無力
団長が撒いた灰で、一面灰まみれだったが、風によって薄くなり、辺りがよく見えるようになっていた。
そこに広がる光景は、目を覆いたくなるような……夢であって欲しいと願うそんな光景。
団長の、手からポタポタと垂れ落ちる血が何をしたのかを物語っていた。
「団長……。――主様、お力お借りします。――水の精霊――」
ザァァァァ!
空に水の精霊が現れ、彼女と一緒に現れた雨があたりの火を流し、広間はすっかり綺麗になっていた。
ローズアーチにも雨が降り、葉から水滴が落ちていた。
水の精霊が撒いた雨粒が、頭に当たりそのまま頬を流れていた、それは頭を冷やせと言わんばかりに。
体の傷が。とか、魔力が足りない。とか、そんなことはもう、どうでもよかった。
大切な人がどんどん居なくなる現実に耐えられない。
何人、傷つけば団長を倒せる?
何人、失えばベンタにたどり着ける?
何人……何人……大切な人の血を見れば……。
「立葵、無理に高度魔術を使うのはやめてくれないかな。君まで居なくなると本当に困るんだ」
蕗狛がたどり着いた時には、翠は腹部をひと突きにされ広間の地面にうずくまっていた。
その翠から少し離れたところに立葵は使ったこともない高度魔術を放ち、立ったまま気を失っていた。それは、魔力がなくなったからなのか、翠が腹部をひと突きにされたことが原因なのか、それは立葵にしか解らないかも知れない。
「榎、立葵にを頼む」
「うん!」
榎は立葵のもとへと急いだ。
足元には『救急セット』が落ちていた。「ちょうどいいか」と、そのセットから手あてに使えそうなものを出し、立葵の手あてを始めた。
「さて、団長……いや、ここは『桜』と呼んだ方がいいのかな?翠に何してんだよっ!」
腹が立つ。間に合わなかった自分に。蕗狛はすぐさま攻撃態勢に入る。
「はて、お前は誰じゃ?わしの『本名』知ってるのかのう?」
団長は血の付いた手を服で拭って、長い髭を撫でた。
「それはさぁ、喧嘩。売ってるって事でいいかなぁ?――火の精霊――」
右手に嵌めていた指輪を触り魔術を発動さると、広間に大きな火の精霊が火を噴きながら姿を現していた。
その火の精霊を見た団長は笑いながら、「気に入ったわぃ」と、魔術発動に入っていた。
「――主様、お力お借りいたします。――白露――」
団長の吐く息が白く色づく。その吐かれた息は鋭い針の形になり蕗狛の方へと向いていた。
互いに何も言わない。しかし、同時に攻撃は繰り出されていた。
――ドォォォォォォォン!――
パラパラと土が二人の周りに降り注いでいた。
「蕗狛っ!」
そう叫ぶ声を合図に、団長から目を離すことなく、翠のもとへと走り出していた。
蕗狛が団長の気を逸らしている間に立葵の傷を手あてし、翠のもとへと駆け付けていた榎。傷は深い……それもそのはず、団長の拳が腹部に突き刺さり背中まで貫通していたのだから。それがまだ息をしているのは奇跡。榎はこのことに気づいたのだった。
(……まだ生きてるっ!)
安心はできない。戦うこともできない、だけど……生きていてさえくれれば、ここを切り抜けることができれば、治療に専念できる。時間が掛かってもいずれその傷が、癒える日が来るはずだと。
蕗狛は立葵と翠を抱え広間を後にする。
「なんじゃ、逃げるのかぁ!弱虫じゃぁのぉ!」
「なんとでも言え。すぐ戻るから待ってろ、髭じじぃ」
広間は城の左右に備わっている。団長たちがいたのはローズアーチが輝く東側。蕗狛は噴水が綺麗な西側に飛び逃げていた。
「蕗狛!翠、息してる!なんとかならない?」
「魔術じゃなんにもならない……とりあえずできることをしよう!」
そう言って二人はガーゼや包帯で傷を塞ぐが、血は止まらない、どうしたらいいか。
なにもできない。できないことを思い知らされる。
「――くそっ!何もできないのかっ!」
(――焦るな。落ち着けこのまま死なせたくない!)
