紺
紺に付けられた傷はもう痛みもなく、違和感もない。傷あとはいつも通り残るが、そんなことはどうでもいい。
目の前にいる紺を倒して、一番気にかかる立葵のところに行きたい。
団長はそんなに弱い訳がない。式神を三体、創りあげ何年もそれを維持していた訳だから、それなりの魔力量が備わっているわけで。
そんなこと確認の仕様もないことを立葵に言うのもおかしいと黙ってきてしまった。それがさっきから引っ掛かる。
なぜ、そんなに魔力が尽きずにいるのか、という事。三体の式神を維持していれば魔力は消費していく。たとえ『主』から借りていたとしても、維持には使えない。
魔力の補充なんてできないのに、尽きない魔力……。
「蕗狛?大丈夫?」
思わず眉間にシワが寄り難しい顔になっていた。
榎は蕗狛に心配の言葉を出せば「大丈夫」とあしらわれるのは、解っていたが聞かなくてはなんとも気持ちが悪かった。
しかし、その不安は違う形で返ってくる。
「なぁ、なんで団長は魔力が尽きないと思う?」
「へ?」
「団長の魔力が尽きない理由さ」
(そんなこと俺に聞いて解ると思うのか!蕗狛!)
と、内心ものすごく焦った。
いや、焦ったと言うよりも今、焦っている。
なぜなら、今!攻撃を受けている最中だからだ!
「蕗狛!右!」
その榎の掛け声で、後ろからの攻撃をヒラリと躱す。
躱したまま城の屋上に備わっていた手すりにピタッと立ち紺の方を向く。
「ねぇ。なんでだと思う?」
蕗狛の中での疑問が解けなかった為、思わず紺に、しかも中途半端に聞いてしまった。
「あぁ”?」
その通りの返答が紺から返ってくる。
そんなに怒らなくてもいいのになぁ。と、不思議そうな顔をして蕗狛は首を傾げた。
「――主様、お力お借りします。――凍露――」
紺は苛々しながら魔術を発動し手のひらをふぅっと吹く。その吹かれた息が露になり凍った。そして拳ほどの球体へと形へ変える。百を数える凍露が紺の周りを取り囲んでいた。紺は凍露を引き連れて蕗狛に足を向けていた。
――タン、タン――。
二蹴りして空に大きく飛び上がりる。
「――主様、お力お借りします!――連・弾!――」
地上にいる蕗狛へ向かって凍露を一斉に飛ばしてくる。
百個の凍露が蕗狛に向かって降り注ぐ。当たれば生きてはいられないのは明確。
しかし、蕗狛はまだ先ほどの答えが出ていない。
――ダダダダダダダダン!
攻撃されている蕗狛は、そんなことお構いなくに、うーんと、頭を抱えている。
「蕗狛!ねぇ!そんな悩みはどうでもいいんだ!降ってくるってばぁ!危ないって!死ぬ!」
榎が蕗狛の頭の上で騒いでいる。それもかなりの声で。
ヒュン!っと蕗狛の体ギリギリを掠めていく。が、何故か当たらない。
その様子を見ていた紺が不思議に思う。なぜ百もの凍露がひとつも当たらないのか。しかも拳ほどの大きさだ。
いくつもの凍露が掠めていく様子を見ると、蕗狛の体が一瞬ブレていた。
「――あんのクソガキ!」
何かに気づいた紺は急に辺りを見回した。しかし目の前の蕗狛の姿しか見えない。
「蕗狛、気づかれたみたいだよ!」
「だな、騙すのはもう無理みたいだ。でも、お陰でできたよ。行くよ」
蕗狛は城の真ん中にある塔の屋根に腰かけている。そこは見渡しがよく、紺と偽の蕗狛の姿が見えていた。
蕗狛は右耳のピアスを引き千切り、指に嵌める。
それはもともと指輪であり、蕗狛にとってとても大切なもの。いちいち耳を引き千切ることもないのだが、外す動作が面倒なのだ。外すのであれば傷を魔術で治した方が早かった。
なら初めから指に嵌めておけばいいものなのだが、指輪の存在は隠しておきたい。なんとも我儘な行動である。
「――土壌・落・没――」
蕗狛がそう魔術を発動させると屋上が大きく陥没し、蕗狛を探していた紺が陥没部に落ちていく。
「っち!――主様、お力お借りします。――縄!――」
紺は縄を出し屋上の手すりに掛け、体を引っ張り陥没先に落ちないように凌ごうとしていたが、そんな時探し者が城の塔にいるのを見つけた。「あんなところにいやがった」と、いら立ちが頂点に達していた。
何より腹立つのは、見つけた相手がこっちをみて自分を見下し、微笑んでいることだろう。
いら立ちは時に、完全な思考回路を邪魔する。
「――主様、お力お借りします。――羽根――」
バサっと、大きな羽根を背中に携えて蕗狛の元へ向かおうと飛び出した。しかし、陥没部と地面の境目にあたる時『バチン』と大きな音がした。なにかにぶつかったのか、左右を確認するが何もない。蕗狛の方へ顔を向けるが居ない。
「どこへ……いった……?」
『ここだよ。紺君、君が夏で後ろからぐっさり……刺した傷が痛む……よ』
