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立葵

 夜が明けるころ春の崩壊は終わり、完全に季節の役割を失っていた。本来崩壊した地域は暗闇が支配する。

 しかしここ春はほんのり明るく陽が顔を覗かせていた。

 眠たい目を擦りながら、(ラギ)はふと窓から外を見ると完全に崩壊した、だだっ広い岩場に人影がひとつ。

 急ぎ足で駆け寄り声を掛ける。もし、立葵(タキ)であれば誰より先に話をしておきたい。

 

「おい、そこで何してる?」

「……あっ!」

 

 柊の声で振り向くのは見た顔。振り向いた(エノ)の顔は満面の笑みで両手を振って大声を上げる。

 その姿をみて「朝からうるさいわ」と思わず笑ってしまう。声の元へつくと榎は小さい姿ではなかった。

 

「あ、(ラギ)!起きたんだね」

「あぁ。(エノ)……起きていたんだな。てか人間の姿だったのか」

「うん。ずいぶん前に魔力は回復してたんだ、でも……この姿は魔力を使うから。蕗狛の魔力だから大事に馴染ませたくて、精霊の姿でいたんだっ」

 

 精霊は魔力でその姿を保つ。榎は蕗狛の魔力で創り直している為、その魔力に馴染む必要があった。普段馴染むにはそう時間は掛からないが、馴染むように時間を掛ければ掛けるほど、魔力の精度は上がり、洗練された魔術を使うことができる。

 ただ、魔力を馴染ませることができるのは『魔力を貰った時から次に人間の姿になる時までの間』だけとなる。

 

「そ、うか……お前…………らしいな」

 

 言おうかどうしようか、少し考えたが飲み込むことにした柊の顔は強張っていた。そんな柊をみても榎の考えは変わらない。

 

「ふふ。ありがとう」

 

 精霊が洗練された魔術を使う……それは大技になることが多い。大技が何を意味しているのか、それは精霊である二人にしか解らないことだった。

 

「しかし……あれだなぁ……寒いな」

 

 あまり深く聞いてこない柊は優しい。口は悪いがそういうところが榎はお気に入りだ。

 

「うん。崩壊後の地域は寒いねぇ」

 

 吐く息は白い、そんな寒さだった。

 

「あの陽の光はお前か」

「そうだよ。みんなが起きたとき、真っ暗は寂しいからね」

「そうだな。そろそろ戻るか」

 

 ふふ。っと榎は精霊の姿に戻りポフンと柊の頭に乗り「しゅっぱーつ!」と隠れ家に向かう様指さしていた。

 足取り軽くその先に向かう。


 

 

「蕗狛が起きないんだけど」

 

 隠れ家に戻った柊たちを出迎えた季が開口一番、そう言ってきた。

 

「あーまだ起きてない?」

「こんなに寝るなんてあり得ないよ。揺すっても起きないんだ」

「(普段どんだけ寝てないんだよ)季、いつもこいつと一緒にいるなら無理しないように見張っておけ」

「ん?」

「はぁ。まったく、世話の焼ける奴らだな」

 

 ため息と言いたいことを吐き出し、柊が蕗狛の体を揺すると、バチン!と弾かれた。

 

「痛ってなぁ(結界か?)おい、蕗狛起きろ、そろそろ時間だ」

「んーむりぃーあと二時間……」

「寝起き悪っ!てか、あと二時間って。立葵来ちまうぞ」

 

 寝起きが悪いだけならまだしも、先ほど蕗狛を揺すった時、柊の手が弾いたのは蕗狛の結界。

 どこで誰が襲ってくるか無意識に張った結界によるもの。季が触れらたのは心を許しているからで本人ですら気づいていない。

 そんなやり取りを見ながら、深いため息を吐く翠。心ここにあらずと言ったところか。無理もない。

 未だここには来るはずのその人が来ていないのだから。来たら言いたいことは山のようにある。考えていたら一睡もできなかったのは、言うまでもない。

 蕗狛はあのまま本当に寝てしまった。各自特にすることもなく、ひたすら立葵を待つしかないのだ。

 


 窓にあたる雨音が五月蠅い。

 外は悪天候で雨足が強く、風も強く窓を叩く。バン!と折れた枝が窓に当たったようだった。

 

「で、君が立葵?」

 

 そう声がした。

 蕗狛は一人の男に長い針を真っすぐ向けていた。

 その針の先に居たのはボロボロな隊服に身を包んだ立葵がいた。

 

「ここは……どこ……だ」

 

 辺りを見回すが、見覚えはないようだ。しかし一人見覚えのある懐かしい顔が。

 

「……す……い……?」

 

 その名を呼んで欲しくなかったのは翠の表情から伺い知るのは簡単だった。

 返事をしない翠が攻撃態勢から魔術を出すのに時間は掛からなかった。

 

「――主様、お力お借りします――裁き(ジャッジメント)!――」

「っな!」

 

 大きなガベルが立葵の頭の上に現れ翠の合図で振り下ろされる。それはゆっくりと確実に的に当たるように。

 立葵が応戦しようと魔術を唱える。

 一歩早く動いていた蕗狛が口を塞ぎ後ろ手にし拘束していた。それと同時に翠に走り寄った柊が後頭部に魔術をかけていた。翠はそのまま意識を失って倒れこんでいた。もちろん翠が意識を失ったのと同時にガベルの術が解かれて消えていた。

 

「ストップ!……ね?」

 

 寒気を感じるほどにその場の空気はヒヤっとした。怒っているときの笑顔ほど怖く嫌なものはない。

 

「柊、やりすぎじゃない?」

「今居て一番話をややこしくする奴だからな。少し寝てもらった」

「たしかにちょっとね」

「あれ、起きてたの?」

 