「蕗狛……翠は……」
気が付いたのか、立葵が這って蕗狛のもとに来ていた。
「立葵っ!よかった!……翠は……息してんだけど、血が止まらない!翠は式神じゃないのか?旭や蒼季のように、おーばちゃんが創ってる、式神じゃっ!」
「蕗狛、解ってんだろ?翠は式神なんかじゃない」
そう、みればわかる。どんなに願っても翠は人間だった。式神の仮の核があるはずの臍部分にまで傷が届いている。もし式神ならとっくにその魔術は解けて跡形もなくなっているはずだから。
「だって……ごめん……治癒魔術を使え……」
「いい。それ以上自分を責めるな。治癒の件はお前の所為じゃないだろ」
立葵は体を起こし、翠の体を引き寄せて顔にまで飛んだ血を拭った。
『立葵また稽古かよ』
『俺も探すよ。誰が怪しいんだ?』
『一人で抱え込むな』
いつも隣にいる相棒は翠だけだった。
「なんて…………顔だ。……隊長」
翠が小さく呟く。
「え……」
大粒の涙を流していた立葵の顔を冷たくなっていく翠の手が触れる。
その手を立葵がそっと支える。
あぁ……俺の『主様』は立葵だったんだろうなあ。
「ろ……は……耳貸して」
そう言われ耳を貸す。
「なに?」
「立葵……を……殺したら……お……前を……殺しにくるか……らな……約束だ」
それは蕗狛にしか届けていない脅しに似た信頼。自分は守れないから。重荷になるのは解ってる、でも頼めるのは蕗狛だけだから。
翠は、ニヤッと笑ってそのまま翠は目を閉じていた。
「なぁ、立葵は榎とここで待ってて。俺行ってくる」
「俺も行くよ」
「ううん。立葵はここ。翠との約束だから」
「約束?」
蕗狛は立葵の言葉に耳を貸すこともせず、広間に向かった。
ローズアーチの一番上に腰かけ蕗狛の帰りを待っていた、団長のもとに。待たずにいてもよかってのだが、お荷物がない蕗狛と戦ってみたかったのだ。さきの男が『蕗狛』であることは火の精霊の完全体を出したのを見て確信した。
そんな高度魔術を発動できるのはそうそういない。現に立葵は完全体を発動しただけで気を失っていた。
蕗狛は団長の姿を確認すると、何も言わず、攻撃態勢に入る。それは怒りに身を任せた攻撃。
「――業火・火の精霊、荊――」
「お別れは済んだのか?まぁあんな奴死んでも興味はないがのぅ」
団長は攻撃を躱しながら、さらに煽ってくる。しかし蕗狛の耳には届かない。
彼が怒っているのは団長ではない。自分の無力さに怒っていた。大切な人を守れないなんて。
「こんな力!――稲妻!――」
大きな音とともに、蕗狛の放った稲妻が団長の足元に落ちる。黒煙が団長の姿を隠していた。
もう、自分が許せない。このことが蕗狛を縛っていた。どんなに魔力が優れていても、大切な人を守れないのは、無力と同義。
「そんなに無理に攻撃したって、当たらんのじゃ。魔力が優れていることに悩む……前にもおったのぅ。あやつも悩んでおったが……そうじゃ、今からでも遅くはない。そんなに持て余しているのであれば、その魔力ワシにくれんかのぅ?」
団長は服に付いた土を払いながらそう言った。
魔力をくれ……。そんなことできるわけない。いままでそんな話は聞いたことない。聞いた……聞かないではないのか、もしそんな方法があるのであれば……。
「おまえ、魔力を誰かから奪ってないか?」
魔力の譲渡は本人が許可すればできる。量も調整可能な優れもの。しかし、使えるのは極限られた精霊のみ、蕗狛でさえその方法は知らない。譲渡はできない。が、今までの考え。それを覆す団長の一言だった。
「奪うじゃと?人聞きの悪い。善意でくれないかと提案しちょるだけじゃよ」