声は後ろからした、ゆっくりと後ろを振り向くと、ブンと羽音をさせた榎がなんとも形容しがたい顔をして紺の後ろを飛んでいた。「蕗狛がここを触ってみて?」と言った為素直に触ると、紺の後ろに飛ばされていた。
榎が声を掛けようとしたところ、自分の声で勝手に喋るのだから。
その『間』を待っていた。
「――巨濤――」
指輪にそっと口づけをしながら静かに蕗狛が魔術を唱えると、陥没部に大量の水が静かに湧き上がっていた。
暗い陥没部に音もなく、水が襲い掛かるが暗いため水の存在に気づくのが遅かった。
「なんだ!水の音か!」
微かにする水の音に気づいた時には、そこにいたはずの榎の姿はなく、空に逃げようにも見えないほど薄い硝子の蓋がされていた。
さっき『バチン』と当たったのはこのガラスだったのかと、叩き割ろうにも力が入らない。
「なんだ?なんで……ちか……ら……が」
紺はそのまま気を失っていた。
「あれ、なんか変かな」
蕗狛も異変に気づき、紺の元へと降りる。
水圧でガラスの蓋のすぐそこに紺は横たわっていた。まるで眠りについているかのように。
「蕗狛!俺まで水で溺れるところだったじゃないか!だいたい作戦の不備はなっかた?ねぇ!聞いてる?」
羽根をブン!と乾かしながら蕗狛の耳元で叫んでいたが、そう叫ばれても、簡単に「ごめん、ごめん」と簡単に謝るだけで、悪気がない……いやそれよりも、紺の様子の方が気になる。こっちの方が正解かも知れない。
あまりにも何も言ってこない蕗狛の目の前に飛び出た榎が、小さい手で蕗狛の頬を叩く。
「紺を殺すつもりじゃなっかたんでしょ?なのにこの状況はなに?頭で考えてても行動しないと解決しないよ!」
榎が大きな声で怒ったことはない。温厚なイメージの榎が怒ったことに驚いた蕗狛が「あぁそうか」と、ガラス蓋に円を描き、そこだけ叩き割った。そして紺の体を水中から引っ張りだした。
陥没部を水でいっぱいにしガラス蓋で閉じ込めて、団長やベンタについて聞きだす。ベンタを裏切るように仕向ける。そんな作戦のもと、榎と動いていた。
凍露も百個出せばそれなりに魔力を使うし、連続で使うことにより魔力の回復が遅くなるのを見込んでの行動で、陥没部に落とすまでは完璧だった。
ただ……。
「紺の魔力が全くない。これじゃあ何もできない」
「紺は精霊だから死んだりはしないね……今はなんで起きないのかな」
「わからない。こんな急に魔力がなくなるなんて……榎は知ってることない?」
揺すっても突いても反応はなく、魔力もない。
ただ、精霊の一番大切な核は破壊させていないため、辛うじて姿を保っている。と、いったところだ。
「ないかなぁ。紺の主はベンタだと思うから、魔力に制限はないと思うし」
「だよなぁ。どっちにしても……ここに放っておくわけにいかないしなぁ」
二人がどうしようかと頭を抱えていると、下の広間から地響きとともに、聞いたこともない大きな音がした。
――ズズズズズズズズズゥン――
「なにかあったな!立葵のほうだ!」
蕗狛が広間の方に走りだそうとした時、榎が「待って!」と、叫んだ。
「蕗狛!紺をここに一人にしないで!」
「一人って言ったって、ここは紺たちが今住んでんだろう?なら自分チじゃん」
「でも、ここに置いていくのは嫌だ」
「っつてもな、連れていけないだろ。重いし」
「でも!」
ガシガシと頭を掻きながら困っていると、ひとつ声がした。
「ここにいれたら?この中は広いよ」
そう、季の声だった。
この中とは、季が隠れている『ガラス玉』のこと。
「馬鹿言うな、もし中で目覚ましたらどーすんの?」
「んー、お茶出しておくよ」
「そーいう話ではない!」
「でも魔力ないんでしょう?大丈夫だって!」
季の大丈夫はあてにならないが、信じてみることにした。
昔から季のいう『大丈夫』はあてにならないが、最後はなんとかなっている。
「お前の言葉、信じるぞ」
「あぁ、大丈夫だよ」
「――吾、姿隠したく場所お借りしたい――球体――」
ザワっと、空気が揺れ紺の体が瑠璃色の液体になり蕗狛の持っていたガラス玉に吸い込まれた。
その光景を初めて見た榎が何があったか解らないという顔で蕗狛を見つめていた。
「あーあれだ、すごく簡単に言うと、このガラス玉の中は四人入れる小さい部屋になってて、球体ていうんだ。裏魔術書の中にあって、おーばちゃんに教えてもらってさ」
「ちゃんとでられるの?」
「季は出てただろ?ここの…………や、そうじゃない。立葵のとこへ急ぐんだ!」
「えー聞きたかった!」
「後でな」
蕗狛は頭に榎を乗せて、大急ぎで立葵のいる広間に駆けていった。




