柊と凛
「はーぁ、あいつなんなの」
そう言って呼吸が乱れるのを必死に整えようと橋の下にある小島で休む。
ここは昔からある小島で、四季の神様が隠れん坊する為にと作ったものだった。そんな小島はベンタ達もお気に入りで、もちろん式神たちもよく隠れる場所だった。
正直一番どうでもいいやつが来た、ハズレだと思っていたが、やはり『精霊』である。
魔術を後から稽古した人間如きが敵う相手ではなかったのかもしれない。
「くそっ、早く精霊を倒して団長のところへ行きたいのになぁ」
焦る気持ちは余計視野を狭くする。
そんなとき、辺りに何か飛んでいるように見えたが、気のせいかと目を擦る。
しかし、ブンっと耳元で何かが飛ぶ音がした。
(やばい!あいつだ!また虫ぃ!)
咄嗟にそう思った。
凛は先ほど大量のオツネントンボに襲われたばかりだった。
必死に耳を塞ぎ目を閉じて音が止むのを待った。
(虫無理!気持ち悪い!早くどっか行ってくれ!)
そう何度願ったことだろう。しばらくして、恐る恐る目を開けると、川に架かる橋の下にいたはずだが、目の前は一面銀世界になっていた。
「え?俺今、川にいた……よねぇ……」
そこに一つの影が顔を覗かせた。
「なー。でてこねぇーの?その小島は俺らのだよー?使用許可とってんのー?」
文句を垂れた影はすぐに消えた。
相手が自分を怖がっているのであれば、何も恐れることはない。ただ、油断だけしなければいい。
柊は橋の手摺りに立ち、両手を広げて勢いよく魔術を使う。それは何者にも遠慮しなくていいと言う、今の状況がそうさせていた。
「――主様、お力お借りします。――雪華――」
ぶわぁっと風が吹き荒れて、あたりの気温が一気に下がる。それは身震いするほど。
周りが霧に包まれているからなのか、花々が凍っているからなのか、余計寒さを演出していた。
その寒さのまま空からチラつくは手のひらほどある大きな雪の花。そのまましんしんと降り積もる。
「悪りぃな蕗狛。この魔力もお前が四季の神様を通して分けてくれてるもんなんだろ?さっさと終わらせてやりてぇんだけど、もう少しまっててなあ」
その雪華は当たり前に小島付近にも段々と積もっていく。雪華は手のひらほどの大きさである。もちろんすぐ積もってしまう。
「だあ!ここからでないと!まずいじゃん!」
このままでは橋の下に埋まってしまうと、凛も応戦する為魔術を発動する。
「――主様、お力お借りします。――竜・巻!――」
雪華が降りしきる中、竜巻が現れて雪華が吹き飛ばされていった。ただ、今まで溜まった雪は、吹き飛ばすことはできなかった。
「ふ。やっとアナグラから出てきたか。さて、遊ぼうか」
楽しすぎるという顔をしながら、柊が魔術を発動する。
「――主様、お力お借りします。――雪豹――」
真っ白い雪豹が姿を現しそのまま連に襲い掛かる。
「主様、お力お借りします。――水――」
柊はその水を雪豹に目掛け放つ。そうすると水が雪豹の体に吸い込まれていった。
雪豹が一声大きく吠えると、冷気を纏った水が雪豹から放たれていた。放たれたその水は蓮にあたり、当たった足が地面とくっついて凍っていた。
「な、なんだよ!雪豹が水を吐くなんてありかよ!」
蓮は無理やりその凍った足を地面から引き剝がすと、地面に足がついたまま体から離れて、バランスを崩し雪の上に倒れこんでいた。
その瞬間、痛みと驚きで声にもならない声があたりに響いていた。
「――!」
凛の声が響き渡る中、柊はニヤニヤしながら一歩づつその声の元へと歩み寄っていた。
「あーあ。無理に剝がすから。その氷は魔術で強化されてるんだよぉ?自然に凍るのとわけだ違う。俺はさぁ蕗狛みたく優しくないし、榎のように情けは掛けない。今まで君たちの主がしてきたことに比べたら、足の一本や二本どーってこたぁねーよなぁ?」
そう言いながら柊は足をもがれた蓮のところへと近づき、足を踏みつけていた。
彼の心情まで覗き見ることはできないが、表情を見る限り、あまりいいものではないのはよく解る。
