海月
蕗狛はいま、絶賛鬼ごっこ中である。
鬼はベンタで捕まったら魔力を奪われてしまう。なのでいつになく必死に逃げているわけだ。城は崩壊し、真ん中の居住区は殆どが瓦礫になっている。
城から少し離れたい。と、考えた蕗狛は夜顔が咲く所まで一時退却といったところだ。
初めてこの地を踏んだ時から見れば、あちこちグチャグチャになっている。
まぁ、翠と蓮が暴れていたんだと思えばこんなものかな。と思う。
「ねぇ、さっきの話だけど、翠と立葵はなんで生きてるの?」
走りながら逃げる蕗狛に榎が聞く。もちろん聞く権利がある為の質問だった。
「あぁ。立葵を雹弾で打った時、打つふりをして音だけ出して、実際には睡眠薬を打ち込んだ。向こう側に出たように見えた雹には俺の血をつけて飛ばしたから、血を調べられたらまずかったけど、あんなもの探して調べはしないでしょー。まぁ、立葵は爆睡ってゆーね」
「寝てただけだったの?」
あんなに心配したのに?と、榎は思った。でも生きていたのであればいいかなぁー?と内心はグチャグチャである。
「そーゆーこと。寝たし少しは回復したんじゃないかなぁー」
「じゃあ、翠は?」
「あー、翠はねぇ、んー。俺の魔力を練り込んだ指輪をあげてたんだけど、そこに傷を治す魔術かけてあるの。だから時間が経てば回復すると思うよ」
「……でも、蕗狛……」
榎が言いかけたが、蕗狛は「しぃー」っと口を塞いだ。話していることはガラス玉の中にいるみんなにも聞こえている。黙っておきたいことは話さないのが一番いい。
「二人のことはそんなもんで榎、逃げるよ。まぁ、逃げるっていったって、向こうは鬼だから俺が鬼を捕まえたらいーのかな?」
大きく伸びをして、軽く足首や手首も回す。背中を伸ばして、準備運動をする。
「さぁて。いきましょうかねぇ」
パンと、手を叩き魔術を発動させていく。
「――傀儡――、――雷龍――、――岩兎――」
傀儡は五体出てきて蕗狛と同じ姿になる。さらに空には三体の雷を纏った龍。最後に百体にも上る岩で出来た兎の群れ。
「さ!行ってこーい!ベンタを惑わせてきてね」
蕗狛の掛け声を聞くとあっという間に城に向かった。
ベンタのもとにたどり着いた傀儡の蕗狛が五体、ベンタに魔術での攻撃を開始し、足元では百もの岩兎がベンタの動きを封じていた。
そして、空から三体の雷龍が無数の雷をベンタ目掛け落としていた。
「おーいい感じ!」
遠くでの戦いを観察しながら、何かの準備を始める蕗狛を榎は心配そうに見つめる。
「なに?」
なんの準備をしているかと思えば、コポポと紅茶を入れながら、先ほどから自分に目線を送る榎へ問いかける。紅茶かよ!と言いたいところだが、そこは無視した。
「いや、そんなにいっぺんに何体もの魔術発動して大丈夫なのかなぁーって。しかも個々の魔術が蕗狛から離れた場所でさらに魔術を使っているんだよ?心配になるだろう?」
三個の魔術を発動すること自体珍しい。さらにその魔術を複数発動すれば、かなりの魔力が消費される。
そんな魔術師は蕗狛以外、いない。榎は見たことない。……いや、居たとしても『四季の神様』くらいで。
目の当たりにしたことはない。その為心配になったのだ。
「まあ、大丈夫かどうかと言えば……大丈夫じゃないねーあははは!」
蕗狛は一人、笑っていたが、あまり状況はよくない。
そんな話をしていると、くたびれた夜顔の隙間から蕗狛目掛けて何かが飛び掛かり、バフン!と蕗狛の顔に張り付いていた。
目の前が見えなく、蕗狛は思いっきり剥がす。
「なんだよ!」
「やー飛び過ぎた!ごめん!」
そうでかい声で謝るのは柊だった。
「あはは、柊じゃん!ってか、なんで精霊の姿?魔力使い過ぎたの?」
「そうなんだよねぇー凛が思いのほか強くて傷がなー」
「あーそっちに魔力を寄せてるのか」
あちこち大きな傷が目立つ。精霊の姿であればそこまで魔力は使わないため、魔力に不安がある時は精霊の姿でいることが多い。時間が経てばそれなりに魔力は回復するため、暫くは精霊姿での参加になる。
柊も榎を見習い、蕗狛の頭の上に乗るが、どっちが右側か左側かと場所の取り合いを繰り広げている。
「で、蕗狛と榎はこんなところで何してんの?」
榎の頬を引っ張りながら柊が聞いた。榎も引っ張り返しているがなかなかに勝てないで一人暴れている。
