紅空
蕗狛と手を振って別れてすぐ、ほんとなんでいるのか、小さい頃怖くて怖くてたまらなかった団長が今、目の前にいる。
それも仲間とか、たわいの無い話をするためでは無い。まさか自分の町から『青空と太陽』がなくなる原因を作った魔術師が団長だとは思わなかった。いつでも厳しく魔術を教えてくれていたその人だとは。
「のぅ。立葵ずいぶん可愛げがなくなってしまったのう」
「あんたも、歳とったんじゃねぇーの?まだ魔術使って戦えんのかよ」
「さぁーのぉ。どーじゃろうねぇ。そうそう、体の傷はすっかりよくなったみたいでよかったわい」
体の傷……大半は団長がつけたんだけど?と思わず言いたくなったが、それよりも。
「傷、治すのにずいぶんな代償払わされたよ、クソジジィ」
「陽葵は天真爛漫で可愛いかったがのー、魔術はよく扱えんかった。まぁ、女の子じゃし、しゃぁーないわぃと思っておったが……邪魔になってのぉ。お前達どっちかが死んでくれればよかったんじゃよ」
「邪魔……だと」
ピリっと空気が張り付く。自分の大切な妹をそんなふうに馬鹿にされて腹の立たない兄はいない。
「――あぁ、お前達二人とも邪魔になったんだよ」
そう、いつもの落ち着いた話し方でも、ふわふわした物言いはもなく、低くて怒りに満ちた声が耳に刺さり、背中に寒気を感じた。団長に拾われて二十年で一度も聞いたことのない、そんな声だった。
「――主様、お力お借りします。――火岩兎――」
立葵は無数の岩で出来た兎に火を纏わせ団長へと向かわせた。
あたりは火の海と化していた。
「そんなに怒るな。少し遊ぼうかのう」
薄ら笑いを浮かべながら岩兎をすべて躱し、団長は広間に広がる薔薇園のローズアーチの一番上に立ち、立葵へ向けて攻撃を始めた。
「――主様、お力お借りします。――灰、陽炎、爆発、棘棘――」
団長は四魔術を立て続けに発動させていた。
それは連続技であり、こんなに多くの魔術を放てるのには何か裏がなくては成立しない。
灰であたりの視界は悪くほとんど見えない。そんな中魔術で発動した術すべてが火の海の上を軽々と飛び越え、立葵の目の前に放たれていた。
「っつ!」
飛んできた陽炎を避けるも、避けきれなかった数個の陽炎が立葵の足元に着地した――その瞬間、大きな音を立てながら爆発した。
――ズズズズズズズズズズゥン――。
爆風で後ろへ飛ばされた、その立葵を追いかけるように無数の棘が襲い立葵の体に刺さっていた。
ゴフ……。
攻撃を受けた立葵は、大量の血を吐きその場に膝をつく。
(ふざけるな……なんだ、こんな魔術の使いかた……ありかよ……)
「こんな棘……」
無数に刺さった棘を抜き、何とか次の攻撃に転換したい。こんなことで負ける訳にはいかない。
陽葵を犠牲にして『負けました』なんてどの面下げていくんだよ。どうしたって、倒してベンタに会わなくては……。
しかし体に刺さった棘を抜けば抜く程出血が酷くなる。
「無理なんだよ、ひとりで団長なんてさぁ」
立葵は声のした方を向くとそこには翠の姿があった。
「なんでここに……」
「蓮を潰してきた。だな」
「あー」
立葵がなるほど。と、納得していると翠は「救急セット!」とカバンを立葵へ投げ渡す。
そのまま、団長の方へと走っていく。
「翠、待て俺が行く!」
そんな声は聞き入れず、翠は走っていた。
「――主様、お力お借りします。――雹弾、追跡――」
翠は走りながら術を発動させる。追跡はその攻撃が相手に当たるまで追いかける。
先に放っていた灰が落ち着きを見せていたが、まだはっきりと見える状況ではなかった。
「追跡だなんてうざったいのう。そんな時は……主様、お力お借りします。――蜃気楼――」
灰の中に蜃気楼が揺れ、そこには団長が現れていた。しかし、追跡は本人かどうかしっかりわかる為、蜃気楼にぶつかっても攻撃完了にはならない。
団長もそんなことは解っている。その為もうひとつ魔術を掛け合わせる。
「――主様、お力お借りします。――魂・分裂――」
団長が心臓を拳でトントンと叩くと、フワっと何かが団長の体から抜け出た。
抜け出たのは団長の魂の一部である。蜃気楼で出来た団長のところへ飛んでいき中に収まる。
収まったのを確認し、さらに魔術を掛け合わせる。
「――主様、今一度……。――仮死――」
団長は眠るように目を閉じその場に座り込んでいた。
この一連の流れは翠からは見えていない。団長の蜃気楼が本人に見えているし『追跡』にさえ本人と認識させていた。この場に『団長』は蜃気楼からしか感じられないのだから当然である。
――ダン!――
「やったか?」
暫しの沈黙が流れた。時間にしておよそ一分。
「お前の目は節穴だな。だから駄目なんだ」
「……!」
すぐ後ろで団長の声がした。しかし先ほど追跡は確かに団長に当たったはず。
声なんてするはずがない。
足も手すら動かない。……翠は混乱の中にいた。
――あぁ。そうかだから敵わないんだ。
いつも団長のほうが一歩も二歩も先にいる。百年前の写真に写っていたことが全て。ずっと魔術の中に生きていて、たかだか二十年魔術を齧ったって足元には及ばない。これは必然だ。
この人はもともとが『人間』ではないのだろう。魔力量も、質も違う。だからどんなに頑張っても……。
「翠!諦めるな!」
空耳まで聞こえる始末。ここに蕗狛はいないはずなのに。なにか叫んでいる。
うるさいなぁ。
「早く立て直せ!まだだ!翠!逃げろぉぉぉぉぉ!」
解ってるよ。今逃げるよ……逃げる……?
「翠ぃぃぃぃ!」
ゆっくり蕗狛の声が聞こえた。
空が赤い……。ここが結界内の森だからか……。
あぁ……きれいだな。




