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秋の憂鬱

開け放たれた扉の向こうに広がるは見たこともない、木々の群生。さらには色鮮やかな空と色付いた落ち葉たち。

 彼らの知っている空は灰色の空だけ。太陽が出ないから草木もろくに育たない。ましてや葉が赤や黄に変わっているなんて不思議そのものである。

 

「空と太陽があるとこんなにも俺らの世界とは違うんだな⋯」

「この葉は何で赤や黄なんだろな」

 

 言葉にならない二人はやや暫く見とれていた。そう、見とれてしまったのである。



 結界に触れると言うのは、術者の一部に触れるということ。

 今までも鳥や道に迷った者などがちょんと、触れる事はあっても、鍵を開けて中に入ろんうなんて思ったものは一人として居なかった。

 町には言い伝えがあり『森には四季の神あり。近づいてはならない』怒りをかえばもう、四季を返してくれなくなる。

 黙っていればいつの日かまた太陽と、空が戻り豊かになると町では思われていた。

 彼らはただ待っていればいいと。そうして百年ただ待っていた。



 

「ベンタ様?」

 

 声を掛けた相手は、今まで見たことのないような不機嫌な顔をして煙管(キセル)で一息ついていた。

 

「俺の結界に触れただけならまだしも、中に入ってくる奴がいる。」

「中に入ってきたんですか?困りましたね」

 

 お茶を淹れつつ、返答のないベンタの様子を伺う。

 眉間のシワは随分と深そうだ。

 

「でしたら、彼らと少し遊んできても良いでしょうか?」

「スミ、殺しても構わない」

「まぁ、本当ですか?百年ぶりのお客様ですもの。楽しみですね!」

 

 そう言って彼女は両手をポンと叩き、なんとも言えない笑顔を覗かせその場を後にした。

 

「ふん。たいして魔術も使えない凡人が俺の領域にのこのこと。実に不愉快」

 

 大きな椅子に腰掛けたその人(ベンタ)は足を組み直し、机の上の灰皿に灰を落とし、新しく葉を詰め直し一息ついた。

 

「どんな奴か見届けてやろう。球体・監視スフィア・サーヴェイランス

 

 周りの空気がザザザッと音を立てながらベンダの手のひらに集まり小さな球体が姿を現し、その中に部下(スミ)の向かった先が映し出された。

 

「なんだ秋にいるのか。まだ出口はすぐそこだ、帰ってもらおう」

 

 お茶をすすりながら机に片肘をついて傍観し始めた。

 


 どのくらい見とれていたのか。

 見たことの無いものを見る、触る、感じる、とは幼少期で終わっていたかも知れない。本に載っていても百年も昔のことでは町民ですらよく知らない。

 その世界が今、目の前に広がるのであれば時間も目的も忘れてしまう。そんなものである。

 

「なぁ、季!見ろよ、きのこだ!ちゃんと生えてるぞ!」

「こっちには⋯なんだ?これは見た事ない」

「それ、くりじゃね?昔本で見た!」

「はぁーすげぇなぁー。トゲトゲしてて痛い」

 

 二人は落ち葉だけではなく茸や栗、柿などを手当り次第集めていた。はしゃぐ子供とはこの事である。


 


 (あぁ⋯なんてちっぽけな人間なんだろう。

 灰色の空の下育つと、少しの色とりどりでこうも単純に喜ぶのだろうか。愚かだなぁ。四季や空を取り上げられた理由もちゃんと知らないまま、そのままずっと目的を忘れて過ごしていればいいのに。そうすれば、ベンタ様も心安らかになるのに⋯いや、殺してもいいと言われたから、そうしましょうかね。)

 

「ねぇ、君たちはこのままここで暮らしてはいかが?」

「⋯えっ?」

 

 二人が声の方を振り向くとそこには、茶色い髪にロングワンピースを着た女性がフワッと浮かんでいた。

 

「あんた誰だよ」

「まぁ、女性にたいして「あんた」なんて失礼ですね。スミっていう名前があるのよ?」

 

 ふふっと笑っているが目は全く笑っていない。

 

「名前なんてどーでもいいし、そもそも上から話しかけてくるような人に礼儀とか示さなきゃなんねーの?」

 

 笑ってない相手に笑えるほどできた人間ではなく、売り言葉に買い言葉とはこのことである。

 

蕗狛(ロハ)、あまり食ってかかるな」

 

 (トキ)が止めに入る。礼儀は誰に対して必要である。ましてやこっちは勝手に鍵を開けて入ってきている、出会った人に挨拶は必要である。

 

「あの、すみません、僕達こんな綺麗なところ見た事なくてはしゃいでしまいました。でもここに住むとかは考えてなくて⋯」

 

 はははっと下手に出る。

 普段暗い季が、蕗狛を庇うように愛想よく返した。

 

「そう。で、君たちはここに何しに来たの?」

「関係ないだろ?」

「んー、でもここは入っちゃいけないって教わってないの?」

「あんただって入ってるだろ?それはいいのかよ」

 

 季が蕗狛を庇った意味はまるでない。

 

「おい、蕗狛!」

 

 蕗狛に冷静さというものはないのか。

 そもそもこの女性(スミ)も話聞いてないし、間に挟まれるのは面倒だな。なんて季は内心呆れていた。

 

「そーね。ベンタ様が気分を害すのも分かるわ。ここはベンタ様の領域よ?勝手に入ってくるなんて躾が足りないんじゃないかしら?」

「だったらなんだよ」

「だったら?