「あーとね、ベンタと鬼ごっこしてる」
「はぁ?」
とうとう変なことを言い出したか。と、喉まで出かけた言葉を柊は飲み込んだ。なぜかって、蕗狛が目を輝かせているのに何を言っても無駄なようなのは見てすぐにわかった。
「俺らも行くよー!しっかり掴まっててね!」
「は?どこにぃ?」
「ちょっとそこまでぇー!」
蕗狛は大きく息を吸う。
「――吾、地点を超えるもの――歪――」
パン!手を叩くと一瞬で広間に出た。
顔を上げると目の前にベンタが現れる。お!当たりだった!と蕗狛はニヤついた。
ベンタは蕗狛が放った傀儡たちを全て握り潰していた。
「は?なんで?」
『――吾、地点を超えるもの――歪――』
は、一度訪れ、魔術を使った場所へ魔術を使って瞬間移動できるもので、この広間は魔術を使っていた場所。ベンタや傀儡たちがいたのはたまたまだった。
「あちゃーみんなやられてるのかぁー」
「え!おま……え……鬼ごっこの意味知ってる?」
思わず大声でツッコんでしまう。鬼ごっことは、鬼から逃げる子供の遊び。しかし、蕗狛は鬼に捕まるのは困る。それなら先にベンタを倒すしかない。『鬼』を捕まえなくてはこの鬼ごっこは終わらない。
「あー!蕗狛だ!見つけた!捕まえたら僕の勝ちだよね」
――捕まってたまるかよ!
「――巨濤――、――海月――」
蕗狛が魔術を発動すると、大波が現れベンタを飲み込んだ。波はその場に留まり浮いたまま大きな池のようになっていた。
そして、その中にふわふわと何体もの海月が漂っていた。
蕗狛は巨濤が連れてきた波の中にブククと、手を入れ中で気を付けながら海月に触る。
「――操――」
蕗狛に触られたクラゲが巨濤の中にいるベンタに向かい泳ぎ出し、大きな触手を広げてそのままベンタを包み込んだ。
ベンタの体に毒を塗り込んだ。
「わあ!体が痺れるー」
痺れると言いながら、どこか楽しそうだ。
触手に体を預けながらニヤニヤして、腕を組み何かを考え込む。
「んーでも、まだまだ。かなぁ?今の僕に毒は効かないよっ!――業火――、――大蛇――」
ベンタは両手を合わせて握り、両手を左右に引っ張りながら、魔術を発動する。
その術が発動すると、鱗が煌びやかな大蛇がベンタの周りに現れ、蕗狛のほう真っすぐに向かってきていた。
それに気づいた蕗狛はすぐに応戦体勢に入るも、間に合っていない。
――あぁ、これは無理だ。この至近距離は――。
咄嗟に頭の上の精霊二体と、首にかけていたガラス玉の紐を引き千切り、広間に向かい放った。
ゴォォォォォォォ!
すごい音をさせながら、大蛇は蕗狛に標準を合わせ業火を噴いていた。
避けられていればなんてことないことだったが、間に合わなった。蕗狛はそのまま業火を浴びた。
さらに、ベンタはニコニコしながら、手を開く。
「まだまだ」
開いた手はそのままゆっくり、静かにググっと握ると、先ほど蕗狛が出した傀儡たちが何かに押されている。それはベンタの手の動きと一緒。
「ぐぅ……がは!」
ジリジリと至る所が業火で痛い。痛いとかよりも連続して出した魔術でも勝てないのか……そちらの方が『痛い』。
――ぱん!
ベンタは手を握りきった。傀儡たちの魔術が解かれ、消えていた。
「君が出したんだ。彼らの痛みはその魔術を発動した者に返るのが当たり前じゃないかな?――返却――」
ドクン!
「あ”あ”ぁ”ぁ”…………」
――苦しい!痛い!痛い!頭がカチ割れる!
――なんだこれ!季の人形が破壊された時とは比べ物にならない程苦しい!
蕗狛は苦しみながら、うずくまり業火の中にいた。
「その痛みは、僕が君の傀儡たちにつけた傷の痛み。お味はいかが?今回は僕のかちでいいかなー?」
――くそ、ふざけるなよ、こんなんで死んでたまるか。
――なんとか、ここから逃げ出したい!
――早くここから!……このまま死んでも……。
「だからさー!一人で戦い過ぎ。人を頼れ。弱音吐けよ、馬鹿蕗狛!」
苦しみの中に聞こえたのは、いつも聞いてた声。
おーばちゃんとの約束を一緒に守ると言ってくれた人。
蕗狛が声のする方へ眼をやると、そこにはガラス玉にいるはずの季の姿。
――あー。幻覚見えてるのか。おーばちゃんに会えるかなー。
蕗狛はそのまま目を閉じた。




