないし、今の蕗狛では勝つことなんて無理なのは本人が一番解っているのに、なんて無茶をしているのか。
会ったらまずはビンタでもお見舞いしてやろう。そう固く決意していた、そんな時、蕗狛が立葵と翠をガラス玉に放り込んできた。
なんでも瀕死らしい。二人とも眠っていた。
ここは何時から保護施設になったんだろうか。さっきの『紺』だって、敵なのに匿うなんてどうかしている。
「で、話はまとまったの?」
季は呆れたように声を掛けた。
お互いが服を鷲掴みし睨み合っている。
立葵はそこまで傷は深くなかったのか、ほとんど寝ずに起きたのだ。立葵は紺を見て知らないやつが居ると、季に状況を聞いた。
敵だけど匿うことにした。と伝えるほかなく、言わずもがな怒ってしまい、無理やりに紺を起こし、「今すぐ出ていけ」「よくものうのうと寝ていられるな」など紺に説教をしていた。さすがに頭にきた紺も「団長に使われていただけの人間」と、言葉を返し合いを十分も言い合いが続いたのだ。お互いに息が上がり疲れていた。
いい加減、辞めればいいのに。と、季が二人に向けた言葉に、意外にも普通の言葉が返ってきた。
「いや、疲れた……」
二人は手を離し服と息を整えた。
「立葵も紺も、そんな言い合いの為に回復してたの?」
「回復?」
「このガラス玉は蕗狛の魔力が満ち溢れているの。だからこの中にいれば魔力の自己治癒ができるんだ。傷の治癒はできなくても魔力の回復はできるからね」
紺は両腕をぐるぐると回し、納得していた。立葵も思うところがあるようで、魔力の負担が減っているのを感じていた。
「どうりで体が軽い訳だ」
「なんでそんなことができる?」
「さあ?本人に確認してみて」
ガラス玉の中なのが不思議な紺は疑問があるようで、季に訪ねた。起こされてからずっとの疑問。
「てか、ここはガラス玉なのか?」
「そうだよ。蕗狛が創ったんだ」
「家具も?布団もあるぞ?」
「ね、すごいよね(たぶん、入れただけ……)」
外見はそれほど大きくないガラス玉だが、中はかなり快適で椅子に机、簡単なものを創れる台所。布団に小さいが本棚まである。
「すごいな。これはベンタ様でも無理だ」
「ベンタと一緒にするな」
「あ?」
季が、まぁまぁ。と、紺を抑える。
もうさっきのような言い合いはしてほしくない。
「ところで、蕗狛は何をしてる?」
立葵は大した説明も受けずここに来てしまっていた。当然の疑問だった。
「それなんだけど少しまずいんだ。ベンタが団長の集めていた魔力を奪ってさらに強くなってね。蕗狛の魔力も欲しいとか言って、鬼ごっこしてる。今、蕗狛達は夜顔の花畑に向かってるところかな」
「鬼ごっこって、ベンタ様らしいな」
椅子に足を伸ばしゆっくりしている紺は切迫してる季を横目に、我が主の遊びに感心する。立葵が睨んでいるのは言うまでもなくわかることだった。
「団長が魔力を集めていた?」
「そうなんだ。子供が生まれて三歳の誕生日を迎えた月に、町長から『加護』を貰うだろ?その時に魔力を取られていたんだ」
「……『加護』?そんなことをしていたのか。しかし誰も気づかなかったのか?」
「立葵は知らなかったの?」
「ああ。町長の仕事には口を出してはいけないと言われていたし、毎月決まった日、必ず町外に行く仕事があったからな」
「その日に『加護』が行なわれていたんだね」
「ほんとになんで。急に魔力がなくなればバレるのに」
二人は顔を見合わせて悩んだ。しかし、以外にもすぐに答えは解った。
「それは、少しずつ時間をかけて奪うからだ」
黙って聞いていた紺が話に答えを持たせた。
「は?」
「『加護』は手の甲にキスをする。したところから加護を掛けた人にしか見えない透明な糸がでて、一日、一か月、一年とゆっくり時間をかけて魔力が加護を掛けた相手に流れていくんだよ」