 ――主様、お力お借りします――砂嵐(ダストストーム)!」

 

 スミが唱えた途端どこからともなく、砂と風が吹き荒れた。地に落ちていた落ち葉や木の実、更には生い茂っていた葉などを吹き上げ、遥か彼方へ吹き飛ばしていた。

 そうして残った木は枝を覗かせていた。

 辺りは綺麗さっぱりと、裸の木々が立ち並ぶだけとなっていた。

 

「ふん。たかだか数年しか生きていない子供がちっぽけな。ベンタ様の結界に入る⋯なんて⋯」

 

 結界を張ったこの森に人がいるなんて、可笑しい事である。そもそも入っては来れないはず。

 入ってきていることこそ理解し難い事であると、気づいた時には彼女の後ろから小さな声がした。

 

「⋯⋯⋯樹霜(ジュソウ)⋯」

 

 ビシッと一瞬で冷気が当たりを飲み込んだ。空気中の水蒸気が霜となり木々を凍り付かせていた。まるで裸の木が霜で着飾ったかのような、そんな景色。

 そのうちの二本の木から凍った枝が数本伸び彼女の頬横スレスレで止まっていた。

 

「どういう事⋯」

 

 ヒヤッとした。のは言うまでもない。

 何故なら町民の中で魔術を使えるのは十人足らずで、皆このような所へは出向いたりはしない。こんな子供が魔術を使えるなんて。

 

「有り得ないわ」

「有り得るかどーかは自分の目で確かめればいい」

 

 季に鞄を渡し、ググッと腕捲りをした蕗狛は左耳の指輪型のピアスを右手薬指にはめた。そのまま、口付けをした。

 

「―我、契約の下、此処に力お借りします―竜巻(タツ・マキ)!」

 

 ゴゴゴゴゴゴ!

 

 地鳴りと共に風が吹き荒れ竜巻が彼女を襲っていた。

 更に蕗狛は自分の掌にふぅっと息を吹きかける。

 すると雹が数粒現れる。

 

「―今一度⋯雹弾(ヒョウダン)!」

 

 掌に現れた雹が弾丸のように勢い良くスミめがけ飛んで行った。二・三発が頬と腕を掠っていた。

 

「ちょ、こんなの聞いてないわ!」

 

 スミは、この場から離れることが「一番」と考え戦線離脱し、空高く飛びたっていた。

 

 

 スミが離れたのを確認し竜巻が収まり、蕗狛がヘラッと笑って季の元へと駆け寄った。

 

「季、怪我してない?」

 

 差し伸べられた手は無く虚しく伸ばされたまま。

 言おうかどうか悩んだが、季の不安は抑えきれなかった。

 

「―っ!なぁ、お前さ本当に蕗狛か?俺の知ってる蕗狛は木を伸ばしたり、凍り漬けにしたり⋯⋯竜巻なんて起こしたりなんてしないんだよ!

 砂ん中護るのに結界みたいな、訳わかんないものなんて作らない!何だったんだよあれ!この先ずっとそんな、そんな⋯奴と居なきゃならないのか?」

 


 自分の知らない親友(ロハ)の姿に気味が悪いと、誰だかわからないと、燻っていたものに火がついてしまった。助けてもらっておきながらお礼より先に怒鳴ることなんてないのに。

 季は真っ直ぐと蕗狛を見上げ、真っ直ぐ胸に突き刺さる言葉をぶつけていた。

 それはどんな凶器や魔術のそれよりも固く痛いものだった。

 

「⋯そっか⋯そうか⋯そうだよな。怖いし気味悪いよな、周りにそんなやつ⋯居なかったもんな⋯」

 

 蕗狛は少し寂しそうに、季に預けていた荷物を引き取り頭を掻きながら、浅い息を吐いてボソリととなにか呟いた。



 

 森の奥に進んでいく蕗狛の背中は寂しくみえた。

 

 「ここからは一人で行く」

 

 と、声にならない声が聞こえた気がした。

 

「くそっ!」

 

 むしゃくしゃする気持ちがそのまま手に返ってきて、地面を殴った手がじんわりと痺れた。

 

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