「――――っ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気を失いそうになりながら、どうにか魔術を発動する印を構えるが、冷や汗が止まらない、手に力が入らない、声が……震えて出てこない。
なんでこんなことに。
別に凛が何か直接手にかけたわけではない。ここまでされる事はないのではないか。なんて頭が過る。
そしてひとつの疑問が過る。この苦しみがなぜ続くのか、自分は式神でこんなにも痛みを感じることは……。眉間にシワが寄る。
「なんで式神なのに『痛みがあるのか』って顔してんなぁ。そんなの簡単だ。俺が『精霊』だからだよ。式神が精霊に勝てるわけないだろが。結局は創りもんなんだよ」
式神は術者が自分の魔力をほんの少し紙に移し、そこから増幅させて創り上げるのが式神。
精霊は主が自分の魔力を増幅させてその魔力を元に精霊の核自身が自分で体を完成させるのが精霊。
どうしたって力の差ができる。そのことを凛が知っているわけもない。
精霊に勝てるなんてなかった、そんなことは初めから結果の解っていたことになる。
「核が完全にないお前たちは式神止まりで、人間にも精霊にもなれない。どんなに人間になりたいと願ってもな。そろそろ終わりにしようか――主様、お力お借りします。――裁き――」
ブゥン。と凛の頭の上にガベルが現れ、そのまま振り下ろされる。
「なんて……惨めな……高貴な式神が、こんな……こんな……ふざけるな。――主様……お……力お借りします。棘棘――」
ガベルが振り下ろされるのと同時に、柊の背後から無数の棘が飛び交ってくる。
――ザン!――
がふっと血を吐く。
目の前が暗くなりふらつく。そのまま意識が飛んでいくのを感じた。
別に凛を恨んでいるわけではない。ただ四季の神様を奪い森に結界を張り、幾人の命を奪ったか。
何より蕗狛達の町から青空と太陽を奪ったベンタの仲間の一人を許すことはできない。それが悲しい駒のひとつであった式神であっても。
「くそ。背中が……痛てぇ。傷だらけじゃねーか」
それは凛が最後の力を振り絞って放った『棘棘』が刺さっていた為の痛み。
彼が術を放っていたのは解っていた。しかしそれを受けないという選択肢はなかった。必要以上に傷つけた相手からの報復を。これは彼からの『罰』なんだと。
横を向くと黒紅の砂が雪の上に散らばっていた。
それは凛が居たその場所だった。ガベルで潰され仮の核が破壊されて散らばった式神の残骸。
蓮も楓も、凛でさえ式神として生まれなければ汚れたことに手を染めなくてもよかったのかも知れない。
柊は仰向けに寝転がって霧で覆われた空を見上げた。
「ほんと、痛てぇな」
「お前の為に、何人が犠牲になるんだろうなぁ。四季の神様。ふふ。お前の姿をみたあいつらの絶望が楽しみだ」
ここは結界内、最果ての城にある東塔通称『氷の間』
新月王ベンタが四季の神様を氷漬けにした部屋。
ここからは森が一望できいつでもその美しい四季を楽しめる四季の神様のお気に入りの場所だった。
その部屋に凍っているために四季を見つめることすら出来ない四季の神様を閉じ込め入れた。
いままで欲しくて欲しくてたまらなかった『四季』と『四季の神』を同時に手にした時、急になんとも言えない虚しさが襲った。
その隙間を埋めるように四季の精霊を虐めて遊んだ。しかしそれにも飽きたころ、町で町長をしていた桜から面白い話を聞いた。
『桜が何か怪しい動きをしている』と、そのまま泳がせ続けて約十六年。
桜が死に今まさにその『お楽しみ』が手の中に。
「待っていたかいがあったなー。まぁ紺にやられる様な甘ちゃんじゃなきゃいいけどねぇ」
煙管に火を落として子供のようにはしゃぎながら、大きく息を吸い込む。
窓から見えるのは、団長桜と立葵の姿、少し離れたところには紺と蕗狛の姿があった。
吐き出した煙管の煙が窓を白く汚していた。




