解約
「なんだ、立葵生きていたのか」
その男は、嫌味ったらしくそう言った。
「ざぁーんねん!殺し損ねたね」
生きてるよ、当たり前じゃないかと、言いたげな蕗狛が彼の質問に答える。
「……どうだろうねぇ。立葵がここにいるという事は、『陽葵』は死んだんだろう?なら、大成功じゃと思うがのう」
「――っ!」
プチンと、何かが切れた気がした。それは相手が団長だからなのか、自分たちを育ててくれた人だからか。
どちらにしても団長の口から出ていい言葉ではなかった。
「――主様、お力お借りします――蔓――」
立葵は団長目掛け、蔓を伸ばしていた。
「なっ!」
――バン!――
団長の足に蔓が巻き付け地面に叩きつけていた。
土煙の中地面ギリギリで叩きつけられるのを回避し、そこに座っていた。
「なんだ、死なねーのかクソ団長」
「久しぶりじゃのーぉ。その呼び方」
「……なぁ蕗狛、ここは俺でいーか?」
蕗狛の返事はなかった。
「おい?」
「あぁ、いいよ。あいつが俺に用事があるみたいだから」
蕗狛の目線には城の屋上に嫌でも忘れない、紺の姿があった。
「生きてたのか蕗狛君」
「ギリギリね。夏のお返しをしに来たよ紺くん」
ニヤつく蕗狛の顔は怖く、何を考えているのか解らない。まぁ、いつもの事かもしれない。
そのまま紺のところへと飛んでいくが、急に戻ってくるかと思えば、一言。
「あ……死ぬなよ、立葵」
「忘れ物みたいに言うな」
「確かにな」
そう蕗狛は立葵の背中をひと叩きし、再び紺の元へと向かった。
蕗狛の頭の上で嫌な予感しかない榎が心配そうに蕗狛に尋ねた。
「ねぇ蕗狛、各所にみんな置いてきてよかったの?」
「大丈夫。みんな強いから」
「でもみんなが使う魔力は……」
「あー俺のだねぇ。問題ないよ」
そう言って紺との戦いに向かう。
何も心配がないと言えば嘘になる。こっちの個々の力はそう変わらないが、相手の力は変わる可能性があるのだから。
主が万全でいること。これは大きな力の差になる。
蕗狛が紺のところへ向かった頃、砂利道付近『翠対蓮』。
夜顔の花が根こそぎなくなっていた。
「逃げてないで攻撃してきたらいいんじゃない?すーい」
「はぁはぁ……(火力が可笑しいんだよ、馬鹿が)」
翠は、盾で身を隠しながら、次の一手を模索していた。
蓮とは稽古をしていない。何が得意かなどは互いに解らない。ただ……ここは負けるわけにはいかない。
「とんでも技があるわけではないからなぁ。俺らしく行きますか、ね」
「おーい!まだか?」
「そう急かすなよ。古くからの馴染みじゃないか」
ヘラっとした翠が蓮の元へと姿を現す。
「なにを」
「――主様、お力お借りします――火炎――」
翠は指をパチンと鳴らし炎を出し、そのまま続けて、
「――主様、今一度、虎――」
そう魔術を発動させ火炎を持った手で虎を触ると虎の全身が火炎に包まれ火炎虎になっていた。
「二段活用ってところか。翠は一回に何個まで魔術使えるんだろーなぁ」
「そんなの、言うかよ。虎蓮を噛み殺せ!」
――ガルルルルル!――
タンと走りこんで虎は蓮に向かい走りこんでいく。
それを見送って翠はポケットから刀を出し後ろから一緒に走り出していた。もちろん連からは見えないように。
「そんなもん、水が掛かるか凍ってしまえば怖くもなんともない!――主様、お力お借りします――凍!――」
冷気が虎に向かって吹き付け、火炎がかき消されてしまうが虎はそのまま連に嚙みついていた。
大きな虎の体が蓮にのしかかり前が見えなくなる。
首筋には歯がピッタリ噛みつき離れない。
「ゴフっ!」
蓮は血を吐き出しながら地面に倒れこんでいた。
そこに虎の後ろから来ていた翠が虎の体ごと、刀を差し込んでいた。
(っち!すまねぇ虎、痛えよな)
「――主様、三度――解除――」
そのことばで虎の術が解かれ、蓮に届かなかった刀が蓮の右腹部に刺さっていた。
蓮は言うまでもなく大量の血を吐いて動けなくなっていた。その姿を確認した翠は傷付いて消えた虎の残り術に謝罪を入れた。
「虎ごめん……」
魔力がそこまで多いわけではない、翠が魔術団としてやっていくには、魔術だけでなく体術や棒術の稽古を多く受けていた。
もちろん、どちらも使えるに越したことはないが、秀でているものがある。それは言うまでもなく有利である。
「立葵が拾ってくれたこの命、なんとしてもあいつの為に」
さらさらと流れる血が、人間であれば痛く喚くのだろう。しかし、式神からしたらこんなものは屁でもない。まぁ、肉体はきっちりあり痛みを感じるが、結局はつくりものである。
