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夜顔

 「行こうか」と言い放ち各々出発準備を進めた。それからほどなくして隠れ家もそのままに崩壊した春の地に六人は居た。

 しかし、ひとつ疑問が残る。どやってベンタの元、四季の神様の城に行くのかという事。

 もともとは季節ごとに分かれていなかった為、城に行くのに悩むことはなかった。(エノ)(ラギ)も行き方なんて知らないのだ。


「なぁ。どうやって四季の神様の城に行くんだよ」

「今はベンタが支配しているからベンタの城かもなぁ。まぁ、行き方に正解はないようなもんだよね」

「正解がないのにどうやって行くんだよ」

「さー。そこまでは桜さんの魔術書には書いたなかったしなーなあ蕗狛ー。蕗狛?」

 

 季が柊の質問に答えるが何も聞かず、もくもくと何かの用意を始めていた。答えがないことに不満を覚えながら、ぶつぶつ文句を言う季をなだめる榎があたふたしていた。

 

「翠、こっち来る時に使った髪飾り貸してくんない?」

 突然、髪飾りの話をされて少し驚くが、もともとは桜の髪飾りの為、返すことに違和感などはない。

 蕗狛に言われて翠が髪飾りを出し、渡す。

 

「何に使うんだよ。ひとつは使ってしまって黒いぞ?」

「うん。今回も使うのはひとつでいいんだ」

 

 陽葵のところへ来る時にひとつは使っている為、もし使うならあとふたつ。

 

「これは三個飾りがついてんだけど……ひとつには、四季の神様お城に咲いてた花が入ってる。これを鍵穴にして結界内に入れば、めでたく四季の神様の城の近くに出られるはず」

「なんで四季の神様の城の花だって解るんだよ」

「え、だって……書いてた。魔術書のあとがきに。あったよ?」

 

 軽い言い方で蕗狛が答える。それを聞いても、何を言っても動じなくなってきた翠がなんとも逞しい。

 

「桜さん……あとがきに手紙書きすぎじゃない?」

「はは。たしかに!でもここが一番安全だからねぇ。なにかあって一家を捜索されても調べないだろうって、おーばちゃん言ってたよ」

「安易な……」

「魔術書にへそくりでさえ隠してた人だからね」

「あいつらしいな。で、蕗狛なにしてんだ」

「この飾りを取りたくてさぁ」

 

 ガチャガチャと髪飾りからひとつの飾りだけ外す。桜から借りているものには魔術を使いたくない蕗狛は、意外にも不器用に飾りだけを外し、必要ないところは翠に返した。

 

「こっちは今、いらないから、持っててね」

「また使うのかよ。てか、なんだよこの指輪」


 返ってきた髪飾りと一緒に見たことのない石のついた指輪がひとつ。

 

「あー多分また使う。さて、準備できたよ」

「指輪は無視かよ」

「みんな準備はいー?」

 

 蕗狛の呼びかけに、問題ないと返事を返す。

 

「……では」

 

 蕗狛は外した飾りを大きく空に放り投げ、おーばちゃんから預かっていた簪から鍵を取り出した。

 それはこの森の一番最初にあった、結界へ入る時に使った鍵だった。

 

「懐かしいね。また使わせてもらうね」

 

 鍵を優しく持ちながらそう呟く。

 放った飾りが蕗狛の目の前に、落ちてくるのと同時に鍵を飾りに突き刺し魔術を発動させる。

 

(われ)、すべてを司る者皐玖楽(サクラ)と契約すべし者。今ここで扉開けさせてもらう――(カイ)――」

 

 どこからか吹き荒れる風に夜顔(ヨルガオ)の花びらが舞い散り辺りを包みこみ、目の前には今まで見てきた扉のどれよりも大きく、薄いガラスの扉が現れる。


「なんだよこの扉薄くないか?」

「まぁ、この扉は四季の神様とおーばちゃんの魔力でできてるから、薄いんだよね――っと」

「二人の魔力なら分厚いんじゃないの?」

「まー弱まってるからさぁ。季、扉押してーぇ」

 

 蕗狛は説明もそこそこに季とともにその大きな扉を押し開けていた。

 扉の隙間から冷たい風が流れ込んでくる。それは冬に居た時に感じた冷たさではない。まるで何か開けてはいけない何かを開けた時のような……寒気に似たもの。

 

「くっそ寒いな」

 

 そう言って蕗狛と季は中へと進んでいく。遅れまいと榎は蕗狛の頭の上に乗りしっかりと身を屈め隠れていた。

 立葵や翠、柊も後に続いた。


 見渡す景色は一面うす暗く霧がかかっている。扉を開け出たのは花畑のようだった。足元には夜顔の花が咲いているが、どれも霜がついているのか風が吹いても揺れることがない。

 霧の中遠くに見えるのは煉瓦造りの塀と真っ黒な城。城に続く橋も見えるが、どのくらいの長さだろうか架かっているのが見えるだけ。

 

「なんだよここ。……四季の神様が治めてた時の面影はねーな」

「本当だね。昔はすごくきれいだったのに」

 

 あまりの変わりように言葉が出なかった。

 咲き誇っていた花でさえ違う。霧がかかったこともなかった。

 いつも鳥が囀り木々は揺れ桜の木が満開になる春。カラッと晴れて空には入道雲が咲く夏に、赤らむ木々と高くなる空に照らす満月の秋、しんしんと降り積もる雪に空を舞う牡丹雪の冬。四季の見せる顔がいつみても心緩やかになる。そんな景色が広がっていたはずなのに……。