紺は淡々と説明した。
「……え」
口より目が「なんで知ってんのか」と、言っている。
「だぁ!ベンタ様がその『加護』の黒魔術を創っていた時にはもう、俺は創られてたの!だから知ってんだよ!……あのまま屋上で捨てられてたら確実にいまはない。ベンタ様は失敗したら赦さないからな……助けてもらったお礼だよ」
バリバリと、頭を掻きながら恥ずかしそうな顔をしていた。意外とかわいいところもあるらしい。
「時間をかけて集めた魔力はどのくらいかわかるか?」
「さーな。ただ団長はベンタ様が創った中では一番欲深な奴だ。町民から搾れるだけ搾り取ってるだろうから、ベンタ様の魔力量の半分くらいはあったんじゃねーの?」
魔力量を秤で測ることはことはできない。加護で魔力を取った人数、年数、若さが解ったとしても、実際のベンタにどれだけの魔力量が増えたかは未知である。
解ることは蕗狛にとって不利な話であること。
――ゴォォォォォォォ!――
外から轟音が鳴り響いた。上を見上げるが何も見えない。三人は話をしていた為、外の様子は見ても聞いてもいなかった。
誰かの話声が聞こえるが、何を言っているのか解らない。
――ゴン!ゴン!
外からガラス玉を叩く音がした。今までこんなことはない。蕗狛は基本的に中に入れたら放置なので、季でさえびっくりしていた。
「季!聞こえる?……………………蕗狛が死んじゃう!」
そうガラス玉に話しかけていたのは焦った顔をした榎だった。
――蕗狛が死にそう――だと?――
季は榎が何を言っているのか解らなかった。しかし、榎の表情からしてまずいのは解った。
「立葵、ここから出る方法知らない?」
「は?これすら初めて見たのに解るわけないだろ!」
「何とかならない?蕗狛が危険だったら、死にそうなら助けないと!」
立葵の袖を引っ張る季の手は震えていた。
このまま蕗狛が死んだら、もう会えなかったら。余計なことが頭の中を巡る。大切な人を守れないのは嫌だ。
「このガラス玉から出たいのか?」
紺が季に尋ねる。
「あぁ。蕗狛に渡さないと。蕗狛が危ないんだ。助けないと」
「お前だけでいいんだな?」
「俺だけだ」
「三十秒でいい時間をくれ」
「できるの?」
「時間と、あそこの本一冊貸せ」
小さな本棚を指さした。
季は何に使うのかはわからないが、今は深く考えている場合ではなった。
「解った。出る準備をする!」
季は鞄をガサガサと漁りガラス玉から出る準備を整えていた。
「そいつはベンタの……」
「立葵、ありがと。でも今は紺に頼るしかないから」
ベンタの仲間であり、簡単に信じていいのか?そう尋ねようとしていた、が、そんなのは愚問だったようだ。
「おい!いいか?」
「お願いします!」
紺は本棚から一冊の本……いや裏魔術書をバサバサと捲り、ページを見つけたのか、そのページをなぞりながら魔術を唱え始めた。
「――主様、お力お借りします。――立去――」
季の体が黒紅の砂に変わり始める。
「紺、ありがと」
お礼を言って季の体はガラス玉の中から消えた。
「おい!どうなってる。お前、季を殺したり……」
「してないよ。ちゃんと外に出たよ。今のは裏魔術書の参集に載ってるんだ。なんでここに、こんな裏魔術書があるのかは、わかんないけどね。まぁ、ここで暫く待とうか」
紺は持っていた裏魔術書を机に置いて椅子に腰掛けた。
「お前はここから出ないのか?」
「魔力が完全じゃない。今出てもベンタ様のため息で死ぬよ」
「そう……だな…………なあ、なんで季のことを助けた」
紺はニコっと笑い、頬杖を突きながら答えた。
「仲間っていいなぁーって、思ったの」