「なるほどね……魔力の少ない分……こっちを鍛えてきたか……立葵の部下ともなれば弱いのは……ねぇ。だっせぇ……わなぁ……」
蓮は鼻で笑いながら翠が突き立てた刀をゆっくり抜き、放り投げる。
ガチャンと音がして、翠も蓮が立ち上がったことに気づく。
「あーやっぱり生きてたかー」
「ねぇ?まだまだやれるでしょ?」
「ピンピンしてやがるのか。お前とは手合わせしたことなかったからな。あ、そうそう。式神ってどーやったら死ぬの?」
式神を殺す、つまりは術の解除をする為に、翠がしなくてはならない事。
それは『式神を解除するには臍に一撃入れる』か『式神の魔力を使い果たさせる』の二点のどちらか。
『俺的には、前者を押すよ。式神の魔力が尽きることなんてほぼ無いに等しいからね』と、蕗狛は笑いながら言っていた。
「(なぁーんて簡単に言ってくれるよなぁ蕗狛もさぁ)どっちにしろきついな。物理的な一撃では解除にならないのは、さっきの刀での攻撃で解った。意味がないようだったし。接近戦で魔力込みでの攻撃……」
頭をガシガシと掻きながらどうしようかと、悩む。
「式神の解除の方法、聞いてるんでしょう?あの桜のひ孫からさー。俺はただ、魔術をかじった人間を殺せばいいだけだ。簡単なことだわねー」
「聞いてても一応本人にも確認しておくじゃん?」
大きな伸びをして、手を伸ばすと、ふと目に留まった。
「(ああ、そうか……)ほんとに蕗狛は『自己犠牲の塊』なのか」
使い方は特に教わらなかった。なぜなら蕗狛が無視したから。その先このことを確認する時間がなかったのと、聞くまでもないことだったから。蕗狛は思いのほか欲深いんだな。と思うと笑ってしまった。
翠は両手を合わせて魔術を発動させた。
「――主様、ここに契約を破棄させていただきます――解除――」
翠は今の主である『四季の神様』との契約を解除した。
このことにより魔力が安定せず、魔術を使うことができない。もし安定した魔術を使いたいのであれば誰かとの契約が最低限だ。
四季の神様のように『神様』との契約は生まれる前に済ませている為、契約は不必要であった。新たに、神様以外の契約には主となる本人の『血』が必要にようになる。
「は!解除してしまえば魔力が安定しない!魔術を手放すのか!そんなんで俺に勝てるのかよ。ゲロうけ!」
蓮は魔力が安定しない翠を叩くのであれば今しかないと言わんばかりに、攻撃態勢に入る。
「――主様、お力お借りします。――水弾!」
蓮は両手にいっぱいの水滴を出し、目の前にいる翠へと標準を合わせて水弾を放つ。
――ダンダンダンダン!――
その水弾が翠へと向かってくるが、翠自体はそこまで焦ってはいない。
やることを淡々と行うまで。
蕗狛に貰った指輪を見つめ「頼むよ」と一言、深呼吸して指輪に付いてる瑠璃色の石をサラっと撫でる。そうすると辺りが暗くなり、石が光り出す。
「――新たに主としたく、『蕗狛』の許可を頂きたい。――契約――!」
蓮の放った水弾を、翠を包む瑠璃色の光がかき消していた。
契約の主である蕗狛が『邪魔だ、失せろ』と言っているかの様だった。
「――血ないじゃん!」
と、翠が焦るが、瑠璃色の石が割れ中からドロっと血が溢れて、その血が翠の手のひらに付いた。「ああ、そうか」と、翠は血で汚れた手のひらをパンと合わせる。
血が生きているのか、手のひらを這い両手の甲に狛犬の痣がパッと現れて一瞬で消えた。
背中がザワっとしたのを感じた。そして何も考えずに魔術を発動させた。
「――蕗狛、力お借りします――蒼炎――」
翠の手には蒼い炎が出現する。それは綺麗なもので目を奪われる。
しかし、そんな見惚れている時間はない。翠は足にググっと力を入れながら再度魔術を発動する。
「――今一度、お借りします――翔――」
その魔術を発動すると、足が軽くなったのを感じた。
今までの魔術とは質が違う、妙にしっくりくるのを感じた。
瑠璃色の光の先にいる蓮目掛け、目で追うのがやっとの速さで走り、蓮の臍に蒼炎の拳を入れ込んだ。
急に目の前に現れた形になり蓮の反応が一瞬遅れていた。
ポタポタ……ポタタタ……。
臍は式神の全てが凝縮されているところでる。式神にもともと『核』はない。
凝縮されているそこは、言わば『仮の核』になる。臍の破壊は式神の死であり、再生はない。
蓮は体が崩れながらそのまま地面に倒れこむが、式神の術が解かれた為か、黒紅の砂になって消えていった。
翠は消えた蓮を見つめながらその場に座れこみ、砂利道に倒れこむ。
「蕗狛の魔力って、こんなにブレがねぇんだなー。ちょっとびびったわあー」
他人が使ってもブレがないという事は、洗練され扱いが難しいという事。