 柊も榎も四季の神様が氷漬けにされてからこの地に足を踏み入れたことはない。何度かベンタに戦いを挑んだが、そのすべては自分たちの地域を守りながらだった。

 その後は戦いを挑むこともせず、自分たちの季節を守りながら、たまに四人で隠れて集まるくらいがやっと。そんなこと蕗狛や季たちに話せば笑われてしまう。

 

「とりあえず、ベンタが一番いそうな城でも目指しますか」

「だな」

 

 花畑のそばに舗装されていない砂利道が広がっていた。

 

「なぁ、あの砂利道を行こう」

 

 その道を暫く進むと向こうから見た顔が、こちらが来るのを待っていたようで、腕を組んで立っている。

 

「あいつはなんだ?」

 

 見たことない蕗狛は警戒したように尋ねるが、ほかの面々も黙っている。

 しかし、立葵と翠だけは顔を歪ませていた。

 ここでこいつに会いたくなかった。ここで会うという事は嫌でも認めなくてはならないから。ベンタ(そちら)側であると。

 

「あいつは俺が戦ってもいいか?」

 

 翠が立葵に確認する。

 

(レン)がいるという事は、(リン)もいるだろうな」

「凛は陽葵の世話役で、陽葵とよく一緒にいた……もし立葵が倒すのであれば、凛だろうな」

「それに……隊員を殺しても駄目だから……最後は……」

「そうだな」

 

 睨みつける相手はどちらが来てもいいようで腕を組んだまま待っていた。

 

「決まったぁ?」

 

 蕗狛が二人のやり取りを聞いていたのか、声を掛けてくる。

 これは部外者が口を挟んでいい話ではないと思っていたのか、誰も口を挟まなっかった。

 

「ああ。すまないな。俺が行くからみんなは先に行ってくれる?後から行くからさ」

「死ぬなよ」

 

 立葵が翠の肩を叩くと、翠が立葵の背中を思いっきり叩く。

 

「任せておけ、隊長」

「翠くんが俺の相手ってかぁー?なんなら、蕗狛くんがよかったなぁー。翠くんゲロ弱じゃーん?」

「指名は受け付けてないんだ悪いね」

 

 蕗狛はそういう男に手をヒラヒラと振りながら足を進める。そうして翠をその場に残し、五人は先へと足を進める。


「蓮、お前はここで死ね。……いや、式神だから死にはしないか」

「あれぇ、知ってたの?俺が式神だって」

 

 ふ。と笑って翠は蓮に向かって行った。



 砂利道を進むと橋に出る。

 橋の手すりに腰かけてまた人の姿があり、柊が見るや否や一言。

 

「あいつは俺が行く。この橋は渡らず上を行け」

 

 そう言って柊は空を指さす。

 確かにこのまま地を歩けばベンタに会う前に全員別の敵に足止めされてしまう。

 

「じゃ、飛んでいくか。柊、待ってるから。死ぬなよ……立葵、季掴まって――(ショウ)――」

「おう」

 

 蕗狛は二人を連れ、榎を頭に乗せ空高く飛び上がっていた。

 

「すごいな(主様から魔力を借りずにここまで安定した魔術を使うのか)」


 立葵は蕗狛が魔術を使う姿を見たことがない。主から力を借りない魔術師に会ったことがなかった立葵は、その安定性に驚いていた。

 

「一気に橋と川を越えて広間に降りよう」


 城を煉瓦作りの塀の向こうは広い庭が広がっている。噴水や薔薇が咲き乱れている。

 しかし、噴水も薔薇も凍っている。


「何、ベンタは氷が好きなの?さっきの花畑も凍ってたし」

 

 季が不思議そうに噴水をみていた。

 

「好きっていうか、愛着があるんじゃない?ベンタは神の世界を追放後六百年間、神の世界を汚した罪で氷牢に閉じ込められてたんだって。だから四季の神様のことも氷漬けにしたんだろう。氷牢に入れたのは紛れもない四季の神様だったんだから」


 六百年という時間は、独りになるには十分すぎた。そこから暗闇の世界はすぐ近くだったようだ。

 

「逆恨みだろ」

「もともとの原因を作ったのは紛れもなくベンタ本人だからね」

 

 蕗狛は術を解きながら、ガラス玉を出しつつ季に声を掛ける。

 

「ここに隠れてて」

「また、そん中かよー」

「まぁ、いいじゃん?」

「俺はー?」

 

 榎が呑気に自分の身の心配している。その隣で季が隠れるガラス玉の用意を着々と進めていく。

 

「お前は魔術使えるんだ、戦ってくれない?」

「え、怖いけど。なんで季はガラス玉に隠すんだよ」

「まだ隠しておきたい……たぶんこの広間に来るのは一人しかいないから」

 

 蕗狛が指さすのは城の上空にいるひとつの影。

 立葵もその先を見上げ、応戦体勢に入っていた……そこには髪の長い男が大きく黒い羽根を携えこちらを見下ろしそこにいた。

 

 

 

「逆恨みの何が悪い。人間の分際でここまで来る方がどうかしている。いますぐ出ていけ。汚れる」


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