 のんびりな季が的外れな質問をしたが、蕗狛は、うん。と頷き立葵に声を掛ける。

 

「ねぇ、ここがどこか気になる?教えてもいいけどさ、先に俺の質問に答えてくれる?」

 

 後ろから聞こえてくるその声は低く背筋がざわつく程怖いものだった。

 

「……答えるよ。何が聞きたい?」

「君がここにいるという事は『禁忌の入れ替え』が成功したってことだよね。それより服がボロボロなのに傷がない。それって……陽葵と入れ替わる時『傷』もすべて渡したんじゃないの?」

 

 蕗狛のその言葉すべてが嘘であってほしいと、誰もが思っていた。入れ替えだけでも『死ぬ』と記載されていたのに、さらに『傷』まで渡したとなれば、陽葵の苦痛はどんなものだったのか。

 

「お前っ!そんなことっ!」

 

 柊が立葵に殴りかかる。季が止めに入るが間に合わず振り下ろされた拳は立葵の左頬を腫らし上げるほどだった。

 

「そこまでバレてたんだ。君は本当にすごいなぁ。さすが桜さんのひ孫。君が蕗狛くんだろう?」

「そんなこと今はどうでもいいだろう」

 

 そうだね。と愛想笑いをし口の中が切れたのかモゴモゴと血を吐き出し、後ろにいる蕗狛を背の高い立葵が振り返り見下ろして質問の答えを投げかけた。

 

「裏魔術書には『禁忌の入れ替え』とあったんだ。ただ、俺の読んだ裏魔術書(それ)には入れ替わった相手が死ぬとも傷すら渡すことになるとも書いてなかったんだ」

「知らなかったと言いたいわけだ」

「あぁ。知っていたら禁忌を犯そうなんて思わないだろ。まして陽葵が死ぬなんてあり得ない……」

 

 立葵の体は震えていた。それは最愛の陽葵の死の上に自分が立っていることへの後悔なのかは、本人しか解らない。

 その姿を見てこれ以上責めるのも違う。と判断した蕗狛は拘束を解いた。考えうることはひとつ。

 

「その裏魔術書は誰からもらったんだ?」

「誰……から……?」

 

『いいものを貰ったんだ、立葵も読むか?』

『双子しか使えない禁忌とかもあるんだ』

『入れ替えだってーこんな事できたら楽じゃん?』


 そうして進められ、いつか桜さんの役に立ちたいと励んでいた時だったからか何も疑うことなく、習得した。

 

「寒露部隊、楓と蓮から貰ったんだ。双子にしか使えない魔術があるって」

 

 その一言で十分だった。

 

「ハメられたね」

「え……?」

「その裏魔術書の出どころは『団長』だ。立葵を殺すためにわざと渡したんだう」

「団長が?俺を殺す?」

「多分、立葵の存在が邪魔だったんだろうね。それなら殺した方が楽だ」

「楓と蓮も騙されていたってことか?」

「それはないよ。楓は団長の創った式神だったから。式神を使って裏魔術書を渡して殺したい相手に禁忌を犯させる。簡単なことだ」

「式神……あいつは俺が小さい頃から一緒に稽古してきた仲だぞ?式神だなんて……」

「小さい時から式神に見張らせてたんだろうね。たぶん楓だけじゃないだろう。陽葵の部隊は全員式神で間違いだろうね」

 

 立葵は膝から崩れ落ちその場に座り込む。

 蕗狛の話すことをすぐにすべて飲み込むわけにはいかないが、間違いないだろう。団長が百年前の収穫祭を荒らし、四季の神様を怒らせこの町から太陽と青空を取り上げる要因を作った本人であると、式神のひとつやふたつ、創れないわけがない。

 それよりも、団長が……育ての親が自分を殺そうとしていたことまでは思いもしなかった。

 

「なんてことだろうな。陽葵はもういないし、団長が俺を殺そうとしていたなんて……」

「入れ替えはどんな感じだったんだ?」

 

 それは少しの可能性を手繰り寄せたい一心だった。

 

「入れ替えの術を発動させると黒紅の龍が現れて入れ替えには『一方の死』が代償だと。それを聞いて術の解除を申し出たんだけど、そんなことはできないと。魔力の少ない陽葵を貰うと言ってな。俺の傷を陽葵に移した。それは団長の拷問部屋で受けたものだったから酷いものだったんだ」

「なんで魔力の少ない陽葵が代償を支払ったんだろうな」

 

 不思議そうに柊が聞く。そんなことはその黒紅の龍しか知りえないだろうが、考えることとしたらひとつ。

 

「強い()()()大事な人間ひとりすら守れないのか。弱っちぃな」


 季の口から聞いたこともない言葉たちが投げかけられた。

 驚き過ぎて目が点になってしまった。蕗狛はふふ。と笑ってしまう。


「季、少し相手のことを考えて言わないと、揉めるぞ。立葵悪いね、季に悪気はなかったんだ」

「いや、いいよ。そう言われている気がする。何も知らないで呑気に『桜さんの役に立ちたい』なんて。実際、陽葵すら助けらんないんだ……弱っちぃさ」

「ねぇ立葵、君がここに来た理由はなに?」


 相手のことをあまり考えない季は追い打ちをかけるように立葵に聞く。

 ここに来た理由によってはほんとに陽葵の死が無駄になってしまう。


「ここは結界内でいいよな?これを蕗狛に渡したくてな。一蕗芭(イロハ)さんに預かってきたんだ」


 そっと出したそれは立葵の手から離れた瞬間元のサイズに戻った。それは刀で魔力が溢れているのが何もしなくても解る。


「これは魔剣(マケン)と言われてて……」


 立葵が説明しようとするが、蕗狛達は唖然としていた。


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